第377話 堪忍袋、金〇袋

「では、話を戻しましょうか。お披露目会で使う会場はレオルド様が中心となって建設。その予定地は私がいくつかの候補を探しておきます。そして、一番の問題であるミスリルの件についてですが……」


 一番肝心なのはミスリルの確保だ。

 今現在、自動車の製造には必要不可欠であり、販売するにはそれなりの量を用意する必要がある。

 幸いな事に庶民と貴族では数が違い、必要数は少ないので負担も少ないだろう。


「いっその事、帝国と聖教国を巻き込んではどうでしょうか?」

「ふむ……」


 帝国と聖教国にもミスリル鉱山は存在している。

 帝国が四つ、聖教国が一つ所有しており、合計で五つになる。

 シルヴィアの言うとおり、二つの国とも協力すれば、より多くの自動車を作れるだろう。ただし、レオルドの利益は少なくなるが。


「ダメだ。帝国と聖教国には頼めない」

「それは何故ですか?」

「恩を売りたいのは分かるんだが、まずは国内の自動車製造技術が確立してからにしたい。帝国は王国よりも発展しているだろうから、すぐにこちらを追い抜くだろう。それでは国益にならない」

「つまり、国内の自動車販売が軌道に乗るまでは秘匿しておくという事ですの?」

「ああ。ただ、いずれは他国にも公開するがな」

「公開? もしや、無償で?」

「いや、その辺りは陛下と宰相に相談しようと思う。だが、国内の馬車を製造している職人達には無償で公開しようと考えている」

「レオルド様が独占し、莫大な利益を得られるはずですわ。それを無償で公開してもよろしいのですか?」

「競合他社が生まれるのは、まあ色々と大変だが、良い刺激になるだろうし……何よりも国が発展する良い切っ掛けになると思うんだ。マルコが帝国の魔道列車を見て自動車を思いついたようにな」


 お茶を飲み、かつてマルコと出会った時の事を思い出して、懐かしむように笑うレオルドを見てシルヴィアは胸の内が温かくなった。


「それは大変素敵な考えですわね」

「まあ、その前にミスリルをどうにかしないとな」

「そうですね……」


 どれだけ語ろうともミスリルがなければ所詮は夢物語だ。

 やはり、億劫ではあるがフリューゲル公爵と交渉するしかないだろう。


「はあ~……」


 お菓子を食べてお茶で流し込んだレオルドは大きな息を吐くと、手を組んで額に当て俯いた。


「腹を括るか……」


 いつまでも嫌とは言ってられない。

 癪ではあるが時には折れなければいけない事もある。

 レオルドはもう一度深く息を吐いて顔を上げてシルヴィアに顔を向ける。


「シルヴィア。フリューゲル公爵に手紙を出して欲しいんだが……」

「レオルド様。嫌なのは分かりますが当主であられるレオルド様がお手紙を出すのが礼儀ですわ」

「ぐ……やはり、俺が直接書かねばならないか」

「相手が公爵でなければ私が代筆してもよろしかったのですが、今回は流石に……」

「すまない。困らせたな。イザベル、フリューゲル公爵に面会を申し込む。手紙を出すから紙とペンを用意してくれ」

「畏まりました。紙は最高級のものをご用意しましょう」

「頼んだ」


 イザベルが頭を下げて出て行き、レオルドとシルヴィアは残っているお茶とお菓子を楽しみながら談笑を始める。


「やれやれ、人生とは上手くいかないものだな」

「フフ、そうですわね。レオルド様の人生は波乱万丈ですものね」

「笑い事ではないぞ? これからはシルヴィアも巻き込まれるんだからな」

「それは毎日刺激的で楽しそうですわね。とはいえ、最近はレオルド様に変わって政務で忙しい毎日ですが」

「うぐ……それはすまない」

「いえいえ、責めている訳ではありませんわ。王城にいた頃よりも多忙な毎日ではありますが、こうしてレオルド様と毎日顔を合わせる事が出来るのですから、これくらい平気ですわ」

「それはこちらも同じさ。シルヴィアがいてくれて本当に良かった」


 他に人がいないからか、二人はピンク色の空間を作り出す。

 イザベルがここにいたのならば間違いなく茶々を入れているだろうが、生憎今はレオルドの命令に従って紙とペンを取りに行っている為、ここにはいない。


「む、お菓子がなくなったか」

「お茶もですわね」


 イザベルが用意していたお茶菓子は談笑している間に無くなってしまい、テーブルの上には空っぽのティーセットだけが残っていた。

 すると、そこへタイミングよくイザベルが戻ってくる。


「只今戻りました。レオルド様」

「うむ、ご苦労」


 イザベルから紙とペンを受け取ったレオルドは早速、手紙の内容を考え始めた。

 まずは無難な挨拶から始まり、それから軽く近況を伝えてから本題であるミスリルについてしたためていく。


「ふむ。こんなもんでいいか」

「確認してもよろしいですか? レオルド様」

「ああ。どこかおかしなところはないか見てくれ」


 そう言ってレオルドはシルヴィアにフリューゲル公爵へ向けてかいた手紙を渡した。

 レオルドから手紙を受け取ったシルヴィアは隅から隅まで目を通し、誤字脱字やおかしな表現がないかを確認し、特に問題がない事を確かめるとレオルドに手紙を返した。


「これなら問題ないと思いますわ」

「返事はどれくらいでくると思う?」

「公爵にとっても悪い話ではありませんし、レオルド様から面会の申し出があれば一日か二日で来るかと思いますわ」

「もう少し早いかもしれませんよ」

「それはどういう事だ? イザベル」

「フリューゲル公爵の領地にも転移魔法陣は設置されてありますので一日もかからないかと」

「そうでしたわね。早急だと伝えれば転移魔法陣ですぐに届けられるでしょうから今日中には返事が貰えるかもしれませんね」

「だったら、明日にでも面会する事になるのか?」

「いえ、それはどうかと」


 否定的な意見を述べるシルヴィアにレオルドは首を傾げる。


「何故だ? フリューゲル公爵にも悪い話ではないのだから、早急に会ってくれると思うんだが」

「その通りなのですが体裁というものがあるのですわ。レオルド様が出向くわけですから、フリューゲル公爵もそれなりの対応をしなければなりません。ですから、宴などの催しをする為に準備をしなければならないので一日は時間が掛かると思います」

「そうか。俺は別に気にしないんだが……」

「フリューゲル公爵からすればそう言う訳にはいかないのです。爵位は上でも功績から見て挌上であるレオルド様をもてなさないといけないのです。それが貴族というものですわ。レオルド様」

「やはり、面倒な生き物だ。貴族というものは……」

「まあ、それだけではないのでしょうが……」


 意味深に呟くシルヴィアは憂鬱そうに息を吐いた。

 レオルドはただただ面倒そうに考えているがシルヴィアは別の事を考えていた。

 恐らく、フリューゲル公爵はこの機会にレオルドを取り込むか、もしくは懐に潜り込んで来る算段をつけるだろう。

 そういった意味も含めてシルヴィアはもう一度憂いに満ちた溜息を吐くのであった。


「さて、それじゃ、話すべき事も話したし、フリューゲル公爵への手紙も書けた。そろそろ仕事に戻ろうか」

「特に大したお仕事もされてなかったくせに」

「イザベル。そこには触れるな」


 ボソリと聞こえたイザベルの呟きにレオルドは少なからず精神的ダメージを受けた。

 彼女の言っている通り、レオルドは今日は特に仕事もしていない。

 今はシルヴィアがレオルドの代わりに政務を行っているので、基本的に現場へ出向いたりと直接指揮を執ったりしているが今日に限っては自動車の見学に行っただけである。

 つまり、イザベルの言うとおり、レオルドは何も仕事をしておらず、シルヴィアにだけ働かせていたのだ。

 その事実を突きつけられ、レオルドは吐血寸前である。


「レオルド様のお好きなようにしてください。執務室で机にかじりついて、頭を掻き毟っているよりもそちらの方が断然いいです。私が足りない部分を補い、支えてあげますので」

「シ、シルヴィア……ッ!」


 感動に泣きそうになり、健気な思いに愛しさが溢れ、思わずレオルドはシルヴィアを抱き締めようとしたが、そこへイザベルが割り込んでくる。


「婚約したとはいえ、まだ未婚の王女ですよ。破廉恥な真似は控えてください」

「ぐむ……」

「わ、私は別に構いません事よ……」

「シルヴィア様。くれぐれも婚前交渉はなさらないように」

「そ、そこまでは致しません!」

「どこまで致すつもりだったのですか……」

「え、それは……そ、添い寝とか」

「それはもう十分アウトです。すでに手を繋ぐ、腕を組むはしているので目を瞑りますが、添い寝はダメです」


 イザベルは胸の前でバッテンを作り、厳しい教育者のようにシルヴィアへ言い寄る。


「もう既に肉体的に接触しているのだから添い寝くらい許してもいいのではなくて!」

「いいえ! ダメです。レオルド様が胸の内に秘めている狼が顔を出さないとも限りません!」

「わ、私達は相思相愛ですから間違いが起きても問題は」

「甘い、甘いですよ。シルヴィア様。メイプルシロップよりも甘い考えです! レオルド様のようなお年頃は簡単に誘惑に負けてしまうものです。私が少し本気を出せばレオルド様を堕とす事など赤子の手を捻るくらい容易なのですから」

「随分な言い様だな……」

「チラリ」


 その言葉と同時にイザベルは胸元を大胆に開いてレオルドに見せ付けた。

 男の悲しきさがと言うべきか、レオルドの視線はイザベルの胸元に吸い込まれる。

 当然、間近で見ていたシルヴィアはショックを受けると同時に嫉妬心からレオルドの目を突いた。


「目が、目がぁーッ!!!」

「このようにレオルド様も男なのです」

「説得力がありますわね……」

「レオルド様も紳士ではありますが、男性であろうと女性であろうと時には魔が差してしまうものです」

「確かに、そういった醜聞はよく耳にしますわね。どこぞこの令息が婚約者がいるのに他の女性に手を出したり、夫がいるのにも関わらず他の男と贅沢三昧をしている夫人がいると……」

「ですので、しっかりと手綱を握っておかなければなりません」

「具体的にはどうすれば?」

「昔から言われているのは三つの袋を握る事です」

「三つの袋?」

「胃袋、給料袋、そしてお袋と言われてます。ですから、レオルド様の母君であるオリビア様にご意見を伺いに行きましょう」


 実際は他にも袋はあるのだが、流石に下品すぎるのでイザベルは意図して言わなかった。


「それはいいですね! 久しぶりにオリビア様ともお会いしたいですし、レイラ様ともお話をしたいですわ」

「では、手配しておきましょう」


 シルヴィアとイザベルが盛り上がっている横でレオルドは目を抑えて悶え苦しんでいた。

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