第352話 金は命より重いって本当にその通り

 イザベルに連れられてジークフリートとアナスタシアはレオルドが泊まっている部屋までやってきた。この扉の先にレオルドが待っている、と緊張していた二人は深呼吸して心を落ち着かせる。


 二人が緊張して身体が固くなっているのを見抜いていたイザベルは、二人が緊張を解すまで待ってあげた。レオルドは貴族らしからぬ対応や言動こそ取るが、それでも辺境域を担う爵位序列高位に列する辺境伯という高貴な人間だ。いくら同級生で子爵位を授爵している身であろうとも、礼儀は欠いて良い存在ではない。


 それに、ジークフリートはエリナやクラリスと懇意にしているが、彼の立場は一介の騎士に過ぎない。本来であれば彼らの側から気安く話しかけることすら許されていないのだ。ただ、彼が特別扱いされているのは、彼女達が惚れた上で便宜を図っているからだ。そうでもなければ今頃ジークフリートはこの世からいなくなっていただろう。


「レオルド様。お二人をご案内致しました」


 ドアをノックしてイザベルは中にいるレオルドへそう伝える。


「わかった。中に入れ」


「はい。では、付いてきてください」


「はい」


 レオルドの許可を得てイザベルがドアを開けて中へ入る。その後ろに続いて二人は部屋へ入った。部屋の中にはソファに尊大な態度で座っているレオルドと、その横に礼儀正しく座っているシルヴィアがいた。

 その周りには二人の護衛であるバルバロトとレベッカが立っている。他にもギルバートやリンスといった執事と侍女が控えていた。少し離れて壁にもたれかかっているジェックスと、その側にカレンが二人を見ていた。


「ジェックス、カレン。宿の周辺に怪しい人物がいないか確かめてきてくれ」


「了解っと。カレン、行くぞ」


「うん」


 二人へ挨拶する前にレオルドはジェックスとカレンを周辺の警戒に向かわせた。


(はあ〜……。絶対尾行されてるよな)


 二人を警戒に向かわせたのはやって来た二人が尾行されていると判断したからだ。それも当然だろう。ジークフリートは分からないがアナスタシアは聖女であるので教皇が野放しにしているはずがない。


(しかし、ジークを始末しなかったのはなんでなんだ? 俺には呪いを掛けてきたくせに……)


 一つレオルドは勘違いをしている。運命48ゲームであれば華々しい活躍をしているのはジークフリートの方だ。そうなれば教皇も英雄ジークフリートを消しに動くだろうが、現実で活躍しているのはレオルドの方だ。そして、ジークフリートはただの騎士である。


 どちらが脅威と言われたら、間違いなくレオルドの方だろう。武勇、知力共に王国最高峰であるレオルドだ。アナスタシアが懇意にしているとはいえジークフリートは脅威ではないと教皇は判断している。


 故に多少のリスクを背負ってでもレオルドを暗殺するのは正しい。


「さて、俺に話があると聞いたが、何用かな?」


 尊大な態度を見せながらレオルドは来訪した二人に尋ねる。


「実はレオルド様にお願いしたい事がありまして」


「ほう? 言ってみろ、ゼクシア子爵」


 不敵に笑うレオルドを見てからジークフリートはアナスタシアに目を向ける。アナスタシアはジークフリートの意図を察してレオルドへ提案を述べた。


「ハーヴェスト辺境伯。恐らく貴方様も独自に情報を入手していると思いますが、現教皇ビクトルは邪神の復活を企んでおります。もしも、邪神が復活したならば聖都、いいえ、この世界が恐怖のどん底に陥る事でしょう。ですから、どうか私達と教皇の野望を阻止すべく、ご協力願えないでしょうか?」


「ふむ……」


 考える素振りを見せるレオルドだがジークフリート達からの協力は願ってもないことだった。ジークフリートに加えて聖女アナスタシアが戦力に加わってくれるのは大変有り難い。


(なるほど。ジークフリート達もちゃんと動いてたわけか。しかし、良くエリナが許したな〜。あいつは俺のことを人一倍嫌ってるから協力なんてしないと思ったんだけど。もしかして、ジークが説得したのかな。だとしたらいい傾向だ。自分の意見をしっかりと持つのは大事だからな。流されてばかりでは良くない、うんうん)


 レオルドはジークフリートの評価を上げた。他者の意見に流されることなく自身の意見を持ち、尚且つ筋を通す人間ならば信用は出来よう。


「ゼクシア子爵、聖女アナスタシア様。お二人の望みは分かりました。私としましても協力するのは吝かではない。だが、しかし、協力するとあれば信頼あってこそ。お二人は何を以て信頼の証とするのです?」


「俺の命を賭けます!」


「ハハッ、大層な発言だな。弁えろ、ジークフリート。お前の命にどれだけの価値があると思っているのか知らないが、それで交渉出来るわけがないだろう。せめて、もう少しマシな提案をしてみろ」


「でしたら、私の身柄を。それから聖教国が保管している宝物をハーヴェスト辺境伯が望むだけ差し上げます」


「ふむ。たかが聖女である貴女にそれだけの権限があると?」


「それは……」


「出来もしない口約束なら余所でやってくれないか? 聞くだけで不愉快だ」


「では、何を対価として信頼の証とされますでしょうか?」


 その一言を聞いてレオルドはニヤリと笑った。実はレオルドがずっと気になっていたものがある。それはジークフリートが腰に差している一本の剣だ。 すなわち聖剣である。ジークフリートは試練を乗り越えて聖剣を手に入れていたのだ。


(まあ、聖剣はあんまし必要ないんだよね。俺が欲しいのは別のもの。恐らくだが聖剣の試練を乗り越えてるなら、アナスタシアが持っているはず。死者を復活させる事のできるアイテムを!)


 そうレオルドが本当に欲しいのは運命48ゲームで出てくる死者を復活させるアイテムだ。運命48に三つだけ存在している貴重なアイテム。それをレオルドは欲している。死の運命を覆す事のできるアイテムなのだから当然だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る