エピローグ 甲子園最後の夜

 試合が終わって、夕食を食べて。その間に喜沙姉が出ている『熱闘甲子園』を見て。風呂に入ってもう寝るだけという状態になって布団の上で全員が寝っ転がりながら、早川先輩が口火を切った。


「あーあ、高校野球終わっちまった。三回戦じゃ国体出られないじゃん」


「強すぎだろ、習志野学園ー……。強打、鉄壁、機動破壊。そんでもって投手力。あれが千葉県だけから選出された集団ってなんなんだよ……」


「むしろ魔境から煮固まった、超凝縮ビックリ煮凝にこごり詰め合わせだろ」


「めちゃくちゃ惜しかったからこそ、悔しさも一入ひとしおってか……。一生分泣いたわ」


 三年生の誰もが、目を塞ぎながらそんな呟きを溢す。実際惜しい試合だった。たったの一点差。どっちが勝ってもおかしくないシーソーゲームだった。


 春の関東大会との差を考えれば本当に後一歩だったと言っていいだろう。


「すんません。最後にオレが打ててれば……」


「三間ァ。最後の打者に全責任なんてあると思ってんのか?だったら出塁できなかったオレも葉山も悪いことになるぜ。オレらのどっちかが出塁してれば倉敷が返して同点。延長になればどうなってたかわからなかった。宮下が打たれてたかもしれねえし、オレらが爆発してたかもしれなかった。泣き言言ったってあの瞬間には戻れねえ」


「お前はまだ一年だ。まだまだ長い。この一戦で思い詰めるなよ」


 間宮先輩と葉山キャプテンが三間を励ます。あそこで一本出ていたら結果は違ったんだろうけど、最後の一打は悪くない当たりだった。アレは守備を褒めるしかない。


「お前らは秋とか来年の夏に意識を持ってけ。それで一回でも多く甲子園に来い。そうすれば俺たちも報われる。俺とは違ってこんなに早くベンチ入りしてるんだ。今度の主役はお前たちだぞ」


「真淵さん……」


「ひとまず投手は安心だな。大久保も宮下もいる。後は誰が上がってくるかだが……。二人先発できる投手が甲子園を経験しているのは大きい。どっちがエースになるかわからないが、どっちにしろ安心して見ていられる」


「だな。ウチの打線に大久保と宮下がいれば百人力だ」


 真淵さんと小林先輩がそんなことを言ってくれる。実際今日大久保先輩はかなり抑えていたし、この人がエースになったっておかしくはない。年齢を考えれば順当に行けば大久保先輩がエースだ。


 俺だって負けるつもりはないけど。


「投手問題はいいけどよ。誰がキャプテンやるんだ?二年でそういう話って出てんのか?」


「いやあ、出てないっすね。ほら、俺らの代っていわゆるハズレ年じゃないっすか。特別推薦枠だって三石だけだし、実際レギュラーになれたのは三石だけだった」


「あのなぁ、村瀬。そうやって自分を卑下するのは感心しないぞ。あんなの、スカウトの基準で決まってるだけだ」


 新堂先輩の疑問に村瀬先輩と三石先輩が答える。俺や三間が選ばれた特別推薦枠って、上の代だと三石先輩だけなのか。高宮や千駄ヶ谷がもらったような推薦なら何人かいるんだろうけど、二枠を使えなかったというのは学校側からすれば残念に思えてしまうだろう。


 戸川スカウトも来年は不作になりそうだって予選前に言ってたな。多分その不作っていうのがハズレ年と呼ばれるものなんだろう。


 こっちがいくら良い条件を出そうと、相手が帝王に入る意思がなければ関係ない話だ。涼介なんていくら誘っても入らなかっただろうし。特別推薦を渡せる選手っていうことは中学時代にしっかりとした結果を残したということ。そんな選手はどこの学校からも引っ張りだこになる。


 その二枠で全てを語れるわけでもないんだろうけど。実際誰が次のキャプテンになるのか気になる。


 葉山キャプテンは実力とじゃんけんの強さから。リーダーシップだってある。キャプテンに実力はなくても良いけど、ベンチに入れるくらいの実力とチームを纏める力は欲しい。


 そういう意味では本当にウチの学年は一択だ。仲島で良い。そう決めてしまえば気が楽だ。


「オレらの代は仲島で確定っすわ。副キャプテンはわかんないっすけど」


「あはははは!一年がもう決まってんのかよ!んで、二年は?誰が良いとかって話してないのか?」


「なーんか、誰も上に立ちたがらないっていうか。まずはレギュラーとベンチ入りを目指すことが優先でそこまで考えが至ってない感じっすね」


「俺はやらないぞ。外野でキャプテンだとタイムの時に困るだろ」


「げえ、第一候補が消えた」


 唯一のレギュラーだった三石先輩が辞退する。となると内野でレギュラーになれそうな人か。


 大久保先輩もベンチに入ってるけど、よっぽどのことがない限り投手でキャプテンはやらない。


 で、都合の良いことにベンチに入れる可能性が高くて内野手の二年生が一人この場にいるわけで。その人に視線が集まる。


「……俺⁉︎」


「一番丸く収まるだろ。やれよ、村瀬」


「キャプテンはさっさと決めておいた方が良いぞー。チームが向く方向がわかる」


「町田、パス!」


「キャッチャーにタスク増やすなよ」


「高宮も同じこと言ってたっす。ブルペンに入ることが多いキャッチャーにキャプテンまでやらせるのはキツイって」


「逃げ道なしかよ⁉︎」


「だってよ、他に誰がいるんだよ?」


 ベンチ入りメンバーで考えるのなら適任は村瀬先輩だ。二軍の二年生から選んでも良いんだろうけど、正直この人って人が見当たらない。


 最後は二年生で話し合うんだろうけど、どうなるんだか。穏便に決まってくれれば何でもいい。


「キャプテンも決まりそうなら、俺たちの憂いもねーな。これで安心してセレクションの準備をしながら後輩たちを弄れる」


「んなこと考えてるんですか⁉︎早川先輩!」


「引退する三年生なんて皆そんなもんだぞ。ベンチに入ってた俺たちは全員大学とかのセレクションを受けるし、そうなったらBグラウンドを借りて練習させてもらうだけだ」


「進路かぁ……」


「まあ、甲子園に出たからセレクションとかめっちゃ有利に進むけどな。お前たちも全員言えるぞ。甲子園のベンチメンバーでしたって。それだけで八割の大学のセレクションは受かる」


「マジっすか⁉︎」


 そういう話はよく聞くけど本当だったんだ。甲子園が一つの指標になってるっていうのはわかりやすいからだろうな。ベンチに入れるってことはそれだけの実力だったから。それで基準値は満ちたって判断されるんだろう。


 それがレギュラーで活躍していたとなれば合格率もドンと上がるんだろうな。


「俺たちの進路なんてどうでもいいんだよ。後輩のお前らは明日からの休養でしっかりと休んでおけ。んで春の甲子園に出ろ。応援に行ってやるから」


「休養なんてあるんですか?」


「一年の宮下は知らなかったか。三日くらい休みになるぞ。移動とか暑さとかで絶対に疲れが溜まってるからお前らは休め。ベンチに入れなかった奴らは次のチャンスのために練習してるだろうけどな」


「それ聞いて休んでられないっすよ」


「休め、バカ。休める時に休むのも練習の内だ。三間、お前なんて帰省したっていいんだぞ。この休みと年末年始くらいしか帰省するチャンスはないからな」


 野球部に入った以上、休みなんてほとんどもらえないものだと思っていた。そんな年に二回しかない纏まった休み。


 俺ができるのは家族への恩返しくらいだろうか。


「彼女がいれば海とかプールに行けんのになあ。この中に彼女いる奴ゼロってマジ?」


「マジだろ。いたら誰かしら自慢してそうだし」


「あああ〜〜〜。彼女欲しい〜〜〜」


 神戸の最後の夜はそんな風に更けていった。


 次は、最後まで残りたいと切実に思った。
















チャット 三姉妹の秘密の花園


トモちゃん帰っちゃヤ:やっとこっちに顔出せた〜。


マネージャーめんどい:お仕事お疲れ様。あたしらまだバスの中よ。


一年早く生まれてたら:わたしも。朝方には着く予定だって。


トモちゃん帰っちゃヤ:そっちも疲れそう。私はホテルだからベッドだけど、そっちはリクライニングシートとはいえバスの椅子でしかないもんね。


一年早く生まれてたら:バスで帰ってきた日の次の日は全身痛いもん。夏休みで良かった……。


マネージャーめんどい:あたしはもう慣れたわ。やっぱり柔軟とかでどうにかするしかないわよ。


トモちゃん帰っちゃヤ:事務所でマッサージ受けなよ。それくらいお母さんが融通してくれるでしょ。


一年早く生まれてたら:そうする。シニアの頃は関東大会だったから車中泊なんてなかったのに……。これだけは甲子園嫌いかも。


マネージャーめんどい:勝ってたらたぶんそんなこと言ってなかったでしょ。三回戦は早かったけど、相手が悪かったわよ。強すぎ。


トモちゃん帰っちゃヤ:そうねえ。色々な人から話を聞くけど、やっぱり前情報だと帝王か習志野学園のどちらかだったもの。トモちゃんに勝ったんだから優勝してくれないと困るわ。


一年早く生まれてたら:今日はお兄ちゃんが出てなかったから特に見応えなかったなぁ。帝王が負けちゃったのもあるんだろうけど。


マネージャーめんどい:試合自体はすっごい高レベルのものだったわよ?ホームランも出たし、投手も思った以上に打たれてないもの。


一年早く生まれてたら:千紗お姉ちゃん。何で今日お兄ちゃんは投げなかったの?お兄ちゃんが投げてたら結果は変わってたんじゃない?


マネージャーめんどい:まあ、何か変わってたかもしれないけど。智紀は前の試合で先発しちゃったから長いイニング投げさせる気がなかったんでしょ。だから野手としても出てこなかった。でも延長を見越して実力のある投手を残さなくちゃいけなかったのよ。それだけ智紀は信頼されてたってこと。


一年早く生まれてたら:それでも納得できないよ。お兄ちゃんが一番凄いのに。羽村さんや柳田さんばっかり注目されてるよ。


トモちゃん帰っちゃヤ:美沙ちゃん、二年後よ二年後。二年後にドラフト一位をトモちゃんが独占してれば良いの。


マネージャーめんどい:いやあ、今のままだったら涼介君欲しいところもいっぱいあるでしょ。


一年早く生まれてたら:秋からはお兄ちゃんが中心になるよね?


マネージャーめんどい:エースになったとしても全試合投げるわけもないから。


一年早く生まれてたら:野手としても出てくれるでしょ?


マネージャーめんどい:エースになったら併用なんてするかしら……。その辺は智紀の体力と監督の采配次第よ。


トモちゃん帰っちゃヤ:そこは楽しみだなあ。秋はちょっと遠いから、当分トモちゃんのピッチングは見られないのよね。ブロック予選?とかって免除なんでしょ?


マネージャーめんどい:そうね。夏の優勝校はブロック予選免除だから、智紀が投げるとしても最速で九月の下旬。一ヶ月以上間が空くわ。


トモちゃん帰っちゃヤ:長いなあ。仕事してたらすぐかもしれないけど。甲子園にトモちゃんがいないのはやる気が出ないなぁ。あと十日は拘束されるんだもん。


一年早く生まれてたら:喜沙ちゃん、お仕事頑張って。わたしたち、お兄ちゃんの休みに合わせてお父さんの御墓参り行ってくるね。


トモちゃん帰っちゃヤ:お盆だもんね。私は仕事で帰れそうにないや。


マネージャーめんどい:了解。母さんには言っておくわ。


一年早く生まれてたら:そういえばお兄ちゃんって何日お休みもらえるの?去年の休みは千紗ちゃん、お兄ちゃんの国際大会に行ってたから何日って詳しく覚えてないんだけど。


マネージャーめんどい:一応三日よ。そうしたら新チームで動き始めるわ。


トモちゃん帰っちゃヤ:週一以外の休みで他の休みがお盆と年末年始の短い日数だけって。もしかして野球部ってブラック企業なのかしら?芸能界もそこまで酷くないのに。


マネージャーめんどい:甲子園目指すってそういうことなんだよ。っていうかお姉の場合は母さんの調整が上手いからでしょ。


トモちゃん帰っちゃヤ:それはそうかも。私も休みは担保されてるからね。


一年早く生まれてたら:家に帰ったら何か作って待ってるよ。そろそろ完全消灯時間みたいだから終わりにするね。おやすみなさい。


マネージャーめんどい:あたしもだわ。おやすみ〜。


トモちゃん帰っちゃヤ:おやすみ〜。あ、二人とも休みの間に抜け駆け禁止だからね⁉︎


一年早く生まれてたら が ログアウトしました。


マネージャーめんどい が ログアウトしました。


トモちゃん帰っちゃヤ:ちょっと二人とも⁉︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る