第13話 相談
冬の間は北の山も雪だというので、ローズの魔獣狩りもしばらくお休みにした。
その間、僕はスミスさんと王都の瘴気を調べることにする。
都会なので街中には雪はほとんど積もらない。
旦那様の許可をもらって公爵家にしかない、どこにも出回っていないという地図を見せてもらう。
「ここが王宮です。
庭園に湖がありまして、その周り全てが聖獣様の森になっております」
ふうん。
「貧困層というか、下町はどのあたりになる?」
この街に来る前、馬車で旅している間に色々と瘴気のありそうな場所を見た。
案外街の中やすぐ近くにあるので驚いた記憶がある。
「基本的に王宮が都の中央。 その周辺が高位貴族の住居。
だんだん離れるほどに貧しい者が増えるといわれています」
明確な塀や柵での区切りはないが、建物の雰囲気や住民の姿で分かるらしい。
僕はスミスさんを見上げる。
「スミスさんはどの辺りの出身?」
ぐっと一旦息を呑んだ後、スミスさんが指差したのは王都の外側に近い場所だった。
「そうなんだ。 近くに瘴気が溜まってそうな場所はない?」
「いっぱいありますよ、ってイーブリス様は何も訊かないんですね」
「興味ないからね」
人間の生い立ちには興味がない。
僕に必要なのは瘴気であり魔物であり、ローズ関係でダイヤーウルフの出現情報だ。
調べていても、僕たちは外に出られるわけじゃない。
子供の間は大人しく隔離されているのが良いと僕は思ってる。
せっかく公爵閣下が守ってくれてるわけだしね。
魔物なのに。
そんな感じで瘴気を集め、ローズに癒され、アーリーのちょっとボケた毎日を眺めながら僕の生活は続いていた。
ただ冬の間は瘴気をあまり集められないため、体調はすこぶる悪い。
外に出られるようになったら、すぐにでも瘴気溜まりへ突撃したいと思うくらいに。
春になり、また初夏の誕生会の予定が持ち上がる。
「実は公爵家のお誕生日会に参加したいという嘆願のお手紙が届いておりまして」
はい?。
昨年の誕生会に、伯爵家の双子令嬢を招待したことが発端である。
その後、伯爵家の双子とは贈り物をしたり、小さなお茶会に招待したりしていた。
それがどこからか洩れたのだろう。
「それって、公爵閣下宛でしょ?。 僕たちには関係ないよね」
スミスさんは頷きながらも困った顔になる。
「それが、届いているのがお隣の伯爵家でして」
つまり、公爵家の誕生会に参加できるように話をつけろ、だの、なんであなたたちだけなの?、という恨みの言葉が込められた手紙か。
伯爵家自体は中位の貴族であるため、高位貴族からそんなものが届いたら断れない。
それで「どうしましょう」という相談が公爵閣下宛に来ているそうだ。
「それで旦那様はなんておっしゃってるの?」
それを朝食の食事室で僕とアーリーに話すということはどういうことなのか。
「はい。 旦那様はお二人の茶会なので、お二人で決めるようにと」
僕は頭を抱える。
もうすぐ六歳の子供に何を決めろって?。
旦那様も無茶ぶりするなあ。
僕はメガネのメイドさんに訊いてみる。
「この国の社交の開始年齢はだいたい何歳から?」
彼女は良家のお嬢様らしいので訊いてみた。
本格的なのは十五歳の成人の後らしい。
「ですが、最初は王都の学校に上がられる八歳の前に、お友達を作る目的で小さなお茶会を始める家が多いです」
学校。 あったね、そんなものが。
「同級生だからってことか」
僕は、ここに来る前に入っていた施設を思い出す。
またあんなガキ共の巣窟に入るのかと思うとゾッとする。
子供というのは悪意がなく、純粋に好き嫌いで他人を傷付ける生き物だと僕は思う。
赤ん坊の欲というのは生きるための本能だけど、それが思春期になると「正義」だの「誰かのため」だとか理由を付けたがるようになる。
魔物的にはそっちのほうが闇が深くて美味しい。
訳も分からず、純粋に、思うがまま動き回るガキは苦手だ。
「どうされますか?」
スミスさんが首を傾げて訊いてくる。
「ん-、そうだな」
アーリーはすでに興味を失くして席を立とうとしている。
「アーリー、今年のお茶会はどうする?」
「え?、お誕生日会、やるんでしょ?」
もうリリーのことを考えてるのか頬が赤い。
はいはい、リリーに会いたいんだよな、アーリーは。
でも会うだけならお誕生日会じゃなくてもいい。
「スミス、旦那様に訊いてみて欲しいんだけど」
「はい」
「六歳の誕生日会は僕の体調不良により中止にしたい」
僕がよく体調を崩すことは屋敷じゃ誰でも知っている。
専任の医者もいるくらいだ。 問題ないと思う。
「伯爵家の令嬢には、お見舞いに来てくれるなら迎えを出すと伝える、でどうだろうか」
たぶん見舞いは二人とも来ると思うから、アーリーも文句はないはずだ。
客を増やすなら来年の七歳のお誕生日会だ。
「それまでに同年代やその兄弟、学校関係者の一覧表を作っておいて」
「今回は準備不足のため見送りということですね」
僕はウンと頷く。
旦那様に見栄を張る気はない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
初夏のある日、伯爵家にお隣の公爵家から手紙が届けられた。
「え?、今年はお誕生日会がないの?」
公爵家のお菓子を楽しみにしていたリリアンはガッカリした。
「そのようだね。 どうやらイーブリス様が体調を崩されているらしい」
「イーブリス様が!」
ヴィオラが父親に手紙を見せてくれるようにせがむ。
「まあ、イーブリス様はお身体が弱いの?」
母親は「そんな話は聞いていない」と眉を寄せる。
公爵家を二回訪れたヴィオラたちは、イーブリスがあまり身体を動かしている姿を見たことがない。
お茶を飲み、花を眺め、他の三人がはしゃぎまわっている姿を静かに笑って見ている。
父親は手紙を見ながら話す。
「使者の話では元々お身体は弱いそうだ。
ただ都会に来てから特に良くないらしく、医者に診せても原因は不明だそうだ」
「アーリーは元気そうなのに」
リリアンは不満気に呟く。
「そのアーリー様からは『二人がお見舞いに来てくれるのは大歓迎』と来ているよ」
父親の言葉に二人がパアッと顔を明るくする。
「行くわ!、良いでしょう?、お母様」
リリアンの言葉に両親は頷いた。
「もちろんよ」
母親は着て行く服をどれにするか考え始め、父親は予定を調べ始めた。
ヴィオラとリリアンはお見舞いを理由に公爵家を訪れる。
馬車が到着すると、玄関にはすでにアーリーが待っていた。
「よく来てくれました」
精一杯背伸びした礼を取る。
「こんにちは、イーブリス様のお加減はいかかですか?」
先に下りたヴィオラがアーリーに声を掛ける。
「はい、ありがとうございます。 リブは部屋で寝ています」
アーリーは、一生懸命覚えたセリフを棒読みする。
「お部屋にご案内いたします」
メイドが声を掛け、先に立って歩き出した。
「イーブリス様、お客様がおいでになりました」
扉の前でメイドが声を掛け、中から扉が開く。
「こんにちは、イーブリス様」
子供用にしては広い寝室。
大きな窓にレースの白いカーテンが揺れている。
「来てくれてありがとう」
いつもの静かな笑みで迎えたイーブリスは、ベッドの上に上半身を起こしている状態だった。
ヴィオラとリリアンはベッドの傍に寄り、伯爵家で用意した花とお菓子を差し出した。
「これ、お見舞いよ」
「ああ、どうもありがとう、うれしいよ」
イーブリスは傍にいた若い執事にそれを渡す。
「きゃああ!」
部屋を見回していたリリアンが突然、叫んだ。
「ま、魔獣がいるわっ」
「あはは、大丈夫だよ。 おいで、ローズ」
ローズと呼ばれた銀色の獣は、イーブリスのベッドの上に飛び乗って伏せると、主の顔を舐めた。
双子の女の子たちを相手に、これは自分のものだと主張するように。
ヴィオラは、イーブリスに可愛がられる狼が羨ましかった。
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