第10話 友人
地下にあった物置を小さく仕切って、わざわざ薄暗い部屋を作ってもらった。
いや、ここまでしてもらうつもりはなかったんだけどな。
「屋敷の水の流れが近くにあります。 湿気もちょうど良い具合かと」
いや、だからね、スミスさん。 そこまで頼んでいないんだよ?。
「ありがとうご。 ん、助かり、助かる」
うーん、どうも丁寧に話さなくて良いほうが難しい。
アーリーやローズならちゃんと喋れるのに。
あーそうか。
相手が人間で自分より年上だと、前世の人間の記憶が判断しているんだ。
今までは自分も人間のつもりで行動していたから、それで良かったけど、もう魔物だとバレたんだし、意識を切り替えよう。
「こちらでよろしいでしょうか」
「ああ、いいよ」
相手は魔物で自分の手下だと思えばいいんだ。
「次は石か板でいいから祭壇が欲しい」
大きさを身振り手振りで伝える。
身体が小さいからどうしても大袈裟になるな。
「畏まりました、いくつか作ってみます」
スミスさんも以前より腰が低い感じだ。
「よろしく。 あと、紙が欲しい。 なるべく古い紙がいいんだけど」
「承知いたしました。 すぐにお探しいたします」
何だか身体がむず痒い。
他の使用人には頼めないことなので、スミスさん自身が動くことになる。
そんなわけで僕にもメイドが付くことになった。
僕だけ付き添いが二人になったのかと思ったら、アーリーにもガタイの良い従者の少年が増えている。
アーリーの動きが激しくなったから、メイドじゃ追い付けないんだろうな。
僕に付いた新しいメイドさんはメガネのおねえさんで、本を頼むと用意してくれて、分からないところはきっちり教えてくれる。
家庭教師みたいだ。
「僕でも読めそうな新聞があったら毎朝読んで欲しいんだけど」
「はい、喜んでご用意させていただきます」
ほお、うれしそうだね。
これはあれか。 本好きの文字中毒患者さんかな。
「来週の五歳のお誕生会の件でございますが」
食後のお茶の時間にスミスさんが話し出す。
あー、そんなのあったね。
また何か頼まなきゃいけないんだった、邪魔臭い。
「今回、お試しということで、ご近所に住まわれている伯爵家のお嬢様お二人をご招待しております」
へー?。
まあ、そろそろ社交も考えないとってことか。
「五歳じゃ早いような気がするけど」
「まあ、お試しでございますよ。 異性の遊び相手も必要かと存じます」
ふうん。 同性の友人もいないけどね。
「女の子?、楽しみだね、リブ!」
う、うん。 アーリーは嬉しいのか。
「そーだねー」
仕方なくそう答えたら、ローズがちょっと不機嫌になった。
誕生日会当日、今回は旦那様は欠席らしい。
それで代わりに客なのかな。
んー、当主の公爵様がいないのに客をもてなさないといけないのは難易度が高いです、執事長さん。
「なに、ほんの一時間程度でございますので」
午後のお茶の時間のみでいいらしい。
本当に顔合わせだけみたいだね。
天気が良ければいつもの薔薇園の近くでの予定だったけど、あいにく今日は曇り空で風が強い。
外は無理ってことで来客用の部屋の一つで行う。
ローズは機嫌が悪そうなので、言い聞かせて部屋に置いて来たよ。
【私の番!】
(あー、ハイハイ。 相手もまだ子供だから、その心配は無用だ)
だから大人しくしてなさい。
アーリーと手を繋いで部屋に入る。
調度品少なめ、子供が壊しても大丈夫なものしかない部屋。
テーブルの上にはすでにお茶の準備が終わっていた。
「初めまして、こっちはアーリー、僕はイーブリス」
「お、お会いできてこーえーです」
アーリーは、まあ五歳だから大目にみてね。
「リリアンとヴィオラよ。 あなたたちも双子なのね」
そう、彼女たちは双子だ。
まったく同じ容姿だから一卵性なんだろう。
「そう、そうだね、同じだね!」
アーリー、緊張し過ぎ。
とりあえず座らせる。
彼女たちは白に近い金髪に灰色の目をしている。
公爵と同じ髪と目の色ということは、この家と繋がりがある家柄なのかも知れないな。
「あのね、私がリリアンよ。 リリーって呼んでもいいわ」
同じ可愛らしい膝丈のドレスだが、長い髪に結ばれたリボンの色がピンクなのがリリーらしい。
では大人しく黙っているのがヴィオラだろう。
リボンは紫色だね。
メイドが二人、子供四人にお茶を入れたり、ケーキを配ったりしている。
リリーがお茶を飲もうとしてヴィオラに止められた。
「あの、お誕生日おめでとうございます」
そう言って立ち上がり、椅子に置いたリボンの付いた箱を持ち上げる。
リリーを急かし、彼女にも同じように箱を持たせると、「はい」と言って僕とアーリーに差し出した。
誕生日の贈り物らしい。
僕たちも立ち上がり「ありがとうございます」と受け取る。
開けても良いか確認してから包装を外す。
アーリー、乱暴にビリビリ破くな。
お嬢さんたちが目を丸くしてるぞ。
向かい合わせに座っているので、アーリーの向かい側がリリーで、僕の前はヴィオラだ。
「わっ、クマだ、かわいい」
アーリーにはクマの刺繍入りハンカチで、僕には犬の刺繍だ。
この屋敷の誰かが好みを教えたのだろう。
「ありがとう、大切にします」
リリーにはアーリーが、僕はヴィオラにお礼を言った。
ヴィオラは恥ずかしそうに俯き、リリーはケーキに夢中だった。
僕はお茶を飲みながら微笑ましく三人の会話を聞いている。
「あのさ、僕の部屋におーっきなぬいぐるみがあるよ」
「わたしのうちにだって、いーっぱいあるわよ」
まあ五歳児だから会話はこんなもんである。
「あの、ごめんなさい」
ヴィオラが急に僕に謝る。
「何が?」
「犬なんて」
ああ、ハンカチか。
「お母様が選んでくれたの。 私、違うのが良かったのに」
それが引っ掛かって静かだったのか。
繊細な子だな、そんなんじゃ世の中、生きていけないぞ。
「気にしないで。 次の機会があれば狼にすれば良いと思うよ」
顔を上げたヴィオラは頬を赤くして、うれしそうに微笑んだ。
「あの、ヴィー、と呼んでくださいませ」
はいはい、了解です。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ヴィオラは本当は男の子が大嫌いだった。
家によく遊びに来る従兄弟たちはいつも乱暴で、庭で木剣を振り回したり、お菓子を食べ散らかしたりする。
隣の公爵家に双子の男の子が貰われて来たらしいという話は聞いている。
ヴィオラは、女の子ならお友達になりたかったが、男の子と聞いてガッカリした。
母親がソワソワして、「早くどこかで顔合わせが出来ないかしら」と父親を急かしている。
「こちらから頼むことは出来ないよ」
いくらお隣とはいえ、公爵家と伯爵家では家格が違う。
いくら親戚筋であっても、貴族位が下の者から頼めることではなかった。
一年以上経ったある日、突然、お隣から男の子たちの五歳の誕生日会に招待される。
父親は娘たちに、
「お隣のお茶会に招待されたけど行きたいかい?」
と、訊いた。
リリーはお茶会に憧れていて、すぐに「行きたい!」と騒ぐ。
ヴィオラは「リリーが行きたいなら」と承諾してしまった。
その日はヴィオラの心のような曇り空だった。
公爵家の双子は緊張気味のアーリーと、まるで大人のような雰囲気のイーブリス。
アーリーは従兄弟たちとあまり変わらないが、イーブリスは今まで見た男の子たちとは全然違う。
(王子様みたい)
濃い金色の髪は黄金のようにキラキラして、美しい青の目に見つめられただけで、ヴィオラはドキドキする。
(ああ、私、もっとちゃんと贈り物を選びたかった!)
ヴィオラは子供っぽい犬の刺繍が残念で仕方がない。
「次の機会があれば狼にすれば良いと思うよ」
その言葉に、また次に会う約束をされたと思い込んだヴィオラは気絶しそうなくらい嬉しくなる。
(イーブリスさま、カッコイイ)
ヴィオラは幸せだった。
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