第2話 教育
一緒にいる商人らしい男も、用心棒らしい男も、僕たちには何も話し掛けない。
たぶん、僕たちに自分のことを覚えていて欲しくないんだろうな。
馬車に乗せられて移動し、止まると顎で降りろと指示された。
「小部屋で良い。 放り込んでおけ」
「へい」
どうやら宿屋だったみたいだ。
小さな部屋だけど野宿よりマシだな。
僕たちは一つのベッドで寄り添って眠った。
朝になる。
用心棒の男が来て、食堂に連れてってくれた。
この世に生まれて初めて、まともな食事を食べた気がする。
僕がパンを小さく千切って食べたり、スプーンでスープを掬って口に入れたりするだけで、用心棒の男は驚いた顔をしている。
まだ三歳ぐらいの未開地の子供が人間らしくて驚いたって?。
僕は人間だったころの記憶があるからね。
相棒のほうは、まあごく普通なんで許してやってよ。
「ありがとうございます」
皿を下げに来たウエストレスのおねえさんにお礼を言うと、ますます驚かれた。
「ずいぶんとお行儀が良いのね、どこから来たの?」
「知らない」
僕たちは二人揃って首を横に振る。
「ふうん、名前は?」
僕が驚いておねえさんの顔を見上げると、彼女は微笑んでいた。
そういえば島を出てから一度も聞かれたことがなかったな。
「アーリーだよ」
足をブラブラさせながら相棒が答えた。
「僕はイーブリスです」
同じ顔だけどね。
「二人とも良い名前ね」
いや、そんなことないよ、おねえさん。
だって僕は、あの島でイブリス(悪魔)と呼ばれていたから、それが名前になったんだ。
アーリーのほうは、すでに両親が用意してあった名前なんだけどね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕のことを『悪魔』と呼んだのは村の祈祷師だったよ。
村には教会が一つしかなくて、そこには神官なんていなくて、古臭い祈祷をやる婆さんしかいなかった。
「この赤子の魔力は異常じゃ。 触るんじゃねえ!。 呪われるぞい」
うん、あの頃はまだ自分で魔力をコントロール出来なかったからモロバレだった。
お蔭であのおじさん以外、誰も近寄って来ない。
でもまだ死ぬわけにはいかなくてさ。
だから僕は赤ん坊だったけど色々がんばったんだよ。
こういう時、前世の記憶持ちっていうのは助かるね。
赤ん坊でも魔力をちゃんと制御出来るようになったし、ちょっとずつ魔法も使えるようになった。
そのお蔭で何度もおじさんやアーリーを助けられたよ。
僕たちって金髪に綺麗な青い目をしてるもんで、外から来る奴らに狙われまくってたんだ。
売り飛ばされそうになることも多かったけど、そこはほら、祈祷師の『悪魔』発言は地元じゃ有名だったからさ。
僕たちに異常なことが起きても『悪魔の仕業』ってことで済むわけ。
ニ歳を過ぎる頃にはますます誰も近寄らないようになってたよ。
笑うでしょ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから男は、僕たちをどっかの施設に放り込んだ。
建物は教会のようだったし、神官もいたけど、僕の正体なんて知ったこっちゃないってヤツばっかり。
まあ、神官っていってもピンキリだよな。
孤児たちを集めているみたいなんだけど、ただの孤児院じゃない。
見栄えの良い子供を集めて教育。
礼儀作法とか基礎的な運動なんかを叩き込んで、金持ちに売る商売みたいだな。
人身売買?。 この国じゃ普通のことらしいよ。
でも特に悪いことをさせてるわけじゃないっぽい。
金目の物を盗んだり、目当ての異性に取り入ったりなんてことは指示されないようだ。
まあ、それが細く長く商売を続けるコツなんだろうさ。
本人や引き取り手が勝手にやってるのは知ーらないって感じか。
「今回は上物ですね」
下種な笑みを浮かべる優男の神官に、商人風の男は目を眇める。
「こいつらはもう引き取り手が決まってるんだ。
丁寧に教育してやってくれ。 それと、こいつらには体罰は禁止だ」
神官の顔が明らかに残念そうな顔になったな。
よっぽどゲスイことやってるんだろう、ざまあみろ。
僕たち双子は特別扱いだ。
身の回りの世話をする中年のおばさんが付き、身体はいつも清潔。
礼儀作法の教師は厳しかったが、僕にとっては常識の範囲だから問題ない。
ああ、アーリーはアレだから許してやって。
教師たちは雇い主に止められてるから手は出さないが言葉がキツイ。
初めは何を言われてるのか分からなかったアーリーも、半年も経つと自分が何で怒られてるのか分かるようになる。
夜、寝る時間になるとベッドで愚図るようになった。
「アーリー、僕の真似をしてれば大丈夫だよ」
「う、うん」
アーリー自身は頭も悪くないし教えればちゃんと出来る子だ。
僕たちの年齢は正確ではないけど、まだ三歳になったばかりだから、大きい子から見れば愚鈍に見えるし、僕たちが特別扱いなのが気に入らない子供もいるしさ。
ふふっ、そんな子には『悪魔』の出番ですよ。
コソコソと建物裏なんかでやるから僕に捕まるんだ。
「イタタタタ」
「図体は大きいくせに小さい子の痛みも分からないの?」
魔力を制御しながらでも子供相手なら楽勝ですよ。
「離せっ、言いつけるぞ!」
「あははははは。 キミが言い付けるのと僕が言い付けるのとでは、どっちが聞いてもらえるかな?」
火を見るよりも明らかだよな。
体罰って、服で見えないところなら良いんだっけ。
「ぎゃあああああああ」
そうそう、トイレの時しか出さないモノってさ、子供の頃は綺麗に見えるけど大人になるとどうしてあんなに醜くなると思う?。
それは毛が生えるからさ。
だからこんな傷も大きくなれば見えなくなるから安心してね。
「あ、あくまああ」
うん、正解だ。
ご褒美にもう一つ傷を増やしてあげよう。
おや、気を失ったのか。 キミは確か十歳じゃなかったかい?。
三歳児に負けてどうするんだ。
ま、他のヤツらも静かになってくれたし、その傷は勲章だと思ってくれ。
そこで半年ぐらい過ごし、僕たちはまた馬車に乗った。
久しぶりに僕を見た用心棒さんの顔が引きつってたけど、何だろうな。
相変わらず会話なんてないから分からない。
今回はちょっと長旅になるそうだ。
途中から商人風の男も合流して四人での旅。
アーリーは最初は楽しそうに窓の外を眺めていたけど、だんだん飽きて来て、寝てることが多くなる。
僕も眠いけど、出来るだけ外の景色や人や馬車が通るのを眺めて過ごす。
一番関心があるのは『森』とか『沼』みたいな瘴気が溜まってそうなとこ。
街の近くにも案外とあるもんだなあ。
いくつかの街を過ぎ、三日後に僕たちを乗せた馬車は、今まで見た中で一番大きな街に着いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「本当に大丈夫なんですかい?」
用心棒の男は雇い主が違法スレスレの危ない仕事をしていることは知っていた。
「ふん、高位貴族に取り入れる機会なんて滅多にないからな。
しかも今回はまったくのデタラメって訳でもない」
子供が欲しい金持ち夫婦や年寄りは結構いる。
相続の問題もあり、身内探しは昔から金になる仕事だ。
しかしどうしても見つからない、または死んじまってる場合、代わりが必要だ。
「向こうも分かっちゃいるのさ、本物かどうかなんて怪しいってな。
それでも情が移れば本物になる。
俺たちの仕事は、見つけた孤児をちゃんと可愛がってもらえるように教育してやることだ。
双方にとっても一番良いことだろう?」
商人風の男は悪びれる様子もなく、笑った。
それでも用心棒の男はあの双子は、何となく気味が悪いと思っていた。
その日、施設に迎えに行くと他の子供が一切見送りに出て来ない。
普通なら、仲間との別れに手を振る子供が少なからずいるのに、遠くから恐ろしいもを見るように、早く居なくなれと祈るような目で見ていた。
いったい、この子供らはここで何をしたのか。
恐ろしくて聞けなかった。
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