第389話 私は重荷ではないのでしょうか?

 用意してもらったお茶菓子も食べ終わり、レオルド達は談笑に耽っていたが流石に時間も時間なので寝る事にした。

 容器などは明日取りに来させるようにしているのでテーブルの上に置かれた容器などをそのままにしておく。


「さて、夜も更けて来た。そろそろ寝ようか」

「ええ~。もうちょっといいじゃない」

「シャルお姉様。明日は朝早いのですから丁度いい頃合いかと思われますよ」

「でも、シルヴィアももう少し楽しみたいでしょ?」

「それはそうですが……明日にも楽しみはありますので」

「本音は?」

「ほんの少し寂しいですわ」

「ほら~!」


 シルヴィアもこう言っているのだから、もう少しくらいいいのではないかとシャルロットが訴えてくるがレオルドは首を横に振って拒否する。


「ダメだダメだ。ただでさえ、お前は寝坊の常習犯なのに夜更かしなんて許可出来るか」

「明日はちゃんと起きるから~! ほら、シルヴィアも何か言ってあげて」

「シャルお姉様。流石にレオルド様の言い分が正しいので擁護は出来ないかと……」

「これで分かっただろ。シャル、観念して寝室に帰れ」


 駄々をこねていたシャルロットだがレオルドとシルヴィアの二人に論されては反論も出来ず、悲しそうに肩を落とす。

 その姿があまりにも悲しそうだったのでシルヴィアがレオルドにどうにか出来ないかと目線で訴えるが、彼は首を横に振ってどうにも出来ない事を教えた。

 ならばとシルヴィアは両肩をガックリと落とし、トボトボと歩いてドアの方へ向かっているシャルロットへ声を掛けた。


「シャルお姉様・よろしければ一緒に寝ませんか? そうすればまだお喋りも出来ますわ」


 ギュルンとシャルロットは勢いよく振り返るとキラキラ輝いた瞳を向けてシルヴィアの両手を握った。


「いいわ! それすっごくいいわ!」

「で、では寝室へ向かいましょうか」

「ええ! こんなつまらない男なんて放っておいて時間の許す限り語り合いましょ!」

「お、お手柔らかにお願いしますね」

「勿論よ! いざとなったら睡眠魔法で強制的に眠らせてあげるわ!」

「そこはかとなく不安なのですが!?」


 助けを求めるようにレオルドの方へ目を向けるシルヴィアであったが、彼は非情にも曖昧な笑みを浮かべるだけで手を差し伸べる事はしなかった。

 婚約者に裏切られたシルヴィアは愕然とするが、そもそもシャルロットをレオルドが止められるはずもなく、こうなる事は決まっていたのだ。


「すまない。シルヴィア。俺にはどうする事も出来ん……」

「……レオルド様。明日、生きていれば会いましょう」

「二人して酷いわね~。レオルドならともかく、シルヴィアには酷い事はしないわよ」

「俺にもするな!」

「貴方はほら、強くならなきゃいきないでしょ?」

「ごもっともな意見だが家にいる時くらいは休ませてほしいものだが」

「常在戦場を心掛けるのよ」

「手厳しい事を……」


 レオルドもシャルロットにならって常日頃から障壁を張り巡らせており、不意打ちや奇襲などの脅威から身を守っている。

 勿論、修行の一環でもあり、魔力の綿密なコントロールも含まれている。

 魔力共有に加えて自前の魔力だけでも国内どころか大陸随一の量を誇っているレオルドが十全に魔力を使いこなせるようになれば、それだけで他者を圧倒出来るだろう。


「まだまだ甘いのよ」


 そう言ってシャルロットはレオルドが視認出来ない速度で魔法を放ち、何重にも張り巡らせている障壁を貫いてみせた。


「無駄が多いのよ。もう少し精進しなさいな」

「……肝に銘じておこう」

「とはいっても、以前よりも良くはなって来てるから安心するといいわ」

「そうか。成長しているという事だな」

「そう言う事。それじゃ、シルヴィア。行きましょうか」

「え、あ、はい。レオルド様。お休みなさいませ」

「ああ、お休み。シルヴィア、シャル」


 二人はレオルドの前から去り、寝室へと向かう。

 一人残されたレオルドはしばらくの間、ソファに座って二人との談笑の余韻に浸っていたが明日に備えて寝る事にしたのだった。


 シルヴィアとシャルロットの二人は一緒に寝室へと向かい、深夜の女子会へと移行する。

 シャルロットの寝室へ辿り着いた二人は大きなベッドに並んで寝転がり、小さな明かりだけを灯して会話を楽しむ。


「それでシルヴィア~。明日はどうするつもり~?」

「そうですね。朝食を済ませた後は移動し、昼食まで王都で観光を楽しみつつショッピングの流れですね」

「今更だけど王都なんて慣れ親しんだ街だから面白みに欠けるんじゃない?」

「シャルお姉様の言う事はもっともなのですが、その……レオルド様と一緒であれば私はどこでも楽しめるのですわ」

「きゃ~ッ! シルヴィア可愛い~!」


 唐突に抱き締められるシルヴィアの顔は自身の発言に照れており、ほんのり赤く染まっていた。

 照れて赤くなった顔が元に戻るまでシルヴィアはシャルロットの胸に顔を埋ずめて唸り声を上げる。


「う~……」

「ここには私しかいないんだから、そんなに恥ずかしがらなくていいじゃない」

「それはそうなのですが……。でも、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいのです」


 もぞもぞとシルヴィアはシャルロットの胸に顔を埋めて、ギュッとしがみついた。

 そして、いつもより覇気のない声色で不安そうにシャルロットを見つめる。


「私は……レオルド様の負担になっていないでしょうか?」

「急にどうしたの?」

「いつも忙しく、私では到底想像も出来ない先の未来を見詰めて、ひた走るレオルド様を見ていると思ってしまうのです。私はレオルド様の重荷になってはいないかと……」

「そんな事ないわ。レオルドは貴女が来てから、ますます張り切ってるもの。アレはきっとカッコつけてるのよ」

「本当にそうでしょうか?」

「そうよ。レオルドが貴女を重荷に思うなんて事は絶対にないわ」


 シャルロットの言葉を聞いてもシルヴィアは不安が拭えない。

 自分がレオルドの足を引っ張っているのではないか、重荷になっているのではないか、邪魔になっているのではないか、そういった不安が消えないのだ。

 シャルロットは酷く情けない顔をして弱り切っているシルヴィアの両頬を優しく包み込んで慈愛の笑みを浮かべて安心させる。


「シルヴィア。貴女がこれまで見てきたレオルドを信じなさい。レオルドの軌跡全てを褒める事は出来ないけれど、成し遂げて来た功績、積み重ねてきたものは本物でしょ」

「はい……」

「でも、また不安に思ったら私の所に来なさいな。いくらでも愚痴に付き合ってあげるし、泣きたくなったら胸を貸してあげる。私はね、レオルドだけじゃなく貴女にも笑っていて欲しい。だって、その方が幸せでしょう?」


 皆が笑っていられる毎日が幸福なのだ。

 愛する者達と過ごす日常こそがかけがえのないものなのだとシャルロットは思っている。

 だからこそ、レオルドにもシルヴィアにも笑っていて欲しいと願っていた。


「シャルお姉様……」

「それに何を不安に思う必要があるの? レオルドは貴女の事を一度でも煩わしいと思った事はないわ。でも、そうね。レオルドが貴女の事を邪険にしたらその時は私がぶっ飛ばしてあげるわ」


 お茶目にウインクしながらサムズアップするシャルロットを見て、シルヴィアはクスリと微笑みを浮かべた。


「ふふ。シャルお姉様なら本当にレオルド様をぶっ飛ばしてしまいそうですわね」

「当たり前よ。だって、私の可愛い妹分を泣かせた罪は重いんだから」

「シャルお姉様……。今日は勇気を出して相談して良かったですわ。このような幸せな気持ちになれたのですもの」


 シルヴィアは全ての不安が消え去ったわけではないが、少なくとも先程までよりは心が軽くなった。


「それじゃあ、明日の事でも話しましょうか? それともレオルドの悪口大会でもする?」

「ふふ、どちらも捨て難いですわね」


 悩ましい所であったがシルヴィアはシャルロットに甘える事を選んだ。


「では、どちらもしましょう」

「それはいいわね! じゃあ、まずはレオルドの悪口から始めましょうか!」


 二人は薄い明りの下、ベッドの中で語り合う。

 レオルドの悪口から始まり、明日の事、もっと未来の事、色んな話を寝るまで続けたのであった。

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