1−2−2 千紗とのデート

 映画を観た後は近くの個人経営の喫茶店に行く。チェーン店の珈琲店やファミレスだと他の人の視線が気になることと話し声がうるさい時もあるから静かに過ごせない。そう思ってあたしたちはちゃんと調べ物をしてお洒落で駅から離れているような場所を選んだ。


 午後の遅い時間ということもあってお客さんの数は少ない。喫茶店って個人店だと夜の七時くらいには閉まっちゃうからお客さんもあまり来ないんでしょうね。夜に営業している場所って喫茶店というよりお食事どころでしょうし。


 あたしは紅茶を、智紀はカフェオレを頼んでいた。どっちもブラックコーヒーを飲めないから喫茶店に来てもこうなるんだけど。あとどっちもケーキを頼んだ。あたしがガトーショコラで智紀がチーズケーキ。智紀が甘い物を頼んでるのは珍しいわね。


 家でもっぱら甘い物を食べないというか、間食もしない智紀だから珍しいのも当然ね。美沙がデザートを作らない限りお菓子とか食べない智紀は買い食いもしないせいでこういう外食の場面に同席することがそもそも珍しいんだけど。


「智紀ってあんまり甘い物好きじゃないんだっけ?」


「甘ったるいのは勘弁してほしいだけで出されたら食べるさ。甘さ控えめの方が好きだけど」


「甘ったるいのはまた別よ」


 甘いのと甘ったるいのは本当に別物。甘いものが好きって言われる女子だって甘ったるい物は別に好きじゃないって子もいる。あたしも好きじゃない。


 紅茶は渋みもありつつもこういうものなんだろうなって思いながらガトーショコラを食べる。ビターチョコで構成されているガトーショコラは上に乗っていた甘いチョコと合わさって絶妙な甘さを保っていて美味しい。


 あたしは端を少しフォークで切って、刺して智紀の口に向ける。


「あーん」


「外でもやるのかよ……」


「いつものことでしょ。人目も少ないんだし。ホラ」


「ん。……ビターチョコも美味しいんだな」


 どうせあたしが引かないことをわかっているから諦めて食べる。家の中ではたまにやるけど外ではやらない。けど無理に食わせる。デートなんだからこれくらいは受け入れてもらわないと。


 そしてあたしがこうすれば同じことを智紀もしてくれる。


「ほら、あーん」


「ぅん。あら、すっごく濃厚」


「だろ?作るの大変だろうなぁ」


 甘いというよりも芳香なチーズの香りがまず鼻に来て、それからチーズ特有の甘さが口に広がる。あたしも外食なんてあんまりしないけどこのケーキが相当美味しいものだってわかる。


「千紗姉。みんなの分持ち帰っていい?」


「あらお金持ちね。あと二日間大丈夫なのかしら?」


「母さんが決勝まで残るだろうと思って多めにお金をくれたんだよ。返そうとしたら好きに使えって」


「母さんらしいわね」


 この休みにあたしたちと出掛けることは決まっていたからそういう資金に充てさせる気だったんだろうけど。後は智紀に大金を渡しても使い道なんてこういうお出掛けの費用と野球道具にしか使わないってわかってるから心配もしてないのね。


 東京に帰って来られるかどうか、喜沙姉にメールをしている。そうしたら智紀が吹き出していた。


 くつくつ笑いながら携帯をこっちに渡してくる。貴重な笑顔を見せてくれるような文章をお姉は返したのだろうか。


『東京には帰れそうにないのでケーキはだいじょぶ!それよりも千紗ちゃんとのデートズルイ!今度そこに私と二人で行こうね!』


 まあ、お姉らしい返信だ。というかあたしが行った場所で良いのか。東京に美味しい喫茶店なんていくらでもあるんだからここに拘らなくても良いだろうに。


 そういうところで智紀は笑ってるんでしょうね。


「喜沙姉が帰って来たら喜沙姉とも出掛けないといけないのか……」


「その辺りは公平にしないとあたしも美沙も煩いわよ?」


「水曜日になんとか時間を作るくらいか」


 野球部のスケジュール的にそうするしかない。これから夏休みはどうにか組めた強豪との練習試合を消化して、それ以外の日は練習漬け。夏休みも変わらず水曜日しか休みがない。


 喜沙姉が大学さえどうにかすれば行けそうだけどね。


 そう思っていると智紀が何故か顔を赤らめていた。何で?


「どうかした?」


「いや、公平って難しいなって」


「まあ、アンタは忙しいししょうがない部分はあるけど。喜沙姉とのデートが楽しみなの?」


「いやあ、千紗姉に関することで。いや?あの二人からすればそれで平等なのか?」


 智紀が訳のわからないことを言う。顔を赤らめている理由はわからないけど、あの二人があたしをハブにしたということはわかった。


 これは根掘り葉掘り問い質さないとね。


「あの二人に何かしてあげて、あたしにはしてないの?」


「ノーコメント」


「答え言ってるようなものじゃない。何?何か奢ってあげたとか?」


「いやあ、そういうことじゃ……。むしろ喜沙姉なんて嬉々として奢ってくるし」


 それもそうね。一番お金を持ってるからそういうことをお姉は躊躇わない。野球関連のものは頓珍漢だから買ってこなくても、智紀に似合いそうな服とか部屋のオブジェとかを結構買ってくる。智紀もそんなに要らないとは言ってるもののそれが愛情表現になっているお姉はお土産を忘れない。


 特にどこか遠くの現場やロケ地に行ったらそこの名産物を買ってくることが多い。アクセサリーとか買ってきたって智紀はいつ着けるんだってくらい休みもなければお洒落に頓着しない。埃を被るくらいなら買ってこないくらいの良識はある。


 となると他に思い付かないのよね。


「添い寝の回数?」


「それは絶対に喜沙姉がダントツで少ない」


「それもそうか。こっそり行ったデートの回数?」


「それは三人とも大差ないはず……」


「じゃあ思い付かないんだけど?」


「だから、ノーコメント」


 智紀の試合を観に行った回数もほとんど変わらないはず。智紀と一緒にいる時間を考えたって、野球でがっつり関わってるあたしが少ないはずがない。シニアはマネージャーなんて募集してなかったから野球部として一緒の時間を過ごすようになったのは今年から。


 今年の時間は明らかにあたしが勝ってる。だから智紀も平等だと思った?


 じゃあ。


「膝枕」


「喜沙姉にはされたことあるけど、美沙にはされたことないな」


「手を繋いだ」


「回数は数えてないけど三人とも変わらないだろ」


「ハグ」


「それも変わらないんじゃないか……?いや、数えてないけど」


 どれも違う。


 そうなるともう一個しか残らないんだけど、まさかね。


「……じゃあ、キス」


「………………ノーコメントで」


「誤魔化せる訳ないでしょ。あの二人が隠した理由も察したわ」


 なるほどなるほど。それなら顔を赤くするし、あたしには情報共有しない訳だ。確かに美沙は合宿前にほっぺにキスされてたわね。


 喜沙姉もその後美沙に教えてもらってしてもらったのね。ふうん、そう。


 良い度胸してるじゃない。姉妹だからこそ遠慮なんてしないわよ。


「智紀、帰るわよ」


「あ、うん。……怒ってる?」


「アンタには怒ってないわよ」


 会計をする前にケーキのテイクアウトをして美沙の分と母さんの分を買う。


 夕飯は家で食べるつもりだったから帰るには良い時間帯だ。六時前だけど夏だからかまだまだ明るい。人出もあるし、カップルが手を繋いだり腕を組んで歩いている。あたしたちも腕を組んで歩いてるからカップルに見られているのかしら。


 夏至を過ぎたら徐々に暗くなるのが早くなる。練習をする分には明るい時間が長い方が良いけど、この暑さはダメね。東京は特に暑い。


 家に帰ると母さんはまだ帰ってきていなかった。いたのは美沙だけ。ケーキを冷蔵庫にしまうこともそうだけど美沙には見せつけるものがある。


 智紀には帰り道の間に承諾させた。何かブツブツ言ってたけど知らない。


 智紀に頬にキスをされる。それを見て美沙は目を丸くしたものの溜息をついていた。


「千紗ちゃん。子供っぽいね」


 フン、負け惜しみだってわかってるのよ。アンタは三姉妹の中で一番嫉妬深いってわかってるんだから。言動では呆れたような態度をしているけど、腹の中では真っ黒なもので溢れてるに違いない。


 あたしに秘密にした罰よ。抜け駆けなんて許さないんだから。


「千紗ちゃんはバカだなぁ。アレはわたしたちからした対価なのに」


 その美沙のつぶやきはあたしには聞こえなかった。

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