第370話 褒賞なんだけど~……テヘ

「さて、式を準備するとは言ってもまだ他にもやるべき事は多くあるでしょう」

「うむ。そうだな。今回の一件で聖教国に対して賠償を求めなければならない。そして、もう一つ」


 頭痛でもしているのだろうか、国王はこめかみを押さえつつ、大きな溜息を吐いてから言葉続けた。


「お前が復活させた回復薬についてだ」

「ああ、そんなものもありましたね」


 あっけらかんとレオルドが言うので国王も呆れ果て背もたれに体を預け、天井を見上げてまた溜息を吐いた。


「はあ……。レオルド、これがどれ程の事なのか理解していないのか?」

「いえ、理解はしていますよ。恐らくですが聖教国はこれまで有利であった回復術師の立場が失われ、一気に国力は削られる事になるでしょう。そして、我が国は回復薬で今まで以上の利益を得る事になり、更なる飛躍をするでしょうね」

「そこまで分かっているのなら、もう少し興味を持ったらどうだ?」

「国が豊かになり、国民が幸福になり、経済が回るのなら、これ以上喜ばしい事はないでしょう。私は貴族としての義務を果たしたまでです」

「なんと素晴らしい建前か」


 一緒にレオルドの胡散臭いセリフを聞いていた宰相も国王と同じ意見らしく、うんうんと頷いていた。


「ハハハ。勿論、本音は別ですよ。経済が潤えば国民の生活も豊かになり、財布の紐も緩くなるでしょう?」

「金儲けが目的なのか?」

「その先です。金儲けは目的を達成するための手段に過ぎません」

「何を企んでいるのだ?」

「国家転覆などは考えてませんのでご安心を」


 恭しくお辞儀をするレオルドだったが、不穏な発言に国王はゴクリと喉を鳴らす。

 今のレオルドは信頼に値する臣下であるが、それと同時に御しきれない人間である。

 たとえ、冗談でも国家転覆などとレオルドの口から聞かされるのは心臓に悪いのだ。もしも、現実になったのならば止める術がないのだから。


「では、何を考えているのだ? 領地の発展か?」

「はい。帝国を見習って魔道列車を導入したいと思っているのです。やはり、魔道列車は移動方法としては大変魅力的ですので。それに加えて、多くの荷物を運搬出来、経済効果も大きいでしょう」

「なるほど。確かに魔道列車を導入するのなら金は必要か。しかし、我が国には転移魔法陣があるだろう。魔道列車よりも優れた移動方法があるのだから、魔道列車はいらないと思うのだが?」

「転移魔法陣はその希少性や利便性から平民にはお高いのです。しかし、魔道列車を導入すれば――」

「そうか。転移魔法陣と差別化を図り、移動費用を安く抑える事が出来、尚且つ商人や貴族だけでなく平民も多くが利用する。そうなれば経済はより回るだろう」

「そうです。ついでに言えば地方も活性化しますよ。今までは魔物の所為で危険だった道中も魔道列車があれば安心して行く事が出来ますからね」

「ふむ…………。ゼアトに人を呼ぶ為か?」


 流石にここまで言われれば国王もレオルドの思惑が分かる。

 ゼアトは今現在、王国の中で最も成長している領地だ。

 そして、そこの領主はレオルド。人が集まるのは目に見えている。


「ええ。そうです。独占するつもりですよ……」


 くつくつと恐ろし気な笑みを浮かべるレオルドに国王と宰相は頬を引き攣らせるが、他の領主も馬鹿ではないので負けじと何かを成そうと躍起になるだろうと内心で計算を始めていた。

 恐らくではあるが、それもレオルドの狙いだろう。

 今の王国はかつてないほどに勢いに乗っているが、その中心にはいるのは間違いなくレオルドだ。

 当然、レオルドもすでにその事については自覚をしている。

 今や自分がいなければ王国は減衰してしまう事も危惧していた。

 それゆえに発破をかけようと自ら悪役を演じている。


「…………すまぬな。レオルド。本来であれば私がやらなければならない事をお前に押し付けてしまって」


 頭を下げる国王にレオルドは目を見開く。

 伊達に国王なだけではないとレオルドは改めて認識した。


「何を仰っているのか私には皆目見当もつきませんね」

「ふ、本当に憎たらしい男に育ったものだ」

「さて、親の教育が良かったのでしょう」

「ハッハッハッハッハ! であれば、母親の方だな。父親の方はよく知っている。お前とは違うからな」

「父上は貴族の鑑ですよ。まあ、父親としては及第点かもしれませんがね!」

「違いない!」

「「ワッハッハッハッハッハ!!!」」


 大口を開けて笑い合う二人。

 その様子を見ていた宰相とシルヴィアは苦笑いだ。

 話題のベルーガは二人にとって大切な人だと言うのに。

 だが、それだけ親しいということなのだろう。

 ただ、本人のいないところで馬鹿笑いするのはいただけないが。


「話が脱線してしまいましたね。陛下の言う通り、ゼアトだけに留まらず、各地方の活性化に繋がればと思っております」

「しかし、それではお前にメリットが無くなるぞ? 利益を独占すればより領地を発展させる事が出来るだろうに」

「一つの場所だけが栄えても長続きはしませんよ。それに恩を売れますしね」

「ほほう。確かに他の領主へ恩を売っておけば色々と役に立つだろう」

「ええ。多少は私のお願いも聞いてもらえるでしょうからね……」

「しかし、今のお前ならば大抵の事は叶うのではないか?」


 金銭面でレオルドが生涯において困る事は永遠にないだろう。

 そして、他にも技術と言った面でもレオルドを筆頭にゼアトには多くの天才が暮らしている。

 つまり、レオルドは他の誰かを頼る必要がないくらいに力を付けているのだ。


「私でも解決出来ない事は多々ありますよ」

「お前に解決出来ない事は最早、全人類が解決出来ない問題だ」

「それは言い過ぎですよ」

「それだけお前を評価しているという事だ」

「では、陛下からの評価を落とさないようこれからも精進しましょう」

「それはいい事なのだがしばらくは休んでいてもいいのだぞ? むしろ、長期的に休暇を取ってくれないか? 今回の件も含めてお前に対する褒賞が何一つ思い浮かばんのだ……」

「別に私は回復薬で生まれる利益をほんの少し頂ければ、それだけで満足ですが?」

「お前はそうでも他が納得せんのだ……」


 多大なる功績を挙げ、国に尽くしているレオルドに対して、相応の報酬も用意出来ないようでは王家の沽券にかかわる。

 レオルドは反逆の意思を持ってはいないが他はどうか分からない。

 邪まな考えを持つ者がレオルドに接触し、謀る事だってあり得る。

 もしも、レオルドがそういった者達に賛同し、国に矛を向ければ終わりだ。


「貴族とは非常に面倒臭い生き物ですね~」

「…………お前が特殊なだけだ。金銭以外にも地位や名誉にも興味を持ってくれ」

「お金はいくらあっても困りませんが他二つは責任が増えるだけですし、面倒なしがらみが増えるだけなので遠慮します」

「今も昔もお前には困らされるばかりだ……」

「それについては大変申し訳ありません。ですが、今更生き方を変える事も出来ないものでして」

「分かっている。宰相、お前は何かないか?」


 国王は隣にいた宰相にいい案はないかと振るも困ったように頬をかいた。


「陛下。レオルドに相応しい報酬などないでしょう。爵位もこれ以上は無理でしょうし、土地は余っている場所もありません。金銭もいずれは国庫を超えるでしょう。ですから、先延ばしにするのは如何でしょうか?」

「先延ばし? ああ、そう言う事か」


 レオルドに対する報酬は用意できない。

 であれば、先延ばしにしてしまえばよいだけの事。

 国王は宰相の言いたい事を理解し、レオルドに目を向けた。


「レオルドよ。今後、もし必要な事があれば私自らが叶えよう」

「それは……甘美な響きですね」


 国王自らが願いを叶えてくれる。

 確かにこれ以上ないくらいレオルドにとっては嬉しい報酬である。

 ある意味で言えば免罪符を手に入れたようなものだからだ。


「言っておくがあまり無茶な要求はしないでくれよ?」

「さあ? お約束いたしかねます」

「……宰相。これは間違いだったのでは?」

「それ以外に用意できるのであれば何も言いませんが……」

「まあ、もう何もないな……」


 がっくりと頭を垂れる国王は盛大な溜息を吐いたのであった。

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