第368話 無事、生還!
レオルドが意識を失い、地下の空洞で倒れている頃、地上では大騒ぎ。
地下にいるであろうレオルドの安否を確かめる部隊と地上の騒ぎを鎮める部隊に分かれて行動が開始される。
シルヴィア率いるレオルド救出部隊は地下へ潜り、空洞で横たわっていたレオルドを発見。
すぐに傍へ駆け寄り、安否を確かめ、アナスタシアの回復魔法で治療。
命に別状はないことを知ると、シルヴィアは安堵の息を漏らす。
「よかった……」
穏やかな寝息を立てるレオルドの頬についた汚れをシルヴィアは払い、愛おしそうに頬を優しく撫でる。
「本当に……本当にご無事でよかった」
レオルドの勝利を信じていたとはいえ、やはり心配なものは心配だったのだ。
こうして無事に生きている事を確認したシルヴィアはホッと息を吐いて、レオルド安全な場所にまで運ぶように指示を出した。
指示に従ってギルバート、ジェックスの二人が担架を手にしてレオルドを地上まで運ぶ。
残ったシルヴィアはイザベルとアナスタシアと他の者達を連れて、仰向けに倒れている教皇のもとに向かう。
彼女達は恐る恐る教皇のもとへ近付き、生死を確認する。
胸は上下に動いておらず、ピクリとも反応しない教皇を見て彼女達は安心感から息を漏らす。
しかし、まだ完全に死んだと決まったわけではないと彼女達は気を取り直し、教皇の傍へ寄った。
何が起きても大丈夫なように彼女達は魔法で身を守り、教皇のすぐ傍にまで近付いた。
イザベルが倒れている教皇の胸に手を当て鼓動を確かめる。
心臓が動いていない事を知ると、彼女は顔へ視線を移し、瞳孔が開いているかを確かめる。
そして、ようやく教皇が死んでいることを確信したイザベルはシルヴィアのほうへ振り返り、頷くと教皇の死を告げた。
「死んでいます。心臓も完全に停止し、瞳孔も開いておりますので間違いありません」
「そう……。それでは教皇猊下、いえ、訂正します。大罪人ビクトル・ラドクリフを国際条約に基づいて連行します」
すでに死体ではあるが教皇ビクトルは明確な敵対行為及びに国家転覆などの大罪を犯している為、シルヴィアは帝国、王国、聖教国の三ヵ国で結ばれている国際条約に基づき身柄を確保した。
これから行われるのは教皇の罪についての裁定である。
シルヴィアは今回の件を王国へ持ち帰り、聖教国に対して賠償を求めるつもりだ。
当然、シルヴィアは容赦する気はない。
自身もそうだがレオルドに手を出し、尚且つ瀕死にまで追い込んだのである。
三ヵ国もすでにレオルドの価値は知っている。
それを踏まえれば聖教国は多大な賠償を支払わなければならないだろう。
それこそ国家予算を全て注ぎ込んでも補えないほどの額になる。
レオルドは転移魔法を復活させた人物であり、帝国戦争を終焉に導いた英雄でもあり、大陸全土を見渡しても類まれない功績の持ち主だ。
そのレオルドを未遂とはいえ殺害しようとしたのだから、当然の結果である。
「アナスタシア様。この件については後日お話ししましょう」
「はい……」
「貴女に罪はありませんが……聖教国は帝国、王国の両国から責め立てられるでしょう。覚悟の準備をしておいてください」
「私達はどうなるでしょうか……?」
「処刑されることはないでしょうが、少なくともこれまでと同じ関係ではいられないとだけ申しておきますわ」
後日、聖教国の中枢を担っている枢機卿が集められ、今回の一件について話し合う事になる。
責任の所在を教皇一人に押し付けようとするも、内部の人間であるアナスタシア、ブリジットを含めた数名の者達が全てを白日の下に晒し、彼等は全てを失う事になるがそれはまだ先の話だ。
「さあ、それでは地上の騒動を収めに戻りましょう。アナスタシア様、ここからが貴女の正念場でしてよ」
シルヴィアは教皇がいなくなった今、聖教国を纏めることが出来るのは民からの信頼も厚く、聖騎士にも慕われている聖女アナスタシアしかいないと考えていた。
それゆえに地上で起きている騒動を鎮めることが出来るのは彼女だけだとシルヴィアはアナスタシアに発破をかけるのであった。
「……はい!」
教皇の遺体を地上へ運び出し、シルヴィア達も地上に戻っていく。
地上ではバルバロトやブリジットを含む騎士達が暴動を鎮圧しており、ジークフリート達が大聖堂の上空に展開されていた魔法陣を破壊していた。
これで魔力が枯渇し、死ぬことはなくなったが教皇に裏切られた信者達は混乱したままである。
そこに聖女アナスタシアが現れ、真実を話し、教皇の悪事を信者達に教えた。
今まで騙されていた事を知った信者達は怒り狂う者もいれば、嘆き悲しむ者までいる。
幸い、聖騎士達のおかげで暴徒こそ出ないが、それでも信者達には大きな不満が残ってしまった。
アナスタシアはとても大きな課題が出来てしまったことに意気消沈するが、これからは自分が頑張らなければいけないと意気込むのであった。
◇◇◇◇
教皇の暴走事件から翌日、レオルドはミイラのように包帯が巻かれており、ベッドの上でシルヴィアから事の顛末を聞いていた。
「という訳で聖都の混乱は落ち着き、今は大聖堂の復旧作業や聖歌隊の処遇、地下のホムンクルス、教皇がこれまで行っていた悪事の清算を行っていますわ」
「ムグムグ……」
「レオルド様。何を言っているか分かりませんわ。もう少し、はっきりとお喋りになって下さいませ」
顔全体に包帯を巻かれているので、碌に喋れないレオルド。
それが分かっているのにシルヴィアは愉快そうに口元を歪めていた。
レオルドはビリビリと包帯を破り、顔を露わにするとシルヴィアへツッコミを入れる。
「いや、この状態では喋れないことがわかるだろ……」
「フフフ……」
レオルドをからかって楽しそうに笑っているシルヴィア。
やはり、彼をからかうのは楽しくもあり、この瞬間が特別なものだとシルヴィアは嬉しそうに微笑む。
上機嫌に笑うシルヴィアを見て、レオルドは笑う要素はどこにあったのだろうかと考えつつ、先程の話を続けた。
「それにしてもとんでもないことになったな。婚約したから祝福を受けに来たというのに死に掛けるとは……」
「全くですわ! 事前にレオルド様から聞いてはいましたが、私大変遺憾に思っています! 出来る事なら聖教国には多大な賠償を支払わせ、二度と王国に刃向かえないように徹底的に追い込みたいところです!」
シルヴィアはプンプンと頬を膨らませ、二の腕を組んでと怒りを露わにしている。
その様子が可笑しくてレオルドは口元を手で隠し、シルヴィアに気付かれないようにクスクスと笑っていた。
「まあ、この話は王国に帰ってから考えようか」
「そうですわね。それよりもレオルド様。お体の具合は如何ですの?」
「ああ、ご覧の通り、どこにも問題はないさ。アナスタシア様の回復魔法が一段とレベルアップしていたおかげだろう」
今回の戦いでアナスタシアは聖女として飛躍的に成長した。
主に戦っていたのはレオルドだが、彼女も後方支援として奮闘していたのだ。
そのおかげでアナスタシアの回復魔法は一段とレベルアップし、レオルドの怪我を治したのである。
後で御礼を言いに行こうとレオルドは決めた。
「それは良かったです。もしも、レオルド様の身に何かあれば私は……」
「心配してくれてありがとう」
嫌な想像をしてしまい、シルヴィアは固く拳を握り締め、悲しみに震えているとレオルドは微笑みを浮かべた。
「こ、婚約者として当然ですわ」
それが妙に気恥ずかしかったシルヴィアはプイッと顔を背ける。
照れて顔が赤くなっているシルヴィアを見てレオルドは笑みを浮かべて気障な言葉を紡ぐ。
「シルヴィア。君が婚約者でよかった。俺は心の底からそう思うよ。最後まで俺を信じてくれてありがとう」
「ッ~! ず、ずるいですわ! いきなりそのような事を仰って! こ、心の準備が出来ていないというのに……」
「ハハハッ! 可愛いな、シルヴィアは」
「なぁッ!? からかうのはよしてくださいまし!」
「からかってなどいないさ。本心だ」
「ッッッ! こ、これでも食べて身体を癒してください!」
「ムグッ!」
これ以上、レオルドに褒められれば蕩けてしまいそうになったシルヴィアはイザベルが切っていたリンゴをレオルドの口へ強引に押し込んだ。
こうして聖教国でのイベントは終わり、レオルドは無事に王国へ生還するのであった。
最後はシルヴィアに窒息死させられそうになったが幸せなので良しとする。
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