第378話 つーん
目を突かれて悶え苦しんでいたレオルドがようやく復活し、三人は執務室へ戻った。
執務室に戻ったシルヴィアは自身の席へ戻り、レオルドも同じく自身の席へ着き、イザベルにフリューゲル公爵への手紙を渡す。
「それじゃ、頼んだぞ」
「お任せを」
イザベルがレオルドに一礼してから執務室を出て行く。
レオルドは机の上に置かれた書類に目を通し、印鑑を押していく。
簡単な作業ではあるが書類の数はレオルドがサボっていた分だけ溜まっている。
手間ではあるが、昔に比べたらとてもやりやすい。これも全てシルヴィアのおかげである。
「レオルド様。お披露目会で使う会場なのですがこちらなどは如何でしょうか?」
シルヴィアはゼアト周辺の地図を持ってレオルドの傍に寄る。
すでにピックアップして赤丸で囲んだ地点をシルヴィアは指差して、レオルドに尋ねた。
「どれどれ」
シルヴィアの指先をなぞるように地図を眺め、レオルドはその場所が相応しいかを確かめる。
レオルドの希望通り、どれも工場から近く、周辺に建物がない場所でお披露目会で使うコース会場を作るにはピッタリの場所だった。
「ふむふむ……」
立地も条件も問題ない。
どこでもいいのだが、どのようなデザインにするか、どのようなコースを作るかで変わってくるだけだろう。
資金も労働力も技術もある。
「いっその事、全部開拓するか?」
「敷地面積をどれだけ広げるおつもりですか?」
「う~ん……」
レオルドの頭の中にあるのは現代日本で一番有名だった鈴鹿サーキットだった。
再現出来るが、それでは味気がないだろう。
どうせなら、完全オリジナルでワクワクするようなコースがいい。
しかし、レオルドにはそのような才能がない。
所詮、猿真似するのが限界なレオルドは一度頭の中をリセットする事にした。
「よし。こういうのは相談した方がいいな」
「誰に相談なさるおつもりで?」
シルヴィアの問いにレオルドはにんまりと笑みを浮かべた。
「全員だ。まず初めにシルヴィア。君ならどういうのがいいと思う?」
「私ですか? こういった事には疎くて……」
「それなら俺が簡単にコースを書こう。それを参考に意見を言ってくれ」
「分かりましたわ」
というわけでレオルドは適当な紙に覚えている限りのコースを描いた。
楕円型のオーバルコースを最初に描いて、ミミズが這ったようなグネグネとしたコース等を描いてみせた。
「なるほど。このような形になるのですね」
「ああ。だが、どういったものがいいか思い浮かばなくてな」
「でしたら、実際にコースを設置する場所に赴いて地形を利用するのはどうでしょうか? そちらの方がイメージしやすいと思うのですが」
「それも一つの手だな。シルヴィア、一緒に他の者に聞きに行かないか?」
「シルヴィア様はレオルド様と違って多忙なんですよー」
文官達の方から野次が飛んでくる。
シルヴィアは今や執務室にいなくてはならない人材だ。
自由奔放のレオルドと違って文官達から絶大な信頼を得ている。
勿論、レオルドも信頼はされている。雇用主であり、お金をくれているからという至極真っ当な理由だ。
レオルドとシルヴィアとでは信頼度が違う。
「もう急ぎの仕事はないだろうが」
「ええ。シルヴィア様のおかげでね」
「どこかの領主様はシルヴィア様に足を向けて寝れませんね~」
「一生頭が上がらない事でしょうね」
「お前等、的確に急所を狙ってくるな……。シルヴィア、本当にありがとう」
「ウフフフ。これくらい何ともありませんわ」
文官達の言葉には同意しかなく、レオルドはシルヴィアに向かって感謝の気持ちを伝えると同時に頭を下げた。
それから、シルヴィアを連れてレオルドは屋敷の中にいる家臣達に意見を貰いに回った。まず一人目はやはり彼しかいないだろう。
「ギル。今、いいか?」
「おや、坊ちゃまにシルヴィア殿下ではありませんか。私に何か御用でも?」
「ああ。少し意見を訊きたくてな」
レオルドは先程、執務室で描いたサーキットの簡易図をギルバートに見せて、何か意見はないかと尋ねる。
「ふ~む。これではダメなのですかな?」
「ダメというわけではないがもう少しアイデアが欲しいんだ」
「と言われましても、私には思い浮かびませんな」
「なんでもいい。ここをこうした方がいいとか、こうしたら面白いのではないかとか、そういったもので構わないんだ」
「難しいですな。坊ちゃまの案でいいのではないですか?」
「悪くはないと思っている。だが、独創性がない」
「独創性に満ち溢れていると思いますが……?」
レオルドが描いているのは記憶をもとにしたものでオリジナルではない。
それゆえにただ再現するだけでは面白くないと思っているのだ。
ただし、シルヴィアやギルバートからすれば十分に独創的な発想であり、他の誰にも真似できないものと考えている。
結局、ギルバートからは太鼓判を押されただけで何の意見ももらえなかった。
レオルドはギルバートと分かれ、シルヴィアと共に次の人物のもとへ向かう。
「そういえばレオルド様」
「ん? なんだ?」
「自動車の件で忘れていましたが陛下と話していた際に考え事をしていましたよね? 後で教えてもらえる約束だったと思うのですが」
「ああ。そうだったな。丁度いい。シャルの所へ行こう。アイツも一緒の方が話しやすい」
「シャルお姉様は知っているのですか?」
「その事についても全て話そう」
「む~、そうですか。シャルお姉様は知っていて私には教えてくださらなかったのですね」
やはり、シャルロットは特別なのかとシルヴィアは露骨に嫉妬している。
流石にレオルドもそうまでされればシルヴィアがシャルロットに嫉妬しているのは分かり、宥めるように論する。
「そう膨れないでくれ。シルヴィアに話せなかった理由があるんだ。それを後で必ず説明するから今は俺を信じてくれないか?」
「……レオルド様の事は最初から信じていますわ。ですから、今度はシャルお姉様と一緒にお聞かせくださいね」
「必ず約束する」
真剣な眼差しでシルヴィアの瞳を見詰めるレオルド。
シルヴィアはレオルドの言葉と瞳に嘘はないと分かると、朗らかな笑みを浮かべて省かれた事を許した。
「許してあげます」
弾んだ声を出しながらレオルドの前に躍り出るシルヴィアは振り返り、ニコッと可憐な少女のように可愛らしい笑みを見せた。
普段は見せないような年相応の可愛らしい仕草にレオルドは見惚れてしまい、しばらく動けなかった。
「今のは反則だろう……」
真っ赤に染まった顔でレオルドは呟き、シルヴィアの後を追いかけるように歩き始める。
程なくしてシャルロットの部屋に辿り着き、レオルドは扉をノックする。
「シャル。俺だ」
コンコンと扉を軽く叩きながら、レオルドは中にいるシャルロットに声を掛ける。
しかし、いつまで経ってもシャルロットからの返事はない。
鍵は掛かってないので入る事は出来るが、女性の部屋に無断で入るのは体裁が悪い上に後ろにはシルヴィアがいるので余計に問題だろう。
レオルドは後ろに振り返り、シルヴィアへ頼み事をする。
「シルヴィア。悪いが中を見てきてくれないか?」
「分かりましたわ。それでは行ってきます」
シルヴィアはレオルドの横をすり抜けてシャルロットの部屋へ入っていく。
レオルドはシルヴィアから呼ばれるまで、しばらく外で待機していた。
それから間もなくして、シルヴィアが扉の隙間からひょっこりと顔を覗かせた。
「あの、レオルド様。シャルお姉様の支度が整うまで、もう少々お待ちください」
「シャルは寝てたのか?」
「そうみたいです。ですから、準備が出来るまでお待ちください」
「分かった」
そう言ってレオルドは再び部屋の前で待ち続ける事になった。
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