1−1−1 夏休みは家族でゆっくりと

 甲子園から新幹線で帰ってきて。


 昼過ぎにはAグラウンドに全員揃っていた。甲子園から敗退してしまい国体に出られるわけでもないために三年生は引退となる。そのため三年生が在校生の中でも前の方に整列している。


 指導陣が前に出て、最後の話を始める。


「まずは甲子園お疲れ様。結果は三回戦敗退という結果だったが、最後もとても惜しい試合だった。どちらに勝ちが転んでもおかしくはなかっただろう。──だからこそ慰めの言葉はかけない。三年生はこの結果を誇ってほしい。下級生はこの結果を超えるように精進してほしい。三年生はこの二年半、よく俺たちについてきてくれた。お前たちは俺たちの自慢の選手だ」


 東條監督がそう言い、真中コーチと宇都美コーチも続けて労いの言葉をかけていく。その言葉を聞いて泣き出す三年生もいた。


 三年生は間違いなく強かった。なのに負けた。三間じゃないけど、もっと俺たち下級生に力があればと思わずにはいられない。


 指導陣の話も終わり、これからは伝達事項だった。


「今日も含めて四日間、野球部の練習は休みとする。次の練習は十九日の八時からだ。それまで寮に住んでいる者は入寮を済ませておくように。三年生は十九日に帰ってこなくても大丈夫だが、練習終了後の夜に一人ずつ進路について相談の時間を設けたい。それと二十九日には一斉に寮の部屋移動があるためにここまでには必ず帰ってくるように」


 そんな予定が通達された。休みについては聞いていたけど、今日も合わせて四日あるのか。それに夏休みが終わる前に三年生の先輩たちは野球寮から出て行ってしまうというのも、俺が寮生活じゃないから実感があまり湧かない。


 九月になったらわかるのだろうか。食事で寮に戻ってこないようになったら実感するのかもしれない。


 この休みが終わったら一・二年生だけでの新チームが始まる。秋の大会はすぐだ。


 本来ならブロック予選がもうすぐ始まるんだけど、夏に甲子園出場したチームはブロック予選が免除される。だから秋季東京都大会に一気に挑戦できる。


 これをメリットと取るかデメリットと取るか。メリットはもちろん、ブロック予選で敗退するなんていう最悪の事態を避けられること。


 デメリットは新チームでの連携があまりにも取れないこと。練習試合を組もうにも周りの高校はほぼ全てがブロック予選に参加するためにスケジュールの余裕がないため試合経験が積めない。


 しかも帝王は周りの学校の中でも珍しくグラウンドが二つある。そのためBグラウンドをブロック予選用に提供しなければならない。審判やボール係などの雑用もウチから人員を出さなければならないようだ。


 そういう理由もあって本当に新チームで練習する時間が短い。これが懸念点。


 未来のことを考えていると葉山キャプテンが全員の前に立っていた。キャプテンとしての最後の言葉を告げるのだろう。


「この一年、俺についてきてくれてありがとう。ジャンケンが強いからって選ばれた俺だけど、三年生は特に俺のことをキャプテンとして信じてくれて嬉しかった。甲子園に出られたのは良い結果だ。だけど、全国制覇には届かなかった。この目標は帝王にいる限り変わらないと思う。下級生の全員には春の選抜、そして一年後の夏の甲子園で俺たち以上の結果を見せてくれることを願っている。


 特に二年生。お前たちが周りからどんな評価を受けているのかは知っている。知っているからこそ言わせてもらうぞ。入学前の評価が全てじゃない。この中に中学時代全国優勝した人間がどれだけいる?全国大会や世界大会に出た人間がどれだけいる?そんな過去の評価に縛られるな。高校生なんて一番の成長期だ。ここから、今からが伸びる時期だ。周りの評価なんて吹っ飛ばしちまえ。堂々たる王者の結果を叩きつけろ。それができる誇れる後輩たちだと思ってる。俺たちが見られなかった景色を、託す。以上」


 習志野学園に勝てと。そう命じられた気分だ。


 柳田と涼介という天才バッテリーがこれからもっと成長して牙を剥いてくる。だというのにそれをぶっ潰せと。


 そんな薫陶に燃えない下級生がいるだろうか。全員の瞳に炎が宿る。


 俺だってそんなことを言われて、感化されないわけがない。この人たちは散々俺のことをバッティングピッチャーとして叩き潰してきたけど、それだって俺の成長を思ってのことだろう。


 一緒に練習をしたからこそ、試合で同じグラウンドに立っていたからこそ、三年生の実力はわかっている。そんな人たちに託されたのだから、また一つ理由が上乗せされただけ。


 元より全国制覇は目指しているのだ。目指している位置は変わらず、ただバトンを渡されただけ。


「葉山、ありがとう。それじゃあ今日はこのまま解散とする。ゆっくり休んで四日後には万全な状態でグラウンドに来るように。一旦一軍も二軍も白紙だ。練習と紅白戦を見てベンチメンバーを決めていく。学年に関係なく状態が良い者を使っていく予定だ。俺たち指導陣にアピールをしまくってくれ。では、解散」


「「「はい!」」」


 散り散りになっていく部員たち。今日から四日間、寮に残るのも実家に帰るのも自由。休むのも練習をするのも何もかも自由だ。


 解散になってすぐ、千紗姉が近寄ってくる。


「智紀。アンタすぐ帰るの?」


「いや、ちょっと待って。高宮には話してたんだけど、ブルペンに入ってから帰る。休みに入る前に今の状態を高宮には知っておいてもらいたくて」


「町田君じゃなくて良いの?」


「町田先輩には散々受けてもらったから。高宮なら確実にベンチに入って来るだろうし、俺たちの代なら正捕手だろうから知っておいてもらいたいんだよ。年間計画も立てたいし」


「その話、混ぜなさい」


 これからどういう感じでいくのかという話し合いに千紗姉が混ざるのは大賛成だ。最低でも来年まではマネージャーとして一番近くで見続けてもらわないと困るし、オフにはとことん付き合ってもらう予定だ。


 昼食は既に食べていたのでそのまま高宮と室内練習場に向かう。ブルペンには俺たちしかいなかったが、トスバッティングをやりにきた人は多く良い金属音が鳴り響いていた。


 キャッチボールをしながら簡単な今後の予定を話す。


「秋大会中は大きな改造はしない予定。走り込みとか投げ込みが中心になると思う。今ある武器を磨く予定だし、野手兼任だと思うから野手としての練習もそれなりにこなすと思う」


「まあ、そうね。大会中は下手なことして調子を落とされても困るし。じゃあオフには何かするってこと?」


「する。今年の冬は徹底的に変化球の見直しをする」


「変化球の見直し?」


 俺の発言に千紗姉も高宮も首を傾げる。


 高宮を座らせて本格的に投げ始めて、一通り投げ終わってから話の続きをした。


「ぶっちゃけ、この四ヶ月で俺のボールは変化がありすぎた。ストレートの平均速度は格段に上がったし、高速スライダーなんて10km/h以上速度が上がってる。握りとかを変えたわけでもないのにこの変化はおかしい。だから今の握りは記録したまま、もう一回握りから何から全部試す」


「フォームを変えるわけじゃないのね」


「この投げ方が今の所一番しっくりきてるから変えるつもりはないよ。……父さんとそっくりだって言われるけど、これが合ってるっていうのは血の問題かもな」


「ああ、春紀投手。映像で見比べると本当にそっくりだよな」


 俺にとって参考書になったのが父さんの試合映像なんだからそっくりにもなる。実際父さんはかなり良い投手だった。


 150km/hを超えるストレート。スライダーとフォークをウィニングショットとする本格派投手で、バンバンストライクを取る先行勝負型のピッチャー。ライオンズの優勝にも貢献した先発ローテの一角だった。


 高宮も納得するほどフォームもそっくりらしい。


「予選では父さんのピッチングを思い出すこともあったからさ。もう一度俺に合ってる変化球ってどんなだろうって考えてみたくて。ただ大会が近いからその辺りの試しはオフになってからだ」


「その辺りの自己管理ができてるのは捕手として助かる。んで、一応聞いてみるけど何が投げたいんだ?」


「フォーク。スリークォーターでも父さんは必殺の変化球として使ってたからな。オーバースローの方が投げやすいんだろうけど、サイドやアンダーってわけでもないんだから投げ方に問題があるわけじゃない。可能性があるなら使っていこうって思えただけ」


 スリークォーターでフォークを投げる投手は一定数いる。だから無理な選択というわけではない。別にナックルを投げようとしてるわけでもないんだし。


 硬球でフォークを投げるには握力が六十kg以上必要と言われてるけど、それくらい突破している。条件自体はクリアしていると思うので投げたいと思っただけだ。


 俺の持ち球の中には落ちるボールがない。チェンジアップとシンカーが落ちるといえば落ちるが、どちらかというと沈むという感覚が強い。


 バットに引っかけさせるというような球種でしかなく、空振りが取れるボールが欲しかった。スライダー以外でと考えるとフォークしか思い付かなかったわけだ。


「まあ、良いんじゃね?選択肢が増えるのはリードの幅が増えるからありがたい。落ちるボールっていうのもアリだ」


「智紀。別に縦スライダーとかでも良いんでしょ?」


「もちろん。ストレートもまだまだ伸ばしたいし、やることが山積みだ」


「冬にはウェイトでも増やすつもり?」


「変化球と並行してやるつもり。試合がなくて纏まった時間が取れるのなんてオフしかない」


 春になればすぐ春大会があって、夏もすぐ。その夏が終わればこうやってすぐに秋大会が始まる。一年を通じて大きな変化を加えられるチャンスは冬くらいしかない。


 本当にマズければ夏だろうが御構い無しに改造に着手するんだろうけど、俺は怪我に悩まされているわけでもなければ調子を崩しているわけでもない。だからこそ余裕を持って冬に改造すると腹積もりを決めておくだけ。


「この休みに父さんの映像でも引っ張り出す?」


「それはアリかも。もう一回参考にしたいし」


 高宮に状態を知ってもらって投げ込みは終了。


 短いけど濃厚な夏休みが、始まる。

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