第21話 授業
馬車は、使用人用の通用門から城の内部へ入って行く。
先にスミスさんが降り、僕が後から降りると、そこには王子の侍従が待っていた。
「よくいらっしゃいました、殿下がお待ちです」
「お世話になります」
軽い挨拶を交わし、彼の後について行く。
中年の侍従の身体からは「何でこんな奴が」というモヤモヤとした嫌悪感が漂っていた。
僕は、王宮内の瘴気の多さにニヤリと口元を歪める。
かなり奥まで歩き、王族の住む場所の近くまで来た。
廊下の大きな窓から森のような庭が見える。
あそこに聖獣フェンリルがいるのだろう。
僕は、陛下への返事に「フェンリルに一目だけでも会いたい」とお願いしていた。
「さて、どうなるかな」
楽しみ過ぎて足が軽い。
機嫌の良い魔物にスミスさんは嫌な緊張感が高まるのを感じているようだ。
侍従は、王城に来て、はしゃいでいる子供にうんざりしていた。
いくら宰相の孫だといっても、どこから来たか分からない養子だと聞いているだろうしね。
心の声が黒い瘴気となって駄々洩れだ。
僕たちの調査結果を知っているのは宰相家の一部だけである。
国一番の調査員は国王相手であっても依頼主の秘密を漏らすことはない。
「こちらでございます」
兵士付きの扉が開き、中へと入る。
そこには王子と高齢の教師らしい男性が居た。
教師は睨み付けるように僕を見る。
「待っていたぞ、イーブリス、いや、リブ!」
王子の声に機嫌の良い僕は大袈裟に礼を取る。
「本日はお招きありがとうございます、デヴィ殿下」
と、仲の良さを見せつけた。
ギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうな顔になる教師と侍従。
引き攣った顔のスミスさんの耳には、高笑いしている魔物の声が聞こえているようだ。
とにかく授業を始めてもらうが、僕は王子の部屋を眺めている。
つまり教師の話などほとんど聞いていない。
理由はスミスさんでも分かる。
授業内容が『王国の歴史と人物』からの抜粋。 僕が既に読破している本だ。
「ほお、イーブリス君はこれはもう習得していると申すか」
「はい、四歳の時にここに居る護衛騎士が僕のために選んでくれまして。
とても興味深く読ませていただきました」
顔を引き攣らせる教師に僕はさらりと言った。
その仕草が気に入らなかったと見え、老教師はパタリと本を閉じると「試験じゃ」と言って質問し始めた。
しかし、シェイプシフターは記憶力が良い。
というか、人間と違って自分の身体以外の場所に記録しているのだ。
つまり変身している間に蓄えた知識が、また姿を変えてもそのまま知識として残るように、身体の脳ではなく魔力の中に溶け込ませている。
僕は一言一句、本の通りに答える。
教師の隣で王子殿下と侍従が、本と僕の顔を見比べては頷いていた。
「もう授業は必要ないので庭に行っても良いですか?」
僕は庭にある聖獣の森を指差した。
「何という生意気な!。
ここまで入れるだけでもありがたいことだというのに、聖獣様の森に入ろうというのかっ」
高齢の教師は顔を真っ赤にして怒鳴る。
その剣幕に王子はポカンとしているが、護衛や侍従が宥めようと動く。
スミスさんは僕の傍にピッタリと寄り添った。
すると、
「こんな子供相手に教える気にはなれん!」
そう言って、老教師は怒りながら部屋を出て行った。
心配しなくても聖獣様に会えさえすれば、僕はもう来ないよ。
入れ替りに明らかに制服が違う騎士が入って来た。
「イーブリス様、陛下がお会いしたいそうです」
見栄えの良い青年騎士が爽やかな笑顔を浮かべてそう言った。
「父上様が?」
ダヴィーズ王子が驚き、そして「自分も一緒に行く」と言い出した。
僕は、おそらく国王陛下の近衛だろう騎士に視線を向ける。
「困りましたね。 陛下はイーブリス様だけをご指名ですが」
「リブは私の客だ!、一緒に行く」
ダヴィーズ王子は決して自分の意思を譲ろうとしなかった。
「イーブリス様、どうされますか?」
スミスさんが訊いてくるけど、決めるのは僕じゃない。
「陛下の御心のままに」
どこでこんな言葉を前世の僕は知ったのだろう。
分からないけど、面白い言葉だ。
僕たちは、陛下の元へ向かった近衛兵が戻って来るのを待つ。
しばらくして、陛下と先ほどの爽やか騎士がやって来た。
「やあ、イーブリス君、久しぶりだね」
僕とスミスさんは深く礼を取る。
「本日は、お言葉に甘えて登城いたしました。
願いを叶えて下さるそうで、楽しみで昨夜は眠れませんでした」
僕は、顔を上げると嬉しさを全身で表すように一気に喋る。
「そうか、それは良かったな」
僕たちの会話を侍従たちは不思議そうに見ていた。
「陛下、お約束があったように聞こえましたが?」
侍従が恐れながらと口を挟んでくる。
「ああ、イーブリス君には無理を言って来てもらったからな。
見返りに何か欲しいものはないかと訊ねたら、聖獣様を一目見たいというので聖獣フェンリル様にも確認を取った上で許可したのだ」
それには周りにいた者全てが驚いた。
「聖獣様にお会い出来るのは王族だけでは?」
近衛騎士の呟きに陛下は笑って答える。
「いや、そんなことはないぞ。 ただ聖獣様にお目に掛かれる者は聖獣様自身がお決めになる」
僕は王子に向かい、
「デヴィ殿下もお会いしたのでしょう。 怖かったですか?」
と、声を掛けた。
「あ、いや、私はまだお会いしたことはない」
「えー?、じゃ僕が先でよろしいのでしょうか」
僕は戸惑っている振りをする。
「私はリブなら構わないと思う」
王子は微笑み、陛下も頷いた。
「聖獣様がお決めになったことだ、構わぬ」
他の者たちは呆気に取られている。
「ありがとうございます!、陛下」
僕は思わずというふうに国王陛下の手を握って感謝を伝えた。
そして、そこに居た全員の手を次々と握って「ありがとうございます」と何度もお礼を言う。
嬉しくて、はしゃいでる子供にしか見えないだろう。
ふふふ、このどす黒い嫉妬の瘴気が心地良い。
これから聖獣に会うんだ。
その前にちゃんと瘴気と生気は補充しなきゃね。
僕の意図に気付いているスミスさんだけが微妙な顔をしていた。
さあ、行こうか。 ローズのために。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ダヴィーズは困惑していた。
さっきまで友人だと思っていたイーブリスが、まるで違う人間に見える。
初めて自分が茶会を開催するに当たり、勉強にと紹介された誕生会の日。
一つ年下の公爵家の養子。
容姿がそっくりな双子でありながら、性格というか、行動が全く違う二人がいた。
アーリーと呼ばれた少年は忙しく動き回っているが、イーブリスという片割れは黙ってただ、こちらを眺めている。
最初は緊張しているのだと思った。
身体が弱いと聞いていたので、体調が悪いから動かないのだと思っていた。
でもそれは話してみると分かる。
彼には動き回る必要がなかったのだと。
どこか遥か遠くから見下ろしているような雰囲気を持っていた。
自分と同じ金髪でありながら、彼の金色は輝きが違う。
彼の青い瞳はまるで静かな空のように澄み渡る。
彼が女性だったなら、王族はすぐにでも婚姻を申し込むべきだ。
そんなことを考えて勝手に頬が赤くなった。
そして今日、ダヴィーズは彼の異様な賢さに驚いた。
たった七歳の子供が本の内容を丸覚えしていたのである。
そんな彼の望みは聖獣に会うことだった。
王族である王子より先に聖獣の目通りが叶うというのも驚いたが、それについては不思議ではない。
何故ならダヴィーズは今まで聖獣に会いたいと思ったことなどなかったからだ。
イーブリスは強く願った。 それだけのことだ。
「リブなら構わない」
ダヴィーズは心からそう思った。
「ありがとうございます」
嬉しそうに、彼はその場に居た皆の手を握る。
そうして国王と共に聖獣の森へと入って行った。
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