第364話 覚醒するしかない!

 四人からの猛攻を受けて尚、平然としている教皇にレオルドは言葉が出てこなかったが気を取り直して、すぐに次の指示を出した。


「拘束しろッ!!!」


 レオルドの指示のもと、ジークフリートの取り巻きである女子達が拘束魔法を発動する。

 ジャラジャラと光の鎖が教皇の手足に巻き付いた。


「この程度で私を止めることは出来んぞ?」

「一秒でも止めれれば十分なんだよ!」


 レオルドは光の鎖で身動きの取れなくなった教皇に向けて魔法を放つべく、地面に手を付けた。

 その直後、教皇は光の鎖を粉砕し、レオルドに向かって一歩踏み出そうとする。


「ぶっ飛べ!」


 地面に手をつけていたレオルドは土魔法を発動し、何本もの石柱を生み出して教皇を大聖堂の壁にまで吹き飛ばした。

 勿論、それだけに留まらず、何度も何度も石柱を叩き込み、教皇の体を完全に粉微塵に変えようとする。

 地面から飛び出てくる石柱に教皇は何度も体を叩きつけられ、原形が留まらないほどに潰されたように見えた。


 しかし、教皇の体は石柱に何度も叩きつけられたはずなのに傷一つなく、彼はレオルドが放った石柱を粉砕した。

 それを見たレオルドは舌打ちをするも、本当の目的を果たせたので口の端を釣り上げた。


「(よし、距離を確保できた。あとは――)」


 距離を稼ぐことが出来たレオルドは一か八かの賭けに出る。

 教皇から更に距離を離し、レオルドは後ろへと下がる。

 そこにはシルヴィア、アナスタシアといった完全後方型の魔法使いがいた。

 そこまで下がったレオルドはシルヴィアに顔を向ける。


「シルヴィア。俺はこれから集中する。教皇から完全に意識を外す。だから、しばらくの間頼めるか?」


 真摯な目で見つめられるシルヴィアは初めての感覚に陥った。

 あのレオルドが自分を頼ってくれている。

 しかも、この切羽詰まった状況でだ。

 シルヴィアはレオルドに頼られることが、とても嬉しく期待に応えてみせるといった表情で返事をした。


「お任せください! 必ずやレオルド様のご期待に応えましょう」

「ありがとう。シルヴィア。イザベル、シルヴィアの護衛を頼んだ」

「お任せを。何人たりとも殿下には近づけさせません」


 教皇の一撃を受けて戦線離脱をしていたイザベルであったがアナスタシアの回復魔法により完全復活を遂げていた。

 とはいえ、劇的に強くなったわけではないのでシルヴィアの護衛である。

 シルヴィアの神聖結界は魔を弾き、防ぐが教皇は腐っても戦神。

 彼女の神聖結界に阻まれない存在であるため、イザベルといった護衛は必要であり頼もしい存在なのだ。


 二人の返事を聞いたレオルドはニッと口の端を釣り上げると、その場にドカッと腰を下ろした。

 座禅を組み、レオルドは息を大きく吸って吐いた。


「ギル、バルバロト、ジェックス!!! 悪いが少しの間、教皇を抑えていてくれ! 俺はこれから賭けに出る! 頼んだぞッ!」


 これから集中し、瞑想を行う前にレオルドは三人に最後の命令を出した。

 最も信頼を寄せ、頼りがいのある三人に無茶な命令を送ったがレオルドは何一つ心配していなかった。

 何故ならば、あの三人なら必ずやり遂げてくれるだろうと信じていたからだ。


「大将は無茶を言うぜ、全く!」

「その割には随分と嬉しそうに笑っているじゃないか」

「ハッ! そりゃお前、仕方ないだろ。大将は俺達を信じてくれてるんだ。だったら、それに応えなきゃ男が廃るってもんだ!」

「同感だ! 主君から頼んだぞと言われたのだ。であるならば、臣下として応えなければなるまい!」

「フッフッフ……。お二方とも張り切っていますな。私も負けてはいられませんね」


 ジェックス、バルバロトの二人がレオルドの期待に応えるべく奮起する。

 その二人の熱が伝染うつったようでギルバートも老骨に鞭を打った。

 レオルドから命令オーダーを完遂するべく三人は教皇に向かって躍り出る。


 レオルドはジークフリートを一瞥する。

 これで動かなければ殴り飛ばすどころか教皇に殺される前に始末してやろうかと考えたが、ジークフリートは言われずとも動いた。

 彼はレオルドの部下である三人と同じように教皇へ向かって足を踏み出していた。

 その後に続くように彼の取り巻きである女子達が四人を援護する。


 言われずとも自らの意思で行動した彼女達を見てレオルドは集中するため、息を大きく吐いてから吸って目を閉じた。


「(戦力は十分。ただ、ジークとその他諸々の実力レベルは不十分。懸念事項はそれだけだ。予想よりも突破されるのは早いだろう。だから、急いで完成させないと……)」


 これから行うのは形すらあやふやな魔法。

 かつて闘技大会で見せた雷をその身に宿す禁じられた奥の手。

 あの時は制御が上手くできず、シャルロットがいなければ命を落としていた。

 勿論、今もそれは同じである。

 だからといって、使わない手はない。

 あの魔法は必ずや今のレオルドを上の領域へ押し上げる。


 教皇を倒すためにはどうしても必要不可欠。

 今ここで限界を超えなければレオルドに勝利はない。


「(ふう~~~。一か八かの大博打か。クク、いつも俺は賭けてばかりだな。死にたくないと口にしておきながら、命を賭ける愚か者だ。しかし、そうでもしなければ乗り越えれない。運命に打ち勝つのならばこの大博打、やってみせるさ!)」


 死にたくないと豪語しながら命を天秤にかける矛盾。

 それがどれほど愚かな事であるかを理解しているレオルドは不敵に笑う。

 それでこそ人生。

 それこそが我が生涯。

 そうでなければ勝利など掴めない。

 運命に打ち勝つというのならばこの大博打に勝って見せるとレオルドは意気込んだ。


「(雷魔法だけで体を壊すだけ。それは闘技大会の時に痛いほど思い知った。であるならば肉体を補強する魔法が必要だ。身体強化ではない、新たな魔法が……)」


 ドプンとレオルドは思考の海に沈む。

 必要な知識を探るレオルドは思考の海の奥深くへと沈んでいく。

 時間にして数秒、数十秒であるがレオルドの体感では永劫にも等しい時が過ぎていた。


「(……土魔法で大地の力を我が身に宿し、水魔法で激流を制するように雷魔法を制御する。これだ。これしかない)」


 閉じていた目を見開き、レオルドは土魔法で大地の力を自身の体に流し込んでいく。

 大地の力はすなわち星の力。

 強大な力の波動がレオルドを襲い、彼は全身から血を吹き出した。


「ぐっ!?」

「レオルド様!?」


 傍にいたシルヴィアは突然、全身から血を吹き出したレオルドに驚き、彼の元まで駆け寄った。


「大丈夫ですか? 一体何がありましたの?」

「ククク……。なるほど、これほどとはな」

「レオルド様?」


 不気味に笑うレオルドを心配しているシルヴィア。

 レオルドはシルヴィアが心配そうに自分を見詰めていることを知り、彼女を安心させるように強気な笑みを見せた。


「大丈夫だ、シルヴィア。心配するな、切っ掛けは掴んだ」

「え……?」


 シルヴィアはレオルドが何を言っているか分からなかった。

 しかし、一つだけ分かることがある。

 それはレオルドが何かを成そうとしているかだ。

 切っ掛けを掴んだ、そう言ったレオルドは再び目を閉じた。

 また血を流さないかと心配したシルヴィアだったが彼女は自分が信じるレオルドを信じることにした。


 再び目を閉じたレオルドは先程と同じく大地の力をその身に宿す。

 とてつもなく強大な力にレオルドの体は弾け飛んでしまいそうであったが彼はそれをなんとか押さえつける。

 そして、それと同時に雷魔法を自身の体に流し込み、暴れ狂う雷を水魔法で制御下に置くべく三つ目の魔法を発動した。


 その瞬間、バランスが崩れてしまい、レオルドの体内で三つの魔法が暴発を起こし、彼は再び血反吐をまき散らした。


「ぐはぁッ!」

「レオルド様ッ!!! お気を確かに!」

「ぐぅ……。ハア……ハア……」


 朧げな視界にシルヴィアの顔が映る。

 今にも泣きだしてしまいそうでレオルドを心の底から心配をしている顔だった。

 彼女の目じりに涙が溜まり、滲んだ視界に煌めく光をレオルドは捉える。


「(何をしているんだ、俺は。シルヴィアを泣かせてどうする……!)」


 次いで聞こえてくるのは剣戟の音。

 そして、爆発音に加えて怒号。

 しまいには雄叫びと悲鳴がレオルドの耳に届く。

 それらを耳にしたレオルドは奮起する。


 彼等彼女等が命を賭して戦ってくれているのだ。

 レオルドを信じて。

 であるのならば、今ここで倒れるわけにはいかない。

 レオルドは彼等彼女等の奮闘を無意味なものにしないべく、もう一度三つの複合魔法を試みた。


 予測不可能な地震のように荒れ狂う大地の力。

 全身を駆け巡り、内側からズタズタに引き裂こうとする雷の力。

 血液のように全身を流れ、激流のように暴れ回る水の力。

 レオルドはギリギリと奥歯を噛み締め、三つの力を安定させていく。

 一歩でも間違えれば先程の二の舞だ。

 下手をしたら、今度こそ死んでしまうかもしれない。


「(だから、どうしたと言うんだ! 今ここで俺は成し遂げなければならないんだ! ここで限界を超えられないようでは運命に勝てるはずもない! 覚悟を決めろ、根性を見せろ、運命の世界の! 度肝を抜いてやれ、レオルド・ハーヴェストッ!!!)」


 体内で暴れ回っていた三つの力を見事に安定させ、ついに前人未到の領域へと彼は踏み込んだ。

 その時、レオルドの力の波動を感じ取った教皇が周囲の人間を蹴散らし、一気に距離を詰める。

 イザベルがレオルドとシルヴィアの前に躍り出て教皇を食い止めようとするも彼女は一蹴されてしまう。

 あと一歩という所まで来ているというのに最後の最後で教皇に阻まれてしまうのかと思われた時、気絶していたはずのブリジットがレオルドと教皇の間に飛び込んできた。


「何ッ!?」

「ブリジット!?」


 ブリジットがレオルドを守ったことに驚きの声を上げるアナスタシアは彼女を見詰めた。

 盾を構え、教皇を食い止めているブリジットはアナスタシアのほうに顔を向けて泣き叫ぶように口を開いた。


「アナスタシア様! 私は何が正しいのか分かりません! 教皇猊下に反旗を翻すことが正しいのか、それとも教皇猊下の言う通り、神のお導きに従えばいいのか! どちらが正しいのかは皆目見当もつきません! ですが、ですが! 私の中でこう叫んでいるのです! 彼等が命を賭してまで守ろうとしている彼を守るのだと! 私の心が叫んでいるのです!」

「ブリジット……! 何が正しいのかは誰にもわかりません! ですから、貴女は貴女の心が導くままに成しなさい!」


 ブリジットの慟哭にアナスタシアが答える。

 何が正しいのか、何が間違っているのか。

 それは生きとし生ける者達が未来永劫向き合わねばならない問題だ。

 ただ、それでも今は自身の心に従うべきだとアナスタシアはブリジットに告げた。

 その言葉を聞いてブリジットは心の闇が晴れたかのように前を見詰め、教皇の行く手を阻んだ。


「ふっ……! 何かを悟ったようだが所詮雑魚に変わりはない!」

「きゃあッ!!!」


 ブリジットを押しのけて教皇はレオルドに手を伸ばした。


 教皇の手が迫る、その瞬間レオルドは限界を超えた。

 レオルドの体内で暴れ回っていた力の波動が収束し、光の奔流となって大聖堂の天井を突き破った。

 目を開けていられないほどの光に教皇は飲み込まれる。

 光が収まった時、教皇の目の前には神々しい光を纏っているレオルドがいた。

 体内の力が安定したのを感じ取ったレオルドはゆっくりと立ち上がり、静かに目を見開いた。

 まるで台風の目のような静けさにレオルドだけでなく、彼の力の波動を感じ取った教皇が動きを止めて固まった。


「これは一体……」


 戸惑う教皇にレオルドは目を向け、指を差して一言。


「最終ラウンドだ。歯を食い縛れ!」


 その言葉と同時にレオルドは教皇の懐に潜り込んでおり、地面を力強く踏み込んで拳を撃ち放った。

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