第376話 イチャイチャしやがって……

「ゴホン。お待たせしました」


 ようやく落ち着きを取り戻したようでシルヴィアの顔はすっかり元通りになっていた。


「別に隠さなくてもいいのに……」

「……恥ずかしいんです。察してください」


 レオルドを睨むシルヴィアの顔はほんのり赤くなっている。

 言葉通り、先程の自分が恥ずかしかったのだろう。


「話を戻しますが最初の自動車は貴族向けに高級路線で販売する事でよろしいですね?」

「ああ。そのように進めよう」

「では、次にするのはお披露目会ですが会場は決まっているのですか?」

「まだだ。だが、これからすぐに取り掛かるつもりでいる」


 レオルドの発言に疑問を感じたシルヴィアは言葉の意味を尋ねる。


「何か工事でも行うのですか?」

「ああ。実際に走っているところを見てもらう為に大きな会場もとい自動車のコースを作ろうと思っているんだ。勿論、それだけの為にではなく、いずれ観客を呼んで盛大な催しを開けるようにしたい。具体的に言えば自動車のレースとかな」

「そのような催しを行うのですね。でしたら、かなり大規模な工事になりますね。場所は決めてあるのですか?」

「具体的には決まっていないが工場から、そう遠く離れていない場所にしようかと考えている。運搬に労力を割きたくないからな」

「でしたら、私の方でいくつか候補を見繕っておきますわ」

「ありがとう。助かるよ」

「これくらいはどうという事はありませんわ。それよりもレオルド様が自ら現場で指揮をするのですか?」

「そうなるな。誰も構造を理解していないだろうし、設計図を作ればいいのだろうが――」

「レオルド様は事務作業よりも現場で作業する方がお好きですものね」


 レオルドの事を分かっているようにクスクスと笑うシルヴィア。

 これでレオルドが働かずに遊んでいるような男であったならば笑い事ではないが。

 一応、現場で誰よりも率先して働いているのがレオルドなのである。

 むしろ、執務室で書類仕事に追われているよりも生き生きとしている。


「ハハ……。本当にシルヴィアが来てくれて良かったよ。おかげで俺が自由にさせてもらってるんだから」

「適材適所ですわ、レオルド様。政務の方は私にお任せください」

「シルヴィア様ならレオルド様を簡単に破滅させれそうですね」

「恐ろしい事をしれっと言うな!」

「大丈夫ですわ、レオルド様。そのような事は決して致しません。レオルド様が浮気、不倫をしなければの話ですが」


 ニッコリと微笑んでいるもののシルヴィアの全身からは強烈なプレッシャーが放たれており、レオルドも気圧された。

 しかし、ここで尻込みしていては男が廃るというものだ。

 レオルドは真剣な眼差しをシルヴィアに向ける。


「俺が愛しているのはお前だけだ。シルヴィア」

「…………」

「シルヴィア様。自分から仕掛けておいて反撃を受けてしまい、思った以上に嬉しかったのは分かりますが、惚けるには早いですよ」


 惚けていると眼前ににゅっと出てきたイザベルにシルヴィアは驚いてしまい、目を大きく見開いた。


「わ、分かっていますわ! それくらい!」

「でしたら、続きをどうぞ」

「レ、レオルド様! 先程の言葉に一切の偽りはありましぇんね!」


 どうやらまだ完全には復活していなかったようでシルヴィアは思い切り噛んでしまった。

 可愛らしいシルヴィアの失敗にレオルドとイザベルはほっこりと胸の内が暖かくなり、微笑ましい顔をしている。


「噛んだな」

「噛みましたね」

「……見ないでください」


 顔だけでなく耳まで真っ赤にしてシルヴィアは両手で顔を覆い隠し、二人の温かい目から逃れるように俯いた。

 シルヴィアが元に戻るまでレオルドはイザベルが注いだお茶を口に含みながら考える。


「(自動車工場は街から離れた場所にあるから、近くの山を削って、そこにサーキットを作ればいいか。シルヴィアも恐らくその辺りを候補に出してくるだろうし、今の内にシャルや土魔法使いを集めておくか)」


 ゆっくりとお茶を味わってからはレオルドは胃に流し込み、寂しくなった口にお菓子を放り込む。

 今日は甘さ控えめのクッキーだ。さくさくとした食感が堪らない。

 レオルドがもう一度、お茶を飲んで口の中を潤しているとシルヴィアがようやく復活したようで顔色が元に戻っていた。


「二度もお待たせしてしまい、申し訳ありませんわ」

「気にしないさ。シルヴィアの貴重な一面を見る事が出来て俺は楽しいし、嬉しいし、可愛くて堪らない」

「意地悪を言わないでくださいまし……」

「おやおや、立場が逆転されてしまいましたね~」

「イザベル! 余計な事は言わなくていいの!」


 かつてはシルヴィアがよくレオルドをからかっては困らせていた。

 しかし、今ではお互いに茶化すようになったがレオルドの方が少しだけ立場が上になっている。

 昔を知っているイザベルはここぞとばかりにシルヴィアをからかい始めた。


「可愛いらしい事」

「お黙り!」

「(おおう……。迫力のあるお黙りだ)」


 まるで他人事のようにレオルドは二人のやり取りを観察している。

 姉妹のように仲の良いシルヴィアとイザベルは喧嘩一歩手前まで来ていた。

 流石にこれ以上は見過ごせないとレオルドは二人の間に割って入る。


「そこまでだ。これ以上は見過ごせない」


 これで無事に仲裁出来たと思ったレオルドであったが、イザベルはこの状況がさらに面白くなるようにワザとシルヴィアを煽り始めた。


「レオルド様はどちらの味方なのですか?」

「当然、私に決まっていますわ! レオルド様は私の婚約者! 先程も愛していると仰ってくださいましたもの!」

「いえいえ、それはどうかと。本当に愛しているのならば、何故私と口論している時に助け舟を出さなかったのでしょうか?」


 その言葉にハッとするシルヴィアはイザベルからレオルドに勢い良く振り返る。


「レオルド様! もしや、人妻の魅力に当てられてしまいましたの!?」

「シルヴィア。落ち着け。イザベルが笑いすぎて死にそうになってる」

「確かにイザベルは才色兼備でどこに出しても恥ずかしくない私の大切な従者ですが、人妻ですわよ! レオルド様! 正気に戻ってくださいまし!」


 机を挟んで向かい合って座っているレオルドに向かってシルヴィアは身を乗り出して両肩を掴み、激しく揺さぶり始めた。


「お、落ち着いてくれ。シルヴィア。イザベルに口車に乗せられてるぞ」

「人妻の色香に惑わされないでくださいませ!」

「おぶッ!」


 豪快にビンタをレオルドに喰らわせるシルヴィア。

 しかも、一度だけでなく二度、三度と往復ビンタである。

 パパパパパッと子気味のいい音が響き渡り、元凶であるイザベルはその光景に耐え切れずに噴き出した。


「ぶふぅっ!」

「シ、シルヴィア……! お、落ち着いて……」

「正気に戻りましたか!? レオルド様!」

「最初から俺は正気だ……」


 蜂にさされたかのように顔がはれ上がっているレオルドはかろうじて息をしていた。


「…………ご、ごめんなさい」


 流石にシルヴィアも自身の非を認め、素直に頭を下げて謝った。

 レオルドも怒ってはおらず、シルヴィアを許した。

 しかし、イザベルだけは別であった。

 シルヴィアが暴走し、手が付けられなくなったのはイザベルの不用意な発言が発端だ。これに関しては叱らずにはいられない。


「イザベル。何か弁明はあるか?」

「いえ、ありません」

「お前にはいつも感謝はしているし、世話にもなっているが今回については許さん。ゆえに罰を与える」

「いかなる罰も受けましょう」


 反省しているようでイザベルは抵抗も反論もせず、黙ってレオルドの罰を受け入れる姿勢を見せる。


「一か月の間、騎士団の洗濯係を命じる。無論、給金は発生しない」

「承りました」


 騎士団は基本的に毎日鍛錬をしており、彼等の衣服はとてつもなく汗臭い上に汚いものだ。

 普段は騎士団に兵舎に滞在しているメイドが洗濯や掃除を行っているが、これから一か月はイザベルが行う事になった。

 当然、莫大な量の衣服を一人で洗濯する事になるのでイザベルの負担は大きなものになるだろうが、それくらいでないと罰にはならない。


「はあ……。話が逸れてしまったな」

「申し訳ありません……」

「シルヴィア。謝る事はないさ。不安にさせてしまった俺が悪かった。これからはもう少し愛情表現をしていこう」

「あ、あの程々にお願いします……。心臓が持ちそうにないので」

「それは困るな。そう言う事なら程々で我慢しよう」


 そう言って笑うレオルドを見てシルヴィアはほっと胸を撫で下ろす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る