4−1−7 甲子園・急 習志野学園戦
三間のヒットエンドラン成功による歓声が湧き止まぬ中。続く六番中原が打席に入る。
まだ一アウト二塁で得点圏にランナーがいる。しかも帝王打線は下位打線でも点を奪える。ここから更に得点を期待できる場面だった。
東條監督も二連続の奇襲をするつもりもなく、ここからは打線の純粋な打力を信じることにした。中原への信頼がないわけではないが、そんな危険な賭けをするにはクリーンナップほどの打力か、失敗してもスチールが成功するほどの足が欲しい。
三間はそこまで足が速くなく、中原も打力はある方だがエンドランをしたばかりで警戒されている。ここでエンドランはなしだ。
そして名塚も、やられっぱなしではいられなかった。
(六番中原。さっき打たれはしたが、正直こいつが春にクリーンナップだったことがおかしいんだ。三間も良い打者だろうが、まだクリーンナップを任せられるほどの打者には思えない。アイツは涼介とは違う。涼介以下の一年生にクリーンナップを奪われるくらいの実力しかない奴だ。……まあ、その中原にも三間にも打たれたのは俺だが)
そう考えながら一旦プレートを外して後ろを見る。今日は一番を打っているショートで頼れるキャプテンの柏木がグッと親指を立てた。何も言わなくても言いたいことが伝わったらしい。
そのままファーストの八柱も見る。いつでも自分たちの代を支えてきてくれた頼れる主砲。今日からは涼介に四番を譲るが、三年で頂点の打者は静かに頷く。
そしてその八柱の遥か後方。ライトの芝の上に立っている涼介の方も見る。去年から知っていた、サブポジションまでこなす怪物くん。新しい扇の要も視線に気が付いてグルグルと右腕を回していた。
任せろと。全員が何かしらのアクションで伝えていた。
「「「いけ!
誰もがそう言い、更に声を出す守備陣。
名塚が打たれたのなら仕方がないと思える。それだけの信頼を重ねてきた自分たちの代のエースだ。実際春の甲子園も名塚で負けたのなら仕方がないと腹を括れた。
だが、負けが決まるその時まで諦めることはしない。たとえ名塚が打たれようとそれ以上に打ち返してみせる。名塚に勝ち星をあげられなくても、黒星だけはつけないように奮闘する。
そういう意識ができているチームは、強い。
名塚はその声援を受けて投げる。魂が籠ったのか、声の後押しがあったからか。気迫のストレートで中原を空振り三振に切って取った。
そして続く七番の新堂に関しては、もうクリーンナップではないとマウンドの上から見下しながら大石のミットを見た。
(こいつは宮下が投手だからレギュラーなだけだ。アイツが野手専属だったら三間のように背番号も奪われてただろうな。まだ次の三石の方が総合的に上なんじゃないか?打率も三石の方が良かったし)
データから見る客観的な事実と、帝王が行っている采配からそう感じ取っていた。名塚は半レギュラーみたいな選手には負けないと自信を持ち投げる。
すぐに追い込み、最後はカットボールを引っ掛けさせてファーストゴロに切って取った。せっかくのチャンスで追加点を取れなかったが、それでも一点は奪った。また二点差だ。
三回の裏になり、習志野学園の打順は九番の名塚から。名塚は先頭打者ということで気持ちを楽に打席に立った。ここで出塁できなくても次の上位打線に任せるのもアリだと考えていた。名塚は投げているために塁に出て余計な体力を持っていかれるのは御免被った。
そんな名塚も一応打つ姿勢は見せるものの、空振り三振に倒れた。打つ気が無かったために簡単に倒せたが、ここからは上位打線。
一番の柏木はここから二点以上を奪いに行こうと打席に立った。柏木はここでもう一度情報収集をする。狙い球を絞らずストライクゾーンのボールを全てカットする勢いでボールの全てを観察した。
稲毛が凡退したボールであるカーブのことも見て、付け焼き刃のボールだと理解していた。このボールだけ完成度が異様に低いのだ。フォームもちょっと崩れていたので見分けはできるとベンチに伝える。
そして粘った結果、四球を勝ち取っていた。一番打者の役目をきちんと果たし、いつもなら自分のために整えてもらう状況を柏木が作りにいく。
二番の常盤は初球を振りに行く。ストレートだと思ったが4シームにしては回転が綺麗ではないと思いムービングボールだと断定してバットを出したが、それは横にズレるのではなく下に沈んだ。
(ハァ⁉︎)
常盤は驚きながらも沈んだことを見て片手一本でバットを振った。途中から片手で振ったことでバットが遅れて当たったボールはキャッチャーの後方へ転がる。
今のボールを見て常盤は半速球でもムービングではないとわかった。
(2シーム、か?いや変化したのか……?カーブといい失敗作でどうにかしようと破れかぶれになっている感じが凄いな。勝ちに貪欲っていうのは良いことだろうが……)
常盤の予想通り、小林が今投げたのは2シームだ。ただあまり投げたくない理由があって、2シームはコントロールがあまり効かないこととシュート方向にしか曲がらないためシュートを投げられる小林はあまり投げたがらなかった。
そして三球目。
常盤はサインも出さずにセフティーバントを仕掛けた。本当に何も予兆がなく、しかもかなり勢いが落ちていたためにサードの倉敷がダッシュでチャージをかけて素手で捕りランニングスローをするが、常盤の俊足には追いつけず、セーフ。
ランナー一・二塁になってしまいここからはクリーンナップだ。いっときも気が抜けない時間がやってきた。まだ一アウト。どうにかチェンジに持って行きたいところだ。
そう思っていたら一球目。
まさか投げる前にバントの構えをしてくるとは思わなかった。
三番の八柱は今まで四番を任されてきたのだ。そんな打者が初球からバントの構えをしている。かなりの信頼を得ているクリーンナップが、まだ序盤の三回に自己犠牲の送りバントの構えをしてくる。
なりふり構っていられないと捉えるべきか。
元四番が自己犠牲をしてまで任せられる打者が次に控えているのか。
どちらにせよこんな風に揺さぶってくる。送りバントなら素直にアウトをもらっておきたいが、ゲッツーも奪えずに得点圏にランナーを置いた状態で四番の涼介を迎えたくない。
ここでバスターエンドランを仕掛けてくる可能性もある。
守備にもう一度バント警戒のサインを出しつつ、クリーンナップに最大級の警戒をさせた。
一球目は警戒のために大きく外した。そのボールの軌道を見てバットを引いた八柱を見て本当に送りバントをするのかもしれないと誰もが予想した。そしてまさか、とも思った。
二アウトにしてでも四番に回したいという意思表示。このヒリついた試合状況でそこまで一年生に期待を抱いているということに驚いた。確かに打率や得点圏打率、そして四番に起用した信頼度から涼介に託そうとする清田監督の采配も決して責められるものではない。
この場面でゲッツーにでもなってしまえばチャンスが潰れてしまうどころか攻撃が終わってしまう。バントなら成功しても失敗しても次の涼介に回す確率は高い。
そして習志野学園は、名門校であってもどんな打者でもバントを状況によってはしてくる。取れる手段はなんだってしてくる。打撃力が高いためにバントは試合ではあまり見ないが、今回のようにバントをしてくることはある。
スクイズも数は多くないがしてくるチームだ。そう考えれば送りバントくらいはおかしくない戦術だ。
ボール球を多くして四球にしてピンチを広げるのもどうかと考えたので帝王バッテリーはストレートをストライクゾーンに投げた。
八柱は打ち上げることなく、しっかりと小林の前にボールを転がした。三塁も二塁も間に合わなかったので一塁へ送球してアウト。
二アウトにしたものの、結局ピンチを広げて四番というチームの主砲に打席を回してしまった。
涼介がネクストバッターサークルから立ち上がると習志野学園側の観客席からとびっきりの歓声を浴びていた。
それだけ涼介も味方から信用されているのだろう。
序盤の山場を迎えつつあった。
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