シェイプシフターの子〜僕は魔物だけど人間だった記憶がある〜

さつき けい

第一章

第1話 混乱


 誰がそんなことを望むだろう。


死にたくて死んだのに、なんでまだ生きてるんだ。


これは何かの罰?。


ここはどこなんだ?。


なあ。


死ぬことも出来ないのなら、いっそのこと……。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 僕は洞窟の中で生まれたらしい。


当然だけど、僕にはその時の記憶なんてない。


その時の僕が一つだけ覚えていたのは、目の前にいる赤ん坊を守らなきゃいけないってことだけ。




 この世界じゃ、生きているモノは多かれ少なかれ魔力を持っている。


魔力を持つ獣が瘴気を取り込むと魔獣になり、人間が理性を失うと悪魔や魔人になる。


じゃ、魔物は何から生まれるかっていうと、混沌の闇からだ。


で、それは何かっていうと、瘴気と魔力から成る。


つまり元となる身体が無いのが魔物ってこと。




 僕がまだ魔物として生まれていなかったとき、混沌と瘴気の洞窟に逃げ込んで来た人間の男女がいたんだ。


女のお腹には今にも産まれそうな赤ん坊がいる。


何だか知らないけど、彼らは何日も前から祭壇を作り、祈りを捧げてくれていた。


それが結構うれしくてさ。


望みを叶えてあげることにした。 


だけど、彼らの望みにはもっともっと魔力が必要だったから、まだ黙ってたの。


だって、結構大変そうなお願いだったんだもん。


 そうこうしているうちに赤子が生まれてしまって、大変なことになった。


そしたら、男のほうが慌ててさ。


僕たちに何かしようとしたんで、捕まえてポーンって洞窟から放り出したんだ。


 そしたら、今度は怒り狂った女が無理矢理、身体を動かして魔方陣を描いたの。


血で描かれた強力な召喚魔方陣でさ、混沌の闇から僕を現世に引き摺り出しちゃった。


つまり、僕は生まれたのね。




 こいつ人間のくせにすげえ魔力あるなあ、なーんて思ってたら、洞窟にいた精霊たちが怒っちゃって。


洞窟内に雷が落ちて大変なことになった。


実はね、あの洞窟には色々な精霊が棲んでてさ。


僕はあそこで新たな魔物として生まれる予定だった。


精霊や魔物たちが集めた瘴気と魔力で大切に大切に育てられていたんだよ。


なのに、はあ、中途半端で生まれちゃってさ。


 とりあえず、闇から出たからには、この世界で生きるしかないよね。


だけど、なんか人間が洞窟に描いた召喚魔方陣が『シェイプシフター』って言う魔物用だったんだ。


知ってる?。


身体を自由自在に変えられる魔物。


形のない魔物の僕は、そのシェイプシフターとして生まれたわけ。


 この人間たちの望みは産まれた子供が幸せになること。


そして、その護衛にシェイプシフターを召喚するつもりだったみたい。


でも、その裏にあったのは復讐。


この赤ん坊が無事に成長して、自分たちをこんな目に合わせた人間たちに復讐することだったんだ。


それって復讐を遂げるまで僕が護衛するってことでいいんだよな。


目の前にいるのは赤ん坊だけだから、シェイプシフターとして生まれた僕はこの姿に擬態するしかない。


つまり魔物の僕は、この赤ん坊と同じ姿になる。


それが彼らの狙いだったんだろう。


どちらかが残れば良い、復讐の確率が上がるからね。


いいよ、アンタたちの望みは叶えてあげる。




 僕が思ってたのと違う魔物として呼ばれちゃったことは、まあ、仕方ないや。


何にでも手違いってあるしね。


でもね、育ててくれてた精霊たちによると前世の記憶を持ってた魂がこの混沌の闇の中に紛れてたらしいの。


前世の記憶ってなんだろうって思ったら、どうやら人間だったみたいでさ。


洞窟の中で生まれた時、それもごっちゃになって僕が形成されてしまった。


本来なら、そういうものは生まれる前にちゃんと消化されて消えるはずなのにね。


だけど僕は中途半端なまま、言うなればまだ未熟な魔物として生まれたんだ。




 目の前の女は、もうすでに息は無い。


精霊が手を貸したのか、赤ん坊はちゃんと産まれていて、泣き叫んでる。


僕は男女二人分の生気と魔力をもらったし、これからもずっとこの赤ん坊の生気をもらい続けることが出来る。


「ふふふ、楽しみだ」


生贄に生きた赤ん坊をもらえるなんて、滅多にないよ、やったね。


 僕は姿を変える。


シェイプシフターの能力は外見だけじゃなく、身体も全く同じになる。


違うのは思考と体内魔力と瘴気。


そして僕は赤ん坊を守り続け、親の望みを叶えるだろう。


復讐は任せろ、必ず果たさせてやるよ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 それはどこにでもありそうな、本当によくある話で。


若い貴族の嫡男が身分違いの恋に落ち、娘は子を宿してしまう。


貴族家当主は当然、許すはずもなく息子を勘当した。


「甘いよなあ。 生活出来ずに戻って来ると思う親も、がんばって身を立てれば親を見返せるって勘違いする坊ちゃんもよ」


「ああ、選りに選って、こんな魔物の島に来なくてもいいのに」


「まったくだ。 坊ちゃんは死体で見つかったらしいが、女と子供はどこへ行っちまったんだかなあ」


腕に覚えのある三人組は大金で雇われている。


先日、森で見つかった男の遺体は貴族家特製の魔道具を持っていた。




 そこは、ある大陸の南の端、港から船で数日掛けてようやく辿り着く島である。


大きな島ではあったが、山と森、そして僅かな人間がいるだけの未開の地。


まだ手が入っていない場所も多く、一攫千金を夢見る荒くれ者や、身を隠さなければならない事情がある者などが時折りやって来る。


しかし、深い森には瘴気が漂い、魔物や気のふれた獣が彷徨っていた。




「なんじゃこりゃ、血じゃねえか」


「ヒッ」


「チッ、遅かったか」


その男たちが洞窟の奥で見たものは、焦げた祭壇と血まみれの女。


そして血で描かれた魔方陣の上に裸の赤子がふたり。


赤子は泣き疲れたようにぐずっているが、女のほうは身動き一つしない。


「何やってんだ、さっさと女と子供連れて出るぞ」


小柄な男は上着を脱ぐと、それで赤子の一人を包む。


腰が引けた痩せた男もそれに倣い、自分の上着を脱いで赤子を包んで抱き上げた。


大柄な髭の男は乱暴に女を担ぎ上げる。


 男たちは、その後はひと言も喋らずに洞窟を出て、足早に森を抜けた。


休憩一つせず、何かに急かされるように人里まで駆け続けたのである。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 洞窟で女と赤ん坊が見つかってからニ年以上が経った。


もうすぐ三歳になる双子は小柄で見窄らしい男に連れられ、小さな島から出て何日も移動する。


そして、大きな街に到着。


「それで、その時の赤子がこの子たちだと?」


「へえ、さようで。 女はすでに息がありやせんでした。


赤子は何とか助かりやしたが、何せ産まれたてのほやほや。


村から出すこともできやせん。


それで一旦、ご報告にと仲間が島を出たんすが」


小柄な男を島に残し、大柄な髭の男と痩せた気の小さな男が島から大陸に向かったが、結局二人は戻って来なかった。


後になって、船の事故で亡くなったことが分かる。


「おりゃ、金もねえし、赤子の面倒も見なきゃならねえし。


その村で働きながら何とかこちらに連絡を取ろうと必死やったんす」


手紙を書こうにも読み書きは出来ない。


誰かに言伝を頼むにも、金がないと話さえ聞いてもらえなかった。


「それでニ年以上も掛かったのか」


「へ、へえ、何とか、この子らが大きくなって手伝ってくれたもんで、金を貯めて船に乗れたんす」


無事に大きな港に着き、ニ年前の連絡先をダメ元で訪ねたのだ。




 商人風の身なりの男は、小柄な男に金の入った小袋を渡した。


「約束の金だ。 分かってるとは思うが他言無用で頼む」


「へへっ、もちろんでさ」


小柄な男は「じゃあな」と双子の頭を撫でて、部屋を出て行った。


「おい、誰かこの子供を洗って、まともな服を着せろ」


「へい」


部屋の奥から出て来たのは、無精ひげで筋肉質な身体に革鎧を着込み、腰に剣を下げた用心棒のような男だった。


「後は頼んだぞ」


「承知しております」


その夜、街の外を流れる川に見窄らしい小柄な男の水死体が上がった。


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