第366話 決着の時は近い
吹き飛んでいく教皇から目を逸らし、レオルドは後方で自身の勝利を祈ってくれているシルヴィアに向かって叫んだ。
「シルヴィア! ここにいては危険だ。イザベルと上に行くんだ!」
「ですが、レオルド様は!」
「問題ない。お前からの声援をしかと受け取った。ならば、俺が負けることは断じてない。俺を信じろ!」
力強く、はっきりと勝利を断言したレオルド。
その言葉を聞いてシルヴィアは頷いた。
彼の言葉に一切の偽りなし。
であるならば、妻である自分は夫の言葉を信じるだけ。
「分かりました。レオルド様。お待ちしております!」
「おう!」
レオルドはシルヴィアに短い返事をして教皇へ振り返った。
シルヴィアはレオルドから顔を背け、共に待ってくれていたイザベルと大聖堂の真上にある魔方陣を破壊しに向かった。
残されたレオルドは体勢を整えた教皇を見据える。
「待ってくれていたのか?」
「妻が夫を戦場に見送るのだ。神としては無粋な真似はできまい」
「律儀なことで……」
教皇もとい戦神の律儀な反応にレオルドは肩を竦める。
悪い事ではないのだが調子が狂ってしまう。
それだけの器量があるのならいちいち突っかかってこないで欲しいものだ。
闘争が楽しいからと言って戦争を吹っ掛けるのはやめて欲しい。
非情に迷惑極まりない。
しかし、どれだけ人間が愚痴を零そうと、反論を述べようと神には通じない。
文字通り、存在からして違うのだから人間の常識など神には通じないのだ。
「ホント、邪神だよ、お前は」
「別に人類を滅ぼそうとしているわけではないのだが」
「戦争を引き起こして間接的に滅ぼすんだよ、お前は!」
「ふむ。そういうことならあり得るかもしれん……」
顎に手を当てて納得したようにレオルドの発言を鵜呑みした。
やはり、神というのは度し難く、理解できない存在であるとレオルドは理解した瞬間である。
もはや、言葉は不要。
語るべくものは一つのみ。
闘争による肉体言語だけである。
遥か古来より、人間が持ち合わせている第一言語と呼ぶべき暴力と言う名のコミュニケーション。
教皇を黙らせるにはそれ以外にない。
「決着といこうじゃねえか」
「楽しい時というのは本当に一瞬だな……」
レオルドが拳を構え、教皇が腰を落とした。
両者、床を蹴って加速。
目にも映らぬ速度でぶつかり、大砲のような一撃を放つ。
防御は無粋、相手の一撃を受けてこそ華というもの。
ということはない。
出来る事ならば回避一択なのだが教皇の一撃は鋭く、速く、かつ正確であった。
レオルドは回避できないと知るや否や、防御に移るがそれでも教皇の一撃を完全に防ぐことは出来ない。
ドゴンッという砲弾が直撃したかのような衝撃を受けるレオルド。
思わず、仰け反りそうになるも反撃とばかりにレオルドは教皇を殴りつける。
こちらもまた同じくズドンッという音が鳴り、衝撃に教皇の体勢が崩れかける。
だが、教皇は持ち堪えて再びレオルドに向かって拳を放つ。
レオルドも負けじと教皇に向かって拳を放った。
お互いに一切譲ることなく殴り合いを続ける。
拳と拳がぶつかり、凄まじい衝撃波が大聖堂を揺らす。
パラパラと天井から小さな瓦礫が降ってくる中、レオルドと教皇は一歩も引くことなく死闘を繰り広げた。
蹴りを混ぜ合わせ、急所を狙うもそこだけは二人共防ぎ、それ以外は肉を切らせて骨を断つといったものばかり。
レオルドは大地の力、雷の速度、水の制御といった三つの力を複合した圧倒的な身体能力で教皇に喰らい付いている。
対する教皇は純粋な身体強化のみで後は培ってきた技術だけ。
力はレオルド、技術は教皇。
実際に攻撃を受けている数はレオルドの方が上であり、教皇はそこまでではない。
とはいえ、レオルドの力は凄まじく、一撃受けるだけで教皇は大ダメージを負っている。
ただ、それでも手数は教皇の方が多いため、ダメージ量はレオルドの方が上だ。
元々、レオルドは教皇からの攻撃でダメージを受けていた上に三つの力を複合しようとした時、失敗し、暴発のせいで肉体に甚大なダメージが残っている。
それでも、こうして戦えるのはレオルドがこれまで鍛錬を欠かさなかったおかげだ。
何度も体を痛めつけ、その度に立ち上がって来たからこそレオルドは今こうして教皇と対等に戦えているのである。
短い息を吐き、レオルドは攻撃の速度を上げていく。
嵐のように目まぐるしい速度でレオルドは教皇に拳や蹴りを放つ。
速度、力、共にレオルドは教皇を上回っており、当たる数が増えていた。
とはいえ、まだまだ教皇を倒すには至らない。
それは教皇がタフゆえにレオルドの一撃が重くとも耐えているからだ。
このまま続けていても先にレオルドが力尽きるのが先だろう。
魔力共有を使って魔力は確保しているが戦闘を続行する体力がレオルドにはない。
ダメージを貰いすぎているせいだ。
それさえなければレオルドの勝率はぐっと上がっただろうが、今の状態では精々一割程度しかない。
万全の状態であったらと悔やまれるだろうが、そもそも戦闘において万全の状態というのはまずあり得ない。
むしろ、どのような状況であろうと、どのような状態であろうと、己のベストを出すことが大事なのだ。
「(ゼエ……ハア……ッ! 呼吸するのも苦しい! 立ってるのも辛い! 戦えてるのが奇跡だ!)」
教皇と激しい戦闘を繰り広げているレオルドは内心で非情に焦っていた。
今にも倒れたい体に鞭を打ち、すぐにでも投げ出したい気持ちを押さえつけ、必死に抗っている。
「(ククク……! ハハハハハハハッ! 最ッ高に苦しいな。だが、それがどうした! この逆境に打ち勝ってこそだろうが! 俺の糧になってもらうぞ!!!)」
レオルドはこれも得難い経験の一つとしてとらえ、教皇との戦いを己の血肉とし、成長の糧にすることに決めた。
そうと決まれば、いつまでも燻っているわけにはいかない。
一気呵成に攻める時だ。
レオルドはもう一段階ギアを上げて攻勢に出る。
「るぅぅぅおおおおおおおおおお!!!」
「ぬ、む……!」
レオルドの攻撃が重さを増し、速度を増した。
鬼気迫るものを感じた教皇はレオルドが勝負に出たことを理解する。
「来るか……!」
何か仕掛けてくることを察知した教皇は身構える。
どのようなものであろうと真正面から受けて立つ姿勢だ。
邪神と呼ばれようとも中身は戦の神。
闘争を純粋に楽しむ神であるゆえにレオルドの行動が読めなかった。
「は……?」
レオルドは教皇との戦いの最中に背を向けて逃げ出した。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった教皇は呆然とする。
しかし、それも一瞬でレオルドが逃げ出したと知るやいなや、落胆と同時に怒りの形相を見せた。
「失望したぞ、レオルド! 敵に背を向けて逃げ出すとは!」
床を踏み砕くほど強く踏み込んでレオルドに迫る教皇は、その背に強烈な一撃を叩き込む。
「かかったな、ド阿呆!」
その瞬間、レオルドの姿がブレる。
確かに目の前にいたはずなのに突如として消えてしまったレオルドに教皇は目を見開いて驚きの声を上げる。
「なにッ!?」
「くたばれッ!!!」
レオルドは今の今まで隠していた電光石火の如き雷速を使い、教皇の背後へ瞬間移動をした。
そして、そのまま体を捻って遠心力を利用した裏拳を放つ。
大地の力で強化され、雷の速度が加わった裏拳は爆発的な威力を持ち、教皇の側頭部を粉砕。
直撃した教皇は横っ飛びに宙を舞い、大聖堂の床を転がっていく。
レオルドはここが勝機だと確信し、一気に勝負を終わらせるために教皇のもとへ飛んだ。
青白い閃光と共に駆けるレオルドは吹き飛ぶ教皇のもとへ辿り着くと、追撃とばかりに怒涛のラッシュを放つ。
「雷華双連撃ッ!!!」
両手に纏わせた雷と大地の力でレオルドは教皇を殴る。
殴って殴って殴りつける。
今ここで全てを出し尽くすといった気迫でレオルドは教皇を一心不乱に殴り続けた。
「そこまでだ……!」
「ッ!」
殴っていたレオルドの両腕を教皇が掴んで止めた。
引き抜こうとしてもびくともせずレオルドはここで倒しきれなかったことに表情を僅かに歪める。
「私としたことがまんまと騙された。逃げる振りで私を誘い込み、隠していた技で背後を取り、渾身の一撃を放つ。実に見事なものであった。しかし、足りなかったな。お前が万全の状態であったならば私も危なかっただろう! 最後の最後に笑うのはやはり私のようだ!」
レオルドの両腕を封じた教皇は巴投げの要領で彼を投げ飛ばした。
投げ飛ばされたレオルドは空中で身を翻し、教皇からの攻撃に備えるも意味はなく、彼は懐に侵入してきた教皇の一撃を受けて宙に打ち上げられる。
「ぐぅッ!」
「逃げ場はないぞ! 砕け散れぃッ!!!」
宙に放り出されるように浮いているレオルドに向かって教皇は拳を突き上げるように魔力砲を放つ。
魔力砲が迫り来る中、レオルドは思考を加速させ、必死に考えるが防御以外手立てはなく、両腕を交差させて教皇の魔力砲を防いだ。
「ぐッ! ぐぐぐ!」
「このまま消え去るがいい!」
魔力砲に突き上げられレオルドは天井へ到達する。
背後に天井の感触を感じるレオルドは目いっぱいの力をお腹に込めると、両腕で魔力砲を弾き飛ばした。
「だあああああああッ!」
「まだそれだけの力が残っていたか! だが、先の一撃でお前は体力を使い果たしただろう! この勝負、私の勝ちだ!!!」
「まだ決着はついちゃいねえ! 勝手に終わらせてんじゃねえぞ!!!」
レオルドは天井を蹴って下にいる教皇に向かって加速する。
対する教皇は床を蹴ってレオルドを迎撃するために跳躍。
空中で二人はぶつかり、激しい戦闘を繰り広げると重力に引かれて落下。
着地と同時に床を蹴って両者共に体を回転させ回し蹴りをぶつける。
衝撃波で大聖堂の床が突き抜け、二人はさらに下へ落下。
その途中にも二人は休む間もなく、ぶつかり合い、しのぎを削る。
「がッ! ぐぎぃ!」
「ぐッ! ぶふぅ!」
すでに限界を超えたレオルドは血反吐をまき散らしながらも教皇に食らいつく。
ここに来てレオルドの力が増して教皇も一撃貰うたびに息を吐き、血飛沫を散らせていた。
そして、大聖堂の一階部分に落ちた二人は最後の勝負に出る。
レオルドは全身の強化を解除し、腕部と脚部の二か所だけに魔力を収束させた。
教皇は残っている全ての魔力を防御ではなく攻撃に用いてレオルドに集中させる。
「これで決める!」
「来い、レオルド!」
正真正銘最後の力を振り絞って二人は同時に駆け出した。
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