第380話 頭痛の種
「さて、魔王についてはひとまずこれくらいにしておこう。今はどうする事も出来ないからな」
「そうね~。見つからない以上は何も出来ないものね~」
対策は練れても実行に移す事は出来ない。
レオルドはまだ魔王が万全でない状態で早々に始末をつけようと考えて、シャルロットに捜索を頼んでいた。
そのシャルロットの包囲網さえも潜り抜けている魔王には、レオルドも脱帽である。
「それで~? 私に用事があったんでしょ~?」
「ああ。実は自動車が完成間近でな。お披露目に使う会場作りをする事になったんだが、色んな人間に意見を訊きたくてお前の所に来たんだ」
「へ~。どんな感じなの?」
「これが俺の考えた会場もといコースだ。何か面白い事でもあったら言ってくれ」
レオルドはシャルロットにコースを描いた紙を渡す。
それを受け取ったシャルロットはしばらく紙に目を落とし、静かになる。
何かを考えているように静かになるシャルロットに、レオルドはもしかしたら、何か面白い意見でも聞けるのではないだろうかと期待を寄せる。
しかし、それは叶う事はなかった。
「ごめんね~。レオルド。私もこういうのは分からないわ~」
「では、魔法的な観点ではどうだ?」
「それなら、このコースに魔法の罠を仕掛けるとか面白そうじゃない?」
「そうなると趣旨が変わってくるな……。だが、それはそれで面白そうだ」
「でしょ~? それでね、ここをこうして、こっちをこうすれば面白そうじゃない?」
「ふむふむ。それなら、もう少しコースを変更させてみるか」
興が乗ったようでレオルドはシャルロットの意見をもとにコースを改造していく。
それは最初のお披露目会で使われるような優しいものではなく、挑戦者を地獄の底につき落すような魔改造であった。
「う~む……。これは酷い」
「でも、やってみたいんじゃない?」
「自動車が壊れるどころか死ぬ覚悟が必要だな」
「見る方は最高に面白いでしょ」
「ドライバーが限られてくるな……」
レオルドとシャルロットが合作したコースの内容を横から覗き込んだシルヴィアはあまりの過酷さに頬を引き攣らせるが、それと同時に追加出来そうなものを指摘した。
「これは二人一組にしてはいかがでしょう? ドライバーとアタッカーもしくはサポーターと言えばいいのでしょうか? そのような方がいた方がいいと思います。そうすればドライバーは運転に集中出来ると思いますよ」
「シルヴィア。それ採用!」
レオルドはシルヴィアからの指摘を受けて障害物レースの企画を進める事にした。
まだ自動車が普及もしておらず、大量生産の目途も立っていないのに随分と早計であるが、見世物としては反響する事間違いなしであり、宣伝には持ってこいであろう。
そもそも、魔物が蔓延る世の中なので耐久性がものを言う障害物レースは最高の実演になる事は間違いない。
「面白くなりそうだな!」
「デモンストレーションで私とレオルドが勝負するのはどう?」
「俺を殺す気か?」
「レオルド様とシャルお姉様なら大盛り上がり間違いなしですわ」
「シルヴィア。盛り上がるのは確かだろうが、俺の身の安全の保障がない。シャルは確実にやらかすぞ?」
「大丈夫よ~。ちゃんと死なないよう手加減するわ~」
「信用できんわ! いや、お前の魔法は信じれるんだが……」
性格面で信じる事の出来ないレオルドは不安そうに青い顔をしている。
「何よ~。まだやってないんだからそんなに心配する事ないじゃないの」
「やる前から不安なんじゃい。面白がってお前は爆破してきそうで怖いわ」
「レオルドのドラテクなら大丈夫よ! きっと、最高のエンターテイメントになるわ!」
「ドラテク言うな! 全く、どこで覚えて来たんだ。そう言う言葉は」
「レオルド様。ドラテクというのはどういう意味でしょうか?」
聞き覚えのない単語に疑問を抱いたシルヴィアはレオルドに尋ねる。
「ドラテクというのはドライビングテクニックを略称したものだ」
「なるほど。ドライビングテクニックでドラテク。要はドライバーの技量という事ですね?」
「そうだ。まあ、馬術の自動車版と思ってくれればいいかな」
「もしかして、レオルド様。自動車は乗馬のようにコツが必要なのでしょうか?」
「そうだな。練習は必要だろう」
「……でしたら、養成所、もしくは訓練所などを建設しなくてはならないのでは?」
「…………」
目が点になるレオルド。
シルヴィアが導き出した答えは現代日本のものと同じであり、レオルドがすっかり忘れていた事だったからだ。
「流石はシルヴィアだ。盲点だったよ。ありがとう」
「いえ、これくらい誰でも思いつく事だと思いますわ」
「それを俺はすっかり失念していたんだ。主観ばかりで客観的に見る事を怠っていた事を思い知らされた」
良くも悪くもレオルドは今や為政者の立場だ。
物事の見方が変わってしまい、自動車の運転には免許が必要だと言う事をすっかり忘れていたのである。
これは由々しき事態だ。
そのまま売りに出していれば大惨事に繋がって、責任はレオルドに押し付けられる事になっていただろう。
「ミスリルの不足も問題ではあるが、それよりも免許が先か」
自動車が完成しても乗り手がいなければ販売どころではない。
まずは免許の取得が先になる。
つまり、教習所を作り、講師を育成しなければならない。
「面倒だが解決しておかないと後が大変だな……」
「レオルド様。まずは先に会場の方を考えましょう。一度考え始めたらキリがありませんわ」
「そうよ。先にお披露目会のコースを作って、後の事は後で考えましょうよ~」
「ん、そうだな。それじゃ、一旦お披露目会のコースについては自動車がどういうものかを知らしめる為に分かりやすいものにしよう。それから、娯楽としても楽しめるように魅せれるコースを建設するとしようか」
まとめると自動車の有用性を示し、娯楽としても扱える事を知らしめるようなコースを作る事となった。
オーソドックスな楕円型の形をしたオーバルコースをはじめとして、レオルドは多種多様なコースの建設を決めたのである。
「シルヴィア、シャル。忙しくなるぞ。手伝ってくれよ?」
「お任せくださいまし! 私が全力でサポートいたしますわ」
「私の楽しみでもあるから手伝ってあげるわ~」
二人からの協力を得てレオルドは執務室へ戻り、本格的にお披露目会で使う会場の建設を企画するのであった。
◇◇◇◇
レオルド達がお披露目会で使う会場について話し合いをしている頃、イザベルは転移魔法陣を使ってフリューゲル公爵家に手紙を届けていた。
イザベルからレオルドの手紙を受け取った門番は大急ぎで執事のもとへ向かい、火急の件があると伝えて手紙を渡す。
「まさか、ハーヴェスト辺境伯から手紙が届くとは……! 急いで旦那様にお伝えしなくては!」
いつも以上に早足で執事はフリューゲル公爵家当主ことベルナール・フリューゲルのもとへ向かい、レオルドからの手紙を渡した。
執事から手紙を受け取ったベルナールは唸り声を上げ、頭を悩ませるように眉間を押さえた。
「……執事よ。この手紙をどう見る?」
「中身を拝見しても?」
「構わぬ。率直な意見を聞かせて欲しい」
ベルナールから手紙を受け取った執事は緊張感を抱きながら、その内容を目にしていく。
数分程、手紙に集中していた執事は読み終えたようで手紙をベルナールに返すと息を整えるように深呼吸をした。
「美味い儲け話があるぞ、と言う事でしょうか?」
「そうだな。手紙の内容的には概ねそのような感じだ」
レオルドの手紙は簡易的な挨拶から始まり、世間話のような近況報告、そして一番重要なミスリルについて書かれていた。
「悪くはない話だ……」
「どうするのですか?」
「ハーヴェスト辺境伯は類稀ない功績の持ち主であり、また文武両道であり、時代が生んだ英傑と言えよう。そのような人物がミスリルを欲しているのだ。市場に出回っている分では補えない程のな」
「新たな事業を起こすという事でしょうか……」
「恐らく、いいや、確実にだ。しかも、あのハーヴェスト辺境伯が手掛けている。莫大な利益を上げる事は確約されているだろう」
「では、今回の話は乗るおつもりで?」
「乗らない手はない。だが、無条件というわけにはいかない。ハーヴェスト辺境伯は今後も成長するだろう。恒久的な友好関係を結んでおきたい」
「つまり、お嬢様を?」
「うむ。ミスリルを融通する条件として我が娘との婚約を結んでもらおうと思う」
「しかし、ハーヴェスト辺境伯は第四王女殿下と婚約しており、第二夫人は取るおつもりがないのか、縁談は全て断っています。果たしてその条件を呑んでくれるでしょうか?」
「そこが問題だな……。ハーヴェスト辺境伯の機嫌を損ねて、今回の話がなくなれば、私達は今後肩身が狭くなるだろう。だが、今回の話で立場が上なのはこちらだ。多少は妥協してくれると思う……」
「何か不安でも?」
「ハーヴェスト辺境伯は転移魔法陣を蘇らせた天才でもある。ミスリルはもしかしたら一過性のものかもしれないと考えると……政略結婚は不味いのではないかと考えてしまうのだ」
「……普段であれば考えすぎだと進言致しますが、相手があのハーヴェスト辺境伯ならあり得ない話ではないかもしれません。一旦、様子見してはいかがでしょうか?」
「そうするか……。嫌われでもしたら終わりだからな」
結局、慎重に慎重を重ねるという事になり、ベルナールはレオルドへまずは話し合いをしたいという返答を送る事にした。
ただ、念の為に娘であるテスタロッサに呼びかけ、実家に戻ってくるように命じたのであった。
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