第388話 こっちはほんわか、あっちはあたふた

 テスタロッサの所から帰ったエリナは早速、ジークフリートを慕っている友人達を呼び集める事にした。

 しかし、騎士団に勤めている為、そう簡単には集まらない。

 何せ、騎士団は24時間働きづめのシフト制なので、急に招集を掛けられても勤務表を確認しなければならない。

 そもそも、都合よく全員が休みの日など存在しない。

 よって、エリナは友人達に無理を言って有休を取らせるのであった。


 ◇◇◇◇


 レオルドはフリューゲル公爵に手紙を出した翌日、領主の仕事に忙殺されていた。

 サボっていたつけが回って来たとかではなく、フリューゲル公爵との面会までに仕事を片付けてシルヴィアとデートをする為だ。

 もっと正確に言えばシルヴィアがレオルドとの時間を確保する為に全力で取り組んでおり、いつも以上に忙しくなっている。


「レオルド様。次はこちらの書類に印鑑を」

「分かった」

「ちゃんと目を通していますか?」

「……一応は」


 嘘である。

 レオルドはシルヴィアがまとめた書類ならば不備はないだろうと、ほとんど目を通していない。

 当然、シルヴィアにレオルドの嘘はバレており、軽く注意される。


「レオルド様。私を信頼してくださるのは嬉しいのですが、不備がないかきちんと書類には目を通してくださいね」

「あい……」


 シルヴィアの言う事も最もである。

 彼女の仕事っぷりは信頼に値するが絶対に間違いが起こらないという事もない。

 いくらシルヴィアが優秀とはいえ、やはり人間なのでいつかは間違いを起こしてしまうだろう。

 それが今かもしれなければ、明日かもしれない。

 であるならば、上司であり領主であるレオルドが細心の注意を払っておくべきだろう。


「うう~」

「唸ってもダメですわ。レオルド様。まだまだ見てもらわなければならない書類はこれだけありますのよ?」


 どさっとレオルドの作業机に書類の山が積まれる。

 一仕事終えたようにシルヴィアが汗を拭っていた。


「……こんなに?」

「こんなにです」


 山のように積まれた書類をレオルドは一番上から取ると確認する。

 書類に記載されているのは税収についてだ。

 そして、その税金がどのように使われるかが書かれていた。

 レオルドは端から端まで目を通し、おかしな事が書かれてないかを確認すると印鑑を押した。


「レオルド様。まだ一枚だけですわ」


 そっと二枚目の書類をシルヴィアから渡される。

 それを受け取ったレオルドは引き攣った笑みを浮かべるも、シルヴィアはサボる事を決して許さず、ニッコリと笑って仕事をするように指示する。


「さあ、レオルド様。お仕事、頑張りましょうね」

「……はい」


 小さく返事をしてレオルドは山のように積まれた書類を一枚一枚手に取って、端から端まで目を通し、おかしな点がないかを確認してから印鑑を押していく。

 印鑑を押しているレオルドの顔は能面のように無表情であった。


 それから、数時間が経過し、真っ白に燃え尽きたレオルドが作業机の上に座ったまま倒れていた。

 急ぎの案件が終了し、しばらくの間はゆっくり休んでも問題ない所まで片付いた。

 これには文官達もニッコリである。

 久しぶりに休日を満喫出来ると文官達もルンルン気分で帰宅していった。


「お疲れ様です。レオルド様」

「あ”~……お疲れ」


 ゾンビのように緩慢な動きで頭だけを動かしてシルヴィアに顔を向けるレオルド。

 そんな様子を間近で見ていたイザベルはレオルドの滑稽な姿を鼻で笑う。


「ふッ……まるでゾンビですね」

「言い返す気力もないわ……」

「イザベル。レオルド様はゾンビなどではありませんわ。むしろ、可愛いでしょう?」

「シルヴィア様。一度お医者様に診てもらってはどうでしょうか?」


 今のレオルドに可愛い要素など見られない。

 ゾンビのように顔色が悪く、生気を失っている有り様だ。

 これを見て可愛いと言える人間はいないだろう。


「私は至って健康ですわ」

「この死にかけのレオルド様を見て可愛らしいと言えるのは病気かと」

「可愛くないかしら? 私が少し押すだけで潰れてしまいそうなお姿が」

「そう言われると……」


 潰れかけている蛙のようになっているレオルドを一瞥するイザベル。

 シルヴィアに言われて考えてみるが、可愛いというよりは不様という感想しか出て来なかった。


「今なら一突きで倒せそうですね」

「でしょう?」

「主従揃って頭沸騰してるのか?」


 物騒な会話を目の前で繰り広げる二人にレオルドは動けない体に鞭を打ってツッコミを入れる。


「頼むから今はゆっくりさせてくれ……」

「ええ。存分に」

「イザベル。不穏な発言は控えろ。永眠させるようにしか聞こえんぞ」

「ご希望でしたら、すぐにでも致しますが?」

「やめんか」


 どこから取り出したのか分からないがイザベルはシャキンとナイフを構えた。

 無論、負けるつもりは毛頭ないが今のテンションでイザベルを相手にするのは非常に面倒である。

 レオルドは億劫ではあるが上体を起こして、椅子に深くもたれかかると大きく息を吐いた。


「ふう~……。シルヴィア、これで急ぎの案件は全部片付いたのか?」

「急ぎの案件は片付きました。後は商会からの面会希望が残っておりますが、こちらは待たせても問題ないかと」


 王国内どころか帝国内でも有名な大商会が面会希望をしているのだが、レオルドの立場は今や王族すら凌駕するほどのものである為、数日程待たせても問題はない。

 むしろ、ここで文句を言うようであれば商機を逃してしまうだろう。

 急速に発展するゼアトに拠点を構える事が出来なくなる可能性が大きいのだから。


「そうか。なら、しばらくはゆっくり出来るな」

「ええ。これで先日お話した通り、王都の観光が出来ますわね」

「……程々に頼む」

「フフフ……」


 不安を煽るような笑みを浮かべるシルヴィアを見たレオルドは苦笑いを浮かべた。

 きっと明日からシルヴィアとシャルロットの二人に振り回されるのだろう。

 そんな未来が見えたレオルドは諦めたように溜息を吐き、遠くを見つめるのであった。


 それからしばらく休憩を挟んだレオルドは日課の鍛錬に向かう。

 ギルバートと素手での鍛錬、バルバロト、ジェックスの二人と行う剣の実戦形式の鍛錬、そしてシャルロットとマンツーマンで行う魔法の鍛錬。

 書類仕事で脳を使い果たし、鍛錬により肉体も限界まで酷使し、レオルドの体力は底をつく。


 とはいえ、これで一日が終わるわけではない。

 レオルドは領主としての仕事を終えた後はプライベートで趣味や婚約者と逢引きを重ねる事にしていた。


「チェックメイトですわ、レオルド様」

「……再考の余地は?」

「5手前に戻っても結果は変わらないかと」

「なんてこった……」


 就寝前にレオルドとシルヴィアはチェスを嗜んでいた。

 誰がいつ思いついたのかはレオルドも知らないが、今更気にするような事でもなかったので普通に楽しんでいる。

 とはいえ、やはり内政チートといえば現代日本のボードゲームは外せないだろう。

 しかし、レオルドが思いつく前から存在したので検討する余地もなかった。

 金策が潰れてしまった事は非常に残念ではあるが、こうしてシルヴィアとの逢引きに使えるので不満はない。


「はあ~……参った」


 詰みの状態から、まだ勝負が出来る範囲にまで戻してもらったが結局レオルドは負けてしまった。

 これでレオルドの連敗記録は更新され、現在27連敗である。

 こうして時間がある時はよくボードゲームなどをしているがレオルドは未だシルヴィアに勝てたためしがない。


「レオルド様は焦ると視野が狭くなりますわね」

「分かってはいるんだがな~……」


 シルヴィアの指摘にレオルドはバツが悪そうに後頭部をかく。

 レオルドも自覚しているのだが、やはり癖というのはどうしても治し難いものだ。


「ちなみに最初に比べたら腕は多少なりとも上がってるか?」

「それは勿論。途中まではいい勝負でしたわ」

「シルヴィアが手加減してたからね~」

「うるさい。シャル、うるさい」

「二度も言わなくていいじゃな~い」


 部屋にいるのはレオルドとシルヴィアとシャルロットの三人だ。

 イザベルは結婚してるのでバルバロトと寝食を共にしている為、夜は不在である。

 その代わりに別の侍女がお茶菓子を用意してくれているがレオルドは基本一人で何でも出来るので既に侍女も自室に戻っていた。

 しかし、まだ結婚もしていない男女が密室に二人きりというのは見過ごせない。

 その為、抑止力となるシャルロットがいるのだが彼女も問題児なので安心は出来ないが、レオルドが狼になっても撃退する事の出来る人材なのは間違いなく、シルヴィアの身は安全である。

 ただし、暴走したのがシャルロットであったならば二人は無事ではすまないが、それに関しては誰もが目を逸らしていた。


「次はトランプにしないか?」

「少しでも勝ち目があるものを選んできたわね~」

「ふふ、私はレオルド様とこうして穏やかな時間を過ごせるなら、何でもいいですよ」

「見ろ、シャル。俺の婚約者はめっちゃ可愛いぞ!」

「私の妹だもの~。当然でしょ」

「くすぐったいですわ、シャルお姉様」


 目の前でイチャイチャし始めるシルヴィアとシャルロットの二人を目にしながらレオルドはお菓子をつまむ。

 出来る事ならこれで満足してもらって、明日のショッピング云々は忘れて欲しいなと願いながらレオルドは紅茶を飲み干すのであった。

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