第385話 俺は許すよ!
ようやく許されたレオルドはヒリヒリとする頬の痛みを耐えながら、フリューゲル公爵への返事を書き始めた。
その横ではレオルドに頬を引っ張られ、ジンジンとした痛みに耐えているシャルロットがいる。
そして、二人が遊び始めないように監視をするシルヴィアがイザベルから渡された鉄扇を持って立っていた。
「レオルド様。次はこれですわよ?」
鉄扇をブンブン振っている姿は可愛らしいが、レオルドからすれば凶器を振り回しているようにしか見えず、鉄扇で殴られないように真面目に頑張るのであった。
その甲斐もあってフリューゲル公爵への返事を書いた手紙はすぐに完成し、シルヴィアも満足げに頷いていた。
「ドッと疲れたな……」
「何か仰いまして?」
「いや、何も……」
「レオルド様が遊んでいなければ、もっと早くに終わっていらしたのですよ?」
「はい……」
「息抜きは大事ではありますが、だからといって遊んでばかりではダメですからね」
「はい……」
年上のお姉さんが年下の子供を叱るように腰に手を当てながらシルヴィアはシュンと小さくなっているレオルドを叱っていた。
「尻に敷かれてるわね~」
「あれくらいで丁度いいと思います。レオルド様は誰かが手綱を握っていないと何をしでかすか分かりませんので」
「じゃあ、シルヴィアとは相性がいいわけね~」
「いいと思いますよ。後は身体の相性だけでしょう」
「ド下ネタだけど、そこも重要よね~」
「ちなみにレオルド様はオリビア様曰く、そちらも優秀だろうと伺っております」
「実の母親がなんて事を……。流石はオリビアと言ったところかしら~」
「以前、オリビア様に頼まれて入浴中のレオルド様の所へご案内したのですが、その際に悲しい出来事がありまして」
ほんの一時期ではあるがレオルドの感情が消え失せてしまった悲しき事件である。
当事者は三人しかいないのが救いではあるが、その中にイザベルが含まれているのでいずれシルヴィアやシャルロットに知られるのも時間の問題であろう。
「所で手紙なんだが、これでどうだろうか?」
説教が終わったレオルドはシルヴィアに手紙を見せた。
どこかに問題がないかをシルヴィアは確かめる。
特に問題もなく、これならば合格であるとシルヴィアはレオルドに手紙を返した。
「大丈夫だと思いますわ」
「そうか。イザベル。フリューゲル公爵へこの手紙を届けてくれ」
「承知しました」
イザベルに手紙を渡したレオルドは息を大きく吐いた。
「さて、訪問は三日後としたが、それまでどうするか……」
自動車のお披露目会で使うコース会場の建設も考えてみたが、流石に三日では短すぎる。
勿論、出来ないという訳ではないがせめて十日は欲しい所だ。
それだけあれば万全なものが出来、尚且つもっと趣向を凝らせる事が出来るだろう。
「う~む……」
「レオルド様。三日もお時間が出来たのですから、今の内に出来る事をしましょう。そう、たとえばショッピングとか、王都観光とか、ご実家にご挨拶とか、どうです?」
「…………」
シルヴィアの提案は非常に有難いのだが、その内容はどれもレオルドにとっては面倒なものなので了承する事が難しい。
前者の二つはほぼ一緒なのではと顔を顰めるレオルド。
そして、後者に関しては勘弁願いたいものであった。
実家に帰れば母親、妹、婚約者、シャルロットの四人が揃ってしまうのだ。
どうなるかは目に見えている。
出来る事なら避けたい所だが、いずれは乗り越えなければならない。
しかし、今ではない。
もう少し、落ち着いたらとレオルドは考えている。
自動車が完成し、騎士団の強化が終わり、領地の改革がひと段落すればシルヴィアの言う通り、実家に顔を出してもいい頃だろうとレオルドは考えていたが、それではあまりにも遅すぎる。
そうこうしていれば向こうから催促されるか、もしくはこちらに突撃してくるだろう。
今は昔のように馬車で長い時間をかけて移動する必要がなく、転移魔法で一瞬にしてゼアトに来れるのだから。
「どうしました? レオルド様」
「その……アレだ。そういうのは後にしよう」
当然、シルヴィアはレオルドが面倒臭がっている事を見抜き、目を光らせるとグイッと近寄った。
「レオルド様。先程のお約束覚えていらっしゃいますよね?」
「先程の約束……え? まさか、もう?」
「だって、フリューゲル公爵との交渉が済めば、レオルド様はすぐに自動車の製造にお戻りになるでしょう? そうなればこうしてゆっくりと過ごせる時間は取れないはずです……」
「いや、まあ、それは……」
十中八九、シルヴィアの言う通り、レオルドはミスリルの当てがついたら自動車製造にかかりっきりになるだろう。
当然、レオルドは自分でもその事が良く分かっていた。
「ですので、レオルド様。ご安心を」
「へ?」
「今日明日で仕事を片付け、明後日明々後日はゆっくり過ごしましょうね」
「それはつまり?」
「今日明日は領主としてのお仕事をご立派に務めてくださいね」
ニッコリと微笑むシルヴィアは天使のような可愛らしさだが、レオルドの目には悪魔が映っていた。
◇◇◇◇
レオルドから返事を受け取ったベルナールはホッと息を吐く。
「どうやら、ハーヴェスト辺境伯はこちらの面子を立てくれるらしい」
「おお、それは有り難いですな」
「とはいえ、調子に乗る事はないようにな。恐らくではあるが第四王女殿下の入れ知恵であるのだろう。今回はたまたま向こうが下手に出てくれているが、本来であれば私達の方が下なのだ」
「非常に申しにくいですが勝っているのは家柄だけですからな」
「言うな。悲しくなる……」
涙を堪えるようにベルナールは目を覆う。
執事の言っている通り、レオルドに勝っている点は家柄だけ。
それ以外の全ては完全に敗北している。
名誉、栄光、富、その全てをレオルドは手にしているのだ。
貴族として、男としても尊敬に値する人物である。
「はあ……。嘆いていも仕方がない。ハーヴェスト辺境伯を迎えるのに相応しい宴の準備を始めるのだ。三日も時間を貰ったのだから、それはもう豪勢に盛大にだぞ」
「承知しておりますとも」
「それからテスタロッサを呼んでくれ」
「畏まりました」
執事がテスタロッサを呼びに部屋を出て行く。
ベルナールはしばらく手紙を読み直し、レオルドの歓迎会の予算を計算していると執事とテスタロッサが部屋に入って来た。
「お呼びでしょうか。お父様」
「うむ。先日も伝えたと思うがお前にはハーヴェスト辺境伯をもてなしてもらいたい」
「それだけですか?」
テスタロッサはレオルドの事で騎士団から実家に呼び戻された時に政略結婚をさせられるのだろうと推測していた。
これから先、レオルドはまだまだ活躍していくだろう。
その傍にいればどれ程の利益を得る事が出来るか。
余程の愚か者ではない限り、誰にでも分かる事だ。
そして、その利益を最大限に恩恵を受ける方法は一つだけ。
レオルドの近親者になる事だ。
つまり、政略結婚で第二夫人の枠に入れば、フリューゲル公爵は今後レオルドが生み出す利益を最大限享受出来る。
だからこそ、自分が呼ばれたのだろうと思っていたテスタロッサはベルナールからレオルドをもてなすように命じられて首を傾げていた。
「考えた結果、お前を嫁がせるのは不味いと思ったのだ」
「……私がゼクシア子爵と懇意にしていたからでしょうか?」
「それもあるが、ハーヴェスト辺境伯は恐らくだが父親同様に嫁一筋なのかもしれない。第四王女殿下と婚姻を結んで以降、縁談を全て断っているのもそのせいだろう」
「ああ……。確かにそうですね。今回の話で無理矢理私を嫁がせてもいい結果にはならないでしょう。下手をすれば敵対されるかもしれませんね」
「そう言う事だ。出来る事ならお前を嫁がせてやりたかったが……」
「そもそも、幼少期にお父様が見限ったのがいけなかったのでは?」
「あんなもん予想出来るか! 事実、学園で大事件を起こしただろう! 伯爵家のご令嬢を強姦未遂なぞ到底看過出来るものではないぞ……」
「そうですね……。確かにあの一件は擁護出来る点は一切ありませんね」
「そうだろう? だが、そこから這い上がってくるだろうとは誰も思わなかっただろうな」
「今では三ヵ国の重鎮達が動向を見守っているくらいですからね」
「次は何を仕出かすか、何をしてくれるかと期待と不安で一杯なんだ……」
三ヵ国の重鎮達は心労が溜まっているだろう。
レオルドはいい意味でも悪い意味でも目立つので無視する事が出来ないのだ。
「ところで、テスタロッサ。お前は今のハーヴェスト辺境伯と面識があるのか?」
「はい。以前、知人について知らないかと訪ねて来た事があります。その時に少しだけ」
「どういう印象であった?」
「威厳に満ち溢れ、威風堂々とした佇まいでハンサムでした」
「見た目じゃなく中身についてだ……」
「無論、中身も同じです。ちょっと、意地悪したくなる好青年ですよ」
「失礼のないように頼むぞ?」
「大丈夫です。プライベートでは昔のようにレオ君と呼んでも許されてますから」
「それなら、大丈夫……なのか?」
少々、疑問ではあるが本人から許可されているのだから大丈夫だろうとベルナールは判断した。
ただし、レオルドは許していてもシルヴィアが許すかどうかは分からないが。
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