第381話 こっちの身にもなれ

「ところで最近は報告に目を通していないがテスタロッサはあの男とどうなっている?」


 ベルナールは娘のテスタロッサを家に呼び戻す事を決めたが、懸念事項があった。

 それはジークフリートとの関係だ。

 公爵家の令嬢として相応しい教育を施しているので間違いは起こっていないと思いたいが、万が一と言う事もある。


「学園の時からですが、よき友人程度に留まっているそうです。決して二人で食事を取ったり、外出をしたりといった行為はしておりません。お嬢様はゼクシア子爵と会う際は必ず、友人か付き人を連れているそうです」

「そうか。それを聞いて安心した」


 仮ではあるが政略結婚も条件に含んでいるのでテスタロッサの貞操は無事でなければならない。

 もし、ジークフリートが手を出していたのなら、ベルナールはどのような犠牲を払ってでも、その罪を償わせていた事だろう。


「お嬢様にゼクシア子爵と関係を絶つように進言しておきましょうか?」

「いや、いい。ハーヴェスト辺境伯と未だに確執があるのならばそうしていただろうが、既に和解済みだという情報は手に入れている。無理に引き離す必要はないさ」

「ですが、よろしいのですか? ゼクシア子爵にはあまりよろしくない噂がありますが?」

「女たらしか……。まあ、ヴァンシュタイン家のエリナ嬢を筆頭に数多くの女性が慕っているのは事実だからな」

「はい。お嬢様もその内の一人と思われてるのではないでしょうか?」


 執事が心配しているのはレオルドが噂を知っており、テスタロッサもジークフリートの好意を抱いているのではないかと疑っているかもしれないという事だ。


「あのハーヴェスト辺境伯ならばその程度の情報はとっくに入手済みだろう。テスタロッサに手垢が付いていない事は分かりきっているはずさ」


 ベルナールは自信満々に笑っているがレオルドはテスタロッサがジークフリートのハーレム要員だという認識をしている。

 あまり仲はよくないのか、と疑っているがハーレム要員なのは間違いないとレオルドは決め付けていた。

 この些細なすれ違いが今後どのような事態に発展していくかはベルナールも予想出来ないであろう。


「しかし、ジークフリートのどこがそんなに魅力的なのか……」

「やはり、貴族らしくない快活な性格だからではないでしょうか? 彼の為人は耳にしますが、貴族の令息とは思えない行動をしているそうですよ」

「そうだな。その性格だからこそかつてのハーヴェスト辺境伯に食って掛かれたのだろう。悪を良しとしない正義感の持ち主なのはいいが、それで他人を巻き込むのは勘弁してもらいたいがな」

「若さゆえの過ちでしょう、と言いたいところですが現在もその性格は健在で騎士団でも注目の的だとか」

「いい意味でも悪い意味でも有名か」


 ジークフリートの評価は貴族と庶民で分かれているが共通しているのは女たらしという点だ。

 貴族の令嬢達に庶民の女性と複数の女性と交友関係を持っており、未だに誰とも付き合ってない事から、同性愛者疑惑が浮上していたりもする。


「ヴァネッサ伯爵のクラリス嬢と早々に婚姻を結んで欲しいものだ」

「それが一番無難でしょうな……」


 レオルドと決闘する原因にもなったクラリスとの関係を早々に決めて欲しいというのがベルナールを含めた貴族達の願いであった。

 双方、レオルドと因縁があり、関わるだけで不利益に繋がる恐れがあるので二人が結ばれれば纏めて社交界から追い出し、不安の種を取り除きたいのである。

 それのヴァネッサ伯爵はレオルドから秘密裏に援助されているので社交界から爪弾きにされても問題はないのも要因の一つであった。


「悪い人間ではないのだが貴族には致命的に向いていないのが残念だ」

「人間としては合格であっても貴族としては落第で、男としては及第点でしょうか?」

「あれだけの女性から好意を寄せられ、保留にしている時点で落第だとは思うが女性からすれば違うのかもしれんな」

「さて、どうでしょう? 私には分かりません」


 これ以上、話していても無駄に時間を浪費するだけなのでジークフリートの話題は切り上げる事になった。


「さて、ハーヴェスト辺境伯に返事を書くとしようか。悪いが最高級の紙を用意してくれ」

「畏まりました」


 レオルドの手紙に返事を書くため、ベルナールは執事に最高品質の紙を要求する。それが最大限の礼儀であり、品格を維持する為である。


「…………胃薬も用意しておくか」


 執事が出て行った部屋でベルナールはレオルドとの会合に備えて、胃薬を用意しておく事を決める。

 良くも悪くもレオルドは昔からトラブルメーカーである事は変わらないという事をベルナールは知っていたからの事であった


 ◇◇◇◇


 フリューゲル公爵に手紙を出した翌日、レオルドは朝の会議を行った後にシルヴィアとシャルロットの二人を引き連れて自動車工場にやって来ていた。


「どうだ? 順調か?」

「ええ。順調です。目標の数値までは、もうしばらく掛かると思いますが完成と言っても過言ではありません」

「そうか。では、完成した暁には祝杯でもあげるか」

「楽しみにしてます!」


 マルコを筆頭に自動車工場の作業員達が色めき立つ。

 恐らく、いや、確実にレオルドの奢りとなり、タダ酒を浴びる程飲めるのだから嬉しくないわけがない。

 仕事の後のご褒美の為に作業員達は最後の力を振り絞る。

 全てはタダ酒の為に。


「露骨に目の色が変わったな」

「フフ、いいではありませんか。頑張った人達にはご褒美があっても罰は当たりませんよ」

「だから、人は頑張れるのよ~。レオルドもそうでしょ?」

「まあ、そうだな」


 レオルド達は工場を後にし、お披露目会で使う会場の建設地を見て回る事にした。

 散歩がてらにゼアト郊外へ出て行くが移動距離はそこそこある。

 一番近い場所でも馬を使った移動しても一時間はかかる。

 とはいえ、別に急ぎの用事でもないのでレオルド達はゆっくりと歩いた。


「シルヴィア。本当に馬を使わなくても良かったのか?」

「はい。問題ありませんわ」

「しかし、距離もそこそこあるし、道も舗装されていないから結構疲れるぞ?」

「レオルド様。私、確かに王室育ちで甘やかされていたと自覚はしていますが身体強化の魔法は使えましてよ?」

「以前、ゼアトの施設に来た時はそのような事は出来なかったはずだが……?」

「私が教えたのよ~。何があるか分からないでしょ? だから、シルヴィアにもある程度戦える術が必要だと思ってね~」

「なるほどな。シャルが教えているなら安心というものだが……くれぐれも羽目を外しすぎるなよ?」


 唯一、恐れている事はシャルロットが面白がってシルヴィアを鍛えすぎてしまうという事だ。

 ゲームでは知っていても実際のシルヴィアがどれだけ実力を有しているかをレオルドは把握していないのだ。

 神聖結界で無敵の防御を誇るだけという事しかレオルドは知らないのである。

 それゆえにシルヴィアがどこまでシャルロットの修業に耐えれるか分からないし、どこまで成長するかも不明だ。

 楽しみである半面、不安にも思っていた。


「大丈夫よ~。護身程度に抑えておくから~」

「心配だ……。シルヴィア、辛くなったらいつでも言ってくれ。俺が出来る事ならなんでもしよう」


 あまりにも無茶な事をするのなら止めたいところだが、レオルドの実力ではシャルロットを止める事は出来ない。

 歯痒いがレオルドは自分が出来る事は、シルヴィアがストレスで病まないようにケアする事だけくらいだと考えていた。


「フフ、そうですわね。苦しい時や辛い時はレオルド様を頼りますね」


 心配そうに見てくるレオルドにシルヴィアはニッコリと微笑む。


「心外ね~。レオルドと違ってシルヴィアは繊細なんだから無茶するわけないじゃな~い」

「つまり、俺ならどんな無茶をしても良いというわけか!」

「だって、そうじゃない。普段から無茶ばっかりしてるんだから、シルヴィアと私がどれだけ心配してると思ってるのよ~」


 そう言われるとレオルドは何も言えない。

 死にたくないからと頑張っているが、やっている事と言っている事が矛盾ばかりしているのだから。


「うぐ……。それについては本当に申し訳ないと思っている」

「本当に悪いと思っているなら偶には私達のお願いも聞いてくれなきゃね~」


 そう言ってシャルロットはお茶目にシルヴィアへウインクする。

 シャルロットの意図を察したシルヴィアは悪戯っ子のように笑みを浮かべると、レオルドヘ甘えるように懇願する。


「そうですわね~。シャルお姉様の言う通りですわ。レオルド様は心配ばかりかけさせるのですから、私達のお願いを聞くのは当然の事ですわね」

「あ、ああ。俺に出来る事ならなんでもする」


 申し訳なさそうに頭を下げるレオルドを見て、シルヴィアとシャルロットはしてやったり顔で笑みを浮かべる。


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