第11話 兄弟


「ねえ、二人はどっちがお兄さんなの?」


ケーキから焼き菓子に移行したリリーが僕たち二人を見ながら言う。


僕たちの今日の服装はカジュアルぽい紺色の上下のスーツで、襟元のタイの色を変えている。


アーリーが目と同じ綺麗な青で、僕は暗めのローズだ。


「私たちはヴィーがお姉さんよ」


ほう、一卵性双生児でも上下はあるのか。


アーリーは訳が分からず僕を見る。


僕たちは今まであまり気にしたことがない。


っていうか、本当は双子じゃないからな。




「僕たちには上も下もないよ。 アーリーはアーリーで、僕は僕だから」


だいたいが出産時にどっちが先に産まれたかってだけの話だろ。


「そんなのおかしいわ。 お母様に聞けば分かることよ!」


うん、そうだね、生きていればね。


ヴィーがリリーの横腹をつねった。


「リリーのバカ!」


「何するのよ、ヴィー!」


ケンカが始まりそうになり、慌てて止める。


「ごめんね、リリー。 お母様は僕たちを産んですぐに亡くなったんだ。


だから、どっちがお兄さんか聞けなかったんだよ」


静かに話すとリリーは「あっ」と口元に手を当てる。


「ごめんなさい」


横にいるヴィーの顔が余程怖かったのか、すぐに謝ってくれた。




 涙目のリリーには気の毒なことをしたな。


僕は後ろに控えていたスミスさんに声を掛ける。


「ねえ、公爵家では僕たちはどっちが兄になってるの?」


引き取る際には籍を作ったはずだ。


「それでしたら、イーブリス様の方が兄上様となっております」


マジか。


だけど兄だからとか、弟だからとは区別もされないし、順番なども特に決められてはいない。


「リリーさま、僕たちも初めて知りました。


訊いてくださってよかった。 ありがとうございます」


そう言って微笑むとリリーとヴィーも機嫌を直してくれた。




 今回のお茶会も無事に終了。


夜になって帰って来た旦那様と遅めの夕食を一緒に食べることになった。


えっと、今回の欲しい物は何にしようかな。


そんなことを考えながらゆっくり食べる。


まだ瘴気が足りないから体調は悪いが、何とか動けるまでには回復した。


 例の地下の小部屋を島の洞窟に近い状態にするべくスミスさんに頑張ってもらっている。


僕がシェイプシフターの紋章を古い紙に書いて祭壇に祀り、そこから瘴気を吸収する仕組み。


瘴気が屋敷内に漏れたら困るから、闇の妖精に頼んで小部屋に結界を張らせた。


それで準備は完了。


あとは、ローズが森で狩って来た魔物や魔獣の死体から瘴気を吸収している。


その瘴気を祭壇の部屋で放出すると僕に届くのだ。




「イーブリス、体調はどうだ?」


食後のお茶になり、少しだけ会話を楽しむ余裕が出来る。


「はい。 スミスのお蔭で少し良くなりました」


スミスさんが嬉しそうに頷く。


「そうか、それは良かったな。 では、欲しい物を訊こうか」


その時、アーリーが変なことを言い出す。


「えっとね、僕、今日、リリーにかわいいハンカチをもらったよ。


お礼をしたいから、何かリリーにあげるものがいい!」


旦那様の眉がピクリと動いた。


「ほお、アーリーはリリー嬢をとても気に入ったようだな。


それならば、また彼女たちをお茶会に招待しよう。


贈り物はその時に渡せば良い。


他に欲しいものはないかな?」


んーっと考え込んだアーリーは、


「じゃあ、庭にブランコが欲しい。 リリーと二人で乗りたいから」


と、言い出す。


はあ、そこまでして女の子の気を引きたいか。


 そういえば、半年だけいた施設の庭にブランコがあったな。


僕たちは他の子に邪魔されて乗せてもらえなかったけど、アーリーはずっと乗りたかったのかも知れない。




「なるほど。 では後日、庭師たちと相談して決めよう。


イーブリスは決まったか?」


「はい。 出来れば上質紙の日記帳を。 鍵が付いたものが欲しいです」


出来るだけ高い物を頼む。


まあ、何も言わなくても高級品しか届かないと思うけどね。


本当は鍵なんて掛ける気はない。


人間って鍵が掛かってると大切なことが書いてあるって思うでしょ。


日記なんて、たいしたことないのにね。


「分かった」


それで話は終わったと思い、僕は部屋に戻る体勢に入る。


「イーブリスは、お茶会はどうだった?」


ん?、特に何にもなかったと思うけど。


「今日は曇りだったので身体が動いて良かったと思います」


雨が近いせいか、空気も湿気を帯びていて過ごし易かった。


もし天気が良かったら起きられないし、外なんて出られないし、下手すると倒れるし。




 旦那様が苦笑を浮かべる。


「いやいや、女の子たちとはどうだったかと思ってな」


あー、アーリーがあの反応だもんな。


「可愛らしいとは思いますが、まだ早いでしょう」


貴族の婚姻は家同士の繋がりだ。 


身分が高い家ほど、早く婚約者を決める傾向がある。


だけど、僕が魔物だと分かっている旦那様がそんなことを考えるはずはないか。


「そうか、分かった」


うん、何が分かったのか分からないけど、僕はそろそろ限界が来たので部屋に戻った。




 着替えてベッドに潜り込む。


茶会のため午後から構ってもらえなかったローズが布団に潜り込んで来た。


外は雨が降り始めているので、今日は北の森での狩りは中止だ。


フンフンと僕の匂いを嗅ぐローズ。


「さっきお風呂に入ったから匂いなんてしないだろ」


【ウン、まだ雄の匂いがしない】


当たり前だ、まだ五歳だよ。


 そういえば、ローズは何歳だ?。


【知らない。 だけど子作りは出来るよ】


そうか、まあ獣は大人になるのは早いよな。


 魔物自体はあんまり年齢は関係ない。

 

それこそ十分な瘴気と魔力があれば、いきなり完全体でこの世に出現する。


ただ僕の場合は不完全な状態で魔方陣から出てしまい、赤ん坊に擬態して、そこから徐々に大人に向かっている最中だ。


魔物としては未熟かも知れない。


子作りに関しては、シェイプシフターの能力で大人に擬態すれば済む話だけどな。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その日、ロジヴィ伯爵家は大騒ぎだった。


「うちの娘たちが、あの公爵様のお屋敷に呼ばれるなんて」


この国の国王とも血縁関係にあり、王族に異変があれば国王にもなれる家柄である。


「本来ならうちのような伯爵家が、屋敷が近くて遠い親戚関係だというだけで声が掛かることなどないわ」


奇跡が起きたと伯爵夫人はウットリとした顔で宙を見つめていた。


「単に同年代の双子だからだと思うが」


伯爵のほうは冷静に見ているが、多少心配で仕事もそこそこにして帰って来ている。


 娘たちは夕方前には戻って来た。


それこそ公爵家には僅かな時間しか滞在していない。


それをあまり騒ぎ立てる気はしなかった。




 しかし、伯爵夫人は「自分たちの娘だけが呼ばれた」という事実に歓喜した。


「これはもう、いつ婚約の話が来るか分からないわ」


とまで言い出す。


伯爵はため息を吐く。


「公爵家とうちでは釣り合いが取れない。 そんな話はあり得ないよ」


もし、万が一、娘たちが見初められたとしても、彼らは公爵位を継げるのか。


「公爵様の嫡男の子だというのも怪しい」

 

いつ家を追い出されるか分からない。


「そんな者を娘たちに近付けるのはよろしくない」


偽物であれば平民だ。


下手をすれば偽装の罪に問われる。


伯爵はそれを恐れていた。


「娘たちの婚約者ならば、はっきりとした血筋の、我々と釣り合いの取れる家柄の者を選ぶべきだ」


「それもそうね」


本物の公爵の孫ではない可能性が高い。


伯爵夫人はそれに気付いて、少し温度を下げた。




 しかし娘たちの反応はそれぞれだった。


「アーリーは普通ね。 もうひとりはあんまりかわいくない」


リリーはお菓子は美味しかったが、公爵家の双子に関してはあまり良い印象はない。


「お母様、とっても楽しかったですわ」


それに比べてヴィーはずっとニコニコと上機嫌である。


あんなに渋っていたのに、と母親も困惑したほどだった。


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