第17話 王宮


 相変わらずアーリーはリリーとのお喋りに夢中で、僕は何故かダヴィーズ殿下にずっと捕まっている。


周りの嫉妬の視線が気持ち良くて顔はニヤケるし、僕としては楽しいけど、良いのか、これ。


「殿下、申し訳ありませんが」


壮年の侍従が近寄って来て「他の子供にも声を掛けるように」と苦言を呈する。


「すまない、また今度な」


「はい、こちらこそ気付かず、申し訳ございませんでした」


僕は王子と侍従に深く礼を取る。


ヴィーも僕に合わせてくれるが、アーリーたちはこっちを全く見ていない。


ある意味、幸せなヤツだ。




 僕はアーリーの腕をちょいと摘まむ。


「あ、なに?」


「馬鹿アーリー、今日は王子殿下のお茶会だ。 少しは気を遣え」


「えー、リブこそずっと王子殿下と喋ってたじゃないか」


あれは向こうが離してくれなかったの。


「アーリーが会話に入ってくるのを待ってたんだよ」


アーリーは将来の公爵閣下だ。


王子に顔を覚えておいてもらう必要がある。


あ、顔は僕でも良いのか、いや駄目だろう。


「とにかく、リリーも疲れただろう?。 座って、ヴィーと一緒にお菓子でもどう?」


僕は女性二人を椅子に座らせると、アーリーを引っ張って離れ、菓子が並ぶテーブルに連れて行く。


「ここからお菓子を選んで、給仕係に彼女たちのテーブルに持って行くように頼んでね」


「リブは?」


僕はふっと顔を曇らせ、額に手を当てる。


「ちょっと別室で休んでくるよ。 何かあればメイドに言伝を頼んでおく」


「うん、分かった」


アーリーはお菓子好きのリリーのために、あれこれ悩み始める。


ヴィーとリリーのテーブルには、すでに他の子供たちが集まっていた。




 会場の隅に移動し、大人たちの顔を見回す。


僕は、先ほど王子の事情を説明していた文官を見つけて近寄った。


「すみません、ラヴィーズン公爵家のイーブリスです」


「公爵閣下の!、は、はい、何でしょうか」


こういうヤツは身分に弱い。


「申し訳ありませんが、少し気分が悪いので早退を。


あ、お気になさらず、僕が体調を崩すのはいつものことなのです」


慌てる文官に他の者を呼ばないように釘を刺す。


「お祖父様に先に戻ることを伝えたいのですが、本日は休日の予定だったそうですね。


僕たちのために仕事をさせてしまい、部下の方々に申し訳ない」


文官はしゃがみこんで僕と目線を合わせ、ウンウンと頷いている。


あのな、僕はそんなに小さくはないぞ。


「分かりました。 ではこっそりと宰相閣下の仕事部屋へご案内いたしましょう」


うん、乗ったな。


「ありがとうございます」


アーリー似の無垢な笑顔の威力を見よ!。




 手を繋ぐのは余計だと思うが、まあ仕方ないか。


王宮の奥に向かって歩いて行く。


お茶会の会場と保護者用の部屋に人員を割いているのだろう、廊下には人がほとんどいない。


やっぱり人の多い王宮は魔窟だ。


美味しそうな瘴気があちこちに溜まっている。


その瘴気の場所を記憶しておく。


「こちらですよ」


文官は静かに細く扉を開いた。


僕がヒョイと顔を差し込むと、扉が大きく開いた。


「何をしておる」


あははは、お祖父様、打ち合わせ通りです。




「どうしたのだ?」


やはり本日は文官たちは休みなのだろう。


結構広い部屋なのに人が少ない。


そして、その部屋にはお祖父様と部下の文官以外に、もう一人男性がいた。


「おや、誰かね。 お茶会はどうした」


僕が会場から抜け出した子供だというのはすぐに分かったのだろう。


照れた振りでお祖父様の後ろに隠れる。


「申し訳ございません、陛下。 これは私の孫の一人、イーブリスでございます」


 国王陛下は、宰相であるお祖父様の仕事部屋に入り浸っている。


特に昼休憩や文官たちが帰った後など、人が少ない時間を狙って来るのだとお祖父様が零していた。


「ごめんなさい、お祖父様。 誰もいないと思って」


服の裾を掴んで上目遣いで見上げる。


文官も擁護してくれた。


「陛下、申し訳ありません。


お孫様が会場でご気分が悪くなられたようで、宰相閣下をお探ししておりました」


家に帰るにはお祖父様の許可がいるからね。


「さようか。 具合が悪いのか?、医者を呼ぶか?」


陛下も心配してくれる。


「いえ、陛下。


この子は、本日は朝から体調を崩していたのを無理に出て来たのですよ。


王宮に入れるのを本当に楽しみにしておりましたから」


すぐに帰る用意をするから、ここで待っているようにと言われる。


「はい」と答えて壁際に立って大人しく待つ。


そして、僕の容姿を陛下はマジマジと見ていた。




「これは……生き写しではないか」


陛下は宰相の息子の幼馴染だ。


失くしてしまった友の面影を、幼いその息子に見ても不思議ではない。


「そうか、お前が……孫か」


僕は近付いて来た国王陛下に恐縮したように身を縮める。


「ああ、すまぬ。 怖がらせるつもりはなかったのだ。 その、とても私の友人に似ておったものでな」


僕は、荷物を抱えて戻って来たお祖父様の服に再びしがみ付く。


「名前は何と言ったかな?」


僕はあざとくお祖父様を見上げ、そして陛下に向かって礼を取る。


「イーブリスです、国王陛下」


少したどたどしく、幼く見えるように。




 部屋を出て、お祖父様と廊下を歩く。


「あれで良かったのか?」


「はい、助かりました、お祖父様」


ニヤリと口元を歪める。


そんな僕を横目でチラリと見た宰相閣下は苦笑した。


「陛下に会いたいとは大胆なことを言うとは思ったが」


「うまくいって良かったです。


陛下がお祖父様の仕事の邪魔をしに来なければ会えませんでしたから」


鼻歌でも歌いたくなるほど上機嫌で歩く。




「それで、お前は陛下に会って何がしたいのだ」


僕はお祖父様を見上げて首を傾げる。


それを今ここで話しても良いのだろうか?。


「聖獣フェンリル様にお会いしたいなあと」


王子ではダメなのだ。 聖獣の友は国王だから。


このまま王子と友人関係になれば、いつかは紹介してもらえるかも知れない。


だけど一番早いのは国王の良心に訴え掛け、願いを訊かれることなのだ。


「良心?、陛下にあるのだろうか」


「ありますよ、アーリーの父親に対する後ろめたさが」


幼馴染だった二人は青春時代を一緒に過ごした。


そこで起きた、ある出来事が二人の明暗を分けたのである。


何で僕がそんなことを知ってるかって?。 秘密だよ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「孫のイーブリスです」


宰相が双子の男子を養子に迎えたことは知っていた。


あの公爵家が縁もゆかりも無い子供を引き取るとは思えないから、そういうことなのだろう。


「陛下、どうされました?」


侍従の声で我に帰る。


「いや、なに、今日の茶会を見て、昔を思い出していた」


初めて宰相の息子に会ったのは王子が十歳、彼はまだ五歳にもなっていなかった。


 金色に輝く髪と鮮やかな美しい青い目をしていた。


その子は母親を亡くしたばかりだったため、父親である公爵が仕事場に連れて来ていたのである。


「どれ、私が遊んでやろう」


王子と、当時七歳だった弟王子と三人で王宮の子供部屋で遊んだ。


 それからも公爵の息子はよく遊びに来ていた。


宰相に成り立てだった公爵は仕事で王宮で寝泊まりすることも多く、遅くに出来た一人息子に甘かったのである。


王子二人と公爵の一人息子は勉強も武道も競い合う、良き友人だった。


成人するまでは。




「すまない、折り入って頼みがある」


王子は次期国王となることが決まり、王太子となっていた。


ある日、幼馴染の青年を密かに呼び出す。


彼は文官に成り立てで、父親の宰相の仕事を手伝っていたが上手くいかず、叱られてばかりいた。


息抜きと称して青年に街中への遣いを頼んだのである。


「この手紙を届ければよろしいのですね」


王太子は結婚するため、ある娘と手を切ろうとしていた。


しかし、同情した青年が、その娘と恋に落ちるなど思いもしなかった。


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