1−3−2 美沙とのデート

 洋服を買った後はお兄ちゃんとハンバーガー屋へ。わたしがお兄ちゃんの栄養管理をしていることから実はあまりハンバーガー屋に来たことがない。ファーストフードってどうしても栄養バランスが悪いからあまり行くことはなくて、家族でも来ない。


 我が家にアイドルが二人とスポーツ選手が一人いたらファーストフードなんて選ばなくなるのも仕方がないと思う。そんなに急いでご飯を食べることもなければ、好んで食べるような味じゃなかったから。


 それなのに今回来た理由は、ハンバーガー店でもファストフード店じゃないから。安さを売りにしていないちゃんとしたハンバーガー屋なら栄養的にも食べて問題ないもん。


 ハンバーガーがダメならハンバーグもダメになっちゃう。薄いお肉と肉厚なハンバーグは別物だけど、じゃあハンバーガーも全部同じかって言われたらそれもまた違う。


 今日来たお店はそんなに安くなく、ハンバーガー一個が高い。けどその一個で十分なくらいに大きくて美味しいらしい。


「ハンバーガーなんて本当に食べないからな。珍しい体験だ」


「お兄ちゃんが作ってって言うなら作るよ?」


「え、作れるのか?」


「バンズを用意して間のお肉をハンバーグよりも薄めにして、間に挟む野菜を用意すれば良いからできなくはないよ?一つだとお腹いっぱいになるかわからないからいくつか作らないとだし、滅多には作れないけどね」


「へー。そっかぁ、美沙ってハンバーガーも作れるのか」


 お兄ちゃんが純粋に尊敬するように言葉を漏らす。ハンバーグが作れたら作れると思うけどね。バンズを用意したり照り焼きソースとかを用意するのが手間だけど、それくらいならやろうと思えばできる。


 お兄ちゃん的にはハンバーガーってお店が作るものっていう認識があるのかもね。でも人が作った食べ物である以上絶対に作れないってことはないよ。


 お兄ちゃん的にはわたしが作ったことがないから作れることを知らなかったって感じかな。


 蕎麦とかラーメンの方がよっぽど手間だけどね。


 お兄ちゃんは結構大きめのハンバーガーを、わたしはパンズの代わりに刻んだレタスで挟んであるハンバーガーを頼む。この野菜たっぷりなハンバーガーなら罪悪感が少ないとかで女子に人気だとか。


 バンズをレタスにしても中に挟まっているお肉はお肉だし、付け合わせでポテトを頼んだら結局脂だらけで栄養が偏っちゃうんだけど。それにコーラとかの炭酸飲料を飲んだらレタスに変えた程度でどうにもならない。


 お兄ちゃんもわたしもサイドメニューは頼まなかった。お店としてはサイドメニューで利益を挙げてるんだろうけどわたしたちがお店の純利益とかを考えて注文する理由はないし、唐揚げとか粗挽きソーセージとか炭酸飲料とかたくさんあるサイドメニューは心惹かれなかったので頼まない。


 飲み物はお水で十分だし、サイドメニューならお家で作れる。高いお金を払ってまで食べようとは思えない。それにわたしは少食だからハンバーガー一つでお腹いっぱいだ。


「でも美沙からハンバーガーを食べに行こうって言われた時は驚いたぞ?外食にしたって他にたくさん選択肢はあるだろ?」


「んー、外食ってやっぱりわたしが作れれないような物か、作るとしたらすごく手間のかかる物を食べて欲しいなって思って。後はたまにはガッツリ食べたいのかもって思っただけ。でもわたしの胃の大きさから食べ放題とかステーキのお店とかは食べきれないから、ここが妥協点だったの」


「なるほど。他の三人は結構食べるけど、美沙は本当に少食だからな。少し心配になるくらいだ」


「お腹いっぱいになっちゃうんだもん。しょうがないでしょ?」


 少食の女の子アピールとかじゃなくて、本当にわたしは胃が小さい。お茶碗だって小さいし、麺類だったら千紗ちゃんの半分で済む。


 お母さんと喜沙ちゃんはお仕事を頑張ってるから、千紗ちゃんも部活で動いてるから結構食べるんだけどわたしは運動をあまりしないで家事しかしてないからお腹が凄く空くって経験がない。


 たくさん食べないから胸が大きくならないのかな。いや、今も胸は身長の割りには大きいはず。喜沙ちゃんと千紗ちゃんがおかしいだけ。


 喜沙お姉ちゃんはグラビアアイドルが裸足で逃げ出すくらいの巨乳だし、千紗お姉ちゃんも高校生にしたらかなり大っきい。千紗ちゃんはEカップとかって言ってたかな?喜沙ちゃんは最近聞いてないけど、また胸が苦しいとかって言ってたはず。


 喜沙ちゃん、お母さんより大きいんだよね。何があそこには詰まってるんだろう。


 わたしもC寄りのBカップはあるのに、あの二人と並んじゃうとかなり小さく見えちゃう。あの二人が規格外なだけなのに。


 お兄ちゃんと話しているとハンバーガーが来た。わたしのは間に挟まったお肉の茶色とスライストマト以外レタスの緑色しかなかった。ハンバーガーとして崩れさせないように上から旗が刺さっている。これで支えてるんだ。


 お兄ちゃんのはパティが二枚挟まっている、キングバーガーというものが来た。バンズもパティもかなり大きくて手で掴んで食べられないほどに大きい。大きめのコップくらいの高さがあるハンバーガーなんて初めて見た。写真で見てたけどこんなに大きいなんて。


 お兄ちゃんのハンバーガーと比べるとわたしのはそこまで大きくない。ファーストフード店の物と比べると大きいけれど常識的な大きさだ。このレタスバーガーを頼むのが女性が多いってことで標準のサイズが小さいのかな。レタスバーガーもビッグサイズがあるみたいだし、ガッツリ食べたい系女子はビッグサイズを頼むんだろう。


「「いただきます」」


 手を合わせてそう言ってからナイフとフォークを使って切り分ける。片手で掴んで、というようなことはできないハンバーガーだ。だから運ばれてくるのと一緒にナイフとフォークも渡された。ハンバーガーが丸い銀のお皿に乗っているのでここで切り分けろということ。


 お兄ちゃんの方はバンズがあるから切り分けやすいみたいだけど、わたしの方は難しい。レタスが柔らかすぎる。どうにか小さく切って、切った時に溢れてきたバーベキューソースを服に零さないように口に運ぶ。


 ん。これ七味かな?ハンバーガーに七味を使ったソースは珍しいかも。和風のソースなのかな。ピリ辛くらいでレタスの甘さと合わさって美味しい。


 うん、美味しいと言わざるを得ない。これはわたしもすぐには作れない。


 負けた。


「美味しいのが悔しい……。最近負けてばっかりだなぁ」


「中華もここのハンバーガーもその道のプロが作ってるんだからしょうがないだろ。何年も作ってる人たちと同じ味を美沙が作っちゃったら厨房の人たちが泣くぞ?」


「どうしたって究極の一には勝てないなぁ……。焼き加減とかしっかり調べてるんだろうし、素材も厳選してるってわかる。時間と素材の調達方法が課題かな。でもお金を掛け過ぎたら家計簿に響くし……」


 そう、この人たちはプロだ。絶対に美味しいものを提供するという信念を持った、一つのルートに絞った秀才たち。そうでもなければ東京でお店を続けられるほど成功するはずがない。


 中華みたいにメニュー数が多いお店だとどれも美味しかったらおそらく専門のスペシャリストが何人もいるんだろうと思える。このお店のような専門店だったら作る人がプロなんだろう。


 そのプロに負けたと思っても、挑むことは辞められない。だってわたしはお兄ちゃんに笑顔になって欲しくて料理をしているんだから。


 小さい頃、お兄ちゃんは野球に取り憑かれたかのように練習をしていた。お父さんから託されたからだとしてもその練習量はおかしかった。野球ばっかりのお兄ちゃんを見ていられなかった。


 わたしも運動神経は良かったけど、キャッチボールをすることで限界。日に日に成長するお兄ちゃんにわたしは付いていけなかった。千紗ちゃんが辛うじて付いていけたけど、結局壁を務められるほどじゃなかった。


 だからわたしは野球でサポートすることを諦めて、千紗ちゃんはできることでサポートしようと考えて。わたしは家事に手を出した。


 お兄ちゃんだって喜怒哀楽がある。せめて食卓では笑顔でいて欲しいと思って、料理を作った。美味しいものは美味しいって言えるお兄ちゃんで良かった。そこまで壊れてしまっていなかったから。


 だというのに、野球の実力で負けた程度でイジメられただのなんだのと喚く害虫には殺意を覚えた。野球に真剣に取り組まなかっただけのことなのに、それをお兄ちゃんと野球の監督のせいにするバカな母子。


 荒んでいくお兄ちゃんをどうすることもできず、とうとうお兄ちゃんは大事な右手を傷付けてまで怒りを表に出してしまった。それを聞いて今度こそお兄ちゃんが壊れちゃうんじゃないかと怖かった。


 もうそんなお兄ちゃんは見たくないと、学校でお兄ちゃんを傷付けようとするゴミムシの排除を始めた。男子はわたしが笑顔で接するだけで何でも話したので勝手に話してくれたことで仕返しをしてすぐに再起不能にして、女子は裏から情報を操ってバカなことができないように仕立て上げた。


 お兄ちゃんはモテるけど、女子全員が味方なはずはない。気に入らないと言う女子は当然いるし、自分の彼氏が一番だと思ってるような女子は彼氏が不当に陥れられたとか言い出してお兄ちゃんのことを敵視する蛆虫と化したクズもいた。


 そういうのを排除していかないとまたお兄ちゃんが曇っちゃう。そう思ってお兄ちゃんに隠れてそういう敵性勢力を潰していった。


 お兄ちゃんは光の道が似合う。ううん、違う。光の道を、誰もが認めるような正しい道を進まないといけない。


 お兄ちゃんの本当の父親というドス黒い汚点が存在しているから、それを消し去れるような真っ当な道を歩まないといけない。


 その道をわたしは舗装するだけ。お兄ちゃんは前だけを見ていればいい。


 ……食事中に考えることじゃなかったかな。


「お兄ちゃん、アーン」


「美沙もか。ん」


 フォークで刺したハンバーガーの一切れをお兄ちゃんの口に運ぶ。シャクシャクと音を立てながらお兄ちゃんは飲み込む。


 やっぱりお兄ちゃんのご飯を食べてる様子って良いなあ。可愛い。


 アーンのお返しも当然してくれる。その一切れはかなり小さくしてくれた。わたしの口が小さいから一口が本当に少ない。


 そこは女の子として調整している。少食ではあるけれど一口が小さいのはただのアピールだ。


「美沙は本当に口が小さいな……。アーン」


「アーン」


 パティが二枚だから結構口を大きめに開けちゃったけど、それでもギリギリ。肉汁がすごく溢れてきたことと、胡椒の効いたソースが結構刺激的だった。トマトとレタスがあるけどかなりジューシー。


「胡椒が結構辛いね」


「な。そっちはレタスが多いからそこまで辛くないけど、こっちはそれなりに辛い。でもバーベキューソース自体は結構甘めなんだよな」


「お肉の美味しさを楽しめるようにソースを調整してるのかも。胡椒の辛さとソース自体の甘さと、でもお肉の素材の味を上手く合わせてる。これ、ハンバーガーとしてかなり完成度が高いよ」


「俺みたいにがっつり食べたい人も、美沙みたいにがっつりしたのがダメな人でも食べられるお店って凄いよな。よく考えられてるよ」


「うん。東京で成功するには味だけじゃダメだね。味ももちろん大事だけど」


 将来わたしはお兄ちゃん専属の栄養士になれなかったら飲食店を出したいと考えてる。場所はお兄ちゃんの入る球団次第だけど、もしかしたらアメリカとかに行くかもしれないもん。味以外のことも勉強しないとだね。


 いくらお兄ちゃんでも高校卒業してすぐアメリカに行くことはないはず。わたしが専門学校を卒業したとしてその時お兄ちゃんは二十一歳。プロとして四年目。メジャーリーグに行くかどうかを悩み始める時期だと思う。


 栄養士になれたらそのままお兄ちゃんに付いて行って、なれなかったらどこかのお店で学びながら様子見かな。本格的にお店を持つとしても、お兄ちゃんがトレードされた後とかで良いかもしれない。


 でもお兄ちゃん、ずっと日本にいるとしたら最初の球団次第じゃトレードで出ていかない気がする。ずっとその球団にいる生え抜き選手になりそう。


 そんな先のことを考えつつ、今のことも考えないと。将来のことを考えるのも大事だけど、お兄ちゃんとの今のデートも大事だもん。


 ハンバーガーは結構大きさに差があったのに食べ終わるのはほぼ同時だった。お兄ちゃん的にもお腹がいっぱいになったらしいから今回のお店は大当たりだ。


 次の買い物先に向かおう。今度もお兄ちゃんは顔を赤らめてくれるかな?

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