第3話 邂逅


 これはもう都会としか言いようがない。


アーリーも道沿いに並ぶ、数え切れないほどの大きな建物を見上げてポカンと口を開けている。


道にも目をやり、またポカン。


「ねえ、リブ、地面が見えないよ」


僕をリブと呼ぶのはアーリーだけだ。


「うん、ずっと石畳だね」


公園のような場所以外はレンガや石で埋め尽くされているな。


 僕たちの馬車が着いたのは一段と大きなお屋敷だった。


ここに来る直前に一旦宿屋に入り、身なりを整えさせられている。


服もまるでお貴族様みたいな高級品だ。




 門を潜ると整えられた庭が続き、少ししてからようやく建物が見えて来た。


「お城?」


「いや、違うと思う」


アーリーは絵本でしか知らないくせに、大きくて綺麗な建物は全てお城だと思ってるんだ。


 馬車が停まると、いつものように顎で指図されて馬車から降りる。


そこで僕は前世でも見たことのない光景を見た。


ズラリと執事やメイドが並んでるんだ。


すごい、これが貴族かと思ったね。


片側二十名ほどかな。 全員ではないだろうけど、それが二列。


向かい合っているから真ん中を歩くことになりそうだ。




 低頭していた者たちが一斉に顔を上げて僕たちを見た。


さすがに先頭にいた老執事は表情を変えなかったけど、他の執事やメイドたちの顔は僅かだが反応が見てとれる。


多くは「可愛い」とか「小さい」だが、一番強く感情を揺らしているのは「若様にそっくりだ」というものだ。


若様ねえ。


それがこの家から逃げ出した坊ちゃんなんだろう。


「どうぞ、こちらに」


僕はポカンとしているアーリーの手をギュッと握る。


用心棒は馬車に残り、商人風の男と一緒に使用人たちの真ん中を通り玄関に向かう。


 その玄関も豪華。


壁紙や絨毯、絵画や装飾品も決して趣味は悪くない。


アーリーに釣られて僕までちょっとだけキョロキョロしてしまった。


「旦那様がお待ちでございます」


「ありがとうございます」


いつも偉そうにしてる商人風の男も、ここではまるで学生みたいに緊張してる。




 しばらく廊下を歩いていたら、案内をしていた老執事さんがピタリと停まる。


扉を叩き、部屋の中から応える声が聞こえて扉が開く。


「どうぞ」と促され、軽く会釈をして中に入った。


 部屋の中の調度品も品が良いものばかりだ。


部屋を見回している間に商人風の男の挨拶が終わり、僕たちは立ったまま、ひとりの老人の前に押し出された。


 重厚な椅子に座り、じっと僕たちを見る灰色の瞳。


良く手入れされ、後ろに流れるように撫で付けられた白毛が増えて薄くなった金髪と口髭。


これぞ貴族って感じの老紳士だ。


 僕の背中がゾクッとする。


いやあ、人間を見てこんな気分になるのは初めてだわ。


「アーリー」


老紳士の声にアーリーが「はい」と答える。


「イブリス」


僕は答えなかった。


老人の口元がニヤリと歪んだ。


「イーブリス、だったな」


「はい」


僕は軽く礼を取る。


 しばらくの間、僕たちはただジロジロと見られていた。


老紳士の目はただ真っ直ぐに前を向いているのに、そう感じたんだ。


「よろしい。 支払いをしてやれ」


「畏まりました」


商人風の男は嬉しそうに礼を取り、老執事と一緒に部屋を出て行った。




 この部屋にはもう一人、執事服の若い男がいる。


「この男はスミスだ。 用事があればこれに伝えよ」


立っているだけだが、血の匂いがするというか、危ない奴だと感じた。


きっと護衛も兼ねているんだろう。


「はい。 よろしくお願いします」


僕が返事をすると若い執事がニコリと微笑む。


「ではアーリー様、イーブリス様、お部屋にご案内いたします」


若い執事のスミスさんは濃い茶の長い髪を一つに結んでいる。


涼し気な黒い目、スラリとした細身の身体だけど無駄の無い動きは相当鍛えていそうだ。


しかも顔だけじゃなく全体的に色気がある。


まあ、こんな屋敷に勤めてるんだから只者じゃないよな。




 遅れないように早歩きでついて行く。


アーリーがあちこち行こうとするから逸れそうになる。


このままだと屋敷内で迷子になってしまう。


 僕は目に魔力を込める。


見失っても追えるように、スミスさんの魔力を記憶した。


前を歩いていたスミスさんが急に振り返る。


チッ、魔力を感じ取る力もあるのか。


「イーブリス様、如何されましたか?」


「ごめんなさい。 体調が優れなくて」


僕はアーリーの手を握ったまま床に片膝をつく。


「ああ、すみません、子供の扱いに慣れておりませんで」


彼は慌てて駆け寄って来て僕を抱き上げ、離れないようにアーリーの手を握った。


「大丈夫ですか?」


ごめん、久しぶりに魔力を使ったせいか、急に眠気に襲われただけなんだ。


「誰か来てくれ!」


スミスさんの声がする。


悪いけど、アーリーを頼むよ。


この屋敷なら大丈夫だと思うから、僕はちょっとだけ眠らせてもらう。




 目が覚めると、暗い部屋にいた。


暗い方が何となく落ち着くからいいんだけどさ。


ここはどこだろう、と身体を起こしてみる。


アーリーが傍にいない。


魔力で探したら近くの部屋にいるようだ。 向かい側かな?。


良かった。


 しかし、待遇が良いな。


すっごくふかふかの布団に毛布、清潔なシーツに枕だ。


パスパスと枕の感触を楽しんでいたら、どこかの扉が開いた音がして明かりが点く。


「イーブリス様、お目覚めですか?」


さっきのスミスさんが入って来た。




「あ、さっきはごめんなさい」


ベッドの上で正座して頭を下げたら、驚かれた。


「何ですか、謝られることなど何もありませんよ」


スミスさんは何の問題もないと笑い、枕元まで来て僕の顔に触れる。


「まだ少し熱いですね。 お医者様がゆっくり休めば治ると言ってましたよ」


僕なんかのために医者まで呼んでくれたのか、さすが金持ち。


あー、窓の外が真っ暗だ。


あれからだいぶ時間が経過してしまっているのか。


「アーリーは大丈夫ですか?」


「ええ、先ほどお食事もされて、今は侍女がお風呂に入れています」


アーリーは向かいの部屋から動いていない。


「部屋に風呂があるのか」


驚いて、つい声に出てしまった。


「ええ、それぞれの部屋に風呂と洗面所、お手洗いも付いています」


スミスさんがこの部屋にもある、と扉を開けて教えてくれた。


「ふぇ」


うわぁ、高級宿みたいだ。




 これが貴族か。


僕は大変なところに来たのだと気を引き締める。


今までのようにはいかない。


魔物だと知られないよう、少し気を張って生活しなければならないだろうな。


でも、ここでアーリーさえ幸せになってくれればそれで良いんだ。


魔物的には瘴気を感じない屋敷だから大丈夫な気がするよ。


まずはアーリーが馴染めるかどうか、しばらく様子を見よう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 通称スミスと呼ばれる青年は驚いていた。


辺境地の未開地で公爵家の嫡男の遺体が発見され、その恋人と赤子も見つかっていたが、それが二年以上も前だった事実に。


旦那様は「どんなに嘆いても失われてしまった命は戻らない」と、遺品を受け取り埋葬された。


 何度も下調べをして、本日ようやく孫と思われる双子がやって来る。


失踪していた嫡男に良く似た顔、金色の髪に美しい青い目。


屋敷の者の多くは泣いて喜んだが、スミスと執事長だけはまだ疑っていた。


(名前はイーブリスといったか)


三歳だというのにはっきりとした口調、大人のような振る舞い。 


スミスは奇妙な何かを感じた。


そして、確かに一瞬だけ魔力の気配がしたのだ。


魔力持ちは貴族の血を引いていれば珍しくはないのだが、あの気配は異常だ。


まるで魔物のように濃い。


(面白いことになりそうだ)


スミスの仕事は、この子供たちの傍で彼らを見極めること。


裏の世界も知るスミスでなければ未開地で育った子供の世話は出来ないと抜擢されたのだ。


(旦那様の期待に応えてくれよ、ガキども)


執事服の若い男は、その整った顔をニヤリと歪めた。


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