4−2−5 甲子園・急 習志野学園戦

 三間は言われた通り、ほぼ何も考えなかった。頭を空っぽにして来た球全てを打ちにいくつもりだった。元々リードを読んで打つタイプではない。ストレートが来そう、変化球が来そう。そんな大雑把な考えのまま持ち合わせた動体視力でボールに合わせて、ボールとバットがかち合ったら筋力で持っていくスタイルだ。


 そんな三間が普通ではないと言われる涼介のリードを読めるわけがない。


 ここで訂正しておきたいのだが、涼介のリードは中学の頃はそこまで突飛だと言われなかった。元々涼介に配球のことを教えたのは彼の姉と、バッテリーを組んでいた市原。その二人の価値観は至ってオーソドックスなもの。


 だというのに何故涼介のリードは変だと言われるのか。


 本人が普遍的なリードではいつか打たれると危機感を覚えたこと。これは彼が中学二年生の頃の出来事だ。秋の大会となれば二年生が最高学年。他の強豪チームも同じ条件で、純粋な才能と努力で結果が出る場面だ。


 涼介が野球を始めて初めての最高学年となった大会。千葉第三中学は部員が十一人というギリギリしかいないながらも県大会を制する一歩手前まで行った。そう、一歩手前で負けてしまったのだ。


 その相手は柳田のいた中学校。柳田に抑えられた以上に柳田のチームに打たれたのだ。


 それまでは規格外と言っていい市原の才能もあってオーソドックスな采配でも抑えられた。逆に言えば市原が凄すぎたためにそこまでリードに力を入れてこなかったと言っていい。


 それから涼介はリードを学び、意表を突くようにした。が、やはりここでも市原という天才が関わってくる。市原という完成された投手を前にすれば、本当に強いチームでもないとありきたりなリードで完封を平然としてしまうのだ。


 だから涼介は強敵相手にだけおかしなリードをして。その結果春には全国大会に出てしまったので一躍有名になった。とは言え、そのおかしなリードをしたのもに試合だけ。


 変なリードをするのは投手にもよる。


 市原のような投手が相棒ならそこまで変なリードをしない。ある打者にだけセオリーを外すなどはしても一試合丸々変なリードをすることはない。そんなことをしなくても市原はその実力で抑えられたために。


 U-15で智紀と組んだ時も変なリードはしなかった。使える球種が多かったことと、ストレートが他の投手と比べても異質だったために智紀の実力でどうとでもなったのだ。


 だが阿久津や小池をリードする際には特殊なリードをしなければ打たれると感じてセオリーから外しただけ。その印象が強く残ってしまっているのだろう。


 涼介は三間のことを見て、柳田のボールの調子を見て。変なリードは要らないと考えた。


(実力は同じくらいじゃないか?ならここで芳人には実力で三間を抑えたと自信に繋げてほしい。この場面、もし投手がヒロだったとしても三・四番には意表を突くリードをしただろうし、三間なら王道で攻める。芳人はいつまでヒロと比べてるんだか……。智紀とも比べてるけど、そもそもが全然違うタイプの投手だろうに)


 そう思っても柳田はその二人と比べることをやめない。それが返って原動力になっている節があるので涼介もあまりとやかく言わないが、試合中にも比べるのはやめてほしかった。


 とにかく初球。インローへストレートを。威力のあるボールが低めに決まって三間は空振り。左対左は打者からすると背中からボールが来るように見えるので微妙にタイミングや軌道がズレるのだ。


 二球目はフォークがワンバウンドしてボール。溢したり後ろに逸らしたりしなかったためランナーの葉山は走れなかった。葉山だって足は速い方だが、完璧なスタートができなければ涼介の送球でアウトになる確率の方が高かった。そのため未だに一塁に釘付けだ。


 三球目。アウトコースへストレートを要求する。インコースで押せ押せにして最後をカーブで仕留めるのも悪くはなかったが、柳田の力量を信じてアウトコースのストレートで追い込み、最後をインハイ胸元で仕留めて内野ゲッツーあたりにするのが一番だと涼介は考えた。


 そのためアウトコースへ身体ごと動かしたが、柳田が投げたボールはインコースへ向かっていった。


((逆球だ!))


 投げた柳田も受ける涼介もそう思ったがもう遅い。


 三間はストレートに全力で合わせる。ここではストレートが来ると三間も直感で思っていたのか、身体が開きバットの根っこでボールを捉えた。


 鈍い音と共にボールが浮かぶ。だが内野は超えていくボールを見て葉山は走り出した。


 フラフラっと上がった打球は一・二塁間を超えていきライトの八柱の前に落ちた。滞空時間が長かったからか葉山は二塁を蹴って三塁へ向かっていた。


 今ライトは涼介ではなく、八柱は久しぶりの外野守備だ。そのため若干動きがぎこちなかったという理由もある。八柱も捕ってからすぐに内野にボールを返したものの、葉山の足を止めることはできなかった。ライト前ヒットになり、一アウト一・三塁に。


 打たれた理由がわかりきっているために涼介はマウンドへ行くことはなかった。柳田も今はキャッチャーからの慰めの言葉を求めていなかった。


(逆球でも甘いボールじゃなかった。それに力はあったからどん詰まりのポテンヒットになったんだ。これで慰めに行ったら投手のプライドをズタズタにするだけだろ)


 涼介はそういう考えでマウンドに向かわなかった。ピンチは広がったがまだ失点をしたわけでもない。


 続く六番の中原で欲を言えばゲッツー。最低でもアウトにすれば厳しい状況でもない。


 ストレートで追い込み、落ちる変化球で内野ゴロにするのがベスト。だが打者の中原はキャッチャーだ。そんなオーソドックスのリードでは打たれると考え、涼介は初球からカーブを要求。


 そのカーブだけを、中原はこの打席で狙っていた。


(ほら来た!ピンチでウィニングショットを投げない投手がいるかってんだ!)


 中原は三間の打席を見ていて、ストレートに押し負けていたように見えたのでストレートを狙うことはなかった。ここで欲しいのは打点。しかもアウトにならないヒットが望ましい。


 その状況で犠牲フライを狙わずにあくまでヒットを狙っていった。勝ち越すためには中原がランナーとして生きてチャンスを広げる必要があった。


 狙い球を打った。そこまでは良かった。だが打球は思ったよりも浮いてしまい、ヒットにはならなかった。レフトへ高く浮き、ほぼ定位置でレフトの常盤の足は止まっていた。


 だが犠牲フライには十分。常盤のグラブにボールが収まったのを見て葉山がスタート。


 常盤は内野の柏木にボールを返球するだけ。タッチアップは定位置ではほぼ刺せない。それよりは一塁ランナーの三間が進塁しないように内野へ返す方が先決だ。三間は定位置のフライだったためにハーフウェイから一塁へ大人しく帰塁した。


 タッチアップが成立して5-6に。点を取って取り返してのシーソーゲームが続いていく。まだどちらに転ぶかわからない状況に応援する人々はハラハラと、純粋な観客は楽しんで試合を見続ける。


 そして一点が取られたために、涼介はタイムを使ってマウンドに上がった。


「カーブを狙われてたな。その上でアウトにできたのは大きい」


「だが一点は一点だ」


「一点くらいすぐ打ち返すから気にするな。これ以上は相手に勢いをつかせるから、ここで切るぞ。六回までだしまだまだいけるだろ?」


「ああ。茂木さんが七回からは変わらないんだな?」


「らしい。だからあと一イニングとちょっと。捻じ伏せろ」


「了解」


 話した内容はそれだけ。柳田は七番の霧島に対してストレートで押してセカンドゴロに切って取った。


 五回の表が終わったことでグラウンド整備が挟まる。トンボで整地をして、放水をすることでグラウンドの温度も下げようとする。焼け石に水だが。


 この間は選手たちは休憩だ。前半戦が終わり、後半戦の前の小休止。


 まだまだ暑い甲子園球場。気温計は34度を示していた。

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