第7話 交渉


 どうやら抵抗する気はなさそうだが、まだこちらの様子を窺っている気がした。


「スミスさん、魔獣とかダイヤーウルフに関する本はありませんか?」


スミスさんは少し考えてから僕を見た。


「お探しいたしましょう。 ただ、以前にお渡しした本はちゃんとお読みになりましたか?」


ああ、あの歴史の本ね。 面白かったよ。


僕が頷くと、スミスさんは、


「本の内容を覚えていらっしゃるかどうか、お伺いいたします」


と言った。


それをクリアしないと次の本は見せてもらえないらしい。


「いいよ」


僕はスミスさんの質問に順に答えていった。




 国の成り立ち、初代国王の名前、貴族家の数、主な家名。


最後には本に載っていない最近の情報まで訊かれる。


「現王族はフィンレー国王陛下、エディリーナ王妃、メイヴィン王弟殿下」


スミスさんが目を見開いて驚いた。


この辺は屋敷内での話を聞いて覚えた知識だ。


「よろしいでしょう。 あとでお部屋にお持ちします」


ふう、何とか合格したっぽいな。


「ありがとうございます」


翌朝、僕は無事にダイヤーウルフの情報が載っている魔獣図鑑のような本を手に入れた。




 朝食後、アーリーを抱き締めて生気を補充。


スミスさんに本を持ってもらい、そのまま魔獣の檻に向かう。


檻の傍にはスミスさんがいるので迂闊な会話は出来ない。


魔力を込めて念話を送ってみるか。


最近は魔力を使っても以前ほど眠くならないんだけど、もしかしたら何か対処したのかな。


(ねえ、僕の声、聞こえる?)


【……聞こえる】


良かった、じゃあ、これからはこっちで話そう。


人間ではないということは理解してくれたかな。


(それで、手下になる話だけど、どうする?)


【どうせこっちには拒否することは出来ないんだろ】


(ふふ、やはり獣の思考だな。 魔力を得てもその程度とは)


グルル


おーお、一人前に怒るのか、煽られ慣れてないな。


(僕はシェイプシフター。 お前の姿にも成れる魔物だ)


しかも体内の魔力と瘴気はコイツより多い。


(それがどういうことか、分かるか?)


あれれ、黙ってしまったな。 まあいいさ、ゆっくりやろう。


 僕が知らん顔していると、声が聞こえた。


【何故だ、他の者たちのように薬を使えばいいだろう】


(はあ?、そんなこと、お前は望んでないだろうに)


僕は檻の前に座り込んで本を広げる。


図鑑のようなもので絵と説明文がたっぷりあって楽しい。




 ダイヤーウルフは絶滅寸前だった古代狼種が魔力を得て魔獣となった。


「本物の狼だったんだな。


魔獣の多くは単体で獣から変化したのに、ダイヤーウルフは種族ごと魔獣に進化した。 珍しいな」


【神が我らを選ばれたのだ】


ふふふ、そうかな。 神ではなく悪魔だったかもよ?。


(神に選ばれたのなら聖獣になるはずだろ?)


この国の王族は聖獣フェンリルを飼っているそうだ。


飼っているというのは語弊があるか。


協力を得られる友人としている、かな。


そのため代価として居心地の良い王宮の中の森を聖獣用として、そこに保護されているそうだ。


(お前たちは保護されているかい?)


ダイヤーウルフは魔獣の多い北の森林地帯に棲んでいる。


(魔の森に棲める身体に進化したくせに、中身は獣のまま。 それともお前は神獣気取りか)


黙っているのは何か葛藤があるんだろう。


いくらでも悩めばいいさ。


僕は鼻歌を歌いながら庭の草の上で本を眺めていた。




【……手下になってやっても良い。 ただ一つ、叶えてもらいたいことがある】


ふむ、やっとその気になったみたいだね。


(ふうん、それが条件ってことか。 いいよ、言ってみて)


決めるのはこちらだ。


【子をたくさん産みたい。 シェイプシフター、お前なら私の番となって子を成せるのだろう?】


「へ?」


これは思ってもみなかった申し出だ。


(お前、雌だったんだ)


ダイヤーウルフが目を逸らした。


これ、照れてるんだろうか。


【北の森にはもう仲間はいない。 母を人間に殺され、私は一人で彷徨っていた】


ふうん、そうか、まだ子供なのに可哀そうにな。


狼は群れで生活する獣だ。


仲間がいないんじゃ、捕まっても助けは来ない。




(分かった。 ただしこっちにも条件はある)


僕は灰色の狼の体内魔力と瘴気を見る。


やはり瘴気が足りない。


(まずケガを治し、その汚い身体を清潔にしろ)


ダイヤーウルフの耳がピクッと動く。


(それと、お前も僕もまだ子供だ。 番になるのはもう少し先になる)


っていうか、こいつが雌なら僕が能力で変身しても雌じゃねえか。


(雄を探して連れて来い。 きっとまだどこかに一体くらいいるさ)


つい最近まで母親と暮らしていたそうだから、まだ隠れている仲間はいそうな気がするんだよな。


北の森じゃなくて、他の場所ならいるかも知れないし。


【分かった、協力しよう。 でもここを出なければ何も出来ない】




「スミスさん、檻を開けられる?」


少し離れていたスミスさんに声を掛ける。


「交渉は成立しましたか?」


あははは、やっぱり何かやってることは気付いてたんだ。


「担当者を呼んでまいりますので、しばらくお待ちください」


屋敷に向かって歩き出そうとして、スミスさんの足が止まる。


「そうなると狼の名前が必要になりますので、考えておいてくださいね」


「あ、そうですね、分かりました」


スミスさんの背中を見送って僕は考え込む。


(名前、あるの?)


【無い、お前が主になるなら付けてくれ】


うーん、僕は今まで名前を付けたことは無いんだけどな。


 ここは薔薇園の奥である。


周りは薔薇だらけ。 一年中、色々な品種の薔薇が咲いてるらしい。


「ローズ、で良い?」


こくんと頷いた。 雌だと思うと何となく可愛いなと思う。




 その後、檻の担当者が来てくれたので事情を話す。


「もう大丈夫だと思います。 名前はローズです」


雌だと知ったスミスさんも檻の担当者も目を丸くした。


あははは、厳つい顔してるもんな。


「では胸のメダルに名前と、坊ちゃんの魔力を登録します」


これで所有者が限定される。


今は公爵家の紋章だけが入ってて公爵家所有となっているが、これで僕個人の所有物となる。


公爵家の誰かが僕を消そうとしても、ローズが守ってくれるってわけだ。


「いえ、ローズが何か失敗をしたときに、真っ先にイーブリス様が責任を負うことになるだけです」


「えー」


まあいっか。


コイツは将来、僕の番になるんだしね。




 この国での獣の『番=つがい』は生涯の伴侶ではなく、ただの子作りの相手だ。


発情期がくれば子作りはするが、終われば離れ、次の発情期はまた違う相手と番う。


【私はそんなに薄情ではない】


(ばあか、僕のほうがそういう気質なんだよ)


シェイプシフターは魔物だ。


消滅しない限り永遠に生きる。


(その時その時で気に入った相手と番うんだ。 お前だけじゃない)


【……分かった】


何か不満そうだが、とりあえず、ローズは僕の配下となった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ローズ」


そう呼ばれるのは嫌いではない。


「まず屋敷の中に入るには大きすぎるな」


檻から出たのはいいが、何やら文句を言われる。


「図鑑にはお前は大きさを変えられるとあるぞ。 ちょっと身体を縮めてみろ」


今まで身体を大きく見せることはあっても、小さくなったことはなかった。


しかし言うことを聞かなければ、将来、大人になった時に番になってもらえない。


意識して身体を縮める。


「なんだ、やれば出来るじゃないか」


私の身体は主の背丈の半分くらいになっていた。




 風呂という部屋に入れられ、暖かい水で洗われ、その間ずっとシェイプシフターは傍で笑っていた。


「あははは、ほら、泡がいっぱいだー」


子供の姿で、子供の声ではしゃぐ未来の我が番。


なんと愛らしい姿だ。


しかも先日のあの瘴気と魔力、只者ではないというのは分かる。


私は、この主に相応しい番にならなければならない。


そう決意した。


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