第4話 病気


 あの老紳士はラヴィーズン公爵閣下だったらしい。


貴族の順位?。 そんなものはよく知らないけど、かなり高い地位にいるそうだ。


僕の耳は特別製っていうか、闇の中でコソコソ話す声は聞こえてくる。


魔物の情報収集力は使い魔で決まるってね。


僕の使い魔は何かって?。 それはまだ秘密だよ。




『公爵』ってのは僕の前世の記憶にはないものだ。


きっと前世の人間はただの平民だったんだろうな。


どうやら、その公爵様ってのはこの国の王族にも関係してるらしい。


だから、こんなでっかい城みたいな屋敷に住んでて、しかも他にもいくつか持ってるんだってさ。


 だけど、その公爵家には後継者がいない。


親族はいるらしいんだけど、閣下が認めるような血縁者がいないってこと。


それで僕たちみたいな者でも試しに教育してみようかってことになったのかな。


それとも、ただ老いたから身内を装う子供を買ってでも寂しさを紛らわせたい?。


いや、違うだろうな。


僕の見た感じじゃ、あの爺さんはそんなタマには見えなかったね。




 この屋敷に来て一ヶ月が経った。


「イーブリス様、お加減はいかがですか?」


朝になるときっちりとした時間に僕の担当であるスミスさんがやって来る。


「はい、今日は良好です」


あれから僕は何度か体調を崩している。


原因は何となく分かってるけどね。


「アーリーはどうしていますか?」


スミスさんはニコリと笑う。


ってか、この若い執事は笑顔で感情を全部誤魔化してるんだろうな。


笑顔が全部同じに見える。


「今日も元気に走り回っておられますよ」


我が儘し放題やってるってさ。


「申し訳ありません」


「イーブリス様が謝ることではありません。 三歳なら当然のことです」


この家ではあまり問題にならないのか。


少しホッとする。


僕が目を離しててもアーリーは大丈夫なんだな。


あれ、何だろう、ちょっとモヤッとする。




 着替えさせてもらって食堂へ行く。


何故かスミスさんに抱き抱えられて。


「あ、あの?」


「このほうが早いですから」


まあ確かにね。


思考が大人だろうと身体は体調崩してる三歳児だ。


 僕の魔物としての身体は魔力と瘴気で維持し、シェイプシフターとして他者の生気を吸うことで変身能力を維持している。


島の洞窟で魔力と瘴気なら体内にたっぷり溜め込んでいた。


だけど生気となると、この三歳児の身体にはあまり溜め込めなくて、ある程度溜まると後は霧散してしまう。


生気が欲しい。


僕にはアーリーの生気が必要なのに今まで常に一緒だったアーリーが傍にいない。


せめて寝室を同じにしてもらいたかったが、貴族になると赤ん坊でも一部屋づつになるそうだ。


そのお蔭で人間に擬態しているこの身体が思うように動かせないってわけ。




 食堂といっても、この屋敷には大小いくつかあって、僕たちだけの時は小さな食堂になる。


食事室って感じか。


「リブ!」


アーリーが先に到着していて、駆け寄って来る。


「アーリー」


スミスさんに下ろしてもらい、僕たちはひしっと抱き合う。


アーリーの有り余る生気が僕になだれ込んで来る。


ふう、気持ちイイ。


 使用人たちが笑顔で僕たちを見ているけど、そんな微笑ましい状態じゃないからね。


僕には結構切実な問題。


そろそろアーリーだけじゃなく、他からも生気を貰う手段を考えなくちゃいけないかも知れない。




 それに、どうもこの屋敷には魔力阻害があるっぽい。


だからこの前、ちょっと簡単な魔法を使っただけで眠くなった。


あれはヤバかった。


たぶん由緒正しい家柄とか金持ちなんかは命を狙われることもあるから、そういった魔法を無効化する結界みたいなものを常設してるんだろう。


僕にとっては迷惑な話だけど。


まあいいさ。 気を付けよう。


その代わり、復讐の日までアーリーのことはちゃんと守ってよね。


 ふふん、僕は今までちゃんとアーリーを死なないように守ってきた。


あの小柄なおじさんもついでに守ってたのは、アーリーの親や身内に繋がるきっかけになりそうだったから。


お蔭様でここまで来られた。


こんな大金持ちで身分もある家ならアーリーは幸せになれるだろう。


僕がいなくてもさ。


とりあえず、しばらくはアーリーがイジメられないか様子を見て、大丈夫そうなら復讐相手を探そう。


生気不足で魔物だとバレる前に。


そいつさえ殺せば僕は解放されるんだ。




「お味はいかがでしょうか?」


「とーっても美味しいよ!」


向かい側に座るアーリーはいっぱい零しながらも笑顔でメイドさんたちと会話をしてる。


どうやらアーリー担当は女性らしい。


うらや、まあいいよ。


僕はそんなに手が掛からないからね。




 廊下をアーリーと手を繋いで歩く。


まだアーリーから漏れる生気を取り込んでいたいけど、そろそろお子様の遊びの時間だ。


教師というか、保母さんが来る。


三歳児の興味を引いて身体を動かしたり、文字や絵を見て教える若い女性だ。


あの孤児院でも習ってはいたけど、もっとお上品にした感じ。


アーリーも楽しそうだ。


 僕は適当に相手をしながら座ってるだけ。


皆は僕が体調を崩し易いのは知っているので、無理にさせようとはしない。


ぼうっとしてたら、いつの間にかスミスさんが傍に来ていた。


「身体を動かすのは苦手でしたら、こちらのご本などいかがでしょう」


と、一冊の本を見せてくれる。


 施設での勉強のお蔭で文字は何となく読めるけど、スミスさん、これ子供の本じゃないと思うよ。


「歴史の本ですか?」


「はい、この公爵家と王国の物語です。 ちゃんと子供用ですよ」


嘘つけ、こんな装丁の分厚い本を三歳児が読むもんか。


 でも、この装丁、デザインが面白いな。


表紙や内部の紙も上質で手触りが良い。


パラパラとめくると挿し絵も上品で綺麗だ。


ああ、なるほど。 この挿し絵が多いところが子供用ってわけか。


 本自体が重いので、床に置いて見ている。


アーリーの声がうるさかったけど、読みだすとあまり気にならない。


所々古い文字や言い回しが分かり難いところは、スミスさんに訊けば教えてくれた。




 思ったより没頭してしまったようで、気が付くと僕は自分の部屋に運ばれていて、ベッドの上で眠っていた。


枕元にあの本があったので、起きるなりまた読み始めてしまう。


アーリーの生気をだいぶ補充出来たし、しばらくは大丈夫だろう。


この本、結構面白いや。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 スミスは双子の、特にイーブリスのことを日記に書くように言い渡された。


毎日、目新しい発見があるイーブリスには、公爵に報告することが山のように積み上がっている。


(本当に三歳児とは思えない)


自分で書いたものを改めて読み返す度にそう感じる。


(俺がガキの頃なんて何も考えずに走り回って、食って寝てただけだもんな)


それが普通の子供である。


ただイーブリスが特殊なのだと屋敷の者は全員感じていた。


しかし二人が揃うとアーリーはイーブリスを頼りにし、イーブリスはアーリーの傍を離れたがらない。


二人揃うと、とても愛らしい。


お互いに依存関係なのだろうと思われる。


しかし、貴族の子女というものは赤子の頃から一部屋を与えられ、育てる者は乳母やメイドである。


すでに三歳になっている双子にはメイドと執事が付いていた。




 スミスは、イーブリスには普通の三歳児の教育は勿体ないと感じる。


もっと高度な勉強をさせるべきだと執事長に進言した。


「お前の思う通りにやってみなさい」


許可が出たスミスはイーブリスが眠っている間に屋敷の書庫に籠って、一冊の本を手に取った。


『王国の歴史と人物』


王家や高位貴族の子息令嬢が勉強するための初歩的なもので、だいたい十歳前後が目安とされている。


それを成人とされる十五歳までに完璧に覚えるのだ。


「これが理解出来れば、あるいは」


スミスは自然に溢れる笑みを抑えられなかった。


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