1−3−1 美沙とのデート

 千紗お姉ちゃんとお兄ちゃんが出掛けた次の日。この日は朝からお兄ちゃんと出掛ける。千紗ちゃんと違って一日出掛けられるのはわたしの特権だ。わたしが出掛けられる日なんて水曜日の買い物くらいしかないんだからこれくらいのアドバンテージは許してほしい。


 わたしたちが出掛けたのは原宿。渋谷にも近くて若者向けのお店が多い場所。人がたくさんいるからこそ、有名になっちゃったお兄ちゃんと歩いていてもそうだとバレない。コソコソとするからバレるんであって、堂々と一般人ですよって態度を取っていればいい。


 わたしは紛れもなく一般人だから特別何かあるわけじゃないんだけど。


 ただその普通の人をアイドルやら何やらでスカウトしてくる。わたしはアイドルなんて一切興味ないのに容姿だけを見てああいう人たちは声をかけてくるんだから本当に困る。そもそもアイドルになりたいんだったらお母さんに頼んでお母さんの事務所でデビューする。


 そんな木っ端な、しかも地下アイドルなんて勧められてもやる気になれない。歌だって踊りだって自信があるけど事務所の後ろ盾もしょうもなくて、安全かどうかもわからない。ちゃんとした事務所を知っているからこそ月収も安い地下アイドルなんてやりたくない。


 握手会とかもやりたくないし、ファンとはいえ知らない男性とツーショット写真なんて撮りたくない。そういう意味じゃ喜沙お姉ちゃんは尊敬できる。それがアイドルの仕事とはいえわたしは生理的に無理。わたしは日本で一番の女の子になりたくない。たった一人の一番の人になりたい。


 何で喜沙ちゃんはそこで遠回りしちゃうかなぁと思っちゃう。こうしてわたしと千紗ちゃんはお兄ちゃんと出掛けられるけど、喜沙ちゃんは仕事のせいで出掛けられない。こうやって出掛けられる回数も減っちゃうし、デメリットばかりな気がする。


 昨日とは違ってお兄ちゃんと二人で電車に乗って原宿に向かう。わたしは薄手のワンピースを着て、お兄ちゃんはスリムパンツと半袖の絵柄付きTシャツという格好でデートへ。今日はお兄ちゃんに買い物に手伝ってもらう。


「美沙は映画とか気にならないのか?」


「テレビで見られるならいいのかなって。大きなスクリーンと音で観る映画も特別なんだろうけど、お姉ちゃんが出ていても興味ないかなぁ。お兄ちゃんだってサッカーの映画とか観たいと思う?」


「いや、興味ないな」


「でしょ?わたしはその興味の範囲が狭いんだと思う。お姉ちゃんが出てもお姉ちゃんを観るためにお金をかけるのもどうなんだって思っちゃうし、それよりは料理の勉強がしたいって思っちゃう」


 喜沙お姉ちゃんが別人になってるのは凄いなあとは思うけど、それを積極的に観たいかと言われたら違う。わたしにとってお姉ちゃんはお姉ちゃんで、役になりきっていてもお姉ちゃんにしか見えない。


 それにアイドルや女優としての宮下喜沙より、家でグダッと寝そべっている喜沙お姉ちゃんの方が好きだという想いもある。家族だということに変わりはないから普段の姿の方がわたしには近しいというか。


 テレビの中の取り繕ったお姉ちゃんなんてわざわざ観たいとは思えない。それに偽物の恋愛をしているお姉ちゃんを観たいかって言われたらそれもNo。お姉ちゃんも辛そうで余計に観る気が失せちゃった。だからわざわざお金を払ってまでお姉ちゃんの出ている映画を観に行こうとは思えない。


 リビングで誰かが見ているなら見るけど、それくらいかな。


 わたしは本当に興味を持つものが少ない。お兄ちゃんは好きだけど野球がものすごく好きかと聞かれたら違う。お兄ちゃんがやっている野球が好きなんであって、他の試合を見に行くつもりはない。お兄ちゃんがグラウンドにいることが好きなだけ。


 あとは料理くらいしか興味が持てない。料理は好き。お兄ちゃんの笑顔を見られるから大好き。上達していくことも実感できるからやっていて楽しい。他にもできることはたくさんあるし、勉強とかだって成績は良いけどやりたいことじゃない。


 スポーツも習えばある程度できてしまう。体力がないから持久力はないし陸上とかは苦手だけど、それ以外は何だってできてしまう。それでもスポーツをやりたいなんて思えなかった。


 本当にわたしは、小さな世界が全てなんだと思う。


 原宿に着いてお兄ちゃんと腕を組んで人混みに紛れる。お兄ちゃんはサングラスや帽子で姿を変えているわけじゃない。本当に素のまま歩いているけど、堂々と歩いているから甲子園で活躍した選手だとは思われない。そんな選手が女の子と腕を組んで歩いているわけがないという先入観から露見されない。


 わたしたちが向かったのはたくさんのお店が入っているビル。百貨店じゃなく、商業施設なんだろうけど何て呼ぶのが正解なんだろう。商業施設の名前で呼ぶのが正解なんだろうか。東京のお店なんてどこもそんなものだと思うけど、本当にビルの中にいくつもの小さいお店が入っているからお店の凌ぎ合いが煩わしかったりする。


「こんなところに買い物なんて来ないなぁ」


「お兄ちゃんはそうだよね。運動着と部屋着だけならこういうところに来なくても良いもん」


 今日来ているのは明らかに女性向けのブティックばかりが揃っている商業施設。男性用の服は売っているように見えず、男性客は本当に少ない。女の子友達同士で買い物に来ていたり、カップルで来ている人しか見えない。男性個人のお客なんて見えない。若者の女性向けの場所だからそれも当然。


 東京のお店はこういうコンセプトが決まってる施設が多い。ビルの中丸々同じコンセプトで、その中で気に入った物を買えるようにビル自体がお客を選別している。自分にとって興味のある物にしか触れない。そういう意味じゃ東京の街の作り方はわたしに似ている。


「オシャレってよくわからなくてな。そこにお金をかけるくらいなら野球道具が欲しいし」


「そういう野球一直線なところ、好きだよ」


「お金だって自由に使えるほど貰ってないし、そうしたら野球に使うことしか考えられないって感じだな。あとはたまに友達と一緒にご飯を食べに行くくらいしか使わないぞ」


「子どもだとそうだよね。アルバイトをしてるわけじゃないんだし」


 親の庇護がないと色々と困るのが子ども。わたしやお兄ちゃんがこうやって出掛けられるのもお母さんが働いてくれているから。


 そう考えると、わたしたちのデートってお母さんが祝福してくれているんだよね。お母さんはわたしたちにダダ甘だから応援はしてくれるんだけど。


 どこを見ても同じような服ばかり。その中でちょっと暗めの服を取り押さえているお店に入った。どこもかしこも可愛い系の明るい服ばかりで、だからこそ暗めの服が多いこのお店が目に留まったんだけど。


「シックっていうか。美沙が着るにしては珍しい系統じゃないか?」


「同じような服ばかりじゃ変化がないからね。お姉ちゃんたちのお下がりとかだとやっぱりわたしには合わないものばかりだし。二人は背が高いからわたしだと微妙に肩幅とか合わないし」


「あー」


 喜沙ちゃんも千紗ちゃんも160cmはあるけど、わたしはギリギリ150cmしかない。そうなると足の長さや肩幅とかからお下がりもあまり着られない。アイドルのお古の服は可愛いものが多いんだけど、着られないものはどうしようもない。


 頭身が違って見えて、服に着させられている感が半端なくて、わたしは姉二人と同じようなファッションはできない。二人に合わせてもらわないとわたしだけ浮いちゃう。


 そうなると結局、姉妹なんだけど三人とも別々で服を買うことになる。千紗ちゃんはお姉ちゃんのようなアイドルの服を着たがらないし、ラフな格好が好きだからそもそも安物の服を着回している。喜沙ちゃんは大人っぽい服から可愛らしいものまで様々に着こなす。


 わたしは身長の関係で別のもの。バラバラだ。


 ダークブラウンの七分袖の服や、ブルーグレー色のロングスカートを手に取ってみる。うん、秋服としてはこれくらいの落ち着いた色合いの方が良さそう。


「やっぱり今だと秋服ばかりなんだな。夏服はほとんどセール品だ」


「もう夏も終わりだからね。九月になったら一気に冷え込むからちょっと厚手の服が欲しくなるもん。季節の変わり目なんてすぐ来るし」


「しっかし、服屋に来るのは久しぶりだ。物がありすぎて何が何だか」


「よく見たら細部は結構違うよ。わたしからしたらグローブの違いとかよくわかんないよ?」


「グローブの革とか形とか材質とかで結構違うんだぞ。美沙からしたらわかんないよなぁ」


「服がわからないお兄ちゃん。野球道具がわからないわたし。そっくりだね」


「そっくりで良いのか?」


 良いの。女の子は好きな人との共通点を見付けたくなっちゃう生態をしてるんだから。


 いくつか見ていって、身体の前で合わせていって。値段とも加味して試着する服を決めていく。


「やっぱり組み合わせとか大事なのか?」


「全体の輪郭がバラバラだったり、色合いがどこかだけ目立ったりしたら変に見えちゃうね。だから大体はセットで買っちゃうよ」


「その組み合わせがよくわからないんだよな。いや、美沙がいつも着てる服は可愛いし似合ってるんだってわかるけど」


「ふふ。ありがと。お兄ちゃんはいっそのことマネキン買いでも良いのかもね。素材は良いから大体似合いそう」


「マネキン買い?」


 わからなかったみたいなので近くにあったマネキンを指す。人形に着させられた服のセット。上から下まで、それこそ帽子やバッグまでセットになっている。


 ああいうのはお店を宣伝するために良いもので揃えられているし、店員さんや売りたい企業側によっぽど変な人がいない限りは変なコーデにはなっていないはず。


 そう説明して、お兄ちゃんはマネキンにつけられている服の値段を見て青ざめていた。


「美沙が持ってる奴の倍以上してるんだけど……?」


「それがお店の主力商品ってこと。もしくはブランド物だね。お値段相応のものだとは思うよ?」


「こんなので揃えるなんて、夢のまた夢な気がする……」


「お兄ちゃんがプロ野球選手になったらすぐだと思うけどなあ。あ、ただ気を付けなくちゃいけないのはお兄ちゃんってかなり筋肉質だからわたしみたいに肩幅とか合わない可能性はあるから試着は絶対にした方が良いよ」


 話に聞く年棒からすればこの一式を買うくらいはなんてことないと思う。お兄ちゃんならすぐ何千万、いいや、億プレイヤーになれると思うから。


 お値段を知っちゃったから、お兄ちゃんは今後もラフな格好を続けるんだと思う。実はお母さんや喜沙ちゃんがたまに買ってくる洋服にブランド物が混ざっていてお兄ちゃんは何も知らずに着ていたりするんだけど、これは言わぬが花だと思う。


 あの二人に結構コーデされてるんだよね、お兄ちゃん。事務所とか行く時にはそういう服を着させられているし。事務所関係者以外の芸能関係者が来ているかもしれないからそれなりの格好をして行く。お母さんの事務所が見下されないための礼儀作法。千紗ちゃんも事務所に行く時は珍しくおめかしするし。


 千紗ちゃんは色々と勿体無いよね。磨けばピカイチの素材なのに、所作や服装で評価がちょっと下がっちゃう。それでも告白されるのは流石だし、スタイルの維持とかは完璧だ。


 これで化粧もちゃんとして服も可愛いのを選んでくれればわたしに向かう目線が半減されて色々と動きやすくなるのになぁ。学校中の女子を掌握するために派手な広告塔がいると楽なのに、本当に勿体無い。


 それから三つほどの組み合わせをお兄ちゃんに披露する。どれを見せてもお兄ちゃんは褒めてくれるけど、その中でも一番反応が良かった、顔を少し赤らめた組み合わせを買うことに決める。


「美沙は可愛いから何でも似合うと思ってたけど、そういうおとなしめの服も似合うんだな。一気に大人っぽくなった」


「そう?だと嬉しいな」


 やっぱり好きな人に褒められるのが一番嬉しい。それに大人っぽく見られるのも良い。どうしてもお兄ちゃんとの身長差があるからわたしが子どもっぽく見られちゃう。それを埋めるにはこういう服装やお化粧でどうにかするしかない。


 これで少しでもお兄ちゃんに近付けたかな?

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