第390話 もう許さんぞー!
◇◇◇◇
翌朝、レオルドは不意に人の気配を感じて目を覚ます。
すると、目を開けた先にはイザベルが何かしようとしていた。
レオルドが目を覚ました事でイザベルはさっと手を隠し、恭しく頭を下げて挨拶をしてくる。
「おはようございます。レオルド様。気持ちのいい朝ですね」
「いや、誤魔化されないからな? お前が何かしようとしてたのはバッチリ見てたからな?」
「はて? 何の事でしょうか?」
キョトンと可愛らしく首を傾げるイザベル。
あまりにも強引な誤魔化した方でレオルドも呆れてしまうが、追及したところで罰を与えるわけでもない。
朝から面倒な事はご免であるとレオルドは起き上がり、ベッドから降りた。
「おや? お叱りにならないので?」
「叱ったところで悔い改めるようなたまではないだろう?」
「よくご存じで」
「短い付き合いだが、お前がろくでもない事はよく知ってる。それよりもシルヴィアとシャルは起きてるのか?」
「いえ。まだ眠っているようです」
「そうか。まあ、昨日は楽しかったのだろう。もう少し寝かせておいてやれ」
「畏まりました」
レオルドがそう言って鍛錬に向かう。
残されたイザベルはベッドメイキングを行い、部屋の清掃をしてからシルヴィアとシャルロットのもとへ向かった。
レオルドに指示された通り、二人をもう少しだけ寝かせ、朝食の時間まで他の仕事を片付けていく。
それから、程なくして鍛錬を終えたレオルドが戻ってきたので着替えとタオルを用意し、朝食の準備を始める。
「……本当に普段の態度さえどうにかしてくれれば手放しで褒めてやれるんだがな」
「遠慮なく褒めてください。私は世界一の侍女だと!」
「はいはい、そうですね」
「あ~、なんだかやる気がなくなってきました。屋敷の侍女全員を連れて辞めましょうか」
恐ろしい事を言い始めるイザベルにレオルドは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。
「やめんか……」
「ふふ、半分冗談ですよ」
「半分本気だったのか……」
今、イザベルに屋敷から出て行かれると、間違いなくパニックが起きる。
たとえ、冗談だとしても肝が冷えるレオルドであった。
「汗を流してくる。朝食の準備をしといてくれ」
「畏まりました」
鍛錬でかいた汗を流しに風呂場へ向かう。
レオルドは汗を流している最中に今日はシルヴィアと王都で観光という名のデートをする事を思い出して、念入りに体を洗う。
何かがあるわけではないが汗臭くないようにしっかりと汗を流し、綺麗さっぱりと体を清めて湯船から上がった。
「ん? シルヴィアとシャルはどうした?」
風呂から上がって着替えたレオルドは食堂に来ると、シルヴィアとシャルロットの姿がない事に気が付く。
「今、イザベル様が起こしに行ったそうです」
「そうか。なら、二人が来るまで待ってようか」
朝食を準備していた侍女からイザベルがシルヴィアとシャルロットを起こしに向かったと聞いてレオルドはしばらく待つ事にした。
それから、しばらくするとドタドタという音が聞こえ、レオルドはシルヴィアが慌てているのだろうかと食堂の扉へ目を向ける。
すると、バーンと勢いよく食堂の扉が開かれ、寝間着姿で寝癖が直っていないシルヴィアが息を切らして立っていた。
「も、申し訳ございません! 私としたことが寝坊してしまうなんて」
「ああ、うん。その事は別にいいんだが……その格好はあまりよろしくないのでは?」
普段では見られないような恰好をしているシルヴィアにレオルドも目を丸くしている。
そして、婚約はしているが結婚してはいないのでシルヴィアのあられもない姿を凝視しているわけにもいかず、レオルドは目を逸らしながら彼女の格好を指摘した。
「へ……?」
レオルドに指摘されたシルヴィアは自身の姿を見下ろす。
薄いキャミソール姿にセットされていない髪の毛。
殿方に見せていい姿ではなくシルヴィアは顔を真っ赤にして叫んだ。
「きゃーっ!!!」
悲鳴を上げながら食堂から逃げ出すシルヴィア。
シルヴィアを追いかけてきたようで悪戯が成功したと言わんばかりに笑顔溢れるイザベルはレオルドに会釈してから彼女を追いかけた。
「大変ね~。シルヴィアも」
「お前は気にしないのか?」
「私はいつもの事じゃない。今更でしょ?」
しれっとレオルドの傍に座るシャルロットは普段と変わらない様子だ。
シルヴィアとは違い、妖艶な雰囲気を放っているネグリジェ姿である。
男性陣の目に毒だが幸な事に食堂はレオルド以外の男性はいない。
そして、レオルドも見慣れているので特に思う事はなかった。
「まあ、そうだな。いつもの事か」
世の男ならば放っておかない美女が隣にいるのだがレオルドは構う事なく、注がれた紅茶を口に運んでいく。
「時間は大丈夫そうか?」
「問題ないでしょ。イザベルがスケジュールを把握してるはずだから、きっとわざとよ」
「さっきのはやはりイザベルの仕業だったか……」
「そうよ~」
ケラケラと笑っているシャルロットはテーブルに並べられているパンを一つ掴んで口元へ持って行く。
「おい。まだシルヴィアが来てないんだぞ」
「そんな堅苦しくしなくていいでしょ。どうせ、私達以外誰もいないんだから」
「そうだが、飯は皆揃って食べる方が美味いだろ」
「それもそうだけど、私はお腹が減ってるの。だから、先に少しだけ頂くわね~」
そう言ってシャルロットはパクリとパンに噛り付く。
もきゅもきゅと口を動かし、パンを咀嚼してゴクリと飲み込んだ。
「あ~、美味しいわ~。朝からワインもあればよかったんだけど」
「出かける前に呑もうとするな」
「ぶ~。私はいいじゃない。別に誰かと面会するわけでもないんだし」
「だとしてもだ。酔っ払いを連れて行く気はない」
「レオルドのケチ~」
ぶ~ぶ~と不満を漏らしながらシャルロットは近くに置いてあったフォークを掴んでレオルドの頬を突く。
「やめんか! てか、それ使えなくなるだろ!」
「レオルドが使えばいいじゃない。触ったのは私だけど刺さってるのは貴方のほっぺなんだから」
そう言いながらシャルロットはレオルドの頬を突くのをやめない。
「だから、やめろと言うとろうに!」
鬱陶しいとレオルドはシャルロットの手を振り払い、フォークを弾き飛ばした。
「あ~! レオルドがフォーク落とした~!」
「お前が言ってもやめんからだろうが……。すまないが新しいのを用意してくれるか?」
「畏まりました」
近くにいた侍女はレオルドからの指示ですぐに新しいフォークを用意する。
流石に連続でシャルロットにフォークを刺されては困るからとレオルドは先に釘を刺しておく。
「言っておくが次は容赦せんからな」
「は~い」
本当に分かっているのだろうかと心配しつつもレオルドはシャルロットから目を離し、再び紅茶を口にしようとした時、強引にパンがねじ込まれた。
「これでレオルドも共犯ね!」
「……お前という奴は! もう許さん!」
ニコニコと笑顔を見せているシャルロットはレオルドの口にパンを押し込んでいたが、流石に彼も怒ったようだ。
パンを噛み千切り、椅子から立ち上がるとシャルロットを無理矢理立ち上がらせて、コブラツイストを仕掛ける。
完全にコブラツイストが決まったシャルロットは悲鳴をあげて助けを求めた。
「きゃーっ! レオルドのエッチ、変態、ケダモノ~!」
「黙れ! 朝から面倒を掛けやがって!」
「いたたたたっ! ねえ、待って! これ、ホントに痛いんだけど!?」
「当り前だろうが! そうしないとお前は懲りずにまたやるだろ!」
「わ、わかったわ! 反省するから離して!」
「シルヴィアが来るまでこのままだ! 覚悟しろ!」
「痛い痛い! 早く来て、シルヴィア~!」
レオルドはシルヴィアが来るまで適度にシャルロットを懲らしめる。
それから間もなく、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしているシルヴィアが食堂にやってきて、シャルロットは解放されるのであった。
****
あとがき
更新お待たせしました。
不定期ではありますが完結目指して頑張っていきますんで応援してもらえると有難いです。
あと、書籍第六巻が発売中ですので、よろしければそちらの方もお願いします。
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