第365話 喰らえ、これが愛の力じゃ!
レオルドの拳をまともに受けた教皇は勢いよく吹き飛んでいく。
大聖堂の壁に激突した教皇はずるりと崩れ落ち、頬に走った衝撃を今になって感じた。
「信じられん……。これは一体!」
殴られた頬を撫でた後、口の中を切っていることに気がついた教皇は驚きの声を上げる。
先程とは比べ物にならない威力に教皇は震えた。
勿論、恐怖からではない。
歓喜による震えだ。
「フ……フハッ、ハハハハハハハハハハハハハッ!」
狂ったように高笑いを上げる教皇は歪む顔を抑えるように自身の顔を手で覆っている。
その光景に多くの者が戸惑い、困惑の表情を浮かべていた。
その中でレオルドだけは教皇が笑い始めた原因を当てた。
「そこまで嬉しいか。俺が強くなったことが」
レオルドの言葉に誰もが耳を疑った。
しかし、教皇に取り憑いているのは戦いの神。
ならば、レオルドが強くなって喜んでいるというのは道理にかなっている。
「当たり前だろう!」
大聖堂を揺るがす轟音。
それは教皇ではなく遠く離れた地に封印されている戦神の咆哮。
「嬉しくないはずがない! 優れた戦士であったお前が更なる進化を遂げて、極上の戦士へと至ったのだ。これを喜ばずにいられるはずもなかろうて! 私は確かに戦いが好きだ。だが、それ以前に戦士たちを祝福する神でもある! 故にレオルド・ハーヴェストよ、私はお前を称えよう、祝福しよう。よくぞ、その領域にまで辿り着いた」
「お前に褒められたところで嬉しくないわ。そんなことよりもさっさとこの戦いを終わらせよう」
「もう少し私との逢引きを楽しんでくれてもいいと思うのだが?」
「ジジイの顔と声で気色の悪いセリフを吐くな。それにお前は確かに神だが男だろ」
「神は性別など変えることが出来る。お前が望むのなら女になってやろう」
「くだらん。お前が女になったところで俺に求めるのは闘争だけだろう。なら、男で良い。そちらの方が殴りやすい。それだけだ」
「なるほど。女は殴りにくいのか」
「殴りにくいだけで殴らない訳じゃない。敵であるなら老若男女容赦はしない」
「ふ、そうか」
問答を続けながら両者はゆっくりと歩き、距離を詰めていく。
そして、お互いに手の届く範囲にまで近づいた。
これから決闘するかのように両者は互いの目を見詰め、不敵に笑うと同時に拳を撃ち放った。
レオルドの拳が教皇の頬を打ち抜き、教皇の拳がレオルドの頬を打ち抜いた。
メリィッとお互いの顔面にお互いの拳が食い込み、顔の形が変形した二人は鋭い眼光で相手を射貫くと口の端を釣り上げた。
「心ゆくまで楽しもうぞ!」
「抜かせ! さっさと終わらせて俺は家に帰るんだよ!」
そこから始まるのは目にも映らぬ怒涛のラッシュ。
レオルドと教皇の尋常ではない速度で放たれる拳の数々。
数百、数千もの拳がほんの数秒の間に繰り出されていた。
二人の激突を見ていた者達はただ息を呑んで見ているだけで精一杯。
それだけ二人の戦いは異次元なのだ。
二人の拳がぶつかるだけで衝撃波が生じ、大聖堂を揺らし、ガラスを破壊する。
もはや、大聖堂に残っているガラスは一枚もなく、今は無残にも大聖堂は形だけとなっていた。
「これが人間の戦いなのか……!」
「少なくとも我々の出る幕は無さそうだ……」
ゴクリと喉を鳴らして目の前の戦いに圧倒されるジェックスとバルバロト。
二人も武人なだけあってレオルドと教皇の戦っている領域が遥か遠くであることを理解していた。
これから先、どれだけの修練を積めば届くことが出来るだろうか。
一年か、十年か、はたまた百年かけても届くかどうか。
果てしない領域に踏み込んでいる二人の姿にジェックスとバルバロトは憧れを抱いた。
「レオルド……。やっぱり、お前は凄い奴だよ」
「ジ、ジークもアレくらい!」
「エリナ……。俺には分かってる。俺じゃ届かない。レオルドは紛れもない天才だよ」
「その一言だけで片付けるのはレオルド様への侮辱です」
ジークフリートとエリナの会話に割り込んできたのはシルヴィアだった。
彼女はジークフリートの発言に憤慨していた。
天才というたった一言で全てを理解した気になっているジークフリートが許せない。
レオルドの努力を知っている。
レオルドの覚悟を知っている。
レオルドと出会ってからずっと見守っていたシルヴィアは彼を天才だからという表現だけで語られるのが非常に気に入らなかった。
「レオルド様はここ数年努力を欠かさなかった日々はありません。領主としての務めを果たしながらも一切の妥協はしてこなかった。自身を追い込み、限界まで痛めつけ、それでも尚レオルド様は歩むことを止めなかった。だからこそ、今のレオルド様があるのです。それをただ天才だからと分かったようなことを言われるのは非常に不愉快ですわ」
「い、いや、俺は別にそういうつもりで言ったわけじゃ――」
「ええ。分かっています。貴方に悪意はないことなど。ですが……いえ、少々言い過ぎました。申し訳ありません」
ジークフリートに悪意はない。
純粋にレオルドの事を天才と思っており、だからこそあの強さなのだと思っているのだ。
シルヴィアもそのことに気がついてはいたが、やはりレオルドのことを知っている彼女からすれば天才の一言で語られるのは耐えられなかった。
とはいえ、今回はシルヴィアに非があった。
何も知らないジークフリートを無知だと蔑んで責めたてたことをシルヴィアは謝罪する。
「あ、いや、別に謝ることでも――」
頭を下げるシルヴィアにジークフリートが慌てている所にレオルドと教皇の戦いの余波が飛んでくる。
凄まじい衝撃でシルヴィアは思わず後ろに倒れそうになってしまい、何かを掴もうと手を伸ばした。
そこのジークフリートが手を伸ばしたが、すかさずイザベルが割り込んでシルヴィアを支え、ジークフリートの手を弾いた。
「シルヴィア様はレオルド閣下の婚約者です。たとえ、非常時であろうと異性が触れていい相手ではありません。今回は緊急事態ということで見逃しますが次はありません」
「ちょっと、その言い方は何よ! ジークは倒れそうになった殿下を支えようとしただけでしょ!」
「エリナ様。公爵家のご令嬢である貴女なら私の発言は理解できると思いますが」
「そ、それはそうだけど、言い方と言うものがあるでしょう――きゃあッ!」
イザベルの発言は間違っていない。
しかし、それはそれ、これはこれとエリナが腹を立てて文句を口にしようとした瞬間、再びレオルドと教皇のぶつかった衝撃波が彼女達を襲い、エリナは油断していたため、盛大に転がっていく。
「エリナ!?」
衝撃波で転がったエリナを慌てて助けに向かうジークフリート。
それに続くようにアナスタシアやクラリスといったジークフリートの取り巻きの女子達も続いた。
イザベルはその隙に彼女達から離れて、ジェックスやバルバロト、ギルバートといったレオルドの部下のもとへ向かった。
「シルヴィア様。お気持ちは分かりますが不用意にあの男性に近付くものではありませんよ」
「ごめんなさい。すごく理解したわ」
イザベルに抱えらたシルヴィアは先程の失態を思い出す。
あそこでイザベルが現れなかったらジークフリートの手を取っていただろう。
咄嗟とはいえ、レオルド以外の男性に触れてしまいそうになったのだ。
それがどれほど悍ましいことか。
「分かっていればいいです。さあ、それよりも」
バルバロト達のもとに辿り着いたイザベルはシルヴィアを降ろすと、教皇と死闘を繰り広げているレオルドに目を向けた。
釣られてシルヴィアもレオルドの方に目を向ける。
そこには歯を食い縛り、一心不乱に戦っているレオルドの姿があった。
「レオルド様……」
シルヴィアにできることはもう祈ることだけだ。
二人の戦いは異次元であり、彼女の神聖結界も役には立たないだろう。
もはや、誰も手出しができる状況ではないのだ。
「(ぐぅ……! 一撃一撃が重い! 大地の力、雷の速度、水の制御を使っても互角! それに尋常じゃない魔力の消費量だ! しかも、上空の魔法陣のせいで魔力は常に吸収されている! アイツ等は何をしてるんだ!)」
教皇と極限のインファイトを繰り広げているレオルドは横目で部下達を見た。
部下達はレオルドの勝利を祈っているかのように眺めているばかりで誰も上空の魔法陣を破壊しに行こうとはしていなかった。
それも仕方がない。
何せ、目の前で行われているレオルドと教皇の戦いがあまりにも苛烈で過激で目を奪われる光景だったからだ。
そのせいで上空の魔法陣のことをすっかり忘れていたのだ。
「(なに見てるだけで何もしないんだ! いや、違う。これは魅入ってるのか! くそ! ああ、仕方ないよな! 俺だって目の前でこんな戦いを見せられたら色んなこと忘れるわ!)」
部下達がギャラリーとなり二人の戦いに夢中になっていることを思い知ったレオルドは教皇に頭突きを喰らわせて、僅かな時間を作った。
一秒にも満たない時間で大きく息を吸い込み、腹の底から声を出して簡潔に的確に部下達へ指示を飛ばす。
「全員よく聞け! 大聖堂の真上にある魔方陣を破壊しろ! それがなくなれば勝機は生まれる!!!」
「余所見とは随分と余裕だな!」
「ぐっ!!!」
隙を見せてしまったレオルドは教皇から数発貰い、後ずさってしまう。
しかし、それでも伝えるべきことがあったのだ。
それを理解した者達はすぐさま行動に移す。
ほとんどの者が大聖堂の真上に展開された魔法陣を破壊すべく、移動したが中には残った者もいた。
シルヴィアだ。
彼女は魔法陣の破壊を他の者達に任せて自分はレオルドの勝利を見届けるつもりでいた。
「シルヴィア?」
「勝って……! 勝ってくださいませ! レオルド!」
「ッ!」
両手を組んで祈るようにシルヴィアはレオルドの勝利を叫んだ。
それを聞いたレオルドは目を見開き固まってしまう。
そこを教皇に狙われて頬を殴られるがレオルドはたたらを踏んで堪えると自信に満ちた表情を向けた。
「なんだ? その顔は?」
「いや、惚れた女からの声援ほど効くものはないと知っただけのことさ!」
シルヴィアからの声援を受けたレオルドは勢いよく拳を振りかぶった。
どう見ても隙だらけな格好に教皇は容赦なく猛攻を仕掛けるもレオルドはビクともせず、真っすぐに振りかぶった拳を放った。
「ぐぶぅッ!」
「教えてやるよ! 愛の力ってやつをなぁッ!」
教皇を殴り飛ばしたレオルドはそう高らかに叫ぶのであった。
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