1−4−1 プールデート

 千紗姉と美沙と続けて出掛けて。今日も二人と一緒に出掛ける。東京から離れて電車で隣の県に向かう。この前のお出掛けよりも荷物が多い。何せ水着が入ってるんだから、タオルとかも必要になって荷物が嵩張っている。大荷物を持って長距離の移動は大変だけど、都内だとレジャー施設はかなり混んでるからな。


 夏休みだからどこも変わらず混んでる気もするが、都内を避けたのは人口密度の問題と俺がテレビに出てしまったから。千紗姉と美沙も俺の決勝戦を観戦に来てその中継の際に二人が映ってしまって掲示板で美少女がいたと話題になったのだとか。


 だから放送がされていた東京を避けることにした。移動時間はかかっても人目をある程度避けることにした。ある程度でしかないんだろうけど、都内よりはマシだろうという判断だ。


 移動に片道一時間半くらい掛けて隣県のレジャー施設に来た。大きなプールにウォータースライダー、流れるプールなど複数の遊び場がくっついてるような結構有名な施設だ。入場料を払って男女の更衣室で二人と別れる。


 更衣室はそれなりに混んでいた。入場開始とほぼ同時に入ってきたからもっと混んでるかと思ったけど、もう夏休みも終わりだからかかなり混んでいるということもなさそうだ。海のシーズンでもなくなったしプールなんて混んでると思ったけど、ちょうどいい日に来たらしい。


 さっさと脱いで水着に着替えて中に入る。休憩の時に財布を取りに行くことにして今はロッカーの鍵だけ左手に着けて手ぶらで向かった。女性は着替えるのに時間がかかるとのことなので俺の方が待つのは仕方がないだろう。


 誰もが集合場所にしているプールの受付からほど近いヤシの木が植えてある場所で待つ。周りの人間が立ち代わり入れ代わりで中に入っていくのを見届けていると二人が女子更衣室から出て来た。


 美沙は昨日見た通りのフリル付きの濃青色の水着だった。美沙に似合ってるものだからそれはいい。もう一人の千紗姉が着ていたのは──。


「黒のビキニって、マジ?」


「兄さんもそう思う?千紗ちゃんがいつの間にか大人になってたみたい……」


「何よ。あたしがビキニを着たらダメなの?」


「ダメっていうか……。いや、めちゃくちゃ似合ってるんだよ。似合ってるんだけどさぁ」


 美沙が周りの目を気にした呼び方をするのは置いておいて。


 ビキニが悪いなんて絶対に言わない。スタイルが良い千紗姉にはビキニはピッタリだ。ピッタリなんだけど露出が多すぎる。目に毒だ。


 美沙も可愛いし、千紗姉は綺麗でそのビキニがめちゃくちゃに似合ってるために周囲の男の目線が集まる。たとえカップルで来ていたとしても男の人が二人に目線を向けてしまう。その男性が怒られて相手の人に脇腹をつねられたり、千紗姉と美沙の容姿なら仕方ないかと諦める人も。


 千紗姉はマネージャーとして炎天下で動いているから日焼け止めを塗っていても美沙よりはよっぽど健康的な肌の焼け方をしている。美沙は真っ白だけど、千紗姉は健康的な人に見えるからこそ黒のビキニが映えるというか。


 これ、入り口に留まってるのはまずいな。


「行くか」


「プールなんて久しぶりね。レジャー施設なんていつ以来?」


「小学生の時以来じゃないかな。引っ越してからは初めてだと思う」


 それだけ間が空いていたのか。ただプールに入りたかったら母さんの事務所が提携しているジムに付随しているプールに行けば良かったし、俺や母さんが忙しかったせいで夏に遊びに行くことは少なかった。休みが取れたとしても母さん主導で旅行に行ったりもしたからレジャー施設なんて滅多に行かなかった。


 母さんと喜沙姉なんて水着を着ただけでお金を取れるアイドルだ。そんな人たちと人がごった返しているレジャー施設なんて来たらどんな騒動になるか。必然的に来られなかったと言うべきだ。


 中に進むと人があちこちに点在していた。やっぱり一番人気はウォータースライダーだろうか。ウォータースライダーだけでいくつも種類があるし、長い距離を滑るものもあれば、直下に落ちるようなものもある。飛び込み台とかもあって水遊びだけでかなりの種類があるな。


 水鉄砲があってゲームができる場所もあるっぽいし、流れるプールも激流と穏やかなものがあるらしい。これは一日遊べると謳うのも納得のバリエーションの多さだ。


「どれから行く?」


「ウォータースライダーは混んでそうだし、お昼ご飯で空きそうな時間帯を狙って行きましょ。その前はプールを一つ一つ巡って行けばよくない?」


「最初は無難に流れるプールに行こうよ」


 プールに入る前に準備運動をして、穏やかな流れの流れるプールに向かった。浮き輪やゴムボートを有料レンタルしているけど、それは借りない。全員財布なんてロッカーに預けたままだ。


 俺たち全員運動神経は良いから、プールで溺れることはないだろ。


 というわけでプールに入って流れに身を任せる。


「あー、冷たくて気持ちいい〜」


「泳ぐのも練習としては良いんだよなぁ。かと言って練習を休んでまですることじゃないし……」


「兄さんってば、こんなところでまで野球のことばかり。流石に嫉妬しちゃうよ?」


「いや、嫉妬って。それに足腰を鍛えるにしても全身を鍛えるにしても、水泳ってかなり良いスポーツなんだぞ?」


 これだけ気持ち良いなら夏場の練習としても良いかなと思っただけだ。だから美沙、ジト目でこっちを見ないでくれ。俺が残念すぎる兄みたいじゃないか。


 水泳をするとしても、帝王には水泳部が使う屋内プールがあるだけでそこは夏休みなんて水泳部が張り切って使ってるだろ。そうなると身近なプールは使えないわけで。


 いくら練習のためとはいえ他の部活にはプールを貸してくれないだろう。そんなことを許可したらプールが毎日運動部の溜まり場になってしまう。授業でもプールはないから帝王のプールは一度入学直後の施設案内で見ただけなんだよな。めちゃくちゃ綺麗で大きかったから一回くらいは入ってみたかったけどそれは叶わなそうだ。


 まだ夏休みだからか、流れるプールには家族連れや小学生たちがグループで遊びに来ましたみたいな集団が見て取れる。夏休みを謳歌してるな。


 俺はこの三日以外ずっと野球漬けだ。それを望んでいるんだから別に羨ましくはないけど、眩しくは感じる。


 どうしたってウチは一般家庭とは程遠い在り方だから普通の夏休みの過ごし方っていうのがわからない。


「もうずっとこっちの緩やかな方で良いかな。激流ってこれより早いんでしょ?二人とはぐれちゃいそう」


「入る入らないは別として、見るだけ見に行かないか?」


 美沙はゆっくりしたいのか、激流の方はあまり乗り気じゃないらしい。せっかく来たんだから見るだけは見ようと言って激流の方に足を運ぶ。


 けど、そこの阿鼻叫喚な図を見たら入る気がなくなってしまった。


「うおおおおお⁉︎」


「きゃー⁉︎水着が流される⁉︎」


「うわーん、ママー‼︎」


 本当に勢いが強すぎて手を繋いで入ったカップルが速攻流されていってバラバラになっていた。女性の危ない発言があったり、親が流されてしまったのかプールサイドでは子供が泣いて係員があやしてるし。


 これ、一種のホラー映像だろ。


 と思ってたら千紗姉と美沙に両目を塞がれた。なんだっていうんだ。


「うおおおお!眼福!」


「誰か取ってぇ!」


 男の野太い声と、女性の切羽詰まった叫び声。


 これ、故意に見に行ったらセクハラとかで捕まるんじゃないだろうか。今叫んだ男の人がどうなるか正直怖い。


「離れるよ、智紀」


「ああ、こんなところには絶対に入らないぞ。二人の水着がやばくなったら死んでも死にきれない。母さんに殺されそうだ」


「お母さん、そこまで過激的じゃないと思うけど……。うん、わたしもヤダ」


 二人に誘導してもらって可哀想な人のことを見ないようにしてさっさとデンジャラスゾーンから離れることにした。


 ここの激流ゾーン、未知の体験とかってキャッチコピーで有名だったんだけど……。この実態を知ったら女性客なんて来なくなるんじゃないか?


 水鉄砲の貸し出しをしているゾーンに来て、的へ水を当てるゲームをすることにした。一定量濡れたら変色する的へとにかく水を当てるらしい。それか人に向かって打つ場所もあったけど、そっちのゾーンはわちゃわちゃしすぎて転んでる人とかもいたからやらないことにする。


 水鉄砲って難しい。中々的に当たらないし、的に当たったとしても中々変色しない。千紗姉と美沙も苦戦していて三人で当ててようやく的の色が変わった。黄色だったのに緑色に変わるんだから凄い技術だ。


 色が変わったことに喜んでいたら水を当てなかったせいかすぐに黄色に戻っていた。色を変えるのってかなりシビアだ。タイムアタックもやってるみたいだけどそれは良いと二人がパスした。男の人の集団が躍起になってタイムアタックをしているけど、やっぱり苦戦していた。


「サバゲー部の意地を見せろ、お前たち!」


「「「イエス、ボス!」」」


「サバゲー部?」


「ミリタリー、だっけ?エアガンで戦うやつ」


「へー。千紗姉詳しいな」


「テレビでやってたのを見ただけよ」


 エアガンって危なくないのかな。販売されてるんだから問題ないのか。用量用法を守る必要はあるんだろうけど。


 お昼も近付いてきたところでウォータースライダーに行くことにする。その間に二人はジャンケンを始めた。最初の一回目は三人で下ると決めていたけど、二回目はどっちが先かというのを争っていた。


 二・三回目も俺が滑ることは確定しているらしい。二人で行っても良いのに。


 姉妹二人で下るのは四回目にするらしい。四回も滑っても全部のウォータースライダーに乗れないんだから凄い話だ。


 そしてジャンケンの結果、千紗姉が先らしい。


「あたしの勝ち!姉に勝る妹はいないのよ!」


「料理ではボロ負けのくせに……」


「それはそれ、これはこれ」


「お姉ちゃん、後で水泳で勝負しよっか?一本限りの勝負なら負けないよ」


「いや美沙。ここじゃ勝負なんてできなくないか……?」


 二十五mにしろ五十mにしろまっすぐを取るのが難しい。どこも流れるプールだったり水深が浅かったり、人が多かったりで勝負なんてできないだろう。そういう施設じゃないからな。


 というか、二年の差って結構大きいと思うんだけどその辺りは考慮に入れてるんだろうか。


「美沙ってそんなに泳げたっけ?」


「三本勝負じゃなくて一本勝負なら誰にも負けないよ?水泳だけじゃなくて短距離走でもテニスでも何でも良いけど、一ゲームくらいなら何でもできるもん。マラソンとかは無理だけど」


「美沙もウチの家系に漏れずスポーツ万能よ。体力はないからバスケとかだとすぐに体力なくなるけど」


「それはそうだよ。鍛えてないんだから体力なんてないもん。運動してるのは体育だけだから体力なんてつかないよ」


 千紗姉も球技はダメダメだけど運動神経自体はかなり良い。喜沙姉もバラエティでその能力を見せびらかしているくらいには動ける。


 プロ野球選手の父さんの血も凄いんだろうけど、母さんだって伝説のアイドルだ。一人でワンマンライブを四時間やって武道館で休憩なしで歌って踊り続けた体力お化けだ。


 そんな二人から産まれたら、家族全員運動ができてもおかしくないか。


「体力なら確実に勝てるのに。瞬発力じゃ美沙に勝てないのよね」


「美沙から運動の話って聞いたことないな。勉強のことだってこの前知ったし、美沙ってどれだけ凄いんだ?」


「一回限定なら100m走、十三秒フラットだよ」


「は?俺でも100mって十一秒くらいだぞ?そんなに速かったのか……」


「持久力はないから、マラソンはビリの方だけどね」


「運動できる人間ってどこにもいるもんよ。初心者なのに身体能力高くていきなりエースで四番を任されるような子もいたでしょ?美沙もそういう人種なの」


「ああ、いたなぁ。才能はある奴」


 才能があるからって最強でもない選手。どこにダイヤの原石が落ちているのかわからないのはスポーツ界あるあるだ。美沙も才能はあるけど、自分のやりたいことと方向性が合わなくてその才能を使っていないだけ。


 人間の才能なんて、全員が全部を把握しているわけがない。家庭環境もあるし、本人のやる気もある。もし俺にサッカーの才能があったとしてもサッカー選手にはならなかっただろう。


 美沙の意外な才能のこともわかりつつウォータースライダーに向かう。最初の方に見た行列はなくなっていて、すんなりと滑れそうだった。

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