第391話 ちょっとカッコつけたいんだ

「さ、先程は大変お見苦し姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」

「謝る必要なんてないさ。目の保養になったくらいだからな」

「わ、忘れてくださいまし!」

「危ないっ!?」


 朝食の最中に先程の失態を謝罪するシルヴィアに対してレオルドは朗らかな笑みを浮かべる。

 確かに淑女としてあるまじき失態ではあっただろうが男としてレオルドは大変素晴らしい光景であったと心の底から感謝していた。

 だからこそ、目の保養になったと言葉にしたがシルヴィアとしては一刻も忘れてほしかったらしく、レオルドに向かってナイフを投げつけた。

 的確に目を狙われて咄嗟に避けるレオルドは鍛錬していなければ危なかったと胸を撫でおろす。


「シルヴィア様。見事な投擲でした!」


 シルヴィアの的確な投擲に拍手を送るのはイザベルだ。

 そう、彼女こそシルヴィアの師匠にして元凶である。

 シルヴィアの投擲術はイザベルが仕込んだもので、あくまでも護身用として活用するように教えていたのだ。

 結果としてシルヴィアはレオルドの目を危うく貫きそうになったが。


「……実に見事だが教えたのはお前か?」

「はい。そうですが?」

「そうか……」


 褒めるべきか、咎めるべきか判断に迷うレオルド。

 シルヴィアの護身という事ならばイザベルが投擲術を仕込んだ事については褒めるべきなのだろう。

 だが、それはそれとして先程の一件を咎めるべきでもあるだろう。

 幸い、怪我人は出ていないが下手をしたらレオルドの目が失明していた。

 ただ、シャルロットが傍にいるのでレオルドの目が失明していたとしてもすぐに治療は可能である。


「……イザベル。よくもやってくれたな」

「お褒め頂きありがとうございます」


 皮肉だと理解してのお辞儀。

 レオルドは怒鳴りたくなったが、言った所でどうせ聞きはしないだろうとイザベルの更生を諦める。

 そもそも、自分もかつてはやらかしていた身なので説教出来る立場ではないのだ。


「レオルド様。イザベルが付け上がりますので多少の折檻は必要ですよ?」


 ナイフを投げつけた張本人であるシルヴィアはイザベルの態度を改めさせるようにレオルドへ進言する。


「……では、シルヴィア。イザベルの再教育をお願いしても?」

「お断りしますわ」

「もう手が付けられないって事じゃないか……!」

「だ、だってイザベルは私の言う事もあまり聞いてくれませんし……!」


 忠実なメイドであるイザベルは指示に従うし、命令は聞いてくれる。

 しかし、悪ふざけが過ぎるのだ。

 レオルドよりも付き合いが長いシルヴィアが匙を投げている辺り、よほど酷いものである事は間違いない。


「お二人とも、私に失礼では?」

「「黙らっしゃい!!」」

「息ピッタリね~」


 イザベルの惚けたような発言にピシャリと怒鳴り声をあげる二人。

 息ピッタリの二人に様子を眺めていたシャルロットはケラケラと笑うのであった。


「朝から酷い目にあった……」

「まあまあ、いいじゃない。シルヴィアのあられもない姿を見れたんだから」

「で、出来れば忘れて欲しいのですが……!」

「それは無理な話だ。貴重な光景として脳裏に焼き付いてしまっている」

「うぅ……。レオルド様のスケベ」


 今日は王都へ行く事になっており、三人は世話役のイザベル、護衛のバルバロト、執事のギルバートを連れて転移魔法陣に向かって街中を歩いている。

 道中、レオルドは今朝にあった出来事を愚痴にしてシャルロットに宥められるのだが、宥め方がシルヴィアの羞恥心を刺激してしまい、彼女の顔が真っ赤に染まった。


「……カメラがあれば激写したんだがな」

「カメラというのは何でしょうか?」


 レオルドの口から零れた聞いた事もない単語にシルヴィアは首を傾げる。


「そうですね。簡単に言えば、光景を切り取り、絵画にする魔道具でしょうか」

「そのようなものがあるのですか?」

「まだないですね~。今度、ルドルフと相談してみましょうか」


 出来るかどうかは置いておいてルドルフと相談し、カメラを作ってみるのも面白そうだとレオルドは楽しみが出来た。


「完成した暁には勿論呼んでくださいますよね?」

「当然。シルヴィアを被写体第一号にするさ」


 カメラが完成したら一番最初に写真を撮るのはシルヴィアに決めたレオルド。

 この世界には自画像くらいしかないので写真が出回れば、大層驚かれるだろう。

 その第一人者がシルヴィアであれば文句なしの大絶賛である事は想像できる。

 何せ、王国民にとっては神聖結界で王都を十年以上も守り続けてきた女神のような存在なのだから。


「楽しみにしてますね!」

「期待に応えられるよう頑張るさ」

「車もまだなのに新しい魔道具を開発する余裕はあるのかしら~」

「資金には余裕がある……」

「物資と人手不足の方が重要でしょ~。どれだけ資金があっても、物資と人手がなければ作れないんだから」

「分かってる……。だから、今回王都に向かうんだろう」

「レオルド様。今回の目的は人材集めではありませんよ?」

「……勿論、分かってるさ」

「あの顔はどうにか有耶無耶にならないかな~って顔ね」

「そうですね。恐らく、ショッピングやご家族との顔合わせが嫌なのでしょう」


 シルヴィアとシャルロットに思惑を見抜かれてしまったレオルド。

 何の事だか分からないなと言った風に口笛を吹いて誤魔化している。

 だが、二人からの重圧に耐え切れず、レオルドは早々に頭を下げた。


「この流れならいけるのではと思いました。ごめんなさい」


 素直に頭を下げ、謝罪するレオルドを見てシルヴィアもシャルロットもジト目で睨むのをやめて、誤魔化そうとした事を許した。


「今回は許してあげるわ~」

「次は承知しませんよ? レオルド様」

「はい……」


 どうやら、逃げ出す事は不可能らしい。

 レオルドは今日一日彼女達に振り回される事が確定した。

 出来ればお手柔らかにお願いしたい所だが、すでに一度やらかしてしまっているので、腹を括るしかないだろう。

 胃薬が必要にならないようにレオルドは天に祈りを捧げるのであった。


「転移魔法陣が普及して結構経つが、あまり利用者はいないな」

「レオルド様。転移魔法陣の利用料が高くて、払えないという方が多いのですよ? 主に利用しているのは懐に余裕のある裕福な方々だけですわ」

「そういえば前もそのような事を言っていた気がするな……」


 レオルドは気軽に転移魔法陣を使用しているが庶民からしたら一回の使用料が高すぎるのだ。

 しかも、距離に応じて値段も変わってくるので気軽に利用できるものではない。

 好んで利用しているのは高位貴族と大商会くらいだ。

 ほとんどの者達は乗り合い馬車といった昔ながらの方法で長距離を移動している。時間はかかるが、そちらの方が遥かに安く済むからだ。

 とはいえ、乗り合い馬車だと魔物がいる森や平原を通行する際の危険性が高く、どちらにもメリット、デメリットがある。


「レオルド様。考えるのは後にして、今は楽しみましょう」


 自動車がどれほどの利益を生み出し、どれだけの需要があるかを考えていたレオルドにシルヴィアは声をかける。

 今日の目的は王都の観光であり、ショッピングであり、レオルドの家族との食事会だ。


「そうだな……。車の事は後で考えようか」

「是非そうしてくださいませ」


 そう言ってレオルドの手を取り、引っ張る様に歩きだすシルヴィアは振り返って花が咲くような笑顔を見せる。


「さあ、今日は存分に楽しみましょう! レオルド様」

「ん、ああ。頑張ってエスコートしよう」

「まあ! さっきは嫌がっていたのに、どういう心境の変化です?」

「紳士としての役目でしょう。淑女をエスコートするのは」

「ふふ、そうですね。では、お任せしてもよろしくて?」

「ええ。お姫様」


 今度はレオルドがシルヴィアを先導するように前へと躍り出て、気取ったように片膝をついて彼女の手の甲に口づけを落とす。

 それから立ち上がり、シルヴィアと手をつないだまま王都の観光に向かうのであった。




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