第375話 路線変更だ!
別室へ移動したレオルドとシルヴィアはテーブルを挟んで向かい合うようにソファーへ腰掛ける。
イザベルはお茶とお菓子を用意する為に一旦退室した。
「レオルド様。執務室ではお聞かせできない大事なお話というのは何でしょうか?」
「シルヴィアは知っていると思うが今、俺は車を製造している。もうすぐ完成間近なんだが……」
「何か大きな問題が生じたのですね。執務室で出来なかったのは、それが公けになると非常に困るからでしょうか」
「その通りだ。今、製造している自動車にはミスリルが使われているのだが、そのミスリルがない。ゼアトに保管されていたミスリルは全て使い果たしてしまったんだ」
「全てですか……?」
「あ、ああ」
神妙な顔をして尋ねてくるシルヴィアにレオルドはバツが悪そうに顔を背けた。
「レオルド様。どうして在庫が底をつく前にご相談してくださらなかったのですか? 事前に言っていただければ未然に防ぐ事が出来ましたのに……」
ごもっともな指摘にレオルドは申し訳なさそうに頭を垂れるが起こってしまった事は変わらない。
「す、すまない。俺の責任だ」
「当然それはそうですが、現場にいたのはマルコですよね? 彼はミスリルの在庫がなくなりそうだと気が付いておきながら、報告を怠ったという事ですわ。これは厳しく罰しなければなりません」
「いや、マルコは悪くないんだ。俺がきちんと管理をしていなかったのが悪いんだ。だから、マルコは許してやってはくれないか?」
「いいえ、ダメです。報告、連絡、相談、これが重要だという事はレオルド様も重々承知しているはずですわ? レオルド様が部下を庇いたいという気持ちは理解出来ますが、それではいくら経ってもマルコは成長しません。ほんの少し報告が遅くなってもレオルド様なら許してくれるという堕落した考えになり、仕事が疎かになってしまいますよ!」
「ッ……! そう……だな。シルヴィアの言うとおりだ。すまない。嫌な役目を押し付けてしまって」
レオルドは現代日本人の記憶も有しており、シルヴィアの言う事が正しく、また自分がどれだけ間違っていたかを思い知らされた。
優しくするだけでは人は成長しないのだと。
時には厳しく叱りつける事も大事なのだ。
それが仕事であり、責任でもあるのだから。
「マルコは当分の間、減給処分。それからレオルド様にはマルコへの再教育です。今後は同じミスをしないように心掛けてくださいね」
「ああ。分かった」
今回の一件は領主としても一人の社会人としても反省しなければならないとレオルドはシルヴィアに対して深く頭を下げた。
丁度、話が一区切りついた所でイザベルがお茶菓子を乗せたワゴンを押して、部屋に入ってくる。
「お待たせしました。本日は私の気まぐれブレンド紅茶とお菓子になります」
「そこはかとなく不安なブレンドだな。雑巾の絞り汁とか入ってないだろうな? イザベル」
「ギクッ! さて、何の事でしょうか?」
「レオルド様。イザベルのいつもの悪戯ですわ。いくらなんでもそのような陰湿な真似はしません」
「日頃の行いでどうにも疑わしくてな~」
「それには同意しますがイザベルがふざける時は時と場合をきちんと選んでいますよ」
「これがですか?」
シルヴィアからの褒め言葉に舞い上がっているのか、それとも調子に乗っているのか分からないが今のイザベルはドヤ顔を披露していた。
「…………時と場合をきちんと選んでる証拠ですわ」
「……そういう事にしておきましょうか」
恐らくは調子に乗っているであろうイザベルからレオルドとシルヴィアは紅茶を受け取り、自動車の製造に必要不可欠なミスリルについて話し合いを再開させる。
「レオルド様が態々私にミスリルの話を持ってきたと言う事は、恐らく王家が所有しているミスリル鉱山が本当に採掘出来なくなったのか、その噂の真相を知りたい、という事でしょう」
「察しが良くて助かるよ。それで実際の所、どうなんだ?」
「火のないところに煙は立たない、つまりそう言う事ですわ」
「事実と言う事か……」
「はい。もうここ数年はミスリルが発掘されたという知らせはありません」
「そうか。じゃあ、やはりフリューゲル公爵と交渉するしかないか……」
一縷の望みが絶たれてしまったレオルドはガックリと頭を垂れる。
やはり、非常に面倒だがフリューゲル公爵に頭を下げるしかない。
「レオルド様。自動車の製造にはどうしてもミスリルが必要なのですか?」
「ああ。今の段階ではな。ゆくゆくは費用を安くする為、別の素材で開発するが現段階ではミスリルがなければ自動車は作れない」
「お披露目会をしてから販売するのですよね?」
「そうだな。俺の計画では王族をはじめとした有力貴族へのお披露目、及びに大きな商会を持つ豪商達への宣伝、そして販売路線の確保だ」
「なるほど……。自動車は過去に一度拝見しましたが、大変素晴らしい発明だと思います。自動車が普及すれば生活も豊かになり、経済も活性する事でしょう」
「ただ、現段階では不可能ですがね……」
自動車の製造に必要不可欠なミスリルがないのでは販売はおろか製造すら出来ない。
いくら素晴らしい発明だとしても普及する事が出来ないのであれば、それは何の意味もないだろう。
「王家が動くわけにもいきませんからね……」
「最終手段として領地戦を仕掛けようかと思っているのだが」
「それは止めましょう。まず間違いなく王国は混乱に陥りますから」
「ミスリル鉱山だけ奪うだけなんだが」
「大事な収入源を奪われると分かればフリューゲル公爵は死に物狂いで抵抗してきますから、お止めになってくださいまし」
「…………」
「沈黙はやめてくださいね。本気で怖いですから!」
「仕方ない。ミスリル以外の素材で作れないか検討し、お披露目会は延期しよう」
あれやこれやと考えたがフリューゲル公爵に頭を下げてミスリルを融通してもらうくらいなら、いっその事自動車のお披露目を延期してしまえばいいとレオルドは結論を出した。
そうすれば頭を下げる必要もなくなるし、フリューゲル公爵に貸しを作らなくてもよくなる。
ただし、完成間近の自動車はお蔵入り決定だ。
それだけが残念で仕方がない。
「レオルド様。自動車はいくらで販売されるおつもりだったのですか?」
「え? あ~、素材や人件費、技術料込みですと、最低でも500万くらいですかね」
「その価格ですと平民にはちょっと手が出そうにありませんね」
「まあ、希少なミスリルを使っちゃってますから」
「そういう事でしたらミスリルを使った自動車は高級路線で販売し、平民には別の素材で製造した自動車を販売すればよろしいのでは?」
「なるほど。その手があったか。そういう事ならもう少し値段を高めに設定しても良さそうだな」
「そうですね。装飾を豪華にし、内装を煌びやかなものにすればより多くの人が興味を惹かれるでしょうから」
「売れるな……」
「売れますよ。確実に」
あくどい笑みを浮かべる二人は似た者同士であった。
主人と、その妻が金勘定をしながら悪巧みをしている様子を見て、イザベルはお似合いな二人だと内心微笑む。
しかし、会話の内容は全く可愛らしさがない。
「シルヴィア様。お顔がレオルド様みたいに面白い事になっておりますよ」
「はうッ!」
「誰が面白い顔だ、コラ」
「大変面白い顔でございますよ、レオルド様。金勘定のお話をするのは楽しかったですか?」
「うむ」
「あの、その……私、そんなに変な顔をしてましたの?」
「レオルド様に負けず劣らずのあくどい顔をしておられましたよ? 自覚はないのですか? シルヴィア様」
「あぅぅ……」
どうやら自覚はなかったのだろう。
シルヴィアは恥ずかしそうに俯いて、表情筋を元に戻そうとしており、ムニムニと両頬を揉んでいる。
「俺が悪いのか?」
自分に原因があるのかとレオルドはイザベルに問い掛ける。
「いえ、最近はレオルド様のお近くにいる事が多いので影響を受けてしまっているのでしょう。親しい人間の前ではお得意の鉄仮面も剥がれてしまうようになったのです」
「それはいい事だと思うが……」
「良い傾向ですよ。可愛らしいでしょう?」
「うむ」
可愛い、その一言に尽きるのであった。
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