1−3−3 美沙とのデート
お兄ちゃんと食後に向かった場所はブティックのような場所とは違ってデパートの中。デパートって結構年齢層が幅広いから若者向けのお店は少なくても、種類は豊富。今回みたいな買い物をするなら結構チョイスとしてはあり。
そう、最後の買い物は明日使う水着。スクール水着なんて着たくないし、せっかくお兄ちゃんと出掛けるなら可愛いものを着たい。千紗ちゃんは今日友達と水着を買いに行った。お兄ちゃんと一緒に買うのが恥ずかしいとか言ってたけど、結局明日見せるのに。
女友達と一緒に遊びに行きたいっていうのもあったんだろうけどね。プールに行ったら見せるしかないんだからそんな言い訳したって無駄なのに。
そんな案外奥手でチャンスをフイにしやすい姉のことは脇に置いておいて、水着をまだ売っているお店に向かう。八月も下旬に差し掛かるけど最近の夏は暑いからかまだ水着が置いてある。でも九月になればプールも順次閉まっていくからセールで売り出されている。
ジムとかのプールを使うなら競泳用の水着を買えばいい。それならオールシーズン使えるだろうけど、遊び用の可愛いタイプは夏を過ぎると一気に使われなくなる。温水プールに遊びに行く人なんて少ないんじゃないかな。そもそも都内に温水プールが多くない。
スーパー銭湯とかにはあるみたいだけど、そんなところに子供だけで遊びに行く機会はほぼない。そういうレジャー施設って大体郊外に作られてるから足がない。
可愛い水着は旬が短すぎる。下着とかと同じでサイズが合わなくなったらタンスにずっと閉まっておくしかなくなるから、需要ってかなり少ないんじゃないかって思っちゃう。夏の終わりにはセールになってるからわたしはそれでいいんだけど。
お兄ちゃんと遊びに行くなら絶対に八月だし。毎年買い換えたとしても、セール品なら安く済む。
お店に着いて結構広いエリアが水着で占拠されてるけど、これ全部売れないんだろうなぁ。そうしたらお店の倉庫の肥やしになるのか、それともアウトレットとかに払い出されるのかな。勿体無いって叫ぶ人が出てくるわけだ。
地球のこととか考えてる人って暇なんだと思う。究極的には必要になるかもしれない。最終的には全部が無駄に終わるかもしれない。自分の死後に答えが出るようなことを命題だと思って動ける人は凄いと思うのと同時に可哀想な人だなって思えてしまう。
だって、そんなことをしないと自分を認められない人ってことでしょう?
声を上げて話を聞いてくれる人が出てくれるかわからない。たとえ動いたとしてもちっぽけな影響しかないかもしれない。もしかしたら凄い技術革新が起こって数年後には解決されているかもしれない。そもそもそんな活動が人類を真逆の道に導くかもしれない。
わたしは家族がいればいい。お兄ちゃんが隣にいればいい。そんな小さな世界で完結してしまっているからこそ、広すぎる視野を持っている人と相容れない。
地球に感謝とか、海に愛をなんて言葉をよく聞くけど。
お兄ちゃんからの愛以上に必要なものなんてないのに何を言ってるんだろうって感じ。
最近じゃデパートとかの柱にある液晶パネルとかにも環境保全のことが書いてある。ああいう人たちってどこからお金を貰ってるんだろうか。それは気になるけど、調べようと思うほどじゃない。遠い世界の人に気を配る時間なんてわたしにはないんだから。
その時間をお兄ちゃんのために費やす方がよっぽど有意義。写真の撮り方や料理の勉強をしたり、邪魔になりそうな女どものプロファイリングをしていた方が有意義な時間だもん。
「あ、喜沙姉」
「え?」
お兄ちゃんがそんなことを言うから水着よりもそっちを向いてしまう。
大阪にいるはずの喜沙ちゃんがここにいるはずがないと思っていたら、液晶パネルに写っていた。ああ、水着のグラビア写真。メーカーから頼まれる案件でいくつも水着を着たって毎年言ってるもんね。こういうところでも使われるか。
まさか全身が写っている水着写真がこうやって流れるなんて。アイドルって大変だね。お姉ちゃんはスタイルが良すぎてグラビアアイドルを食べちゃってる。お姉ちゃんと同い年のアイドル・グラビアアイドルは産まれた時代が悪かったよね。
スタイル良くて綺麗で歌も上手くて、演技もできる。トークもバラエティも問題なし。アイドルとしては完璧すぎる存在が競争相手としているんだから、同業の女の人はやってられないだろう。これで胸が平均とかだったらグラドルはお仕事があったんだろうけど。
お姉ちゃんは芸能界で嫌われてるんだろうなぁ。一強過ぎて同業からは嫌われて当然。欠点がブラコンなだけのアイドルなんて、その欠点がむしろ愛嬌になってプラス評価になる。これは勝てない。
今も空色のビキニタイプを着て眩しい笑顔を浮かべている。あれ、お兄ちゃんとのデートを想像した笑顔なんだよね。海にデートに行ったことはないからカメラの先にお兄ちゃんがいると思って笑顔を浮かべているって前に言ってた。
恋人にしたい人に向けるものを仕事として出しているんだから、恋する乙女まで完備しているお姉ちゃんに誰が勝てるっていうんだか。同業の人たちには憐れみと無駄な努力ご苦労様って伝えたい。お母さんの事務所はお姉ちゃんとは別の路線で売り出しているのがポイントで、お姉ちゃんを推しつつ事務所としての売り上げも確保する手腕は凄い。
お姉ちゃんは単独のアイドルとしては最強だけど、実はお姉ちゃんが無敵すぎてグループ活動はあまりしていない。お姉ちゃんに着いてこられるアイドルがいないから。だからお母さんの事務所のアイドルはグループを作って売り出している。
東京の街中だとお姉ちゃんのことをよく見かける。電車の中にも広告で写っていたり、ビルとかにくっついてる大型液晶とかでライブ映像が流れていたりもする。こういう場所で喜沙ちゃんを見付けるのは変なことじゃない。
「さすがにお姉ちゃんと一緒の水着はなぁ。スタイルも違いすぎるし」
「美沙と喜沙姉じゃ骨格から違うだろ。ああいうのってサイズ違いで売ってるもんか?水着は全くわからん」
「若干はサイズ違いもあるだろうけど、あの喜沙ちゃんの奴はわたしだと無理だね。サイズが合わなすぎ。多分あれって高身長でスタイルが良い人専用の水着だから」
「だよな」
ビキニだからね。わたしくらいのサイズでも着られるビキニはあるだろうけど、喜沙ちゃんの奴はわたしじゃ無理。千紗ちゃんなら着られるだろうけど、というかあの二人は背格好が似てるから大体服を着回せるから案外似合うだろうけど千紗ちゃんって喜沙ちゃんが着るような服は好きじゃないからなあ。
千紗ちゃんは今日、どんな水着を選ぶんだろうか。千紗ちゃんに負けないようなヤツを選ばないと。
「お兄ちゃん。やっぱり喜沙ちゃんの水着姿って可愛い?」
「否定したら俺って男として終わってないか?姉っていう贔屓目を抜いても喜沙姉は可愛いだろ。水着姿ってなれば尚更。……野球部の面々も結構グラビア写真とかブロマイド持ってるんだよ。で、俺にサイン書いてきてくれって頼むわけ。勘弁してほしいんだが……」
後半の悩みも本当なんだろうけど、やっぱりお兄ちゃんとしては喜沙ちゃんのことを可愛い姉としか思っていない。恋愛関係で見ていない。
ってことはわたしも千紗ちゃんもそう。お母さんから本当のことを教えてもらっていない。わたしたちが姉妹で燻っている間に他の女の人に奪われるのは嫌なんだけど、こればっかりはお母さんが伝えると決めてるからわたしたちからは話せない。
もどかしいなあ。お兄ちゃんって真面目だから兄妹の禁断の愛に目覚めそうにはない。
エッチな本とかも持ってないし、どういう人が好みなのかわからないんだよね。ちょっと健全すぎて崩せそうにない。だからこそ水着はエッチなやつを選ぼうかなと思ったけど。
お兄ちゃんに痴女だって思われるのは死にたくなるから無難に可愛いものを選ぶことにする。
「お兄ちゃん、好きな色は?」
「青とか好きだな。空色とかの派生の色も良い。何でだろ?」
「神奈川と埼玉に縁があるからじゃない?どっちもプロ野球チームが青系統でしょ」
「あー、そういうことか。父さんのユニフォームと小学校の頃の地元のチームっていうのは確かに印象に残ってるかもしれない。東京も片方は群青色だしな」
「お兄ちゃんは野球ばっかりだね」
「野球が一番楽しいからな。ちょっと前までは投げることばっかりだったけど、最近は打つのも守るのも楽しい」
「ふふ。高校野球楽しんでるみたいで良かった」
水着を買いに来たのに結局野球の話になっちゃう。多分恋の最大のライバルってお姉ちゃんたちでもあの福圓梨沙子さんでもなくて、きっと野球なんだよね。お兄ちゃんにとって一番大事なことは野球だろうから。
青系か。喜沙ちゃんが空色のビキニを着てたから空色はやめておこっと。そうなると無難に青色で良いかな。胸を強調するのはわたしに合わないからフリルが付いた水着をいくつか見繕う。
それを持って試着室へ。一つずつ着てみてお兄ちゃんに評価を聞く。お兄ちゃん的には露出が少ない方が好みというか安心するっぽい。わたしも有象無象にそこまで肌を見せるつもりもないから、結構装飾がされているフリル付きの濃青色の水着に決めた。
「うん。美沙はどれを着ても可愛いけど、その青色が一番似合ってる」
「じゃあこれにするね。お兄ちゃんはどうするの?」
「俺のは適当にトランクスタイプの長い水着を買うよ。競泳水着とかでも良いかと思ったけど置いてないみたいだし」
二人で会計に並ぶ時にとあるポップが眼に映る。
カップルで服や水着を購入した際に十%オフにしてくれるという割引サービスみたい。お金は余裕があるけどこういうのは見過ごせないよね。
このお店に入る時もずっと腕を組んでいたから店員さんにもバレないと思う。
「
「ん?……ああ、割引サービスか。美沙は良いのか?」
「何が?カップルなんだから当たり前の権利を主張しようよ」
「……わかったよ」
お兄ちゃんはわたしの彼氏役で良いのかっていう確認だったんだろうけど、わたしはむしろこの嘘を本当にしたいんだからむしろ大歓迎。
というわけで会計の際にお兄ちゃんが店員さんに聞く。
「すみません。あのサービスって大丈夫ですか?」
「ああ、カップル割引ですか?アレって一つ条件があって、お互いの好きなところを私に言ってもらうというものがあるんですけど大丈夫ですか?」
「智紀さんはいつもわたしを気遣ってくれるんです。どこに出掛けようと、荷物があったら持ってくれて。それに二人きりだととても優しいですし。あと、ご飯を食べる姿が結構可愛くて、そこも好きですね」
「そんなこと思ってたのか……?美沙なんて俺以上に気遣いをしてくれるだろ。気遣いのしすぎでどう恩返ししたら良いかわからないんだから。いくら俺がスポーツをやってるからって、怪我をしないように色々なことをやってくれるのは助かるけど。後手料理がとても美味しいです」
「本当はお弁当も作りたいんですけど。智紀さんは学校側で食育管理されていて。それがなければ毎日お弁当を作りたいんです」
「あ、もう結構です」
勝った。
お腹いっぱいという感じで女性店員さんは割引を適用してくれる。そこら辺のカップルよりもよっぽど親密な自信があるんだからお互いの好きなところなんて簡単に出てくる。過ごしてる時間が違うんだから。
お兄ちゃんはいつも美沙って呼んでくれるから呼び方とかでもボロが出なかった。わたしはいつも腹の黒さを隠してるからこれくらいの演技はなんてことない。それにお兄ちゃんの呼び方なんてどれだけ妄想していることか。智紀さんって呼びたいことを叶えてくれて、むしろありがとう。
これで割引もしてくれるなんて最高のお店だ。
でもこういう条件だとこうやって抜けられちゃう可能性もあるよね。今の関係性は兄妹なのにこの人は誤認して割引をしちゃったんだから。
学生証の提示とかなくて良かった。
まあ、キスとか要求されたらバッチコイの勢いでやってただろうけど。ううん、さすがにそれはお兄ちゃんに引かれちゃったかも。ほっぺになら大丈夫かな。
会計を済ませたら兄妹だとバレないようにさっさとお店から離れる。
「ああ、バレるんじゃないかってドキドキした……」
「わたしも。変な要求されなくて良かった」
「じゃあ帰るか。家に帰る前にスーパーに寄れば良いんだろ?」
「うん。お兄ちゃん、何か食べたいものある?」
「美沙の野菜炒めが食べたいな。あの絶妙な味、最近食べてないから食べたい」
「わかった。帰ろっか」
明日もお兄ちゃんとデート。ふふ、幸せだなぁ。
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