第16話 社交


 王子の接待お茶会から数日が経った。


夕食後のお茶の時間にお祖父様から話を持ち出される。


「王宮への招待状だ、どうするかね?」


お祖父様は僕たち一人一人に豪華な蝋印のある封筒を渡す。


どうするって、こっちが決められるわけじゃないでしょ。


「体調が悪いなら断ることも可能だ」


ああ、僕はその手が使えるけど、アーリーはそういうわけにいかないよね。


それに初めての外出になる。


「行きます、喜んで」


そのついでに僕は当日の服装に注文を付けた。


「分かった。 配慮しよう」


明日にでも仕立て屋が屋敷に来るだろう。




 お祖父様からの七歳の贈り物は、剣術の教師をアーリーに付けるよう頼んだ。


王子があのガタイだからな。


いくら年下といっても隣にいる貧相な身体付きのアーリーを見るのは腹立たしい。


「護衛は騎士に任せておけばいいのではないのか?」


「お祖父様、少数精鋭の近衛騎士でも多勢に無勢ということがありますよ。


それに、騎士は王子を守りますがアーリーは守らないでしょう?」


だって、僕はアーリーだけを守るけど、王子が死んじゃったら一緒にいたアーリーが責められる。


僕が王子を守る?、あり得ないよ。


「分かった。 それはこちらで検討しよう。


だが、それではイーブリスへの贈り物とは言えんぞ。 お前は何が欲しい」


「では、僕にも体術の教師を。 出来ればスミスのような方を」


ガチャと食器の音を立ててしまったスミスさんが執事長に睨まれている。


「分かった。 考えておこう」


「ありがとうございます、お祖父様」


アーリー自身は何故かダンスの練習を始め、お祖父様には最新流行の舞踏会用の衣装を頼んでいた。


誰だ、入れ知恵したヤツ。


王宮のお茶会にはダンスなんてないぞ。




「本当に私なんかで良かったのですか?」


部屋に戻るとスミスさんが何やらうれしそうにしている。


は?、どこに喜ぶ要素があったんだ。


「体術の教師の話か。 あれは僕が身に付けたいという意味じゃないぞ」


俺は魔物だからな、対抗手段ぐらい持ってる。


肉体はアーリーが逞しくなれば自然とそれが俺の身体になるから鍛える必要はない。


「では、どういった意味での教師ですか?」


訝しそうに俺の着替えを手伝うスミスさん。


「もちろん、倒すんだよ」


「は?」


「王宮に入れる招待客は武器を一切持っていないだろ?。


でも武器が必要ない体術使いなら入り込めるなと思ったんだ」


おそらく僕たちが王宮に入るのは今回だけじゃない。


ダヴィーズ王子に気に入られれば、それなりの回数、王宮に呼ばれることになるはずだ。


「スミスはあまり見せてくれないだろ?、だから他に動きを見せてくれる人を頼んだんだ」


知らないものは対処が遅れる。


知ることが必要なんだ。


「その人の雰囲気、動く前の動作、姿が見えない時の気配、そういったものが知りたい」


スミスさんはようやく飲み込めたようで頷いた。




 結局、人を雇うのは止めて、時間を見つけてはスミスさんにその独特な体術を見せてもらえることになった。


前世の人間でもきっと見た事もない動きだ。


これはあれか、暗殺者とか、忍者っぽい?。


音がしないのは結構恐い。


「イーブリス様、屋敷内では止めてもらえますか?」


「すみません」


執事長から苦情が来た。


驚いちゃったメイドさんが物を壊したため禁止令が出て、屋外だけならと許可が出た。


屋外なら夜間訓練もいいかなと思ったけど、やっぱり通りかかる人を驚かせてしまい禁止に。


「専用の訓練場を作りましたので、そちらでお願いします」


地下の空き倉庫がいつの間にか改装されている。


相変わらず仕事早いな、公爵家。


ありがたく使わせてもらいます。




 さて、王子のお茶会である。


招待された子供たちは七歳から九歳で、それなりの貴族家であることが条件らしかった。


お隣りのお嬢さん方も勿論いる。


親が引率して来て、子供の会場と親とか保護者の部屋に分かれる仕組み。


 僕たちも一応お祖父様がついて来てくれるけど、王宮に入ったら仕事部屋に向かうらしい。


帰りは城の誰かに頼めば連絡してくれるそうだ。


「では、行ってまいります」


馬車を降りると、僕たちはそう言ってお祖父様に手を振る。


「ああ、頼んだぞ」


楽しくなりそうなドロドロした予感に、僕は笑って頷いた。




 案内されて子供用の部屋に入る。


時間はすでにギリギリで、おそらく招待客としては僕たちが最後だろう。


嫉妬や不審者を見るようなチクチク刺さる視線が気持ちイイ。


しょうがないだろ、高位貴族ほど後に入場するものだって言われたんだから。


公爵は王族の次の位なんだってさ、あはははは。


「アーリー、イーブリス、ここよ」


「やあ、リリー!、それにヴィー」


伯爵家の双子のお嬢さんたちが先に僕たちを見つけた。


「あ、あのイーブリスさま、体調はいかがですか?」


「ありがとう、ヴィー。 今のところ大丈夫だよ」


僕たちは自然に二組に分かれる。




「このドレスとても素敵。 それにアーリーとお揃いなのね」


今回衣装に注文を付けたのは、双子でいつもお揃いの型なのをやめてもらい、全くの別物にしてもらうこと。


それとアーリーはリリーと、僕はヴィーと何となくお揃いに見えるようにしてもらった。


もちろん、お嬢さん方のドレスもこちらからの贈り物である。


 今回は王宮内なのでドレスの裾は踝丈。


アーリーとリリーは薄い青が基調になっていて、初夏だから白が差し色。


僕とヴィーはローズ系で、僕は暗め、ヴィーはピンクに近いが鎖骨まで拡げた胸元が子供なのに大人っぽい。


「イーブリスさま、とても素敵ですわ」


「ありがとう、キミもとても似合っているよ」


僕とヴィーはさっさと椅子に座る。


普通は王族がお出ましになるまで座らないそうだけどね。


途中で退場予定なので、ちょっと不調ぽいところを見せておく。


 会場で設置されているのは丸い四人用テーブルが十個ほど、それと明らかに王族用のテーブルが一つ。


少し離れて料理や飲み物が並んだ給仕用テーブルが並んでいる。


取りに行かなくても給仕係に頼めば運んでくれるそうだ。


今回は茶会自体が初めての子供もいるだろうし、まあ、礼儀作法の復習だと思えば良いかな。




 従者が現れ、王子のお出ましを告げる。


しばらくして殿下登場。


「集まっていただき感謝する」


王子の挨拶の後、王宮の文官らしい若者が、良く通る声で王子の事情を説明している。


病弱で他国で療養してたとか適当に言ってるけど、ま、子供は騙せても保護者は無理だろうな。


この言い訳はそもそも子供たちだけに向けて、なのかも知れない。


 言い訳が終わると、さっそく殿下が僕たちに向かって声を掛けて来た。


「アーリー!、リブ!」


僕たちに手を振りながら近寄って来る。


「デヴィ殿下、先日はありがとうございました」


ふふふ、僕たちと王子と仲の良いところを見せつけてやるかー。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



王宮で第一王子のお披露目のお茶会が行われる。


「ははうえさまー、ぼくもー」


「おにーさまばっかりー。 わたしもいくー」


王家は三人兄弟で、八歳の王子の下はまだ四歳の王女と三歳の王子である。


「だめよ、二人とも。 デヴィ、しっかりね」


「はい、母上様」


侍従たちが妹たちを抑えてくれている間に、ダヴィーズ王子は会場へと足を運んだ。



 茶会担当の文官が長々と事情説明をしている間に、ダヴィーズは友人の姿を探す。


「アーリー!、リブ!」


公爵家のお茶会で見た姿よりずっと大人っぽい姿のイーブリスを見てドキリとする。


(ああ、私も彼のように堂々としなければ)


イーブリスはダヴィーズに「自分も同じ世間知らずだ」と笑ったが、どう見ても彼は普通の子供ではない。


その只者ではない感じに王子は惹かれた。


(是非とも彼の傍で、その秘密を知りたい!)


ダヴィーズはイーブリスの魅力に取り憑かれつつあった。


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