2−2−3 秋の前のチーム固め

 試合が終わってダウンをした後。両校が帰るのを見送った後にグラウンドに戻ると一気に質問攻めをされた。主に三間が突っかかってくるんだけど、これはいつものことだな。


「智紀ぃ!何覚醒してんねん!」


「覚醒したつもりはない。高宮のリード通りに投げたらたまたまそうなっただけだ。褒めるなら高宮を褒めろって」


「キャッチャーだけ褒めてどうするんだよ。リードの通りに投げてくれる投手がいてこそだ」


「完全試合ってさあ!それに評価を全部持っていかれて俺らのアピールが薄れるだろ!」


「そんな目立つ活躍してたか?」


「うるせー!守備に意識が行き過ぎたんだよ!四球でもやってくれてれば良かったのに!」


「ノーノーもプレッシャーだろ。自分の守備でヒットにされたらそれはそれで嫌だぜ」


 うるさくなってきた。いや、うるさくなるだろうとは思っていたけど。参考記録の完全試合ならまだしも、九回しっかり投げて完全試合を達成した投手はどれだけいるのか。


 内容はどれもこれも似たようなもの。凄すぎるとか活躍の場が減ったとかそんな感じ。できたもんは仕方がないだろうに。結果は結果でしかないし、今更言っても過去は変わらないんだから。


 今日はまだ練習がある。後一時間はできるから打撃練習の準備をする。あーだこーだ言われても上手く相手の裏をかけたとか運が良かったとか理由なんて色々あるだろ。


「ちゃっかしホームランも打ちよって!一試合にアピールしすぎや!」


「ど真ん中のストレートなんて見逃せないだろ。フルスイングしたら超えただけだ」


「長打以外でアピールしないといけなくなったじゃねえか……」


「逆に言えば今日のヒットはそのホームランだけだ。安定性がないとも言える。ウチは打てるチームなんだからある程度ヒットを量産できてプラスアルファがあればベンチに入れるだろ」


 アドバイスでもないけどそんなことを言って打撃練習に加わる。


 新チームになったからか、打撃練習もフリー打撃ではなく目的を持った練習を行なっていた。それは守備の間を抜くための練習。実際に守備を立たせてバッティングマシンが投げる球を打ち返していかにヒットを打つかという練習だ。


 バットコントロールを身に付けるための練習で、長打ではなく単打を打つ練習だ。まあ、外野の間に抜けたら長打になるんだけど。


 守備は捕れたら捕る。捕れなかったら後でボールを回収する。そんな感じでポンポンと打撃を回していく。これを二つのグラウンドで同時に行う。アウトになったら打者は交代という形式で選手の入れ替えもどんどんしていく。俺も打撃と守備どっちもやりつつ、今日の練習はこれだけだった。


 俺のバットコントロールはそこまで良くないから二回のチャンスでヒットは三本しか打てなかった。フェンス直撃やホームランでも交代だからしっかりと守備の間を狙わないといけないんだけど、これが難しい。


 同じ練習を夏大会前にやったことがあるけど、これが一番上手かったのは間宮先輩だな。あの人のバッティングコントロールはチーム一で、本人曰くない力を補うための技術って言ってた。この一・二年生で間宮先輩に匹敵するような人は流石にいない。


 惜しい人はいる。七本連続でヒットを打った人はいた。実際バットコントロールが良いということはどんな状況でも狙った方向にボールを飛ばせるってことだから戦術が増える。これは監督としてもありがたいだろう。


 むしろ俺のようにバットコントロールがあまりなく長打ばっか打つような奴は指示の出しようがない。打てとしか言えないだろう。バントも苦手だし。


 練習が終われば寮生は夕飯。通い組はこの時間に室内練習場に行って練習だ。


 今日は俺がノッカー、他の人たちが守備をすることになった。室内だからフライは打てないが、ゴロとライナーは打てる。内側の壁にはネットがしてあるからボールを逸らしても建物が傷付くことはない。


 ボールを捕球したら俺の近くに立てたネットにスローイングしてもらう。これで守備練習ができる。


 女子マネージャーたちがご飯を食べるわけにはいかなかったので室内練習場に集まっていた。練習はさっきの打撃練習で終わっているのでマネージャーはもう帰っていいのだが、いつも千紗姉が残っているために見学しようという話になったらしい。


 女子マネージャーもたまに残って練習を見たりしていたからいること自体は珍しいことじゃないんだけど、全員いるのは珍しいことだったりする。


「智紀、ノッカーなんてできるの?」


「キャッチャーフライは無理だろうけど、それ以外はできるさ。やるのなんて久しぶりだけど」


 千紗姉が心配してくるけど、野球をやってたらノッカーくらい普通にできるんじゃないだろうか。自主練じゃないとやる機会なんてほぼないけど。


 そういうわけで始める。二年生五人、一年生は仲島だけという計六人に打球を打っていく。内外野関係なく打つのは基本的にゴロ。外野はフライを処理することの方が多いだろうが、ヒットでゴロが飛んでくることもある。練習をしておいて損はない。


 強弱をつけて打っていくが、ショートを守る仲島は流石の一言。逆シングルだろうがしっかりと捕球してスローイングまでしっかりしている。


 今日の二試合でレギュラーを決めるのは早計すぎる。夏休みはこれからブロック予選が始まるからこれ以上練習試合を組めないだろうけど、九月になればまた練習試合を組むだろう。そこで最終決定はするんだと思う。


 そんなことを思いながらノックを続ける。ノックをしていたらご飯を食べ終わったのか室内練習場に人が来始めた。室内練習場は基本バッテリーと一軍が優先だったけど、正式に一軍が決まっていない今の時期ってどうなるんだろうか。


「よっし、まだ空いてる!」


「飯めちゃくちゃ早く食って良かった!できるなら素振りじゃなくて球を打ちたい!」


 そんな感じで先輩方が場所を確保していく。この感じだと早い者勝ちだろうか。そうなると一年生が厳しいかもな。まだ完食するには時間がかかるって言ってた。ドンブリ飯二杯はキツイよなぁ。


 人が増えてきてもノックは続ける。打ちたい人が多かったからかもう上がりの時間のマネージャーたちもトス出しを請け負ってくれていた。優しいー。


 ただの観客の女子たちよりマネージャーの方が部員の中でも人気なのはこういうところだろうな。


「うおー⁉︎もう埋まっとる!」


「これはダメだね……。今からグローブ持ってきて智紀君たちのノックに混ざる?」


「智紀。あとどれくらいやるんだ?」


「七時半には終わらせるつもり。帰る前に左打席で素振りをしておきたいし」


「なら微妙だな」


 三間、千駄ヶ谷、高宮も来たもののもう既に室内練習場は埋まっていた。だから一年生三人組は外で素振りに行った。寮生じゃないから俺たち通い組は八時には必ず敷地内から出ないといけない。


 そうなるとそろそろ終わりにしないといけない時間だ。片付けもあるし、俺も最後の調整をしたいからそこまで長くやらない。


 七時半近くになったら箱にボールを集める。寮生はもっと遅くまでやれるんだろうけど、俺たちは帰らないといけないからな。片付けたボール籠はバッティング練習組に回すことになる。


 そうしたらバッテリー組がやって来た。平と町田先輩だ。今日はこの二人が室内練習場のブルペンを使うらしい。


「大久保先輩は来ないんですか?」


「今日投げるつもりなのがお前のせいで登板機会を失ったからな。走ってくるって言ってたよ」


「ああー……。それは申し訳ないことをしました?」


「いや、その代わりに試合終わりの時間に投げ込んでたからな。それに完全試合なら仕方がないだろう」


「お前が謝るなよ。大記録をやったんだから誇って踏ん反り返ってろ」


「公式戦でやったわけじゃないんだから踏ん反り返ってられるか。これが春甲子園を決めた試合なら自慢しまくるだろうけど、そうでもないだろ」


 平に踏ん反り返ってろって言われたけど、これちょっとした自慢にするくらいならいいだろうけど、天狗になるつもりはないぞ。練習試合は練習試合だし。


「お前、今日のホームランもそこまで評価してない感じだな?」


「まあ、ヒットは一本だけだし。本番で打てなきゃ意味ないだろ」


「ホームランを打てない奴はとことん打てないのに。お前、高校通算ホームランとか気にしてないだろ?」


「ああいうのはさ、公式戦だけの記録に留めるべきじゃないか?練習試合も含めたらとにかく試合をやってる強豪校の数字がバカみたいに良くなるだけだろ?」


「それはそう」


 高校通算本塁打を何十本も積み上げても、結局公式戦で全然打っていなかったら次のステージで活躍できるわけでもない。高校で七十本ホームランを打った選手がプロに行ったけど全然活躍できなくて四年くらいで解雇通告を出された人だっている。


 そういう数字も結局指標でしかないんだろうけど、その数字ばっかりに囚われるのはどうかって話だ。


 片付けが終わって左打席で素振りをしていると平の投球練習が始まった。サウスポーから綺麗に決まるストレートは町田先輩のミットで乾いた音を響かせる。


「お?入学した時よりはかなり速くなってないか?」


「あんだけ走らされたらな……。中学だってかなり走ったけど、一段と下半身が太くなった。やっぱ投手って下半身が大事だよな」


「支える力がかなり重要だからな。コントロールも安定するし、走れるなら走った方がいい」


 球速も135km/hは出てそうだし、貴重なサウスポーだ。これは本当に平は上がってくるんじゃないか。オーバーハンドの軟投派だと思ってたけど、ここまで球速が上がったならストレートは十分武器になる。


 パームも緩急があるし、スクリューも結構落ちてる。今日も二イニングで無失点だったか。大久保先輩と俺はベンチ入りするとして後二人の投手枠に入ってこられるかどうか。


 結構楽しみな仕上がりだ。


 帰りには女子マネージャーたちを駅に送っていくことに。仲島も一緒だったけど、先輩方は全員駅とは方向が違うということで学校で別れた。


「千紗。これでまた智紀君が人気になっちゃうわね」


「そうね。完全試合、絶対噂になってるわよ?女子どもの前でやっちゃったんだから」


「まるでやったことが悪いようなこと言うなよ、千紗姉……」


「そうですよ千紗先輩!こんな大記録なんだから褒めましょうよ!」


「智紀君、今日のボールは誰にあげるんですか?わたしのお姉ちゃんじゃありませんよね……?」


 木下さんが千紗姉に反発してるのはまあいいとして。


 加奈子さんに聞かれた完全試合達成ボールを渡す相手か。


「今回は喜沙姉かな。仕事頑張ってるし」


「ん?今神戸にいるんじゃないのか?」


「別に帰って来たタイミングで渡せばいいだろ。どうせ明日で甲子園は終わりなんだから」


 仲島の言葉であの熱狂も明日で終わりかと感慨深くなる。今日の結果はもう見た。決勝のカードはそうであってくれと願っていたもの。


 習志野学園が決勝の舞台に立つ。明日の午後は全員で試合を観戦することになっている。俺たちを負かした相手がどうなるか、見届ける必要があるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る