第353話 いや~、めんごめんご

 不気味に笑みを浮かべたレオルドを見たジークフリートとアナスタシアは背筋に冷たいものが走る。一体、目の前の男は何を要求するつもりなのだろうか。やはり、この男は教皇とは違う意味で邪悪なのかもしれない。


「聖女アナスタシア様。実は私、この国の歴史について少し勉強していましてね。そこで知ったのですが、なんでもこの国には聖剣があると目にしたのです。さて、ここまで言えば分かりますか?」


「まさか! ジーク様の聖剣を奪うおつもりですか! これは彼が聖剣の試練を突破して手に入れたものです。資格無き者には扱うことはおろか持つことすら出来ませんよ!」


「ええ。知っていますとも。少々言葉が足りませんでしたね。私が欲しいのは違うものです」


「違うもの? それは一体……」


女神の涙デウス・ティアー。かの宝石が埋め込まれたティアラが欲しいのです。聖女アナスタシア様、貴女が持っているのでしょう?」


「どうしてそれを!」


「だから、知っていると言ったではありませんか。それで、どうなのです?」


「た、確かに私が女神の涙が埋め込まれた冠を持ってはいます。しかし、これは聖女のみが付ける事を許されたものです。ハーヴェスト辺境伯には必要なきものかと」


(まあ、そう思うよな〜。でも、俺が欲しいのは冠じゃなくて宝石なんですよ。だから、冠から宝石を外したら返すからくれ! もう寄越せ!)


 レオルドが欲しているのは冠に取り付けられた女神の涙と呼ばれる宝石だ。一見ただのダイヤモンドにしか見えないのだが、実は不死鳥の尾羽と同じく死者を復活させる事のできるアイテムだ。ただし、一回きりの使い捨てアイテムだ。


 とはいえだ。死を回避出来るのだからレオルドとしては喉から手が出るほど欲しいアイテムである。


「まあ、そうだろうな。だが、俺はそれが欲しいと言っている。その条件が飲めないのなら今回の話はなしだ。帰ってくれ」


「ま、待ってくれ! レオルドも分かってるだろ! 俺達が協力しないと教皇の野望は阻止できないってことくらい!」


 それは悪手であった。確かにジークフリートの助力があれば教皇の野望を阻止出来る確率は上がっただろう。だが、レオルドはジークフリートの助力がなくとも止めることは出来る。もっとも、戦力が減る事に変わりはないので確率は多少下がるが。


「イザベル。お二人はお帰りになるそうだ。外まで案内してやれ」


「畏まりました」


「なッ! 待ってくれよ! まだ話は終わって——」


「お前と話すことはもうない。さっさと失せろ」


 そう言ってレオルドは話を打ち切り二人から視線を外した。納得出来ないジークフリートはレオルドへ近付こうとしたが、護衛のバルバロトが剣を突きつけて来たので踏み止まった。


「それ以上は見過ごせない」


「ッ……」


「お待ちを! ハーヴェスト辺境伯、数々のご無礼をお許しください。謝罪の品として、これを差し上げますので、どうかもう一度だけご一考願えないでしょうか」


 頭を下げたアナスタシアはレオルドが欲していた女神の涙が付いている冠を差し出した。


(やっべ、完全に悪役ですわ……)


 冠を差し出しているアナスタシアが震えているのを見てレオルドは自分が何をしているのかを改めて認識した。完全に悪徳貴族である。弱者を追い詰め金や宝物を搾り取っている。


 しかし、こうでもしないとアナスタシアはレオルドに冠を渡すことはしなかっただろう。なにせ、ジークフリートと一緒に試練を突破して手に入れた物なのだから、それなりの思いは篭っている。そのような大切な品を不本意ながら明け渡すのだ。身を切られるような痛みを彼女は感じているだろう。


「いいだろう。聖女アナスタシア様、貴女の誠意見せてもらいました。こちらも応えねばなりますまい。ジークフリート、此度の件、協力してやろう」


「……ありがとうございます」


 ジークフリートはアナスタシアの思いを踏みにじってはならないと歯を食い縛りながらレオルドへ頭を下げた。自分が余計な事をしたせいでアナスタシアは傷ついたと感じているジークフリートは己の行動を恥じた。


 アナスタシアのおかげで協力を取り付けたジークフリートはレオルドと向かい合う。


「さて、それではお互いの情報を交換といこうか」


 上機嫌に笑っているレオルドにジークフリートは怒りが湧いたが、全て自分が招いた事だと自覚して怒りを収める。

 それから、レオルドとジークフリートはお互いに知っていることを話し合う。


「まず、こちらが知っているのは教皇が邪神の復活を目論んでいる事。まあ、これだけですが」


 その一言を聞いてジークフリートは思わず声を上げてしまいそうになったが、寸前のところで口を手で塞いだ。

 実際、レオルドは教皇が邪神を復活させる事を知ってはいるがどのような方法で復活させるかなど知らなかった。なにせ、レオルドが知っていたのは運命48ゲームでの知識のみ。つまり、現状ほとんど分からない事ばかりだ。


「そ、それ以外は?」


「わからない事だらけだ。情報を集めているが有力なものは無い」


「そ、それじゃあ……!」


 それではアナスタシアが身を削る思いで大切な品を渡した意味がないと、ジークフリートは言いそうになったがアナスタシアに服を掴まれて沈黙した。


「それで、そちらの方は何を知っている?」


「こちらが知っている情報は多くありません。まず、邪神の復活についてですが、どうやら大聖堂の地下で製造されているホムンクルスに邪神を下ろすそうです。そして、聖女の魂と子供の魂が必要なようです」


(ふむ。聖女と子供の魂が必要なのは同じだが、まさかホムンクルスがいるとはな……)


 ホムンクルスとは人工的に作られた人間であり、運命48にも古代遺跡などに存在していた。


「なるほど……。それで殿下や貴女を呼び寄せたのですね」


 つまり、保険である。聖女に何かしらの事があっても大丈夫なように教皇はシルヴィア、アナスタシア、そしてアストレアを用意したのだ。


「ホムンクルスは無視して、儀式さえ阻止出来ればいいでしょう。とりあえず、作戦を立てましょうか」

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