2−2−1 秋の前のチーム固め

 練習試合は呆気なくやってくる。今日の相手は神奈川の大舘高校と埼玉県の伊上高校。加奈子さんから教えてもらったけどどっちも私学の強豪らしい。今年の甲子園には出ていないけど、ベスト八には行ったようだ。そんな強豪と秋大会前に戦えるのはいいことだろう。


 初戦は招待した二つの高校で戦い、その後俺たちと伊上高校が、三試合目に俺たちと大舘高校とやる。二試合目のオーダーも発表されていて俺は出場しないと明言されていた。投手としても野手としてもお休みだ。その代わり三試合目に先発と言われている。


 だから試合をやっている間は暇だ。試合は全部Aグラウンドでやっていて、Bグラウンドでは試合をやっていないチームが練習に使っている。試合に出る前の調整の側面があるので試合に出ない俺は室内練習場に来ていた。高宮とバッテリーを組むけどその高宮はここにいない。


 高宮は敵情視察で試合を丸々見学するらしい。だから俺は木下さんと室内練習場でトスバッティングをしていた。


 また女子生徒がかなり観戦に来ているし、そんなところでブルペンで投げ込むのも試合の邪魔だと思ってこっちに避難していた。監督にも許可を貰ってるし、今日のメインは投手だけどキャッチャーが誰も手が空いていないからやるとしたらバッティング練習くらいだ。


 いつもなら千紗姉が俺専属みたいに手伝ってくれるけど、ずっと千紗姉を拘束するわけにもいかない。上級生のマネージャーとしてやることがたくさんあるようだ。


 だから今は空いている木下さんにトス出しをしてもらう。


 俺も扇風機で涼みながら屋根の下で試合を見るという選択肢もあったが、女子マネージャープラス高宮がいてバックネット裏の小屋とはいえ狭くなるから遠慮した。


 冬になったら本格的に筋トレをしたいな。身長が伸びるなら成長線を閉ざさないために最低限に抑えておきたい。だから今はバットを振る分で筋力を補っている。


 木下さんにとにかく投げてもらって、ボールを綺麗に飛ばしてネットを揺らす。


「んー。一箱終わったね。まだ続ける?」


「ああ、やるよ。二試合目も出番はないからブルペンで準備する前までは打撃練習をしておきたい。打順が何番になるかわからないし」


「新チームになったらどうなるかな?智紀君、打率は良いから」


 そうなんだよな。打率はそこそこ良くて、ホームランも打ってる。けど投手でもある。野手として出場するなら何番になって、投手だと打順は変わるのかも気になる。ただ打率が良いのは運があるというか、たまたま打てた日が多かったというか。


 俺は打てる日は打てるけど打てない日は打てない。だから多分打率は収束するんだよな。


「木下さんは──」


「加奈子ちゃんは下の名前で呼ぶのに、私は苗字なんだ?贔屓は嫌だなー」


「いや、それはお姉さんの関係があって……。はぁ、わかったよ。奏さんは俺がどの打順になるのが良いと思う?」


「うんうん。そうだなー、クリーンナップでも良いかも?多分三番と四番は三石先輩と三間君がなると思う。そうしたら次にチームで打てる人ってなると智紀君かなって。だから五番じゃないかな?」


「それは投手でも?」


「投手だからって打順を下げて得点力が下がるのは勿体無いから、投手でも五番じゃないかな?投手で四番なんて珍しくないよ」


 四番はありえないし、かといってクリーンナップって言われてもそこまで打撃を期待されているかがわからない。俺としては六番あたりが良いんだけどな。打てたらラッキーくらいの打順が良い。クリーンナップだと打たなくちゃいけないっていうプレッシャーがある。


 そういう意味じゃ甲子園とかは気楽だった。下位打線だったから打てなくても仕方がないってメンタルで挑めた。打つのは他に任せるって気持ちになれるのは心情的に負担が少ない。投げるなら下位打線で良いんだよな。


 高校野球だとエースで四番は多いけど、ウチのような打撃特化のチームでそれはないだろう。三間と三石先輩がいて他にも強打者はいる。そこまで俺の打撃に頼らなくても大丈夫だとは思うんだけど。


 そこからも雑談をしつつトスバッティングをした。夏休みの宿題は終わったかの確認や、甲子園に行ってる間にこっちの方はどうだったか様子を聞いていた。


 甲子園期間中は女子生徒の数も案外少なかったらしい。主力組が甲子園に行っていることと、居残り組は練習ばかりだったからかいつもよりもグラウンドを囲む生徒は少なかったようだ。それでも来てる女子はいたし、声援をかけている生徒はいたらしい。


 今日の方が女子生徒は多いようだ。露骨だなぁ、女子たちは。


 練習内容としては打撃練習が半分、守備練習が半分ほどでやっていたとのこと。打撃のチームではあるものの守備から崩れることもあるからと新チームになったら守備を徹底的に鍛え上げることはよくある定番の方針だったりする。


 打撃は水物と言われるけど、守備は鍛え上げるだけ成果が出る。ウチのチームは打撃のチームだから半分は打撃に充てているんだろうけど、普段の練習に比べれば打撃は減っている。コンバートの話もあるし、守備は今固めておくのが土台となる。


「一年生だとやっぱり仲島君と千駄ヶ谷君、それに高宮君が目立ってるね。仲島君以外は元から二軍に上がってるから実力はあったんだろうけど、それでも練習中でも目立ってたのはその三人かな」


「高宮と千駄ヶ谷はそうじゃないとな。仲島は来年のキャプテンだし、今から活躍してくれないと困る」


「そういえばそんなこと言ってたっけ。……会田さんにも告白されてたし、いきなりの出世頭になっちゃったね」


「告白を出世って捉えていいのか?」


 仲島は推薦組じゃない上に、夏までに二軍に上がってなかったとはいえ、新入生の能力テストの成績を見たら全部の項目で上位には入ってるんだよな。特にその守備とスタミナはかなり期待できて、夏予選前の監督のノックでも最後の方まで残っていた。


 注目度からすれば一番出世したと言えるかもしれない。


 恋愛面でも一年生じゃダントツだろう。彼女は誰もいなくて、話の感じだといつ付き合ってもおかしくない状況だ。告白も全然されてないんだから。甲子園で活躍した俺と三間も告白はされていない。俺は告白されても断るだろうけど、三間はどうするんだろうか。


 それとも野球部の恒例で引退するまでほぼ告白されないんだろうか。葉山先輩と倉敷先輩は選手の時から告白されてたって話だから三間は告白されそうだよな。


 俺はそんなことにならないように呼び出しは受けないようにしよう。この学校で彼女を作ろうなんて怖いことできない。


「何で仲島君がキャプテンなの?決めるの早すぎない?」


「守備がショートでタイムの時に集まれるから内野が丸いっていうのがある。村瀬先輩もそこで選ばれた節あるし。ベンチに確実に入れる実力も欲しいから今の内から選ぶなら仲島がベストなんだよ。後は適任が他に誰がいるんだよって話でもあるんだよな。真面目そうなのって仲島だけだし」


「ああ……。智紀君や高宮君はバッテリーだから忙しくてキャプテンなんてやってられないよね。今の調子だと仲島君はベンチに入れると思うよ。紅白戦でもしっかり打ってるから」


 甲子園期間にも一回紅白戦をやっていたようで、その時仲島は三打数二安打だったようだ。守備は今の時点で安定しているし、足も速い。バランス型のショートだ。俺としても投げてる時に仲島がショートにいると気持ちに余裕が出る。


 結局三箱分打ち終わった頃に、加奈子さんが室内練習場にやって来た。


「奏さん、智紀君。ちょっと早いですけどお昼を食べてください。二校の選手と入れ替わりになるように食べて欲しいそうです」


「いつもより人数が多いんだから食堂のおばちゃんたちも大変だろうし、そういう措置を取るよな。わかった。行くよ」


 加奈子さんも食事をしてきていいと言われたようで三人で食堂に向かう。一番乗りだったようで誰もいない中でご飯を食べる。今日は他校もいるからか山盛りの冷しゃぶだった。キャベツの千切りもあって食べ応えがある。女子二人は少なめを頼んで、俺はいつも通りご飯二杯を食べるために適量でもらった。


 席も後ろの方に行って同じテーブルに着いて食べ始める。さっきまで試合を見ていた加奈子さんに二チームの戦力を聞く。


「加奈子さんの目から見て対戦相手、どうだった?」


「大舘高校は打撃重視のチームみたいですね。一発や長打を狙うのではなく単打を繋げて得点するマシンガン打線のようでした。その代わりちょっと守備がザルなのと、投手力がイマイチみたいで。ウチと当たるために主戦力を残していた可能性はありますけど、見た感じはそんな感じです」


「ウチに似たチームなのかもな」


「伊上高校は何と言うか……。特色らしい特色がなくて。堅実と言うべきでしょうか?セオリーに沿って得点圏に進んだらバントをする。スクイズもする。打撃・走塁・守備で穴らしい穴もなく。普通に上手い、みたいな感想です」


 伊上高校はバランス型ということだろうか。それで県ベスト八まで上がってるなら純粋に野球が上手いんだろうな。俺が投げる試合は大舘だから伊上は後で結果を教えてもらう形になる。


 だいぶ簡略化されていたものの加奈子さんから戦力分析を聞いて、何となくの方針は決める。高宮も試合を見ていたんだからリードは任せよう。


 ご飯を進めていると、加奈子さんが申し訳なさそうに話を切り出した。


「あの、智紀君。お姉ちゃんが迷惑をかけていないでしょうか?甲子園まで応援に来ていたのは知っていますし、時折連絡もしているようですけど、夜に長い時間拘束したりしていませんか?」


「んん?別にそんなことないぞ?梨沙子さんとそこまで長い連絡とか取ってないし、あの人もファンとしての一線は守ってくれてるから。愚痴を言われるわけでもないし。……何で?」


「智紀君と連絡を取った後のお姉ちゃんが凄くご機嫌で。ほら、お姉ちゃんの行動力って結構凄いじゃないですか。それで迷惑をかけていないか心配で」


 甲子園で一緒にご飯には行ったものの、それ以外に変なこともしてない。だから加奈子さんの心配は杞憂なんだよな。


「直接会ってないから炎上するようなこともないだろうし、今だと仕事で熱心に俺のことを話してるくらいで、むしろあれが正常な姿だって認識されたからこっちには何か損害があるわけでもないぞ。ウチの姉の発言に比べれば加奈子さんの発言なんて野球の活躍くらいだし」


「それなら良かったです……。もしお疲れならお姉ちゃんの相手はしなくて大丈夫ですからね?」


「そこまで頻繁に連絡を取ってるわけでもないから……。甲子園が終わってからはメールもしてないぞ。だから心配しなくて大丈夫だ。……そんなにお姉さんが心配か?」


「まあ、身内だからこそというか」


「ああ、それはわかる」


 身内だからこそっていうのは本当に思う。喜沙姉の発言はいつも冷や冷やするからな。


 ウチの野球部が食堂に集まってくる頃には食べ終わっていた。マネージャーの二人は今スコアをつけている先輩たちと代わってその後にお昼休憩らしい。俺も食堂で涼んでからまた身体を動かそうと思っていた。

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