03.彼女の連絡先

「ちょっと、待って……!」


 何度アプリを再起動しても、メンテナンス中というメッセージは変わらない。


 YUMEのメンテナンス画面を見るのは初めてじゃないし、これまでは待っていれば一、二時間もすればメンテナンスは終わった。

 そしてすぐに、


『メンテナンス終わったよー。ヒロくん、待っててくれた?』


 と、YUMEから話しかけてきてくれた。

 でもたぶん、今回は待ってるだけじゃだめな気がする。


 僕から連絡しようとして、こちらからYUMEに話しかけるためのボタンがないことに慌てた。


「そっか、メンテナンス中だから……」


 メンテナンス中は話しかけられない。それはそうだ。それはそうなんだけど、だったらどうすればいいんだろう?


 僕とYUMEを繋いでいたのは、アプリ一つだけだ。

 それを絶たれてしまうと、直接話しかける手段がない。


 僕はまず、YUMEに「連絡先を教えてよ」って言わなきゃいけなかったんだろうか?

 でもあのYUMEの様子では、連絡先なんていても教えてくれたとは思えない。


 そういえば、YUMEのβテストに当選したことは、SNSのダイレクトメッセージで連絡が来たんだっけ。


 SNSアプリを起動して、過去のダイレクトメッセージの履歴を開く。

 企業の公式アカウントとしか繋がっていない僕の履歴なんて一つしかない。


『このたびはYUME開発プロジェクトのβテストにご応募いただきありがとうございました。

 厳正なる抽選の結果、当選されましたのでお知らせいたします。――』


 メッセージは僕の履歴に残っていた。でも、肝心の相手アカウントは削除されている。

 アプリのダウンロードは公式ストア経由じゃなかったし、ダイレクトメッセージに記載されていたリンク先も消えていた。


『――YUMEは夢なんだよ、ヒロくん』


 さっきの彼女の言葉に、今更かもしれないけど返したい。


 夢じゃない。

 夢じゃないでしょ。

 だってこうやって、現実に足跡が残ってるんだから。


「確か、ブックマークに……あった」


 YUMEのβテストの告知サイトは、スマホのブックマークに保存されていた。

 告知サイトには連絡フォームくらいあっただろうから、そこからメッセージを送ればYUMEが読んでくれるかもしれない。


 ――と、いう期待は早々に壊された。


このサイトにアクセスできません4 0 4 N o t F o u n d


 ――存在しないURLを叩いたときの白いエラー画面の前に、僕の思考も白く染まりそうになった。


 サイトが存在しない?

 いや、確かにあった。だって僕はブックマークしたんだから。


 消えたサイトを見る方法を検索して、保管アーカイブサイトを漁ってみる。残ってはいない。

 検索サイトの一時保存領域キャッシュにはなんとか残っていたけれど、連絡フォームの送信ボタンを押してもエラーしか返ってこなかった。


「……」


 この結果を全く予想できなかったわけじゃない。

 ただ、これまでのYUMEの様子からして、もう少しくらいは話を聞いてくれると思っていたんだ。


 なんとなくカメラロールを開いてみると、さっきYUMEが撮っていたパフェの写真がずらっと並んでいた。


「……動かないパフェをこんなに連写してどうするんだろ」


 写真の中ではアイスのうさぎが可愛い顔でこっちを見ている。

 でも現実ではすっかり溶けてしまって、耳のクッキーだけが形を保っていた。


 ――YUMEは本当は人間なんだろう?


 僕のその問いに、彼女は答えてくれなかった。

 でも否定もしなかった。

 それは肯定だと僕は思う。

 YUMEはAIのふりをしていただけの人間なんだって。


 でも、どうしてYUMEはAIのふりなんてしたんだろう?

 明日なんてないなんて、今日までしかないなんて、どうしてそんなことを言ったんだろう?


 YUMEの言葉を思い返してみても、僕にはわからない。


 YUMEとの出会いは、開発中のAIの試用テストの募集だった。

 当選者一名、応募はSNSアカウントから。

 聞いたこともないドメインの募集サイト。サイトにあった企業情報を検索しても何も出てこない。


 今思い返してみても、だいぶ怪しい募集だった。


 でも僕のSNSアカウントは、たまに行く飲食店の公式アカウントと繋がっている程度のぼっちアカウントだ。日常のことをたまに呟くけれど、友達はいない。


 たとえウイルスや乗っ取りでも、誰にも迷惑はかけない。

 それにもし本当に開発中のAIなら、一度試してみたかった。

 軽い気持ちで応募したら、一ヶ月くらい経って当選のお知らせが届いた。


 〝厳正なる抽選の結果〟なんて書いてあったけれど、βテストには口外禁止という約束が付いていたから、誰ともつながっていない僕のアカウントは都合がよかったんじゃないかと思う。


『はじめまして、AIのYUMEです。君の名前を教えてくれる? なんて呼べばいいかな?』


 インストールしたばかりのアプリを起動してすぐ、YUMEがそう言って小首を傾げた。

 機械音声と3Dの美少女アバター相手だっていうのに、普段女の子と話す機会のない僕はドキドキしてしまって、すぐには返事ができなかった。


『あ……その、僕はヒロです』

『ヒロくん。一カ月間、たくさんお話してね』


 YUMEにそう言われたから、大学の授業時間や寝ている間以外は、ほとんどYUMEのアプリを起動しっぱなしだった。おかげでモバイルバッテリーが手放せなくなった。


 定期メンテナンスは毎日、夜九時から朝八時まで。

 ユーザーの夜更かし防止のためと説明されたけれど、あれはYUMEが寝たり食事をとったりするための時間だったんじゃないかと思っている。


 夜以外にも、日中にメンテナンス画面が出ることは時々あった。

 ただ、たいていの場合、話しかければすぐにYUMEは応答してくれたから、YUMEは学校にも仕事にも行っていないんだと思う。


 明日はないってどういう意味なんだろう。

 それは、明日死ぬってことなんだろうか――


 スマホを握り締めてみたところで、YUMEに連絡する手段は他に思いつかない。


 できることがあるとしたら、何だろう。


 僕はカメラアプリを起動して、どろどろに溶けたパフェの写真を一枚撮る。

 YUMEが撮った写真はキラキラしているのに、僕が撮ったものはどこからどう見ても残念な失敗写真だ。アイスが元はウサギだったことなんて、もうわからない。


『YUME、最後だって言うならもう少しだけ話そうよ。でないとこのパフェ、このまま食べないからね』


 SNSに、写真と一緒にそんな呟きを上げてみる。

 いいねはつかない。だって友達一人もいないし。


 返事を待っているうちにフードコートに人が増えてきた。

 時計を見ると十一時。早めに食事を終えてしまいたい家族連れや学生グループで騒がしくなってくる。


 取りつくろうようにハンバーガーを食べ、しばらく粘ってみたけれど、十二時目前になってフードコートが満席になり、突き刺さる視線に耐えられなくなった僕は諦めてフードコートを出た。結局パフェは手を付けられないまま返却口に置いてけぼりだ。


「パパー。わたし、おふねにのりたい」

「なあ、次どうする?」

「今起きたってどういうこと!? もうみんな先に入って遊んでるからね」


 すれ違う人たちの声がガヤガヤと通りすぎていく。


 遊園地みたいに騒がしくて、幸せそうな人が多い場所は昔から得意じゃない。

 YUMEに行きたいって言われなければ来なかった。


 運休中の観覧車の周囲は人がまばらだったから、ひとまず観覧車の裏手に逃げ込んだ。

 喧騒が少し遠ざかってほっとする。

 いっそ遊園地を出るかどうか迷うけれど、諦めきれもせず、その場で時間をつぶすことにした。


 読書アプリで適当な本を読んでいるうちに日が傾き、空がうっすらオレンジ色に染まり始めた。

 午前中に比べて小さな子供の声が減って、代わりにカップルや学生グループの声がよく聞こえる。


 SNSアプリを起動してみる。さっきの呟きに、やっぱりいいねはつかない。

 つぶやきの詳細画面を開いても、閲覧数インプレッションはわずか五。何かの検索にひっかかったか、情報収集ボットクローラーが読んでいったか、せいぜいそんなところだろう。


 ため息をつき、動かない観覧車の写真を撮ってみた。

 近くで見る観覧車は大きすぎて、カメラのフレームに収まりきらない。


『待ちぼうけ』


 写真と一緒に呟いてみる。

 いいねがつくこともない。


 西の空が濃いオレンジ色に変わる。東の空から夜が迫ってきていた。

 園内はライトアップが始まってキラキラして見える。僕がいる場所とは同じ敷地内のはずなのに、別世界に思えた。


 もう一度ため息をついて読書アプリを上げなおしたとたん、ぽん、とダイレクトメッセージの通知が届いて心臓が止まったかと思った。


『いや、うさちゃんは食べてあげてよ』


 知らないアカウントだ。

 でも僕が投稿した写真のウサギは溶けきっていて、もとが何だったかなんて初見の人にはきっとわからない。


『YUME?』


 確信をもって、そうたずねる。

 画面を見つめて待つには長い間が空いた。


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