第19話 学校
さて、王宮でのお茶会が終わり、アーリーたちが学校に興味を持ち始めた。
お隣りの伯爵家の双子令嬢が行くというので、勿論アーリーも申し込みは終わっている。
普通は八歳から十五歳、卒業後希望者には三年間の専門課程がある。
試験などない。
入学金が支払えるかどうか、というのは保護者に対する試験なのかもね。
生徒は貴族の子女が多いが平民が入れない訳ではなく、その理由は授業料や費用が高額だからだ。
だから平民でも裕福な家の子供はいるし、他国からの留学生もいたりする。
「リブ!、聞いた?、酷いんだよ」
半泣きのアーリーが僕の部屋に飛び込んで来た。
「ねえねえ、知ってた?。 男と女で校舎が別なんだよ!、リリーと一緒に勉強出来ないんだよー!」
そろそろ来る頃だと思った。
昨日、入学案内が来てたからな。
「知ってるよ」
同じ敷地内だが、校舎は分かれている。
食堂は共有、男女の校舎の間には広い校庭。
「僕、学校の話を聞いて、一緒の教室でお喋りするのをずっと楽しみにしてたのに」
またメイドさんか誰かが要らん入れ知恵しやがったのか。
「でも、登下校や昼食は一緒だし、ダンスという共同授業もあるじゃないか」
「ウンウン、それは楽しみ!」
コロッとアーリーの表情が変わった。
屋敷でのダンスの個人授業も決まり、月に一回くらいで教師が来ることになっている。
「年に一度パーティーがあるんだって!。 それに向かって練習あるのみ」
おー、頑張れ。
まだ入学もしてないけどな。
秋に入り、僕は屋敷に篭ってまた魔獣図鑑を調べている。
王宮からはまだ王子の呼び出しはない。
あっちはあっちで忙しいんだろう。
「でもどうしてリブは学校に行かないの?」
「身体の弱い僕が行っても皆に迷惑掛けるだけだよ」
アーリーは俯いた。
「ごめんね、僕ばかり騒いで楽しんで」
へ?、何を言い出すんだ。
「僕は僕で楽させてもらってるよ。
アーリーの方が勉強や知らない子供たちと付き合わないといけないんだから大変だろ」
これからは一人で対処することになる。
「大丈夫か?」
少し心配だ。
登下校は馬車だし、必ず護衛は付くが授業中はひとりだ。
「うん、大丈夫」
顔を上げたアーリーの笑顔が全く笑っていない。
「兄離れでもしろって言われたか?」
「えっ、そ、そんなこと!」
当たりか。
まあ、確かにいつまでも引っ付いてはいられない。
「でもアーリー、頼むから何でも一人でやろうとしないでね」
今になって陛下が王子たちを隠していた気持ちが分かる。
大切だからこそ何処かに閉じ込めて、鍵を掛けて、誰にも会わせたくない。
だけどそれじゃ子供は育たない。
僕はアーリーに立派な大人になって欲しいんだから。
「困ったことがあれば僕でなくてもいい、誰かに話すだけでもいいからね」
そうすれば回りまわって僕の耳に入る。
頷いたアーリーが「じゃ」と部屋を出て行く。
入って来た時の勢いはなく、少し肩を落としている。
やれやれ、現実は甘くないと知ったか。
だけど、はっきり言えば嫌ならいつでも辞められる。
公爵家ならそれが可能だ。
何ならこの屋敷に教師を呼んで、リリーたちと一緒に授業してもらっても良い。
実際、王族はそうやって教育しているからな。
まあ、あちらは勉強の内容が違うから仕方ないんだが。
小さい頃から国政やら、外交やら、王族教育は大変そうだ。
なんてことを考えていたせいか、ようやく王宮から手紙が来た。
「ダヴィーズ王子殿下が、王宮での授業にお前を同席させたいとお願いしたそうだ」
僕たちは夕食後のお茶の時間に雑談することが多くなった。
以前は一方的に報告するか、質問されるくらいだったけど、これが慣れというものか。
「無理です」
僕は即答する。
「分かった。 ではこの手紙に返事を書くように。 書き上がったら私が王子に届けよう」
スミスさんが執事長から分厚い手紙を受け取る。
うへえ、あれを読むのか。
王子の手紙は概ね、お祖父様が言った通りで、だらだらグジグジと言葉をこねくり回しただけの、ただ長い文章だ。
その中には教師たちも反対しているとある。
「それなのに何故、無理してまで僕を呼ぼうとするかな」
王宮のドロドロな感じは嫌いじゃない。
むしろ瘴気の補充に行きたいくらいだ。
だけど勉強はそんなに好きではないし、王子と一緒なのも退屈な気がする。
「さっさと聖獣フェンリルに会わせてくれれば、以降は王族には近寄らないんだけどな」
まあどうせ体調不良を理由にお祖父様が断わってくれるだろう。
宰相の言葉だけでは王子が納得しないから、僕に手紙を書くように言ってきたんだろうし。
たぶん、あの王子に遠まわしに話しても効かない。
悩ませて気分を落ち込ませるのも楽しそうだが、今はアーリーの学校の件で忙しい。
さっさと断ってしまおう。
寝る前に王子への返事を書いていたらスミスさんが入って来た。
「イーブリス様。 旦那様から内密にお渡しするようにとお預かりしているものがございます」
ん?、他の者に知られたら困るってことか。
受け取ると、また大層な蝋印の手紙である。
「陛下からか」
「はい」
中身を読むと、やはりこちらが断ることは想定済みで、出来れば受けてやって欲しいという親心のようだ。
面白いことに、
「受けてくれるなら、何でも望みを叶えてやろう」
という約束の言葉があった。
相手が子供だから大した望みはないだろうという、甘い大人の思考が読める。
気弱そうな子供を演じた甲斐があったというものだ。
「ふふふ、これを待ってたよ」
息子に甘い臆病な親。 こんな他人の子供にまで気を遣う。
ま、あの真っ黒な瘴気の塊みたいな姿をしてれば正しい判断も出来ないだろうな。
「お祖父様はコレに関して何か言ってた?」
「任せるとだけ」
良いのか、魔物にそんなこと言って。
僕は「毎回は無理だが体調の良い時だけ伺う」と返事を書く。
「スミス、王宮の教師を調べておいて欲しい」
「畏まりました」
魔物だと見破るような教師がいると不味いからな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
国王が仕事を中断し、執務室の休憩用の椅子でお茶を飲もうとしていた時。
「陛下、申し訳ありませんが、少しだけお話をさせていただきたい」
中年の文官の一人が声を掛けて来る。
「ああ、構わぬ。 其方も一緒にどうだ?」
この部屋に居る者は、長年仕えている忠誠心の厚い者ばかりだ。
「勿体のうございます」
といって辞退したが、立ったままというわけにはいかず、向かい合って座る。
「王子に何かあったか?」
この文官は王子の教育を任せている者の一人だ。
「いえ、先日の公爵家のご子息様を招聘されるお話ですが」
「うむ、あの件については向こうから『体調の良い時だけ伺う』と返事が来ておる」
文官は眉を顰める。
「其方が反対するのは仕方がないが、これは私も同意した上での招聘である。 どうしてそこまで嫌うのだ?」
「ご本人様を嫌っているわけではございません。
ただ、公爵家は王家にとって代わろうとしているという噂が!」
「噂であろう?、私は気にしておらぬ」
「陛下!」
「私が憂うのは国と国民の行く末だ。 王家の存続などたいした意味はない」
この国は、都会ならばそんなに被害は出ていないが、地方に行けば途端に魔獣の被害が多くなる。
他国が攻めて来ないのは、他所のことに構っていられないほど他国もまた魔獣被害に遭っているからだ。
「案外、公爵家が継いだほうが国が安定するかも知れんぞ」
国王はそう言って笑う。
「陛下はまたそんな戯言を!。 そんなことになったら国が混乱するだけでございます!」
声を荒げる文官を「まあまあ」と宥める。
「王子たちが彼らより優秀であれば良いだけだ。 そうであろう?」
文官は俯き、唇を嚙む。
「分かりました。 力を尽くします」
文官の男は不安を隠すように呟いた。
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