第6話 魔獣


 アーリーのぬいぐるみは翌日には部屋に届いていた。


四歳の子供よりデカいクマのぬいぐるみだ。


アーリーは僕に見せようとしたらしいのだが、ただ抱き付いただけで持ち上がりもしなかったので、部屋から持ち出すのは諦めて僕を呼びに来た。


「おー、フカフカだ。 良かったねー」


「うん!。 リブのは?」


「さあ?」


ナマモノだからな、すぐには無理かも知れない。


別に慌ててないからいいよ。


 誕生日会の翌日から、明らかに使用人の皆に声を掛けられる事が増えた。


「おはようございます、坊ちゃん」


「おはようございます」


名前を呼ばれないのは、どっちか分からないからだよな。


っていうか、シェイプシフターの僕としては簡単に区別されるほうが嫌だけどね。




 秋になり、誕生日会から四ヶ月くらいが過ぎた頃。


いつものように、朝は薔薇の香りで目が覚める。


今日は白い薔薇だ。


毎日、その日の一番良い香りの薔薇が届く。


花瓶が枕元の近くに置いてあるせいか、僕の髪から薔薇の香りがするとメイドさんたちの間で評判になっているそうだ。


「お嫌でしたら朝から洗髪されても良いと思いますが」


「僕は別に構いません、好きな香りだし」


スミスさんは僕が嫌がらないと知ると、さらに薔薇の本数を増やした。


何だよこれ、一本でいいんだってば。




 朝食後、旦那様に呼ばれて薔薇園の近くまでアーリーと手を繋いで歩いた。

 

庭の散歩道から少し入った所、藪に隠された檻が見えた。


お、ついに来たのかな?。


「遅くなってすまぬな。 大人しくさせるのに時間がかかった」


へっ、そんな凶暴なヤツ?。


グルルルルル


低い唸り声が聞こえる。


檻の中に居たのは灰色の狼のようだ。


大きいな。 伏せてるから正確には分からないけど、前世で見た牛くらいはありそう。


「ダイヤーウルフという魔獣だそうだ」


魔獣だって!?。


アーリーはメイドのおねえさんにギュッと引っ付いた。




 僕は目を輝かせて檻に近付く。


「坊ちゃん。 檻には魔法無効が掛かってますから、ご注意を」


檻の傍にいたゴツイおじさんがそう言った。


あー、そうか。 魔獣だもんね。


だとしたら、触るだけでも僕にも影響があるかも知れない。


変身が解けたらメチャクチャ困るので、あまり近寄らないようにしよう。


 少し離れたところにしゃがみこんで、じっと檻の中を見る。


「どうだ、これでも欲しいのか?」


ん?、くれるんじゃないの?。 見せただけ?。


「閣下、僕がいらないといったら、この獣はどうなりますか?」


旦那様はニヤリと口元を歪める。


「どこかの闘技場へでも連れて行って、剣士や兵士たちの腕試しの相手になるだろう」


そっか、逃がすわけないよね。 やっぱり処分されちゃうのか。


「仲良くなるまで、何日か猶予をください」


「構わぬ、やってみよ」


僕は「ありがとうございます」と礼を取った。




 皆がいなくなってから、僕はさらにダイヤーウルフを観察する。


おそらくだけど、かなり痛め付けられた感じだ。


ケガをしているかも知れないな。


でもそれだけ元気だということだし。


僕は周りに人がいないことを確認する。


あー、スミスさんはどうしようかな。


「あの、この子に与えるオヤツはありませんか?」


スミスさんは少し考えて「厨房に訊いてまいります」と離れて行った。


よし、今のうちにやってみるか。




 僕は体内の瘴気と魔力を一瞬だけ解放する。


ぶわっと巻き起こる風に、檻の中の魔獣が後ずさりした。


「ねえ、僕の手下にならない?。 可愛がってあげる」


じっと目を見る。


魔獣なんて、元は獣だろ?。


洞窟の精霊たちが育てた半端ない魔力がある魔物の僕に敵うわけないよね。


キューン


分かってくれたみたいだ。


僕はすぐに魔力を引っ込める。


瘴気は霧散した。 うーん、また集めないとな。



 

 しばらくしてスミスさんが戻って来た。


「これをどうぞ。 魔獣用ではないそうですが」


「ありがとうございます」


何かの骨かな。


「出し汁を取る前の仔牛の骨でございます」


あ、うん、ありがとう。


何だか最近、何も言わなくても答えをくれるスミスさんがちょっと怖い。


若いのに何なの、その熟練の助手みたいな反応は。


 檻には触れられないので、隙間から放り込んでみる。


「明日また来るよ、考えておいてね」


檻の隅に縮こまっていたダイヤーウルフがこくんと頷いた、気がする。




 翌朝も朝食後にアーリーがついて来る。


メイドさんは少し怖くて困ってるっぽいな。


「アーリー、無理しなくていいよ。 仲良くなったらちゃんと紹介するから」


「う、うん」


俯いているから「どうしたの?」と訊いてみる。


「リブは怖くないの?」


僕の心配をしてくれているなんて、アーリー、なんて優しい子。


「大丈夫だよ、島で魔物や魔獣には慣れちゃったから」


僕たちは船に乗るための資金を、獣を狩ったり魔物退治したりして稼いでいた。


二歳児に出来る範囲の小物ばかりだったけどね。


 アーリーは思い出したようで、それでも首を横に振る。


「でも危ないよ」


「アーリー、僕が獣に負けたことがある?」


今度はブンブンと大きく横に振る。


「リブは強いもの」


僕はニッコリと笑う。


「アーリーも強くなるよ」


僕が出来ることはアーリーにだって出来るはずだ。


魔物である僕が力を貸せば、という注釈は付くけどね。


まあ、この屋敷にいれば必要無いかも知れない。




 さて、ダイヤーウルフは元気かな?。


薔薇園の奥、藪に隠された檻に近付く。


メイドさんに頼んでアーリーは屋敷の中に返した。


スミスさんは絶対ついて来るけどね。


 今日は違う魔獣用オヤツがスミスさんのポケットから出て来た。


それを受け取る。


「ありがとうございます」


僕の笑顔が引きつってても仕方がないと思うんだ。


 僕の顔を見るとダイヤーウルフが姿勢を正した。


犬のようにお座りをしたダイヤーウルフの首には金色のチェーンのような首輪がある。


「あれは何ですか?」


「先端に紋章入りのメダルが付いておりますでしょう?。 公爵家所有を表しております」


逃げた時など勝手に殺されないようになっているらしい。


まあそうだろうな。


公爵家の持ち物を勝手に処分したら、それこそソイツらの命が危ないわけで。


正当防衛?、そんなもん貴族の前には存在しない。


家の力こそすべて、なのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 魔獣狩りの男は公爵閣下の依頼に驚いた。


「正気ですか?、お孫さんの愛玩用に魔獣なんて!」


「あれがそう望むのであれば叶えてやらねばな」


長年、頼まれて魔獣退治をしてはいるが、こんな依頼は初めてである。


確かに可愛らしい小さな魔獣や益獣と言われる魔獣を飼い慣らしたいと捕獲を頼まれたことはあったが、討伐するより危険度が増す。


「出来るだけ大きいほうが良いそうだ」


男は頭を抱えた。


依頼料は破格だし、殺さずに捕まえたとなれば名前も売れる。


しかし、それは命があってのものだ。


「いつまでに?」


「期間は設けない。 捕まえたら連絡をくれ」


「大人しくさせるのに時間が掛かります」


「そうだな、それも含めて依頼しよう」




 北の山にある魔獣の森に向かった。


二、三日前に魔獣の目撃情報があったので、罠を仕掛けておいたのだが、何か掛かったそうだ。


「こりゃあ……狼か」


「ただの狼じゃないっすね、これ。 詳しくは調べないと分かりませんが」


公爵様の依頼の件もあったので惜しみなく大量の魔道具を使って檻に入れる。


罠でケガをしていたらしく、思ったより早く入ってくれた。


 こちらの仲間には死人こそ出なかったが、かなり被害が出ている。


当たり前だ、狼型魔獣だぞ。


魔獣の中でも捕獲どころか退治さえ難しいと言われる魔獣だ。


「運が良かったっすよ、まだ子供のようで」


成体だったらと思うと恐ろしい。


「ダイヤーウルフですね、薬を使って大人しくさせましょう」


それでも薬を飲ませるだけで三ヶ月ほど掛かったのである。


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