3−2 マネージャー面接の場合

 入学式ということで学校は午前中のみ。クラス委員を決めてすぐに学校は終わった。短縮日課の場合学校が終わったらすぐ食事を摂って練習だ。


 だから更衣室で着替えてから食堂に来てご飯を食べているのだが。隣の三間がうざったい。


「何で〜?何で入学式の日に彼女に振られなあかんねん?」


「お前、関西人だったのか」


「香川だってちょっとは影響されるんだよ。ワイとかは使わないけど。んで、どうしたらいい?こっから関係修復できると思うか?」


 飯を食いながら泣きついてるこの男、実は全国区のスラッガーなんだぜ?見えないだろ。彼女に振られたくらいで女々しく泣きやがって。俺には経験がないからどんな気分かしらん。


 相談相手が間違っているような。野球部で彼女いる人はどれだけいるのだろうか。土日も基本は練習か他校との練習試合、または大会でデートとか行く暇なさそうだけど。


 まだ女子マネの先輩方に相談したほうがいいと思う。でもやっぱりというか。遠距離恋愛なんて長続きしなかったな。


「でも、新天地で頑張ってください、応援してますってメールで言われたんだろ?向こうがヨリ戻そうって考え皆無な感じするから、無理じゃね?」


「があああ!何で⁉︎オレ、悪いことした⁉︎」


「東京を選んじゃったくらいじゃない?ほぼ会えない彼氏ってどうかと思うし」


「会えない相手より、身近な誰か、だろ。本当に三間のことしか想っていないなら、東京に付いてきただろう。それほどの女性ならな」


 それは厳しくないかい?高宮さんや。そんな覚悟決まった高校一年生いたら、それはもう尊敬する。彼氏のために自分の人生を決めるってことだからな。


 いや、この学校の女子生徒ってちょっとそういう感じあるのか。高校生の時のステータスのためにここを選んだ人もいるんだから。


 でも香川から出てきて、応援してくれる彼女だったら。とてつもない純愛だよなあ。


「二人はこの状態なこと知ってたな?だから朝あんなによそよそしかったんだな?」


「しょうがないじゃん。昨日の夜からずっとこうなんだもん。失恋話永遠聞かされる僕たちの身にもなってよ」


「別れたという十全たる事実があって、そこから進めないのは三間の弱さだ。そこに俺はどうこう言うつもりはないぞ。さっさと立ち直れ。彼女が欲しいだけならそこらへんの女子生徒に告白してこい。そう言ったんだがな」


「それはそれで鬼畜だろ」


「彼女が欲しいんじゃなくて、彼女と付き合っていたいねん!」


 三間もかなり重症だな。お熱が過ぎるというか。


 でも、この帝王学園を選んだのは三間だ。彼女が香川に留まると選択したのも、彼女の意思だ。そうして二人の道は違えてしまったんだから、今更何言っても意味ないじゃないか。


 俺だって彼女は欲しいし、もし振られたら泣くかもしれない。けど、それを引きずるのは野球に失礼だ。もうすぐ練習が始まるっていうのに、いつまでメソメソしてんだよ。


 電話するかメールするか、直接会ってちゃんと話し合うか。上二つは昨日の時点でやってそうだけど。


「ごちそうさまでした。お先」


「俺もお先」


「僕も〜」


「待てや!置いて行くなや!」


「練習始まる前に準備運動はしておきたいんだよ」


 食い終わってないのは三間の責任だし。食ってすぐ動くのはキツイからある程度身体を動かしておきたい。


 恋愛相談をされても、俺にどうにかできると思ってたのか?経験全くないのに。


 ……言ってて悲しくなってきた。練習に集中しよう。



 今日俺はフリーバッティングのピッチャーに志願していた。ブルペンは埋まっていたし、先輩方に投げたことがなかったので投げてみたかったことと、他の二年生みたいに走りたくなかったからだ。


 今一年生は二つのグラウンドの周りを走っているんだけど、それを見て歓声を挙げている女子生徒たち。暇人かよ。


 朝の一件があったので、上級生の女子怖いと思い、近寄りたくなかった。名前バレてるみたいだし。ブルペンは独立しているので、その周りにも女子生徒はいる。第二グラウンドの周りが、一番女子生徒が少なかった。それでも結構な数が野球部の見学に来ていたけど。多分一年生の女子もかなりの数が来ている。本来ならどこの部活も体験入部期間なんだけど、野球部と他のスポーツ系の推薦入学者のみ一年生でも練習に参加している。


 野球部のマネージャーは初日に募集をかけて、それで決めてしまうらしいのだが、他の部活に入ろうとしている一年生は今日暇なのだ。だから毎年入学式の日はたくさんの女子生徒が来るということ。マネージャーの面接を受けたまま見学している生徒もいるらしい。


 というわけで俺は逃げたわけである。彼女は欲しいが、女の人の声援のために野球をやっているわけではない。それに純粋に怖いし。だからこっちで練習に打ち込みたかったわけだ。


 今日も調子は悪くない。フリーバッティングということでストレート九割、変化球一割くらいで投げているが、やっぱり先輩たちはすごい。俺のボールをぽんぽん飛ばす。柵越えまではされてないけど、ちょっと甘く入ったら長打だ。


 フリーバッティングだからボール球を投げられず、勝負に行くしかないっていうこともあるけど、いやー打たれる。調子悪くないんだけどな。


 帝王学園の層の厚さを実感しながら投げていると、キャプテンの葉山先輩が右打席に入った。プロ注目のバッターだ。試合では三番を打っているスラッガー。


「宮下。本気で来い。真剣勝負だ」


 キャプテン、フリーバッティングですよ?今はゲージ一つでやってるし、守備もキャッチャー除いて七人いますけど。


 でも、その申し出を断る理由はなかった。これだけの打者相手に本気でやれることなんて滅多にない。この申し出は俺にとってとてもありがたかった。



 そこでは一軍の練習が行われていました。女子生徒が歓声を上げながらも、一軍の練習はとても高い集中力を保ったまま、周りの声なんて気にしないかのように練習に打ち込んでいます。


 そんな中で第一グラウンドの様子が変わりました。歓声は変わらずなのに、グラウンドの視線が中央に集まります。


 そこではフリーバッティングを行なっているんですけど、なぜ誰もが注目しているのか。それは投げている人と、バッターが誰かを確認すればすぐにわかることでした。


 バッターはキャプテンの葉山さん。投手は入学したばかりだけど新入生では一番知名度のある宮下くん。三年生で最高のバッターと、一年生でアメリカを相手に抑え込んだ注目株。その二人が練習とはいえぶつかるというのなら、その結果を見守りたいと思うのも当然でしょう。


「えっ、宮下君もう一軍の練習に参加してるの!」


「どうでしょう?そんなに早く一軍に上がれるとは思えませんから……二軍としてピッチャーを務めてるのかも」


「そっかあ」


 隣にいるのは先ほどマネージャーとしての面接を一緒に受けた木下奏きのしたかなでさん。彼女も私と同じく帝王学園のマネージャーになりたくて来た生粋の野球オタク。ああ、どうでしょう?高校野球オタクかもしれません。


 でもマネージャーになろうとする人でも、野球が好きじゃない人も多いみたいで。面接を受ける前に感じただけですけど。今周りで練習を見ている人たちも野球が好きでも、野球部が好きなわけでもなく、帝王学園で野球をやっている誰かが大事。そんな風に見えてしまって。


 宮下くんが振りかぶって投げます。そのボールはインハイへ突き刺さるストレート。葉山さんはそれをフルスイングしましたが、若干軌道が合わずに空振り。ボールの下を振っていましたが、そのスイング音を聞く限り、当たっていたらどうなっていたか。


 その完成されたフォーム。まだ伸び盛りの、成長途中の身体から計算された、美しいとも思える無駄のない動き。しっかりと鍛えられた下半身が重心を纏って上半身に力を伝えて、リリースの瞬間に放たれる綺麗な白い糸。


 その軌道は芸術品のように、指からミットを繋ぐ弾丸のような一本の道筋。


 葉山さんのスイングスピードもそうですが、宮下くんが投げたストレート。とても一年生が投げるスピードじゃありません。その速度に、キレに、回転の綺麗さに、伸びに。私たちは息を飲み、見守っていた1軍の方々は口笛を吹いて賞賛していました。


「はーやま。空振ってんぞ」


「予想以上だった。でも、次は打つ」


 確かに次は打ちそうです。タイミング自体はそこまで間違っていなかったんですから、きちんと捉えれば今の発言も間違いじゃないはず。


 それよりも衝撃だったのは、帝王学園じゃなければすぐにでもエースになってしまえるような、そんなストレートを投げた宮下くん。


「速くない⁉︎」


「アメリカ戦で138km/hを記録してたから予想はしていましたけど……。うん、速い」


 キャーキャー言いだす観客の女子生徒たち。言いたくなる気持ちはわかりますけど。


 二球目はアウトコースへのストレート。宣言通り、合わせてきてファールを一塁側へ打ちました。


 三球目はシンカーを。初めて投げた変化球のはずなのに、これを捉えてレフト前へ。でもそれで終わりじゃありません。これは試合でも一打席勝負でもなく、練習なのですから。あ〜という残念そうな黄色い声も挙がっていますが、宮下くんは逆に笑っています。


 打たれたことが悔しくて苦笑しているわけではなく、楽しんでいる笑顔です。次の球も、すぐに投げます。


 ストレート、スライダー、チェンジアップ。それらを織り交ぜても葉山さんは食らいつくどころか打ち返していきます。そして最後には、センターの頭を超えるような打球を放ちました。


 プロ注目の打者というのは偽りなし、ですね。赤子の手を捻るように、とはいきませんでしたが、軍配は葉山さんに挙がったと言っていいでしょう。


 でも一方で。きちんとキャッチャーもいて、カウントもしっかり使ってよかったら。実戦形式の練習だったら。それこそ紅白戦だったら。どうなっていたのか、気になってしまいます。


「次俺な」


「お、ずりい。宮下、こっから先も全力な」


「そうそう。本気じゃないと練習になんないよな?」


「ご勘弁を……」


「ああん?葉山には全力で投げて、俺らには手抜きとか舐めてんじゃねえぞ!」


「舐めてるわけじゃないでしょ。全力で投げ続けたら疲れるし。それに間宮まみや。それパワハラだぞ?」


 ああ、宮下くんが他の先輩方にも絡まれています。実力が認められたということでしょうけど、フリーバッティングでずっと全力って大変ですよね。


「……宮下君、カッコよすぎない?将来有望で、顔もイケメンとか、どうなってるの?」


 あらあらあら。木下さん、もしかしてホの字なんでしょうか。確かに顔はカッコいいでしょう。野球もかなりの実力者ですし。


 野球が好きだからこそ、ですかね。


 話したこともない人に惚れるのは、一目惚れの範疇でしょうか。スポーツの実力と顔に惹かれたのは一目惚れか。ちょっと辞書で調べたくなりました。


 あまり言いたくありませんが、部員とマネージャーの恋愛はどうなんでしょうね。さっきの面接で特に何か言われたわけではないですけど、こうも人気の野球部だと問題がありそうですけど。


 それに宮下くんは、なんというか倍率が高すぎる気がします。見学に来ている人たちのほとんどが今や宮下くんに注目しています。打者だったら打てる人、投手だったら速い球を投げられる人が注目されやすいです。わかりやすいですからね。数字とか、ホームランとか。


 そして周りから見れば余計に魅力的に映るでしょう。キャプテンとの勝負に引けを取らず、この練習の意味を知っている人なら宮下くんが不利だってわかりますからね。そんなことをやってのけたのが一年生で、他の一軍の人にも実力を認められて勝負を吹っかけられているんですから。


福圓ふくえんさんは、どう思う?うわうわ、ちょっと直視できないんだけど……」


「惚れやすいですねー。私は別に……。すごいなあと思っても、恋愛感情は芽生えませんよ。恋愛をするためにマネージャーになりたいわけではありませんから」


「いや、わたしだって甲子園に行く選手を応援したいのが志望の理由だよ?でもあれは反則だって。実物見ちゃうと他の人のこと言えないなあ」


 反則、ですか。好きになるのも仕方がない反則というより、野球の実力の方が反則だと思います。あのアメリカ戦を見て、宮下くんと羽村くんの別格ぶりは誰の目にも届いたことでしょう。そんな2人が甲子園常連校に進むのも間違っていないですけど、どれだけの人に影響を与えたことか。


 私が進学先を帝王学園にしたのも、彼と三間くんが進学先としてここを挙げていたから。宮下くんが投げていて、他の東東京の学校では勝ち目がないと判断したから。


 彼らはきっと、高校を卒業したらプロになるでしょう。それほどのピッチャーとバッターが同じ世代に、同じ学校に揃っているんです。他の学校を選ぶということは、三年間甲子園に行けなくなるリスクを孕みます。


 少しでも勝率を上げるため。そして入ったからにはどんなことでも手伝って、甲子園に行く。


 私は、福圓加奈子は、それほど甲子園に魅せられてしまったのだから。



「ふぅー」


 何人に投げたことか。何球投げたんだか。先輩方が満足したようで解放されたけど、すっげえ投げた気がする。手も抜けなかったし、とんだ災難だ。今は他の人にピッチャーを代わってもらったが、ぶっちゃけ投げすぎだ。


 ベンチに用意しておいたタオルで汗を拭って飲み物タンクからスポーツドリンクを入れる。あ〜、生き返る。


「先輩方!熱中するなとは言いませんけど、あれほぼイジメですからね!ウチの智紀が倒れたらどうするんですか!」


「わ、わりいわりい。宮下」


「葉山先輩はキャプテンなんですから、周りを諌めてください!仕事のうちですからね?」


「ムゥ。すまん」


「二度としないって誓えます?」


「二度とは横暴じゃないか?」


「球数制限するか、本気で投げさせるなって言いたいんですよ!智紀が肩を壊したらどうします⁉︎」


 おーう。千紗姉がさっきまで勝負してた一軍の皆さんに怒ってる。ほとんど三年生だから年上なんだけど、気にせずガミガミいくなあ。巻き込まれたくないからダウンやって、反対の腕でチューブかシャドウピッチングしたいな。


 ダウンしていると、監督してくれていたコーチのところにも直談判に行く千紗姉。責任者は誰かって言われたら、大人になるのも当然で。女子高生に怒られるコーチなんて絵面、見たことない。


 ダウンが終わった後、千紗姉がこっちに来る。クーラーボックスを手に持っていたと思っていたら、額にデコピンを喰らった。痛い。


「あんたもダメだと思ったらちゃんと拒絶しなさい。先輩だろうと監督だろうと、あんたの身体のことを大切にしない奴はクズよ。年下だからって全部に頷いてたら取り返しつかなくなるんだから」


「いや、立場ってものもあるし」


「立場だけで生きていけるわけないでしょ。練習で身体ぶっ壊して甲子園行けなくなってもいいの?プロになれなくてもいいの?筋肉疲労でいつの間にか筋を痛めていました、なんてこともあるんだから、もっと身体を労わる」


「……はい」


 ベンチに引っ張っていかれて、肘と肩にアイシングをされる。紅白戦と同レベルの集中力とそれ以上の球数を投げたんだからこの処置も当然。あー、冷たい。アイシングなんて久しぶりにやる。


 さすが野球部マネージャー。アイシングの手際がいい。あんまり千紗姉にやってもらったことなかったけど、部活で覚えたんだろうか。


「球数はカウントしてた?」


「さあ……?十六人に二十球ちょっとくらいだから、四百くらい……?」


「この大馬鹿。明日はノースローだから。そんで左のチューブはしっかりやる。アイシングが終わったらそこのボックスに戻しておけばいいから。あんたも諸々終わったら打たせてもらったら?」


「それまでフリーやってないでしょ。多分だけど」


「はい、終わり。勝負するならしてもいいけど、全員とやるな。アホ」


「ごめんって」


 アイシングが終わったら他にも仕事があるのか、どこかに行く千紗姉。このまま少し休憩した後、コーチに見てもらいながらタオルを使ったシャドウピッチングを行った。左腕、つまりいつもと違う方の腕でシャドウをやり始めた時はコーチや上級生にも驚かれたが、監督がこの調整方法を知っていたので説明をしてくれた。


 ただこれ、できる人にはいいんだけど、できない人は正反対の動きが全くできず、返って本来のフォームを崩す可能性があるので、推奨はされないということ。適性を見て判断することが決定されたが、俺はもう三年ほどやっているので問題なし。三間は全く才能なかった。


 これ、頭の問題と身体の神経の問題だからどっちか片っぽが良くてもダメなんだよな。それとフォームが狂っていないかの確認をする人も必要だから、ぶっちゃけ労力がひどい。


 それでも身体のバランスを整えるというのはパフォーマンス向上にとても良いのだけど。


 できない人は体幹トレーニングだったり、下半身の強化だったり地道にやらなければならない。継続は力なり、偉大な言葉だ。


 シャドウが終わった頃にはアイシングも外して、ロードワークに出た。野球場の周りを周回するだけだけど。練習を始めて結構時間が経っていたのに、まだ女子生徒がたくさん残っていて驚く。


 この人たち、千紗姉が言ってたやばい人たちばっかりなんだろうなあ。そんな人に応援されても、ねえ?

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