第374話 ストライキじゃ~!

 屋敷に戻ってきたレオルドは早速、ミスリルの件についてシルヴィアに相談しようと執務室へ向かう。

 そこにはゼアトの内政に携わる文官をはじめとした多くの者達で溢れかえっており、その中心にシルヴィアが大きな机の前に座っていた。

 文官達は纏めた書類を次々とシルヴィアのもとへ運んで行き、いくつかの質問や指摘を受けると自分の席へ戻っていく。

 そのような光景をしばらく眺めていたレオルドは文官達の列が途切れるまで待ち続けた。


「シルヴィア、今いいかな?」

「レオルド様。お戻りになられたのですね」

「ああ。任せっきりにしてすまない」

「いえ、構いませんわ。妻たるもの夫を支えるのが役目ですから。ふふ、とはいえまだ婚約者ですけれどね」


 お茶目に笑うシルヴィアにレオルドは思わず見とれてしまい、惚けていると文官達からの微笑ましい視線に気がつき、赤面したまま咳払いして誤魔化した。


「ゴホン! まあ、式はその内必ず挙げるから……」

「お早くした方がよろしいですよ。あまり女性を待たせるのは感心しません」

「ぬわはぁいッ!?」


 にゅっと背後から出てきたイザベルにレオルドは驚いてしまい、情けない悲鳴を上げながら飛び退いた。


「殺す気か!?」

「珍しく油断をしていましたもので久しぶりに驚かせようとしたまでですよ」


 悪戯が成功したように可愛らしくウインクするイザベル。

 それを見たレオルドはげんなりとした顔で呟く。


「久しぶりにイラッとしたよ……」

「レオルド様。婚約者の私がいる前で堂々と浮気しないでくださいまし」

「今のやり取りのどこが浮気だと言うんだ、一体……」

「それからイザベル。レオルド様をからかっていいのは私だけの特権です。今後は自重するように」

「私はもうレオルド様の配下ですのでシルヴィア様のご命令には従えません!」

「私はレオルド様の妻ですから貴女の主人です!」

「まだ婚約者じゃないですか。先程、自分でもそう言っていましたよね?」

「ぐぅ! 自分が結婚しているからと言って生意気な口を!」

「フッフッフッフ、悔しかったら結婚してみせる事ですね」

「結婚はもう確定しています~!」

「でも、いつするかは未定ではありませんか。それは果たして確定と言ってもいいのでしょうか? もしかすると、レオルド様は別の女性を連れてくるかもしれませんよ」

「そ、そんな事ありません! レオルド様は誠実なお方ですから! ま、まあ、私だけでいいと実際に言って頂けましたし」


 自身の発言に照れているようでシルヴィアは顔を赤くしながら髪をクルクルと遊び始めた。


「おやおや、何を照れてらっしゃいますので? そのような事では夫婦になった後、苦労しますよ?」

「知った風な口を!」

「知っていますとも。私は正真正銘人妻ですので」


 ドヤ顔で胸を張るイザベルにシルヴィアは何も言い返せない。

 イザベルが言っている事は正しく、今だ婚約者の身であり、レオルドとほんの数回逢引きを重ねた程度でしかないシルヴィアには反論する余地がなかった。


「ぬぐぐ……」


 奥歯を噛み締め、睨みつける事しか出来ないシルヴィア。

 流石にこれ以上は時間の浪費であると同時に自分にまで被害が及びそうだったのでレオルドが二人の間に割って入った。


「そこまでだ。イザベル、これ以上は控えろ。今は大事な話があるんだ」

「分かりました。今回はこのくらいにしておきましょう」


 次回もあるのかと思うとレオルドは辟易するが、イザベルは自分の下に来るまでシルヴィアの従者であった。

 先程のやり取りを見ても大の仲良しである事は分かる。

 ならば、シルヴィアも本気で咎めるような事はしないだろう。

 レオルドはそのように察したのである。


「シルヴィア。少し話があるんだ。今いいか?」

「はい。仕事も落ち着いたので大丈夫ですわ」

「そうですよ。レオルド様に代わって王女殿下はきっちりと仕事をこなしてくれましたから」


 と、文官達からそのような声が上がる。

 レオルドはシルヴィアから文官達へ顔を向け、引き攣った笑みを浮かべた。


「そうかそうか。俺よりシルヴィアのほうがいいと言うか」

「当たり前ですよ! しょっちゅういなくなるレオルド様よりも美しく聡明で我々の事を気遣ってくれる王女殿下の方がいいに決まってるじゃないですか!」

「「「「そうだそうだ!!!」」」」

「いい度胸だな、お前等。俺がその気になれば首を刎ねることくらい造作もないと言う事を知らないようだ」

「やれるものならばやってみろ! 私達がいなくなったら困るのはレオルド様の方ですよね?」


 思わぬ反論にレオルドは虚を突かれたように唖然とするが、すぐに笑みが零れて笑い声を上げる。


「くっくっく、ハッハッハッハ! 言うようになったじゃないか」

「レオルド様のおかげですよ。この職場で大分鍛えられましたから」

「これくらいの胆力がないとこの職場ではやっていけませんって」

「レオルド様をはじめとして王城殿下にシャルロット様までいるのですからね」

「王女殿下が唯一の癒しですが」

「残りの二人は胃に悪いんですよね」

「レオルド様は奔放な方ですから仕事を置いてすぐにいなくなるし、シャルロット様は猫みたいな方ですから仕事の邪魔とかしてくるし、そう思ったら手助けもしてくれるし」

「ホント、この職場は気を強く持ってないとやっていけませんよ」

「随分な言われ様だな……」


 文官達から次々に言われて流石のレオルドも凹んだ。

 とはいえ、文官達の言う事は間違っていないので反省するしかない。

 ただし、今後改善されるかと言われればレオルドはノーと答えるだろう。


「まあ、いいですよ。今はシルヴィア様のおかげで大分改善されましたから。本当に良いお嫁さんを貰いましたね。あ、まだ結婚はしてませんでしたっけ。早く安心したいので早急にお願いしますね」

「言われなくてもするに決まっているだろう! これ以上、無駄口を叩くと減給するぞ!」

「わー! 横暴だ! そっちがその気ならストライキしてやる!」

「この際、レオルド様を領主の座から引き下ろして王女殿下にやってもらおう!」

「そうだな! そっちの方がこちらとしては有り難い! 仕事を放棄する領主よりも労ってくれて仕事も丁寧な領主の方がいい!」

「拾ってやった恩を仇で返すとはな……! まとめてかかってこい!」

「デスクワークで鍛えられたパワーを見せてやる!」

「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」


 雪崩のようにレオルドは襲い掛かる文官達。

 怪我をされても困るのでレオルドは無闇に反撃が出来ず、されるがままであったが流石にイラついたようで最終的には全員投げ飛ばした。


「ふん。俺に勝とうなぞ千年早いわ」


 手についた汚れを払うようにパンパンと手を叩いて、山積みになった文官達を一瞥するレオルド。


「ふふ、レオルド様は慕われてますね」

「これのどこがですか……」

「普通に考えれば領主であるレオルド様に無礼な真似は出来ませんよ。きっと、レオルド様が普段からお優しいのでしょうね。だから、彼等もあのように楽しんでらっしゃるのでしょう」

「「「「いえいえ、そのような事は決してありませんよ」」」」


 口を揃えてシルヴィアの発言を否定する文官達。

 レオルドは呆れながらも笑みを零し、文官達に暇を与える。


「しばらく休んだら、しっかりと働けよ」

「分かりました。キリのいいところまでやっておきます」


 いつの間にか立ち上がっていた文官達はゾロゾロと自分の席へ戻り、残っている仕事を片付け始める。

 態度にこそ問題はあるがレオルドが雇い、教育した文官達は優秀なのである。

 先程のやり取りはあくまでもノリだ。普段は文官達も真面目な人間であり、レオルドに対しても礼儀を弁えている。


「それじゃあ、シルヴィア。別室で話そうか」

「はい。わかりました」

「では、お茶をご用意しましょう」


 レオルドはシルヴィアとイザベルを連れて執務室を後にした。

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