第15話 愛称
僕たちの七歳のお誕生日会は、とてつもなく慌ただしく、そして緊張したものになった。
当日にならないと時間も人数も教えてもらえない。
王宮から屋敷までどの道順で来るか分からないので到着時間も割り出せない。
「どうして陛下はご自身の部下まで信用なさっておられないのですか?」
僕とお祖父様は、落ち着かないので座ることも出来ずに庭に立っている。
「以前、王族の一人が亡くなった。 まだ幼かったそうでな。
侍女も乳母も、当時の護衛兵も、すべて処刑されたそうだ」
それから王宮では僅かな者しか王族の内部を知ることは出来ず、護衛も少数精鋭となった。
「それは闇が深そうですね」
僕がニヤリと笑ってしまったようで、お祖父様がコホンと咳をした。
ようやく先触れが訪れ、準備が本格的に始まる。
門が開き、馬車が入って来るのを闇の精霊から脳に直接、映像で送られてくる。
「馬車は紋章無し、護衛の馬が二騎、門の前に一小隊が待機しています」
「ご苦労」
見たままを伝えるとお祖父様に労われた。
「ようこそいらっしゃいました、殿下」
表玄関で迎える。
あまり仰々しくしないで欲しいということで、執事とメイドの整列はない。
お祖父様と僕たち二人が並び、執事長とスミスさん、アーリー担当メイドが少し離れて立っている。
まず馬車から降りたのはきっちりとした執事服のメガネの男性だった。
「お出迎えありがとうございます」
続いて、頬を上気させた少年が馬車から降りて来る。
八歳と聞いていたが大柄で、十歳といっても良いくらいだ。
最後に、細身の剣を腰に佩いた若い騎士が一人降りて来た。
「庭に茶席を用意してございますので、こちらにどうぞ」
執事長が王子側のメガネの執事に話し掛け、一緒に歩き出す。
王子一行がその後ろを歩き、僕たちはその後を歩く。
いつもの薔薇園の傍である。
今日はテーブルが広く長い四角形だ。
王子が長辺の真ん中に座り、隣にお祖父様が座る。
僕とアーリーは王子の向かい側に真正面にならないよう、斜め前に左右に分かれて立つ。
「本日はよくいらっしゃいました、ダヴィーズ王子殿下。
私はラヴィーズン公爵家イーブリスと申します」
僕がまず礼を取り、口上を述べて挨拶をする。
アーリーが見様見真似で続く。
「ぼ、ぼくはアーリーです」
内心ハラハラしているだろうがお祖父様は無表情のままだ。
おそらく王宮での仕事中はこの顔なんだろうなと思う。
「本日はお招きありがとう。 私はダヴィーズだ。 どうか座ってくれ」
「失礼します」
もう一度深く礼を取り、僕たちは自分の椅子に座る。
最高級のお茶と日頃見たことも無い高級なお菓子が出て来た。
「どうぞお召し上がりください」
お祖父様が声を掛けるとメガネの執事が毒見をしてから、王子に差し出す。
その様子をアーリーがポカンとして見ている。
ああ、あんなん普通の家ではやらないもんな。
王子も緊張しているのだろう、僕たちに目線を合わせずきょろきょろしている。
まあ、そのほうが僕も気が楽だ。
黙ってお茶を飲む。
うん、さすが高級な茶葉だ、美味しい。
僕がうれしそうにお茶の香りを楽しんでいると、アーリーがチラチラとこちらを見る。
「お手洗いに行ってもいい?」
退屈したらトイレに行ってもいいとは言ったが、早過ぎるぞ。
それでも漏らすよりはいいので「執事長に言ってから行っておいで」と小声で話す。
僕たちが小声で話していたのが気になったのだろう。
ダヴィーズ王子がようやく僕を真っ直ぐに見た。
「アーリーはお手洗いに行きました。 殿下にお会いして緊張してしまったようで、申し訳ありません」
軽く会釈をして、ニコリと微笑む。
「あ、ああ、そうなのか」
僕たちとよく似た濃い金色の髪に緑の目をした白い肌の王子。
一つしか年齢は違わないが、逞しい身体付きをしている。
お祖父様から合図が来る。
「殿下、申し訳ないが私は少し席を外します。 何かあれば家の者にお伝えください」
僕は一応席を立ってお祖父様を見送る。
座り直してお茶を飲もうとすると、王子が声を掛けて来た。
「えっと、イーブリス殿。 君は、その、ここに来る前はどこにいたのだ?」
ほお、勇気ある質問だね。
「私どもがこの屋敷に来たのが三歳でしたので、記憶は曖昧でございますが。
そうですね。 どこかの島から船に乗ったことと、教育用施設にいたことは記憶にありますね」
それくらいは王室の調査員が調べているだろう。
殿下は頷いて、お茶を飲む。
「失礼なことを訊いてすまない」
「いえ、気を遣われなくて結構です。
私どもが胡散臭いことなど、自分たちが一番よく知っておりますから」
メガネの執事や護衛の騎士がピリッとした。
僕はテーブルに肘を付き、王子を見つめる。
「それで、何をお知りになりたいのですか?」
王子はぐっと顎を引き、唇を噛む。
「私は、君がどこから来たのかは知らないが、この街の外から来たと思った。
だから、この国や街をどう思うか訊きたかったのだ」
「なるほど。 では簡潔に」
僕はお茶を一口飲む。
「はっきり申し上げて、僕たちは三歳でここに来てから一度も敷地の外に出ておりません」
そしてお手上げというように両手の手のひらを上にして、肩くらいまで上げる仕草をする。
「だから何も知らないんです」
だいたい子供にする質問じゃないと思うよ。
「殿下もあまり外に出たことがないのでしょう?。 同じですね」
僕がそう言って笑うと、王子も釣られるように引きつった笑顔を浮かべた。
「わっ、こら、ロージー!」
アーリーがローズに服を銜えられてやって来る。
「助けてー、リブ!」
「あははは、ローズ、離してやれよ」
ガウッ
王子が大型犬ほどの大きさの灰色狼の姿に驚いて席を立った。
騎士がすぐ隣に寄り添う。
「ご心配なく、僕の相棒です」
配下とは言えず、愛玩用だとも言えず、将来の番などと間違っても言えず。
「あ、あいぼう?」
「しかし、それは魔獣ではないか!」
王子が目を丸くして、騎士が剣に手を掛けた。
「ええ、ダイヤーウルフです。 北の森で狩人が捕まえたものを買い取りました。
可愛いでしょう?」
アーリーを離し、傍に来たローズは僕の顔を舐める。
「確か、王宮には聖獣様がいらっしゃるそうで、羨ましいです」
「あ、ああ、真っ白でとても頭が良いのだ。 父の友だ」
そう言いながら王子は僕の近くまで来てローズをまじまじと見た。
「触りますか?、ふわふわですよ」
「良いのか?」
僕は頷き、ローズに大人しくするようにとポンポンと背中を叩いた。
「本当だ、フワフワで良い香りがする」
それから僕たちはローズと遊んだり、アーリーのブランコに王子を乗せたりして遊んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
宰相家はとても楽しかった。
双子は自分と同じ金色の髪だったが、目はとても美しい青をしていた。
ローズと呼ばれた灰色の狼がふわふわで可愛かった。
王宮に着き、馬車を下りてもダヴィーズ王子はまだ興奮状態だった。
「あら、デヴィ、お帰りなさい」
「ただいま戻りました、母上様。 あ、そうだ、これ、お土産です」
両手いっぱいの薔薇の花を抱えた執事が追いかけて来る。
「まあ、素晴らしい香りね」
「はい、公爵家の薔薇園でお茶会をしていて、花を褒めたらたくさんいただいたのです」
うれしそうに話す王子に王妃も微笑む。
「宰相家の双子はどうでしたか、お友達になれそうですか?」
「はい!、あの、私もダヴィーズではなくデヴィと呼んでもらうことにしたのです」
まあ、と王妃は口元を抑える。
たった一日で愛称呼びを許すほど王子が気に入ったということだ。
「私もイーブリスをリブと呼ぶことになったのです。
弟のアーリー以外にはそう呼ぶ者はいないと宰相閣下に教えてもらいました」
王子の口からは次々と今日の出来事が楽しそうに語られた。
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