第373話 資源不足

「笑っている最中に申し訳ないんですけど、レオルド様に悪い知らせがあるんです」

「ん? なんだ?」

「もうミスリルの在庫がありません。以前、回収したミスリルゴーレムの残骸は全て使い切りました」

「へあッ!?」


 あまりの驚きに変な声を出してしまうレオルド。

 転移魔法陣を発見した古代遺跡の中に番人として君臨していたミスリルゴーレムは、とても希少な素材としてゼアトに保管していた。

 だが、新兵器の開発に自動車の開発とふんだんに使用した結果、ミスリルの在庫は底をついてしまったのだ。


「もう一欠片もないのか?」

「ありません。残っている全て一欠片も余すことなく使い切りましたから」

「何てこった……!」


 いよいよ自動車が完成をするといったタイミングでレオルドは窮地に陥ってしまった。

 自動車が完成し、お披露目会で王族及びに有力貴族への交渉、そして商会への販売経路を確保する予定だったのに総崩れである。


「このままじゃ俺の計画が台無しだ!」

「一応、買い付ける事は出来ますけど」

「しかし、高いだろう?」

「まあ、ミスリルは貴重ですからね。しかも、相当な量となると費用が……」


 ミスリルは希少な鉱石の為、とてつもなく高い。

 それに加えて採掘量も少ないのでレオルドが必要としている量を確保出来るかも怪しい。


「ミスリル鉱山はどこの領地にあったっけ……」

「レオルド様。現実逃避はやめてください。知っているでしょう?」

「やだな~~~……!」


 一応、王国内には二箇所だけミスリル鉱山が存在する。

 その内の一つは王家が所有しているのだが、採掘量が少ない上に近年では掘り尽くしたのではないかと噂されている。

 そして、もう一つはレオルドの父親と同じく公爵家の一つが所有しており、採掘権を独占している。


「フリューゲル家か~……」


 憂鬱な気分になるレオルドは盛大に溜息を吐いた。

 ミスリル鉱山という資金源を独占しているフリューゲル公爵。

 ハーヴェスト公爵と同格であり、そしてレオルドの一つ上であるテスタロッサという令嬢がいる。

 険悪ではないが、かといって仲良しと言う事もない。

 しかし、ミスリルはこれから先、自動車作りには必要不可欠だ。


「よし! ミスリルじゃない別の素材で試そう!」

「また時間が掛かりますよ……」


 鉄以外にも多くの素材を使って思考錯誤した結果、ミスリルが一番だったのだ。

 ただ、合金などはしておらず、まだまだ改良の余地は残っている。

 だが、マルコの言うとおり、今からやり直すという事であればかなりの時間を費やしてしまう。

 そうなればレオルドの計画もさらに延期する事になるだろう。


「ルドルフとキャロラインとシャルロットを呼べ! 今からでもミスリルじゃない素材で作り直すぞ!」

「落ち着いてください。レオルド様。辛い現実から目を逸らすのはやめてください」

「だって、フリューゲル公爵とミスリルの交渉なんてしたくないもん!」

「可愛く言ってもダメですよ……。王家が管理しているミスリル鉱山ではもう採掘出来ないと噂されてるんですから、フリューゲル公爵に頼まないと」

「ミスリル鉱山を自力で探した方が良くないか!?」

「新しい製法を開発するよりも時間が掛かりますよ……」


 イヤイヤ期の子供のように首を振って抗議するレオルドだがマルコは容赦しない。

 諦めてフリューゲル公爵とミスリルの採掘量に関して交渉するしかない。


「領地戦でも仕掛けるか!」

「王国を滅ぼすおつもりですか?」


 今のレオルドが領地戦でも起こしたら王国は荒れるだろう。

 それだけの影響力をレオルドは持ってしまっている。

 恐らく便乗する領主は多くいるに違いない。


「ミスリル鉱山だけ奪おう!」

「フリューゲル公爵家は全力で抵抗してきますよ。大事な収入源を奪おうとするなら」

「補填するって約束すればいけるさ!」

「ミスリル鉱山と同等の財源を補填出来るんですか?」

「流石に厳しいな。だから、やっぱり領地戦を仕掛けて奪おう!」


 そこまでしてフリューゲル公爵と交渉をしたくないのかと、マルコは呆れた目でレオルドを見る。


「冗談だ……」

「本当ですか? 割と本気に思えましたけど?」

「……六割くらいは本気だったかも」

「五割超えてる時点で本気じゃないですか……」


 思っていた以上にレオルドが本気で若干引き気味なマルコ。


「しかし、領地戦で奪うわけにはいかないか……」

「素直に交渉したらどうですか?」

「今の俺がお願いしに行ったらどう思う?」

「……怖いのもありますけど、優越感が凄い事になりそうです」


 貴族というのは見栄っ張りが多いものだ。

 今のレオルドがミスリルを融通して欲しいとフリューゲル公爵に頭を下げれば、間違いなく話題になるだろう。


「貴族というのは面倒なものでな。一度、頭を下げてしまえばずっと上げられないのだ。しかも、向こうは恩着せがましく態度が大きくなる。これが国王陛下ならいいんだが……」

「フリューゲル公爵はレオルド様よりも格上のはずですけど?」

「家の歴史を除けば俺の方が挌上なんだ」

「どういう意味なんですか?」

「俺の功績が凄まじいという事だ。フリューゲル公爵家の歴史は古く、建国時代からこの国を支えてきた大貴族ではあるが、それだけだ」

「つまり、歴史が古いだけのフリューゲル公爵家よりも歴史は新しいけど凄まじい功績のレオルド様の方が挌上って事なんですか?」

「俺が言い出した訳じゃないが世間一般ではそうなっている」

「じゃあ、もしレオルド様が頭を下げたら……」

「だから、言っただろう? 恩着せがましく態度が大きくなると。まあ、はっきり言えば調子に乗って俺を見下してくるし、何かと要求して来るだろうさ。ミスリルを融通しているのだから、と理由をつけて」

「そんな……それじゃあどうすれば」

「だから、領地戦で奪えばいいのだ!!!」


 結局、辿り着く答えはそこなのかとマルコは言葉を失ってしまう。

 しかし、レオルドの言っている事が事実ならば、領地戦でミスリル鉱山を奪い取った方がいい。

 ただ、禍根は残ってしまい、いずれは子孫に迷惑が掛かってしまうだろう。


「領地戦は最後の手段にしましょうよ……」

「我が精鋭達ならフリューゲル公爵の私兵など赤子の手を捻るくらい容易く葬れるぞ!」

「もう思考回路が悪の帝王みたいですね……」

「ぶっちゃけ自動車でシャルロットを釣って単身フリューゲル公爵家に突撃させれば万事解決じゃね?」

「それはもうレオルド様の差し金だとバレますよ」


 シャルロットとレオルドが仲良くしているのは周知の事実である。

 そのシャルロットがフリューゲル公爵家を攻撃すれば、黒幕はレオルドだと思われても仕方のない事だろう。


「一度、持ち帰って奥様と話し合ってみてはどうですか?」

「まだ奥様じゃない。そこを間違えるな」


 面倒くさいレオルドの指摘に対してマルコは半ば苛立ちながらも訂正した。


「……王女殿下と話し合ってみてはどうですか?」

「そうするか~」


 内政及びに外交をレオルドはほとんどシルヴィアに任せている。

 信頼しているというのもそうだが適材適所という理由でだ。

 レオルドも最近は頑張っているがシルヴィアには及ばない。

 それゆえにレオルドは文官が纏め、シルヴィアが目を通した書類に決裁をするくらいとなっていた。


 このままで良いのだろうかとレオルドも一度は考えたが、シルヴィア以外に適任がおらず、また自分よりも手腕が上なので考えるのを止めたのである。


「一度屋敷に戻ってシルヴィアと話し合ってみる。マルコはどうする?」

「最後まで見届ける予定ですので残ります」

「そうか。何かあったら連絡してくれ。すぐに駆け付ける」

「わかりました」


 そう言ってレオルドはマルコに現場を任せて工場を後にする。

 資源不足について頭を悩ませながらレオルドは屋敷へ戻っていくのであった。

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