第367話 終着
脚部に魔力を集中させてだけあってレオルドは過去最高の速度を叩き出した。
大地の力に雷の速度を纏っているレオルドはすでに人外の領域にいるが、それよりも更に先へ到達したのだ。
常人ならば知覚することは出来ず、レオルドが一瞬で移動したという認識しか出来ないだろう。
「やはり、速いッ!」
「るぅあッ!」
一切の防御を捨て腕部に魔力を込めているレオルドは教皇に向かって拳を放つ。
尋常ではない速度、あり得ないほどの力、それから放たれる拳はまさに神を穿つほどの威力。
教皇はカウンターを叩き込むように拳を放ち、レオルドの拳を少しでも減退させる。
互いの拳が重なり、クロスカウンターで両者の頬にお互いの拳が食い込んだ。
「ぐッ!」
「がッ!」
ほんの一瞬、動きが止まり、お互いの目を見詰める二人。
ギロリと鋭い眼光で相手を睨みつけると二人は防御などかなぐり捨てて殴り合いを始める。
「るぅぅぅああああああああああ!」
「ぬぅうううううう!!!」
血飛沫が舞い散り、獣のような咆哮が大聖堂に鳴り響いた。
ビリビリと空気が震え、二人の攻撃の余波で大聖堂が揺れる。
ドンドンとまるで大砲を打ち合っているような殴り合いが続く。
両者一歩も引かず、ただ拳を振るい、蹴りを放ち、敵を打ち倒さんがために前へ踏み込む。
レオルドは拳が砕け、脚は折れ、肋骨は粉砕していた。
教皇も同じく、頬は砕け、肩が折れ、内臓が破裂していた。
それでも二人は一切防御をする素振りもなく、ただひたすらに攻めるのみ。
一秒でも早く拳を振るい、一発でも多く敵に攻撃を当て、一瞬たりとも気を緩めることなく戦い続けた。
退けば負ける。
恐れれば死ぬ。
であれば、他に考えることなど何もない。
ただ目の前の敵を倒さんと二人はその他一切の感情を捨てる。
喜怒哀楽など邪魔でしかない。
今、必要なのは相手を倒す気力のみ。
すでに実力は拮抗してる。
実力が同じならば気迫、気合、信念、根性、といった精神論。
どちらがより上なのかは全てが終わってからだ。
「があああああああッ!!!」
「ぐぅぅぅおおおおッ!!!」
意識が飛びそうになったレオルドは一瞬白目を剥いて獣の如き咆哮を上げて持ち直す。
対する教皇も激しさを増し、力強さを増すレオルドの嵐のような猛攻に唸り声を上げる。
つかずはなれず一進一退の攻防を繰り広げるレオルドと教皇。
お互いに体力はとうに尽き、立っているのもやっとだ。
それでも倒れないのは負けたくないという想いがあるからだ。
相手よりも長く立っていたい、ただそれだけで二人は戦えていた。
その瞬間、レオルドが踏み込んだ際、彼は自身が流した血でほんの僅か、たった少しだけであるが体勢を崩した。
それが勝負の行方を分けた。
ほんの一瞬、一秒もない空白の時間、教皇は体勢を崩したレオルドを見逃さず、渾身の一撃を叩き込んだ。
「ぶッ……!」
「勝利の女神は私に微笑んだようだな! レオルド!」
腹部に強烈な一撃を受けたレオルドは堪らず血反吐を吐き、動きを止めてしまう。
当然、その最大にして最後の好機を教皇が見逃すはずなく、勝負を終わらせに出た。
レオルドの髪の毛を掴み、強引に引っ張って顔に膝蹴りを叩き込む。
顔面が陥没し、レオルドは鼻血を噴水のように吹き出しながら仰け反る。
そこに足払いでレオルドを宙に浮かせると教皇は彼の背を蹴り上げた。
「うぐぅッ!」
天井付近にまで蹴り上げられたレオルドは苦悶の表情を浮かべるも、すぐに身を翻して教皇に顔を向ける。
しかし、状況は最悪だった。
教皇は屈んで蛙のように跳び上がり、二つの拳でレオルドの腹部目掛けて突っ込んだ。
防御する暇もなくレオルドは教皇の拳を受けて体をくの字に曲げて天井に叩きつけられる。
「ガ……ハッ……ァ!」
「トドメだ!!!」
天井に激突したレオルドに密着している教皇は両手を花のように開くと、収束させた魔力砲を撃ち放つ。
レオルドは直感で死の予感を感じ取り、全ての魔力を腹部の防御に回した。
しかし、教皇から放たれた魔力砲はトドメの一撃に相応しく、レオルドは大聖堂の天井を突き破っていく。
「ぐぅぅぅああああああああああッ!!!」
押し返そうにも魔力砲の威力は凄まじく、レオルドは成す術もなく二階、三階と天井を突き破っていく。
そして、大聖堂の屋上にいるシルヴィア達すらも追い越してレオルドは上空へと投げ出された。
屋上にいたシルヴィア達は下から床を突き破って出てきたのがレオルドだと分かると悲痛な声を上げた。
「レオルド様!?」
空を見上げ、魔力砲によって雲を突き抜けていくレオルドをシルヴィア達は見ている事しか出来なかった。
魔力砲で死ななかったとしても、あの高さから落ちたら命はないだろう。
レオルドが敗北したことを知り、多くの者達が膝から崩れ落ちたがシルヴィアだけは空を見据えて叫んだ。
「信じています、レオルド様ッ!」
その声が届いたというのか。
魔力砲で天高くまで打ち上げられたレオルドはカッと目を見開き、体を回転させて魔力砲から逃れた。
しかし、すでに体力は使い果たし、指一本すら動かせない状態だ。
このままでは落下して地面に叩きつけられ死ぬだけ。
真っ逆さまに落ちていくレオルドはこのまま身を委ねていたいという衝動に駆られたが、そのようなことが許されるはずがないと笑う。
「まだだ……! まだ終わっちゃいない!」
出来ることはある。
魔力共有でレオルドはありったけの魔力を自身に集める。
指は動かないが口は動く。
レオルドは急降下していく中で詠唱を始めた。
「顕現せよ、天空の覇者にして
紡がれる詠唱から生まれるのは暗雲。
レオルドの体から急速に魔力が失われていく。
「天を穿ち、空を裂き、大地に嘆きをもたらしたまえ」
暗雲が立ち込め、ゴロゴロと稲光がレオルドを照らす。
まるで世界がレオルドの詠唱に呼応するかのように轟音が耳をつんざく。
「我、乞い願う」
雷がレオルドを襲う。
普通ならば丸焦げになるがレオルドの体を包み込むように雷が集まっていく。
「汝の力を以って、我が敵を討ち果たさん!」
動かなかった体が動き出し、レオルドは両手を真っすぐに伸ばし、隕石のように地面へ向かって落ちていく。
地上にいたシルヴィア達は突如として暗くなった空に驚いていたが、暗雲の中から一筋の光がこちらに向かって来ているのを見て歓喜する。
見間違えるはずがない。
あれこそレオルドだと確信したシルヴィアは涙を零した。
「信じていました……! レオルド様!」
「シルヴィア様! ここを離れますよ!」
ただ真っすぐにレオルドが大聖堂に向かって来ていることを知った者達は一斉に避難を始める。
レオルドがこれから何をするのかを理解したのだ。
大聖堂はこれから跡形もなく吹き飛ぶだろう。
巻き込まれる前に逃げなければならないとシルヴィア達は急いで大聖堂から逃げ出した。
大聖堂の一階付近にいた教皇は空から今までに感じたことのない魔力を感じ取り、レオルドを吹き飛ばした天井の穴を見詰める。
「まさか……! このプレッシャーは!」
チリチリと感じるプレッシャーに教皇は身の危険を感じた。
ここにいては死ぬとはっきり悟った教皇は背を向けた。
「バカな……! 今、私は何を……!」
逃げ出そうとした教皇は立ち止まった。
戦いから、レオルドから逃げ出そうとした教皇は自身の行動に驚きを禁じ得なかった。
闘争を楽しんでいるはずなのに、その闘争から逃げ出そうとしたのだ。
教皇が足を止めて疑念に取り憑かれてしまうのも無理はない。
「フッフッフ……。逃げる、この私が? ああ、なんと……なんと滑稽なことか。闘争を楽しむ私が闘争から逃げだすなどあってはならないことだ。これは私の負けだな……」
戦神が戦いから逃げた時点で敗北である。
教皇は逃げ出すのをやめて振り返る。
「だが、ただでは負けん!」
上空から迫り来るレオルドに教皇は負けじと撃ち迎える準備をする。
先程、レオルドを上空に吹き飛ばした時のように屈んで、その瞬間が来るまで力を溜めた。
そして、上空から稲妻のように落ちるレオルドは空中で身を翻し、飛び蹴りで大聖堂の天井を突き破って教皇の姿を捉える。
「雷神の鉄槌ッッッ!!!」
「ぬうううううんッ!!!」
レオルドの飛び蹴りを迎撃するのは跳躍した教皇の拳。
二人の最後の激突で大聖堂は木っ端微塵に吹き飛ぶ。
その中心でレオルドと教皇がぶつかり合っていた。
互角に思えた二人の激突はついに終わりを迎える。
教皇の両手が吹き飛び、レオルドの飛び蹴りが決まった。
教皇の胸元にレオルドの飛び蹴りが決まり、地面に倒すと、あまりの威力に地面を突き破って地下へ沈んでいく。
ズガガガッと地面を抉りながらレオルドは教皇を使って地下を掘り進んだ。
そして、地下にあった空洞に二人は落ち、レオルドは着地するも体力が尽きているので膝から崩れ落ちた。
その傍らに両腕を失い、顔をレオルドに向けている教皇が倒れていた。
「お前の勝ちだ。レオルド……。楽しかったぞ」
負けはしたが心行くまで楽しめた教皇は静かに目を閉じ、息を引き取るのであった。
教皇の最期の言葉を聞いていたレオルドは力なく笑って文句を言う。
「二度とゴメンだ、バカヤロー…………」
本当に限界を迎えたようでレオルドはそのセリフを最後に意識を失うのであった。
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