第14話 招待


 季節は巡り、また春も盛りになろうとしている。


次の季節には僕たちは七歳になる。


 その日は珍しく旦那様が早く帰って来ていた。


「夕食後に大切な話がある」


「はい」


僕とアーリーは頷くしかない。


食堂での夕食の後、僕たちは二人で旦那様の部屋に向かった。


 旦那様は執事長に着替えをさせられながら、僕たちに座るように言った。


上質な柔らかな革の長椅子にアーリーと二人で並んで座ると、対面のゆったりとした椅子に旦那様が座った。


「さて、もうそろそろ七歳の誕生日会を決めなければならん」


僕たちは揃って頷く。


「実はお前たちの噂が王宮にまで届いてしまってな」


アーリーは首を傾げ、僕は嫌な予感に顔を顰める。


公爵様は王宮で宰相と呼ばれる仕事をしているそうだ。


国にとって、とても重要な役職だと聞いている。




 執事長が旦那様と僕たちの前にミルクの入ったお茶を置いた。


「イーブリス、現在の王族を知っておるな?」


「はい、フィンレー国王陛下、エディリーナ王妃、メイヴィン王弟殿下です」


公表されているのはこの三人だけ。


「陛下は臆病な方でな。 暗殺や誘拐など、かなり気を付けておられる」


国王陛下は自分たちの子供の情報は一切公開していなかった。


「しかし、今年、陛下の長子である第一王子が八歳になられる故、隠しておくことも不利益となると判断された。


それで、王宮で同じ年頃の子供たちを集めて、お披露目をすることになったのだ」


何だか、ものすごく邪魔臭そうな匂いがする。


「いきなり多くの子供と接するのは難しいだろうと、練習を兼ねて、お前たちのお茶会に招待することになった」




 いやいや、何だそれ。


練習なら王宮でやればいいだろうに。


旦那様は口元を歪めて笑う。 


「ああ、私も『何故、練習を王宮でやらないのか』と伺ったよ」


当然だ。


「陛下は『お前の孫が病弱だからだ』とお答えになった」


「はあ?、僕のことをそこまでご存じなのですか」


何か逆に怖い。 どこまで調べたのかな。


「すでに招待されたんですか?」


旦那様は「うむ」と頷く。




 招待と聞いてお茶会の話だと分かったのだろう。


珍しくアーリーが口を挟んで来た。


「ねぇ、リブ、リリーたちと他の子も招待するんだよね?」


「あー、その予定だったんだけど、今回は無理みたいだね」


「えー」


去年からずっと準備してきた子供用社交界デビュー。


僕はいいけど、アーリーは公爵家の人間として、これからも生きていく上で必要なことだ。


「招待客は王子殿下だけ、ということなんですか?」


「そうだ」


旦那様が頷くと、アーリーが立ち上がった。


「そんな!、今年もリリーたちに会えるのを楽しみにしてたのに」


いやいや、アーリー。


七歳の誕生日会からはリリーたちだけじゃなく、他の子たちとも付き合わないといけないって説明しただろ。


しかも、あれからアーリーは僕のお見舞いを口実に彼女たちと何度か手紙をやり取りしている。


さすがに家に呼ぶまでは出来ないけど。




「旦那様、確認したいです」


僕は真っ直ぐに旦那様を見る。


「王子殿下は王都の学校に通いますか?。 それと僕たちは?」


お茶を飲んでいた旦那様はカップをテーブルに戻して僕を見る。


「殿下は通われない。 王宮内に教師を呼んで教育を受けられるからな。


お前たちについてはどちらでも良いが、どうしたい?」


やっぱりか。


あんなに慎重にというか、今まで隠していた王子様を貴族とはいえ、たくさんの人間がいる学校に預けるなんてしないと思う。


通うにも街中を通るわけだから危険だと感じるだろう。


「アーリーはリリーたちが行くなら行くでしょう。 それは構わないと思います。


僕自身は必要を感じませんので辞退します」


「アーリーと一緒に通わないのか?」


旦那様は不思議そうな顔をした。


「同行しなくても守ることは出来ますので」


別行動が出来るようになれば、復讐相手も探し易い。


「なるほど。 それは任せよう」


旦那様と僕の利害関係は、アーリーの幸せという点では一致している。




 アーリーはよく分からないという顔だ。


ごめん、置いてきぼりだったね。


「アーリー、今度の誕生日会はこの国で一番偉い人の子供が来る。


だからリリーたちは呼べない。


その男の子がリリーたちを好きになったら嫌だろう?」


なるべく分かり易く話すと、アーリーはとりあえずという感じで頷く。


「だけどその後に、その男の子が開くお茶会にたくさんの子供たちと一緒に僕たちやリリーたちも招待されるはずだ。


その時はね、アーリー、リリーたちと本物のお城に行けるんだよ」


一生懸命に僕の話を聞いていたアーリーの目が輝く。


「お城!、行きたい。 リブもリリーたちも一緒に」


「うん、行こうね。 だけど、その前にその男の子とお話しをする練習があるんだ。


それが今年のお誕生日会になる」


少し考えて、アーリーは口を開く。


「分かった。 とにかく練習だね」


「そうだよ」


二人一緒にウンと頷く。


黙って見ていた旦那様も一緒に頷いた。




「それと、もう一つ」


珍しく旦那様が少し目を逸らした。


「その、すまんが、旦那様と呼ぶのはそろそろやめてもらいたい。


出来るならば『お祖父様』と呼んで欲しい」


えっ。


旦那様の顔が少し赤い?。


「いいの?、おじいちゃんって呼んでも」


「違う!、おじいさま、だよ、アーリー」


とっさに突っ込んでしまったけど、本当にいいのか?。


旦那様が少し照れたように「構わんよ」と笑った。




 僕はこの屋敷に来てから今まで、いつ追い出されるか分からないと思っていた。


だから、公爵様は僕たちの雇い主だと思うようにして来たんだ。


あ、でもアーリーは違う。 お祖父様で間違いがない。


良かったな、孫として認められたんだ。


「旦那様、ありがとうございます。 アーリーを今後ともよろしくお願いいたします」


僕は深く礼を取る。


「イーブリス、お前もだぞ。


私は二人とも自分の孫として育てるつもりで引き取った。


お前の名前も、この公爵家に連らなる一人となっている」


へ?、何を言われたのか分からない。


僕の頭の中が混乱する。




「お前たちはまだ子供であるし、慣れるまでは待つつもりでいた。


しかし、今回は王族が相手だからな。


私の覚悟もお前たちに知っておいてもらいたかった」


それは王族に対して何かやってしまった場合、祖父として責任を取る覚悟がある、ということだ。


「人間の家族であれば当然のこと」


そう言ってお祖父様は笑う。


魔物の僕を家族だって?。


あはは、まさか。


嘘だろ。


よく分からないけど、僕はその場でひっくり返ってしまったらしい。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 第一王子ダヴィーズは、もうすぐ八歳になる。


産まれてから一度も王宮から出たことがない。


「城下の子供は八歳から学校に通うそうですよ」


父親である国王にそう言って何とか現状の打破を試みる。


「それがどうしたというのだ。 お前はこの国の次代を担う王子である。


それが庶民の子供と同じ様に外に出る必要などない」


心配性で臆病な父親に呆れを通り越して怒りが湧く。


「このような状態でそんなことを言われても、私には納得出来ません。


何故なら、私は国民のことも、王都の中での出来事も、何も知らないのですから」


「まだ早いと言っておるのだ」


似た者同士の頑固親子である。


話が進まないことに王妃がため息を吐いた。




「それでは、世間のことを知るためにお友達を作るとよろしいかと存じます」


王妃の目は部屋の隅に控えていた宰相をしている老人を捉えた。


先ほどから国王の裁定が必要な書類を待っている。


「公爵家に同じ年頃の双子がおられたはず」


「なるほど、公爵家であれば警備は万全であるな」


王宮の外に出ることもできるし、友人候補にもなる。


「宰相殿!、是非お願いします」


王子に腕を掴まれる。


これは断れないのだろうな、と宰相はため息を吐いた。


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