第363話 もっとだ、もっとくれ!
呼吸を整えてレオルドは大きく息を吐く。
まだ終わったわけではない。
教皇の姿は見えなくなったが完全に倒しきったという確信がレオルドには無かった。
先程まであれだけ自分達を圧倒していた教皇がこれだけの攻撃で死ぬはずがないとレオルドは確信を持っていた。
確かに先程の電撃砲は間違いなく、自身の最高峰の威力を有していたがそれだけで教皇が死ぬはずがない。
そうであるなら、とっくのとうに教皇は死んでいたはずだ。
それだけ教皇は強い。
その予想は的中しており、大聖堂の崩れた壁の瓦礫から上半身の服が焼け焦げた教皇が出て来た。
予想はしていたが本当に出てくるのを見たレオルドは呆れたように息を吐いた。
「化け物め……」
小さく呟いたレオルドは膝に鞭を打ち、気丈に立ち上がる。
そこへ教皇は心底愉快そうな笑い声をあげて、レオルドのもとへゆっくりと歩いていく。
「フハハハハハハッ! 先程の一撃は実に見事であった。しかし、まだ足りぬ。まだ届かぬ! 私を滅したいのならば先程の三倍、いや十倍は必要だな」
狂ったように笑い声をあげる教皇にレオルド以外の者達は心が折れそうになっていた。
なにせ、この場にいる最高の戦力であるレオルドの魔法が一切通じなかったのだ。
それはつまり、現状の戦力ではどう足掻いても勝ち目がないということ。
彼等が心折れ、敗北を受け入れてしまうのも無理はないだろう。
「フハッ! ハーッハッハッハッハ! そうか! 十倍と来たか! ならば、いいだろう! 用意してやる! とっておきのものをな!」
しかし、ただ一人だけ諦めていない者がいた。
レオルドだ。
自身の最高の一撃が通じなかったはずの彼だけが前を見据え、教皇を闘志の籠った目で見つめていた。
「ほう? 他の者達は折れているというのに、やはりお前はいい。素晴らしい戦士だ」
「はッ! お前に褒められたところで嬉しくはねえよ!」
「そうか? 私は戦神だぞ。戦士たちにはよく称えられていたが」
「そりゃ時代が時代だからだろう。今はお前のような神は必要がない。むしろ、邪魔で害悪で存在価値がないんだよ」
「ふふ、そこまで邪険にされるとはな。夢に思わなかった。しかし、それとこれとは別であろう? ここからお前はどう覆すのだ?」
レオルドは満身創痍というほどではないが疲労しており、足腰にも力が上手く入っていない。
今は精一杯強がっており、気丈に振舞っているだけで本当は今にも後ろに倒れてしまい程であった。
それでもレオルドが立ち向かえるのはたった一つのシンプルな理由。
「覆すさ。この理不尽な運命をな! 俺がこれまでにどれだけ抗い、覆してきたと思っている! 今更、この程度の逆境で音を上げるほどやわな男ではないわ!!!」
この現実世界でも運命は世界はレオルドを殺そうとしているのか、彼の道行く先には理不尽がいつも待ち構えている。
どれだけ悔しさに涙を流したことか。
そこまでして自分を殺したいのかとレオルドは涙で枕を濡らしたほどである。
しかし、それと同時に胸の内に沸いたのは理不尽に対する怒り。
ドロドロとしたマグマのように腸が煮え返り、レオルドは必ずや生き延びてみせると誓ったのだ。
であるならば、今更どうしようもないほどの敵が現れようともレオルドが折れることは決してない。
「フフフ……! その気迫、その心意気! 気に入った! もはや、お前の体はいらぬ。しかし、その心臓! 我が供物として頂こう!」
レオルドの返答、そして毅然とした態度が心底気に入った教皇もと戦神は彼の心臓を求めた。
最初はレオルドの肉体を得た、さらなる闘争を渇望していたのだが彼の肉体を得るよりも、その心臓を得る方が価値があると判断したのである。
最高の戦士の心臓。それは戦神にとっては最高の供物となるからだ。
教皇は焼け焦げた服を自身の手で破り捨ててレオルドに向かって駆け出した。
対するレオルドは迫り来る教皇から顔を背けず、大きく息を吸うと部下の名を叫んだ。
「バルバロト、ギルバート、ジェックス! 時間稼いでくれ! それからジークフリートとその他大勢は三人を援護しろ!」
「「「御意ッ!!!」」」
固まっていた三人はレオルドの命令を聞いて動き出し、教皇と彼の間に割り込み、時間を稼ぐことに専念する。
そして、ジークフリートはレオルドの言葉を聞いて三人と同じように動き出し、教皇へ向かっていく。
「な、なによ! その他大勢って! 他に何か言い方があるでしょ!」
「口答えする余裕があるなら魔法を撃て、エリナ! 文句は教皇を倒してからいくらでも聞いてやる! 死にたくなければ俺の言う事を聞け!」
「くッ……! ああ、もう! 言っておくけどアンタの為じゃないんだからね!」
「いいからさっさと魔法で四人を援護しろ! 他の女共も呆けてないで四人を援護だ! 強化なり支援なり自分がやれる最大限の力を発揮しろ! そうしないとこの戦いに勝ち目はない!」
バルバロト、ギルバート、ジェックス、ジークフリートの四人が教皇と肉薄する。
五人が火花を散らして激しい戦いを繰り広げるが、教皇は圧倒的な強さで四人を蹴散らしてレオルドヘ迫る。
「見損なったぞ、レオルド。先程の言葉は偽りだったのか?」
教皇は落胆していた。
先程、あれだけの大見得をきったというのにレオルドは後方へ下がり、他の者に戦わせる始末。
これでは先程の評価は取り消さなければならないと教皇は酷く落ち込んでいた。
「はッ! 戦の神が聞いて呆れるな。俺は使えるものを使って戦っているだけに過ぎない。それでもお前は卑怯と俺を罵るか? だとしたら、こちらの方こそお前には落胆を禁じ得ないな。なにせ、戦の神が戦いを否定しているのだから」
レオルドの言葉に教皇は胸を突かれた。
レオルドの言葉は何一つおかしくはない。
戦いにおいて卑怯などという言葉はないのだ。
それを良く知っているはずの教皇はレオルドの言葉で思い出した。
「ふ、なるほど。確かに間違っていたのは私の方だな。使えるものは何でも使う。それが戦いと言うものだ。これはルールありの試合ではない。そう、お互いの命を賭けた殺し合いなのだから、そこに卑怯もクソもない。私が間違っていたとも、レオルド!」
「ようやく理解したか。じゃあ、死ね!」
レオルドが手を振り下ろした瞬間、教皇の左右から火の玉と竜巻が飛んでくる。
左右に目を向けた教皇の目に映っていたのは眼中になかったジークフリートの取り巻きの女子達。
彼女達が勇敢にも魔法を放っていたのだ。
レオルドの言葉に触発された上に愛しの彼であるジークフリートが戦っているのだ。
ただ指を咥えて眺めているわけにはいかないだろう。
それこそ、憎い相手であるレオルドに何を言われるか分からない。
「無駄だ。これしきの魔法で私を止めることは出来ない」
教皇は左右から飛んでくる魔法を弾き飛ばし、レオルドヘ迫る。
あと一歩のところまで教皇がレオルドのもとに近付いた時、彼は三日月状に口元を歪める。
「本命は別だ」
「なに?」
二人の間に入って来たのは先程教皇が蹴散らしたはずのギルバート。
彼はジークフリートの取り巻きの女子により腕部、脚部を強化されており、先程とは比べ物にならないほど力を増していた。
「我が一撃、受けてみよッ!」
大聖堂の床を踏み砕き、ギルバートは渾身の一撃を教皇の胸部に叩き込んだ。
ギルバートの拳が教皇の肋骨をメキリと粉砕し、心臓を穿った音を響かせた。
「ゴハッ……」
「バルバロト、ジェックス!」
「承知!!!」
「覚悟しろや!!!」
二人もギルバートと同じく強化されており、今まで以上の力で剣を振り抜き、教皇を左右から斬り裂いた。
そこへ本命とも言える強化されたジークフリートが雄叫び上げながら聖剣を翳し、教皇を一刀両断する。
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
「ぬうっ!!!」
四人からの猛攻を受けた教皇はついに倒れる。
かと、思いきや笑い声を上げるだけであった。
「ハハハハハハハ! 中々に良い連携であった。先程のレオルドといい、お前達は実に私を楽しませてくれる、しかし、まだだ。まだ足りぬ。もっとだ、もっと私を楽しませてくれ」
四人の攻撃が見事に決まったと言うのにピンピンしている教皇にレオルドも流石に呆れて言葉が出て来なかった。
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